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悪い人なのかな?
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イタチの耳をしきりに動かして、辺りを見回した彼は白露の背を押して荷車へと導く。
「この壺の中身を見てほしいんだ」
壺や枯れ草が積まれた荷車に近づくと、ツンとした塩っぽい香りと薬のような苦い臭いが鼻につく。思わずうっと顔をしかめて離れようとすると、後ろ手に紐が巻きつく感触がした。
「えっ?」
「それっ」
思い切り背中を押されて、白露は荷車の中に倒れこんだ。手首に巻きついた紐で身動きが取れない。肩を板の上に打ちつけて痛みで身を竦めている間に、両足までまとめて紐で結えられてしまった。
「うっ、なんで?」
元凶のイタチ獣人は、細い糸目を笑みの形で更に細めて白露を見下ろす。
「暴れるんじゃないぞ、あんまり騒ぐと鞭で打つからな? さあて、これでよし」
ニシシとほくそ笑んだイタチ獣人に、手から下の部分に麻布を被せられる。一見して縛られているとわからないようにされてしまった。
「ちょっと、待ってください」
「騒ぐなと言っただろう、打たれたいのか?」
鋭い目で見下ろされて小刻みに首を横に振った。フンと鼻息を鳴らしたイタチ獣人は、荷車の引き手を持ち上げて歩きはじめる。助けを求めたくて周りを見渡してみるが、目があうような距離に人はいなかった。村はみるみるうちに遠ざかってしまう。
彼は白露が辿ってきた道と反対方向である、皇都方面への道を進みはじめた。松の木を見上げながら途方に暮れる。鞭で打たれたくはないので、あまり刺激をしないように心がけながら遠慮がちに声をかけてみた。
「あの、縄を取ってくれませんか」
「嫌だよ。おめえは珍しいから、玄国から来てる商人に引き渡して、紹介料をいただくんだ」
「それって、お仕事をさせられるってことですか?」
「んー? そうそう、まあそんなもんだ」
適当なイタチ獣人の言葉に白露は首を捻った。この人は嘘つきだから、仕事というのも本当のことを言っているのかどうかわからない。
縛られた足を縮めて手の方に近づける。足の紐を指先でたどってみるが、太い縄でぐるぐる巻きにされていて簡単には取れそうになかった。
(おかしいな、なんでこんな事になっちゃったんだろう)
旅に出て早々に捕まるなんてついていない。ここはまだ国の辺境に近いのだろう、人とすれ違う気配もなかった。
「へへへ、それにしても俺はついてるなあ。パンダ獣人なんて、すげえ値段で売れるぞ」
ごく小さな声で呟かれた本音が漏れ聞こえて、里長の家に雷が落ちた時と同じくらい驚いた。思わず叫びそうになって慌てて声を飲み込む。隣の国では人が売れるのか……
この世にはパンダ獣人を捕らえて売ろうとする存在がいるなんて、想像したこともなかった。
白露の住んでいる麒秀国は治安がよくて平和な国らしいと両親から聞いている。他国に売られてしまえば身の安全は保証されないと予感し、顔を青くした。
(なんとか隙を見つけ出して、逃げださないと)
イタチ獣人は慣れた足捌きで荷車を引いて、松の林を順調に進んでいる。白露は身を固くしながら一生懸命に考えた。
(ただ暴れても怪我をするだけだよねえ。どうしようかな)
しばらく荷車に揺られた末に、白露は商人を信じるフリをすることにした。油断させておいて逃げ出す隙を見つけよう。
「ちょうど仕事を探しているところだったので、ありがたいです。ぜひ玄国へ連れていってください」
「おお、物分かりがいいな。とっておきの仕事を紹介してやるよ、ひひっ」
(うーん、怖いなあ。何をさせる気なんだろう、きっとろくなことじゃないんだろうな。誰か助けを求められそうな人とすれ違えますように)
周りを見渡しても松の林が広がるばかりで、人っ子一人いない。
ため息を吐いた白露は、下手くそな鼻歌を歌う商人の背中に声をかけた。
「今からどこへ行くんですか?」
「どこだっていいだろ? そこで揺られてりゃ着くからよ」
あまり皇都から遠ざかってしまうと道がわからなくなりそうだ。逃走に使えそうな物がないか確かめたくて、白露を取り囲むように置かれた壺や枯れ草の束を見渡した。
(これはなんだろう……たくさん積んであるし、商品なのかな)
白露にとっての商人といえば、半年に一度村を訪れる馬おじさんのことだ。彼が持ってきていた物は珍しいものばかりで、団子や櫛、服などを白露の母が好んで買っていた。
お金を払うことはほとんどなくて、竹籠や竹細工との物々交換が主だった。
ここには女子供が好みそうな物は存在せず、大量に置かれた壺の中からは独特の刺激臭が漂ってくる。
「おじさん、この壺は何?」
「あー? 商品だよ。杏の漬物。漬けてあるのは杏だけじゃないけどな」
「漬物……」
なんだろう、食べ物が発酵しているというよりは、薬で苦い匂いを誤魔化しているような嫌な臭いがする。
中身が気になってしょうがないが、残念ながら手を縛られているから開けられそうにない。
