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旅立ち
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春風が竹林を吹き抜けて、さわさわと葉が擦れる音が聞こえる。白露はこの音を聞くと、安らかな気持ちになる。
初めての長旅に出るということで早起きしてからずっと気が逸っていた白露だったが、葉擦れの音を耳に捉えるとたちまち気分が穏やかになった。
里の外にも竹林はあると聞くが、そうでないところも多いらしい。今日からしばらく聞けなくなるかもしれないと思うと、自然と足の速度は落ちた。
とうとう里の入り口まで来てしまった。ようやくだという思いと、別れたくないと叫ぶ心が入り混じる。
それでも白露は里に留まろうとは思わなかった。なぜかわからないけれどオメガに生まれついたからには、アルファと番って両親のように温かな家庭を築きたいという夢があったから。
白露は振り返って両親に別れを告げる。
「それじゃ、行ってくるよ」
「気をつけてな」
「元気でね」
ゆったりと手を振る二人に、白露も手を振り返した。竹垣の側で寄り添い手を振る両親は仲良く寄り添っていて、白露はそれを見てにっこりと笑顔になる。
(父さんと母さんみたいに協力しあってのんびり暮らしていけるような、そんなアルファの番が見つかるといいな)
白露は父と母が仲良くしているのを見るのが好きだ。里には別れて片親になってしまったり、いつも喧嘩ばかりしている夫婦もいるが、白露の両親はいつもお互いに助けあっている。
将来白露の番になる人とも、そんな風に仲良く助けあって暮らしていきたい。
美味しい笹の葉を分けあって二人で食べるような、鳥を見つけて一緒に眺めて楽しむような、そんな穏やかな時を共に過ごせるような番関係が理想的だ。
(どんなアルファと出会えるのかな。オメガとしてちゃんとやっていけるのかわからないけれど、とにかく会ってみればなんとかなるよね)
二人の姿と思い出深い竹林を目に焼きつけながら気が済むまで手を振った後は、竹籠を背負い直して細い小径を歩いていく。
(この道をずっと行くと、竹林を抜けて他の村に着くって聞いてる。パンダ獣人以外の人を見るのって行商の馬おじさん以外では初めてだから、楽しみだなあ)
外にはどんな獣人がいるんだろうか。虎や牛、犬猫に鼠など、たくさんの種の獣人がいると聞いている。わくわくしながら弾むような足取りで進むと、予想していたよりも早く竹林の端にたどり着いた。
危険な野生動物に出会うこともなく竹林を抜けられて安心した白露は、しばし休憩をとることにした。笹の葉の柔らかい部分をぷちりと抜いて、もぐもぐと食べはじめる。
(この先にも竹林があるといいんだけれど。今のうちにたくさん食べておこうっと)
時々木の実や新芽、果実などをかじることもあったけれど、里では基本的に笹を食べていた。馴染んだ食べ物が調達できなくなると考えると心細い。
竹籠の中に入るだけ笹の葉を入れると、竹水筒の水を飲んでからまた歩を進めた。
普段はのんびり屋の白露だけれど、村にたどり着けずに野宿になると危険だと聞いていたので、できる限り急いだ結果夕暮れ前には村に辿り着くことができた。
立ち昇る煙を見て、もうお風呂の時間なのかなと首を捻った。なにか美味しそうな匂いが漂ってきている。
興味の惹かれるまま家の側まで赴いた。灰色の瓦屋根は年月を経て色褪せている。酒の詰まった大きな黒いかめが店先にゴロゴロと並べられていて、家の中にはたくさんのテーブルがあり、そして笑い声が聞こえる。
(なんだろう、初めて嗅ぐ匂いだ)
スンスンと鼻をならし匂いを堪能していると、小さな耳をしたひょろっと背の高い獣人が店の中から出てきた。彼は白露の耳に目を止めて瞳を丸くする。
「ん? なんだお前、熊獣人の子どもか?」
「こんにちは。僕はパンダ獣人の白露といいます」
「へえっ? パンダ獣人? 実在したのか」
彼は無遠慮にジロジロと白露を上から下まで眺めた。そんなに珍しいのだろうかと、居心地悪く思いながらも問い返す。
「お兄さんは、何獣人なんですか?」
「俺はイタチ獣人さ。見りゃわかるだろ、珍しくもない」
「そうなんですか、初めて会いました」
イタチ獣人はニヤリと笑って、白露の肩に後ろから手をかけてくる。急に触られて肩を竦めた。
「お前、なかなかの世間知らずだなあ」
「そうですね。里を出てきたばかりですから」
「ふうん。だったらさ、ちょっとこっちに来てくれないか。色々教えてやるよ」
(なんだろう、馴れ馴れしい人だなあ……このままついて行って大丈夫かな?)
