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第四章 ダンジョン騒動編

7結婚式とかいらねえし

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 日暮れ前に、そういや数日ポストをのぞいていなかったことを思い出す。

「なんか入ってねえかなっと……お、二通来てた」

 一通はロビンから、もう一通はクインシーからだ。ロビンからは、ナガル村周辺でとれる薬草が届いていた。

 同封された手紙には、欲しいと言っていた古書を送ってくれたお礼だと書かれている。

 薬草を使ったポーションレシピも用意されていた。さっすが研究仲間、痒いところに手が届く。

 改変も自由にしてくれだってさ。また今度、このレシピを元にいろいろ実験してみるか。

 クインシーからの手紙には、貴族的な言い回しの時候の挨拶の後、最近の首都ケルスでの元冒険者たちの動向が書かれていた。

 なんでも血気盛んな若者が、仕事を求めてくすぶっているらしい。

 ちょっと気になる話だし、直接魔導話を繋いで聞いてみるか。

 まだ仕事してっかなと思いつつ魔石をタップすると、数回光った後クインシーの声が聞こえた。

「おや、イツキ。手紙は届いたのかな」
「ああ、さっき見たところだ。話したいことがあるなら直接かけりゃいいのに」
「だって君、かけてもかけても出ないじゃないか」

 そういや発情期の間は、魔導話をインベントリにしまいっぱなしにしてたな。苦笑いしながら話を続けた。

「そうだったわ、すまん」
「別にいいけどさ。大変な時期だってわかってたしね。手紙なら後からでも読めるだろうと思って」
「お気遣いありがとうよ。それで、手紙に書かれてた話だけど」
「ああ、そうそう。王都のギルドは今、ほとんど仕事を紹介できない状況なんだよねえ。魔人との交易要員として、力自慢が何人か就職してったけど、全員じゃないしさ」

 優良な冒険者たちが商人に雇われたり、村の用心棒として頼りにされたりする一方で、元々ガラが悪かったり素行不良だった冒険者達が稼げずに、仕事を求めてピリピリしてるらしい。

「何割かは首都を出て、地方にも散らばって行ったみたい。でもさ、地方は地方で元冒険者が溢れてるわけでしょ? 衝突しそうだなって心配してるわけ」
「そうだな……」
「マーシャル領では治安の悪化対策として、交易路の整備を行う予定なんだ。だから大丈夫だとは思うんだけど、イツキはカイル君と一緒にいるから目立つでしょ? なんらか飛び火しないかなって心配で、知らせておきたかったんだ」

 ダンジョンの閉鎖は魔人國との国交回復後、徐々におこなうようにリッドおじさんに引き継ぎをしておいた。

 その通りにやってもらえたお陰で、獣人国の変化も急激に起こったわけではなく、徐々にダンジョンのない世界に適応していく形となった。

 世間一般的には、王都ダンションの消滅に伴い、すべてのダンジョンが影響を受け活動を停止した、ということになっている。

 獣人の学者たちに根回しをした結果、王都のダンジョンは一本の木のような存在だったという説が信じられている。

 王都ダンジョンから根のように全てのダンジョンが発生していたが、本体が枯れたから他のダンジョンも枯れた、というわけだ。

 わざと国交回復と時期をずらして、ダンジョン閉鎖=魔人のしわざだと結びつかないようにしたつもりだが、上記の説以外にもいろいろ考察されてるみてえだ。

 ダンジョンと魔人の関わりについて、勘づいてる勢もいるかもしれない。

 そうじゃなくても、世間の変化についていけずに、悪いことは全部悪魔のせいだと言い張る奴らもいる。カイルに火の粉がかからないようにしねえと。

「これから魔人國プルテリオンに長期滞在する予定にしてたから、しばらくマーシャルを留守にするつもりだ」
「そう、それならひとまずは安心だね」
「それに俺とカイルなら、面倒事に巻き込まれても跳ね除けるから問題ない」
「それもそうか。いらない心配だった」
「いや、知ってるのと知らないのとじゃ、とれる方策も違ってくるからな。知らせてくれてありがとうよ」

 とりあえず、早めに魔人國に行った方がよさそうだ。用事をすませたら、さっさと魔法陣で移動してしまおう。

 クインシーとの通話を切ると、さっそく旅行の準備をはじめた。

「カイル、しばらく家をあけるから、なにかマーシャルで補充したい物があるなら今のうちだぞ」
「特に必要な物などはない」

 カイルはほとんどの私物をインベントリに入れているから、荷造りも必要ないみたいだ。

 俺が実験用に広げていた薬草やら道具を片づけている間に、カイルは家を掃除してくれていた。地味に助かる。

 魔酵母の酒もインベントリに入れた。あとは漬けっぱなしにしていた魔石を売り捌いてから、知り合いに挨拶をし終えたら出かけられるな。

「今日はもう日が暮れちまったし、明日にするか」

 なにか忘れ物があっても、魔法陣ですぐに戻ってこられるから気楽だ。その日の晩は久々に、早めに就寝した。

 次の日。朝起きた時から空はどんよりと曇っていて、雨が降りそうな日だった。こりゃ早めに外出するに限るなと判断して、朝イチでギルドまで魔石を売りに行った。

 朝だというのに、ギルドの中は閑散としている。掲示板には依頼の紙が一枚も残っていなかった。俺に気づいたラベッタが、キツい印象の顔を綻ばせる。

「イツキ、いらっしゃい。久しぶりね」
「ああ、元気にしてたか」
「ええ」

 ラベッタの顔色はツヤツヤしていて、幸せいっぱいという感じだ。俺が魔王業をしていた間に結婚したらしいのだが、旦那と上手くいっているようでなによりだな。

 買取カウンターの前で立ち止まると、言わなくても魔石買い取り用の箱が用意される。俺は自作した魔石を箱のくぼみに詰めていった。

「いつも助かるわ。イツキの魔力で用意された魔石は、魔人國から輸入した物より長持ちするって評判なのよ」
「そりゃ輸送されている期間分の、魔力が抜けてねえもんな。でも国家間トンネルも開通したそうだし、これからはもうちっと差がなくなると思うぜ」
「あら、そうなのね」

