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第四章 ダンジョン騒動編

12 デートの帰り

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 遅めの昼食を食べた後も、路地裏のアクセサリー屋やら怪しげなポーション屋を冷やかしてまわる。

 女将に頼まれたじゅうたんや花瓶やらも見て回っているうちに、あっという間に時間が過ぎていく。

「もう少しで日が沈むな」
「ああ」

 カイルと手を繋ぎながら、坂道を下っていく。

 手を繋ぐのもすっかり慣れて、最近じゃ二人で出歩く時は手を繋ぐのがデフォルトだ。

 最初はあんなに恥ずかしかったのに、人ってのは慣れるもんなんだな。体を重ねる時には未だにドキドキしちまうが。

 じっと繋いだ手を見下ろしていると、気づいたカイルが腕を持ち上げた。

「イツキ」

 彼はフッと微笑むと、俺の手の甲にキスをした。おいおい、こんな往来で恥ずかしい真似すんなって!

 なんとか平静を装い、じっとりとカイルを見上げた。ふう、尻尾が短い兎獣人で助かったぜ。

「おい、カイル」
「なんだ」
「そういうのは、誰もいないところでしてくれ」
「そうだな」

 カイルは目を細めて、魅惑的な笑みを深めた。赤みがかった葡萄色の目は、いつだって俺のことをまっすぐに見てくれる。

 いつになく優しい表情をしたカイルの眼差しは、夕日色よりも温かく見える。

 本気で俺のことを好きなんだなってのが伝わってきて、それ以上文句が言えなくなった。

 ギュッと手を繋ぎなおし、そろそろ帰るかと城の方へと足を向ける。早く城に戻りたいという気分が、急激に高まってきた。

 悠長に歩いていられないと、カイルの手を引っ張りずんずん坂を登っていく。後ろから微かに笑い声が聞こえた。

「フ……イツキ、俺も同じ気持ちだ」
「ん? なにがだ」
「早く二人きりになりたい」

 う、わ……やばいってその顔、破壊力ありすぎだろ。俺だけに見せる甘い微笑を直視してしまい、慌ててそっぽを向いた。

 そりゃ俺だって、同じようなことを思ったけれども。わざわざ口に出すなよな、心臓が激しく反応しちまうじゃねえか。

 どうか夕日の朱色に、俺の情けねえ顔色もごまかされてくれますように。切に願いながら、ひたすら足を動かした。

「あ、カイル殿下……!」

 すれ違った山羊ツノの魔人が、何やら驚愕しながらカイルに声をかけようとしているのに気づいたが、もはや足は止まらない。

 カイルもチラリと一瞥しただけで歩き続けたので、そのまま城の中の俺たちに割り当てられた一室へと戻った。

 部屋に戻り二人きりになると、カイルは俺をソファに座らせ手を取った。手の甲に口づけられ、手首、二の腕、肩、首筋へと次々にキスを落とされる。

「……っ」
「ここと、ここ、それから耳も」
「ぁ……」

 耳の先端を唇で喰まれて、ピクリと肩が強張る。

「ここも、デート中ずっと愛でてやりたいと思っていた」

 最後に仕上げとばかりに唇をついばまれる。何度かバードキスをされた後、舌を差し込まれ深いキスを施された。

 歯列を割って舌と舌を絡められ、息が上がっていく。じわりと腰に快感が走り、俺は慌てて口を離した。

「待てよ、先に夕飯食ったり風呂に入ったり、やるべきことをやってからだろ」
「俺は今すぐにイツキがほしい」
「ぐっ……だ、駄目だって」

 色気に満ち満ちた声音が耳朶をくすぐり、一瞬理性が崩壊しかけたが気合いで堪えた。

 胸を押すと、カイルはなにか言いたげな表情ではあるものの、素直に俺から離れる。

「腹は減っていない」
「実は俺もだ」