荷車はガタゴト音をたてながら、三叉路のうち細い方の道へと曲がった。そっちに行ったら皇都から遠ざかってしまうと、白露はとっさに立ちあがろうとした。
「この壺の中身を見てほしいんだ」
壺や枯れ草が積まれた荷車に近づくと、ツンとした塩っぽい香りと薬のような苦い臭いが鼻につく。思わずうっと顔をしかめて離れようとすると、後ろ手に紐が巻きつく感触がした。
「えっ?」
「それっ」
思い切り背中を押されて、白露は荷車の中に倒れこんだ。手首に巻きついた紐で身動きが取れない。肩を板の上に打ちつけて痛みで身を竦めている間に、両足までまとめて紐で結えられてしまった。
「うっ、なんで?」
元凶のイタチ獣人は、細い糸目を笑みの形で更に細めて白露を見下ろす。
「暴れるんじゃないぞ、あんまり騒ぐと鞭で打つからな? さあて、これでよし」
ニシシとほくそ笑んだイタチ獣人に、手から下の部分に麻布を被せられる。一見して縛られているとわからないようにされてしまった。
「ちょっと、待ってください」
「騒ぐなと言っただろう、打たれたいのか?」
鋭い目で見下ろされて小刻みに首を横に振った。フンと鼻息を鳴らしたイタチ獣人は、荷車の引き手を持ち上げて歩きはじめる。助けを求めたくて周りを見渡してみるが、目があうような距離に人はいなかった。村はみるみるうちに遠ざかってしまう。
彼は白露が辿ってきた道と反対方向である、皇都方面への道を進みはじめた。松の木を見上げながら途方に暮れる。鞭で打たれたくはないので、あまり刺激をしないように心がけながら遠慮がちに声をかけてみた。
「あの、縄を取ってくれませんか」
「嫌だよ。おめえは珍しいから、玄国から来てる商人に引き渡して、紹介料をいただくんだ」
「それって、お仕事をさせられるってことですか?」
「んー? そうそう、まあそんなもんだ」
適当なイタチ獣人の言葉に白露は首を捻った。この人は嘘つきだから、仕事というのも本当のことを言っているのかどうかわからない。
縛られた足を縮めて手の方に近づける。足の紐を指先でたどってみるが、太い縄でぐるぐる巻きにされていて簡単には取れそうになかった。
(おかしいな、なんでこんな事になっちゃったんだろう)
旅に出て早々に捕まるなんてついていない。ここはまだ国の辺境に近いのだろう、人とすれ違う気配もなかった。
「へへへ、それにしても俺はついてるなあ。パンダ獣人なんて、すげえ値段で売れるぞ」
ごく小さな声で呟かれた本音が漏れ聞こえて、里長の家に雷が落ちた時と同じくらい驚いた。思わず叫びそうになって慌てて声を飲み込む。隣の国では人が売れるのか……
この世にはパンダ獣人を捕らえて売ろうとする存在がいるなんて、想像したこともなかった。
白露の住んでいる麒秀国は治安がよくて平和な国らしいと両親から聞いている。他国に売られてしまえば身の安全は保証されないと予感し、顔を青くした。
(なんとか隙を見つけ出して、逃げださないと)
イタチ獣人は慣れた足捌きで荷車を引いて、松の林を順調に進んでいる。白露は身を固くしながら一生懸命に考えた。
(ただ暴れても怪我をするだけだよねえ。どうしようかな)
しばらく荷車に揺られた末に、白露は商人を信じるフリをすることにした。油断させておいて逃げ出す隙を見つけよう。
「ちょうど仕事を探しているところだったので、ありがたいです。ぜひ玄国へ連れていってください」
「おお、物分かりがいいな。とっておきの仕事を紹介してやるよ、ひひっ」
(うーん、怖いなあ。何をさせる気なんだろう、きっとろくなことじゃないんだろうな。誰か助けを求められそうな人とすれ違えますように)
周りを見渡しても松の林が広がるばかりで、人っ子一人いない。
ため息を吐いた白露は、下手くそな鼻歌を歌う商人の背中に声をかけた。
「今からどこへ行くんですか?」
「どこだっていいだろ? そこで揺られてりゃ着くからよ」
あまり皇都から遠ざかってしまうと道がわからなくなりそうだ。逃走に使えそうな物がないか確かめたくて、白露を取り囲むように置かれた壺や枯れ草の束を見渡した。
(これはなんだろう……たくさん積んであるし、商品なのかな)
白露にとっての商人といえば、半年に一度村を訪れる馬おじさんのことだ。彼が持ってきていた物は珍しいものばかりで、団子や櫛、服などを白露の母が好んで買っていた。
お金を払うことはほとんどなくて、竹籠や竹細工との物々交換が主だった。
ここには女子供が好みそうな物は存在せず、大量に置かれた壺の中からは独特の刺激臭が漂ってくる。
「おじさん、この壺は何?」
「あー? 商品だよ。杏の漬物。漬けてあるのは杏だけじゃないけどな」
「漬物……」
なんだろう、食べ物が発酵しているというよりは、薬で苦い匂いを誤魔化しているような嫌な臭いがする。
中身が気になってしょうがないが、残念ながら手を縛られているから開けられそうにない。
荷車はガタゴト音をたてながら、三叉路のうち細い方の道へと曲がった。そっちに行ったら皇都から遠ざかってしまうと、白露はとっさに立ちあがろうとした。
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