 マーシャルのギルドでは、ダンジョン閉鎖後も魔石の買い取りを続けてくれている。

 魔石の作り方は隠す必要もないだろうと、各地のギルドで広く公開されている。

 魔力のある獣人の中には、魔石を売って生計を立ててるヤツもいるみたいだ。

 最近だと、ポーション屋の羊じいさんがホクホク顔でギルドから出てくるのを見たな。

 それから、『骨喰い亡者』のハイエナ獣人も魔力持ちだったみたいで、ガッポガッポ儲けてやるぜえ! と高らかに宣言している場面にでくわしたことがある……夜道には気をつけろよな。

 一部エイダンみたいに極めつけに不器用なヤツ以外の魔力持ちは、魔石売りで安定して稼げるようになったことを歓迎していた。

「ところで、来週からは魔石を売りにこれなくなるんだ。旅行することになってな」
「え、そうなの? 残念だわ……どこに行くのかしら」
「魔人國プルテリオンだ」
「まあ!」

 ラベッタは俺とカイルの顔を交互に見つめると、瞳を輝かせて両手を組んだ。

「ついにイツキをご両親に紹介するのかしら? カイル……じゃなくて、カイルくん!」

 ロビンの書いた魔人本を読み込んだらしいラベッタは、頑張ってカイルを呼び捨てじゃなく呼ぼうとしている。

 魔人が名前を呼び捨てにするのは、生涯の友と決めた相手か、伴侶か家族だけ。そんなの、知らねえとわかんねえもんな。

 だがラベッタはそうと知った後でも、時々テンションが上がると間違えてしまうようだ。

 わかるぜその気持ち、獣人は誰でも名前呼びが普通だもんな。

「違う、いまさら紹介などしない」

 眉間に皺を寄せながらカイルが否定すると、ラベッタはクスクスと笑った。

「照れなくてもいいのよ? イツキは人当たりもいいし、二人はお似合いなんだから、必ずご両親も認めてくれるはず」
「挨拶をさせに行くわけじゃない」

 俺は頬をかきながら、ラベッタの暴走を見守った。

 褒めてくれるのはありがてえが、そうじゃねえんだよラベッタ……普段は冷静なのに、恋愛の話になると暴走しがちらしい。

「まあ、カイルの家族に会いに行くことに変わりはねえな。安心してくれラベッタ、すでにカイルとの交際は認められてっから」

 親父さんは寝たきりだけど、叔父さんからは「ハニーくん、カイルを頼んだ! 口は悪いが根はいい子なんだ!」的なことを言われている。

「あら、ごめんなさい。私ったらなにか早とちりしたみたいね」

 二人の結婚式には呼んでねと念を押されて、ギルドを後にした。

 結婚式なあ……すでに俺たちの間では契約陣を取り交わした後なんだが。

 そもそも、獣人間の結婚ってどういう感じになってるのだろうか。そういやカイルの市民権もないままだが、魔人って町の市民権が買えるのか? 

 その辺もクインシーに聞いてみなきゃな。カイルの横顔を盗み見る。すぐに気づかれた。

「なんだ」
「するか? 結婚式」
「イツキがしたいのならつきあう」
「うーん……」

 結婚式ねえ……そもそも男同士で式を開くって概念がなかったから、特に願望もなかった。

 なにより、みんなに祝われて冷やかされるのって、なんか……

 眉間に皺を寄せて難しい顔をしているつもりなのに、どんどん顔が火照っていくのがわかる。

 カイルは赤紫色の宝石のような目を細めながら薄く笑う。俺の兎耳をキスするように持ち上げると、低い声でささやいた。

「お前がしたいなら、國を挙げて盛大な式を執りおこなおう」
「いやいやいや、いいって。別に望んでねえから」

 王族が獣人と結婚するだけでもセンセーショナルなのに、相手は元魔王と瓜二つの顔をした兎獣人だなんて、混乱を招くに決まってる。

「気が変わったらいつでも言え」
「だからしたくねえってば」

 つっつきあいながら、フェルクにも長期間家を空けることを伝えに行った。

「そうなんですね! お気をつけて、無事に戻ってきてください」

 フェルクからは心配されたが、俺が元冒険者と知っているため、強くは引き止められなかった。

 宿にも寄って、女将にも旅行に行くことを伝えた。女将は片手を頬に当てて思案顔をする。

「あら、そうなのね。だったらイツキさん、お願いがあるのだけれど」

 またしても、魔人國の陶器や皿、絵画にじゅうたんといろいろ土産物を頼まれた。

「運ぶのが大変でしょうから、手に入る物だけでいいわ。報酬は期待していてね」
「わかった、任せとけ」

 宿の経営状態が悪化してるんじゃねえかって案じたのは、完全に余計なお世話だったらしい。胸を叩いて引き受けた。
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