 俺から提案しといてなんだが、全然飯の気分じゃなかった。外で食べ歩いたばかりだし。

「あ、だったら飲もう。この前魔酵母の酒を増やす時に、ジュースに入れて飲んでみてえなって思ったから、仕込んでおいたんだよ」

 家を出発する時に回収してきたから、ちょうど手元にある。ちょっと格好をつけて、指パッチンしながら四つほど瓶をインベントリから出現させた。

「なあカイル、どれがいい?」
「……この朱色の酒はなんのジュースだったんだ」
「これはラクアの実だな」

 ラクアの実にはもともと魔力が少量含まれているから、どんな化学反応……とは言わないか、魔力反応が起きるかなと、試しに混ぜてみた。

 それに、カイルが好きな果実だしな。案の定、カイルはラクア酒を所望した。

「これがいい」
「いいぜ、感想を聞かせてくれ」

 コルクを抜くと、ふくよかな香りが瓶の中からふわりと漂ってきた。おお、こりゃ期待できそうだ。

 グラスを取り出し、トクトクと夕暮れ色の液体を半分ほど注ぐ。俺も同じやつにしよう。二つ用意して、グラスを手にとった。

 隣に座ったカイルに向かってグラスを掲げる。

「じゃ、乾杯」

 カチンと小気味のよい音が鳴る。一口含むと、甘さとアルコールが融合した奥深い味が、喉奥まで広がった。

 かなり美味い。カクテルの原液のような飲み口だ。これはと思い氷を入れると、さらに美味しくなった。

「うまっ! カイル、アンタにも氷を入れてやるよ」

 カイルが差し出したグラスに魔法で作った氷を入れた。彼は酒を口に含むと目を大きく見開き、一気に酒をあおる。

「……もう一杯くれないか」
「ずいぶん気に入ったんだな、たんと飲めよ」

 いい気分で酒を注いでやると、カイルはまたしてもハイペースで飲み進めている……あれ、これまずくないか?

 たしかカイルって酔いすぎると……赤面間違いなしのあれそれを思い出して、慌ててカイルを止めた。

「待てって、ゆっくり味わって飲んだほうが楽しいだろ? 夜は長いんだからさ」
「イツキ……」

 カイルは気だるそうに髪を掻き上げると、とろりとした視線を俺に向けてくる。

 こ、これは……すでにマズい状態じゃねえのか⁉︎ カイルが酔ってる!

 マーシャルでスローライフをはじめてから半年の間、俺はほとんどの時間を平和に過ごしていたが。少しばかり例外な日もあった。

 その例外というのは、カイルが魔力を摂取しすぎて酔った日であって、つまり……

「イツキ、好きだ」
「あーもう絶対酔ったよな⁉︎ 待ってくれカイル、俺はまだ酒が飲みたいんだ」
「待てない。今すぐ抱きたい」

 つまりカイルは、酔うと理性が吹っ飛び、激しく俺を抱きたくなるらしいのだ。

 なんてこった、想定していたよりも魔酵母の効果が強く出たようだ。デートに浮かれすぎてうっかり止めそこねた。

 カイルはずいっと俺に顔を近づけた。今にも行為になだれ込みそうな勢いに、満ち満ちている……

 俺は魅惑の顔面の威力からなんとか逃れ、立ち上がりカイルの腕を引っ張った。

「散歩! そうだ散歩をしよう、アンタには酔い覚ましが必要だ!」
「俺は酔ってなどいない」
「酔っ払いはみんなそう言うんだよ。散歩が終わったらその、アンタのしたいことにつきあってやるからさ……なあ、ダメか?」

 カイルは二度、三度ゆっくりと瞬きをして、俺の言葉について考えているようだ。あとひと押し、必要だろうか。

「……わかった。なんでもひとつだけ言うこと聞いてやる」
「散歩に行こう」

 乗り切った……! いや、問題を先送りしただけの気もするが、歩いているうちに酔いが覚めるかもしれねえし、ひとまずよしとしよう。
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