不安に思ってイタチ獣人をじっと見上げると、彼は白露を睨みつけながらまくしたてた。
「なんだよ、俺を疑ってるのか? 失礼なやつだな、せっかく親切にしてやろうと思ったのに。俺の助言を聞かないなんて一生の損だぞ」
「あ、すみません。疑ったわけじゃなくて」
「だったら今すぐに来いよ。ほら、こっちだ」
(うーん、なんとなく焦っているような……里の子がこういう素振りを見せる時って、大体隠し事をしてる時なんだよねえ)
何を隠しているんだろうと考えてみるが、イタチ獣人の彼とは初めて会ったばかりだ。理由なんて想像もつかなかった。
手を引かれながら、ひょっとしたら何かのっぴきならない事情で困っていて、助言をするなんて言っているけれど、本当は助けてほしいんじゃないかと閃く。
(何か困っているなら、話くらいは聞いてあげてもいいかな)
それに彼の申し出ている通り、本当に外の世界のことを詳しく教えてくれる気なのかもしれない。戸惑いはあったものの、イタチ獣人を信じてついていくことにした。
「どこに行くんですか?」
「こっちだ」
彼は建物の裏口に回ると荷車に近づいていく。
初めての長旅に出るということで早起きしてからずっと気が逸っていた白露だったが、葉擦れの音を耳に捉えるとたちまち気分が穏やかになった。
里の外にも竹林はあると聞くが、そうでないところも多いらしい。今日からしばらく聞けなくなるかもしれないと思うと、自然と足の速度は落ちた。
とうとう里の入り口まで来てしまった。ようやくだという思いと、別れたくないと叫ぶ心が入り混じる。
それでも白露は里に留まろうとは思わなかった。なぜかわからないけれどオメガに生まれついたからには、アルファと番って両親のように温かな家庭を築きたいという夢があったから。
白露は振り返って両親に別れを告げる。
「それじゃ、行ってくるよ」
「気をつけてな」
「元気でね」
ゆったりと手を振る二人に、白露も手を振り返した。竹垣の側で寄り添い手を振る両親は仲良く寄り添っていて、白露はそれを見てにっこりと笑顔になる。
(父さんと母さんみたいに協力しあってのんびり暮らしていけるような、そんなアルファの番が見つかるといいな)
白露は父と母が仲良くしているのを見るのが好きだ。里には別れて片親になってしまったり、いつも喧嘩ばかりしている夫婦もいるが、白露の両親はいつもお互いに助けあっている。
将来白露の番になる人とも、そんな風に仲良く助けあって暮らしていきたい。
美味しい笹の葉を分けあって二人で食べるような、鳥を見つけて一緒に眺めて楽しむような、そんな穏やかな時を共に過ごせるような番関係が理想的だ。
(どんなアルファと出会えるのかな。オメガとしてちゃんとやっていけるのかわからないけれど、とにかく会ってみればなんとかなるよね)
二人の姿と思い出深い竹林を目に焼きつけながら気が済むまで手を振った後は、竹籠を背負い直して細い小径を歩いていく。
(この道をずっと行くと、竹林を抜けて他の村に着くって聞いてる。パンダ獣人以外の人を見るのって行商の馬おじさん以外では初めてだから、楽しみだなあ)
外にはどんな獣人がいるんだろうか。虎や牛、犬猫に鼠など、たくさんの種の獣人がいると聞いている。わくわくしながら弾むような足取りで進むと、予想していたよりも早く竹林の端にたどり着いた。
危険な野生動物に出会うこともなく竹林を抜けられて安心した白露は、しばし休憩をとることにした。笹の葉の柔らかい部分をぷちりと抜いて、もぐもぐと食べはじめる。
(この先にも竹林があるといいんだけれど。今のうちにたくさん食べておこうっと)
時々木の実や新芽、果実などをかじることもあったけれど、里では基本的に笹を食べていた。馴染んだ食べ物が調達できなくなると考えると心細い。
竹籠の中に入るだけ笹の葉を入れると、竹水筒の水を飲んでからまた歩を進めた。
普段はのんびり屋の白露だけれど、村にたどり着けずに野宿になると危険だと聞いていたので、できる限り急いだ結果夕暮れ前には村に辿り着くことができた。
立ち昇る煙を見て、もうお風呂の時間なのかなと首を捻った。なにか美味しそうな匂いが漂ってきている。
興味の惹かれるまま家の側まで赴いた。灰色の瓦屋根は年月を経て色褪せている。酒の詰まった大きな黒いかめが店先にゴロゴロと並べられていて、家の中にはたくさんのテーブルがあり、そして笑い声が聞こえる。
(なんだろう、初めて嗅ぐ匂いだ)
スンスンと鼻をならし匂いを堪能していると、小さな耳をしたひょろっと背の高い獣人が店の中から出てきた。彼は白露の耳に目を止めて瞳を丸くする。
「ん? なんだお前、熊獣人の子どもか?」
「こんにちは。僕はパンダ獣人の白露といいます」
「へえっ? パンダ獣人? 実在したのか」
彼は無遠慮にジロジロと白露を上から下まで眺めた。そんなに珍しいのだろうかと、居心地悪く思いながらも問い返す。
「お兄さんは、何獣人なんですか?」
「俺はイタチ獣人さ。見りゃわかるだろ、珍しくもない」
「そうなんですか、初めて会いました」
イタチ獣人はニヤリと笑って、白露の肩に後ろから手をかけてくる。急に触られて肩を竦めた。
「お前、なかなかの世間知らずだなあ」
「そうですね。里を出てきたばかりですから」
「ふうん。だったらさ、ちょっとこっちに来てくれないか。色々教えてやるよ」
(なんだろう、馴れ馴れしい人だなあ……このままついて行って大丈夫かな?)
不安に思ってイタチ獣人をじっと見上げると、彼は白露を睨みつけながらまくしたてた。
「なんだよ、俺を疑ってるのか? 失礼なやつだな、せっかく親切にしてやろうと思ったのに。俺の助言を聞かないなんて一生の損だぞ」
「あ、すみません。疑ったわけじゃなくて」
「だったら今すぐに来いよ。ほら、こっちだ」
(うーん、なんとなく焦っているような……里の子がこういう素振りを見せる時って、大体隠し事をしてる時なんだよねえ)
何を隠しているんだろうと考えてみるが、イタチ獣人の彼とは初めて会ったばかりだ。理由なんて想像もつかなかった。
手を引かれながら、ひょっとしたら何かのっぴきならない事情で困っていて、助言をするなんて言っているけれど、本当は助けてほしいんじゃないかと閃く。
(何か困っているなら、話くらいは聞いてあげてもいいかな)
それに彼の申し出ている通り、本当に外の世界のことを詳しく教えてくれる気なのかもしれない。戸惑いはあったものの、イタチ獣人を信じてついていくことにした。
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