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第四章 ダンジョン騒動編

6 念願の料理

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 さて、ようやく料理が再開できるな。俺は今度こそ腕まくりをして、クリームソースを作りはじめた。

 しっかりとした手つきでミルクを鍋に注ぎ、沸騰しない程度に煮込む。温まったら魔酵母を投入し、すぐに火を消して味つけを施した。

「いい匂いがする」
「アンタもそう感じるのか? そりゃ期待できるな」

 俺の鼻でも美味そうな匂いだと感じているから、獣人魔人の両方にとって美味しい料理が、出来上がりそうな予感がする。

「よし、できた」

 皿に茹で野菜を盛りつけて、クリームソースをたっぷりかけた。魔人流創作料理の出来上がり。

 早速食べてみると、クリームシチューに近い味わいだった。野菜が淡白だからかさらりとしていて、いくらでも食べられそうだ。

「美味い。カイルはどうだ?」
「いいんじゃないか」

 カイル的にもアリらしい。これは作り置きしてもいいな。

 エイダンたちに魔人國への滞在を誘われたことだし、彼らが國につくタイミングにあわせて顔を出そうと思う。

 ずっと外食は飽きるし、仕事もしてねえのに魔王城で食事をたかるのも気が引けるので、今のうちに家で料理を作り溜めしてから出かけるとするか。

「まだ作るのか」

 再び台所に立つと、カイルも寄ってきた。

「その予定だけど、カイルも作るか?」

 彼は頷くと、インベントリからリゴの実を取りだした。そういや、リゴの実パイを作ってくれるって言ってたな。

 カイルはリゴの実を見つめて、しばらくしてからポツリと呟く。

「いや、作り方を調べるのが先だ」
「あ、それ俺がわかるかも」

 いつか時間ができたらアップルパイを作ってみたいと思って、料理レシピを写真に撮って残してあった気がする。

 スマホの写真を探してみると、見つけた。スタンダードなアップルパイの作り方が載っている。

「これで作れそうだ」
「なんて書いてあるんだ」
「ちょっと待ってろ、今書き写してやるから」

 カイルにもわかるように、魔人の言葉に翻訳しながら紙に書いていく。そういや、オーブンも持ってねえな。魔法でなんとかするか。

 レシピとリゴの実を見比べ、カイルは顎に手を当て眉をひそめる。

「思ったよりも工程が多い」
「まずは生地作りからだな。とりあえずやってみりゃなんとかなるだろ」

 バターを小さく切って、小麦粉じゃねえけどパンの材料になる粉と混ぜて、そこに冷たい水を加えて混ぜ込んでいく。

「ん、けっこう力がいるな」
「貸せ」

 カイルに渡すと、あっという間に粉がまとまりはじめ、ひと塊の生地にまとまってきた。これを冷蔵庫でしばらく寝かせるらしい。

 冷蔵庫はないので、魔法で冷やしたまま放置する。その間にカイルはリゴの実を切って煮込んでくれた。

 甘酸っぱい匂いがリビング全体に広がっていく。うっとりと息を吸い込んだ。

「これこれ、この匂いが好きなんだよなあ」
「そういうものか」
「カイルにはどういう匂いに感じるんだ?」
「仄かに花のような甘い匂いがするが、煮込むにつれてだんだんと消えていく」

 そうか、煮込むと魔力が飛ぶんだもんなあ。アップルパイの美味しさを楽しめないなんて気の毒な話だと、背中を撫でてやった。

 するとカイルは火を止めて俺の手をとり、手首に口づけるとすんと鼻を動かす。

「お前は相変わらずいい匂いがする」
「そっか、自分じゃわかんねえ」

 いくら鼻がよくても、自分の匂いはわからねえよな。カイルからはスパイシーで官能をくすぐるような香りがしている。

 あんまり至近距離で嗅いでいると、またフラフラとつられちまいそうになるから、くるりと後ろを向いた。

「さて、そろそろ生地の寝かしが終わったんじゃないか?」

 テーブルの上に粉を散らして、その上に寝かした生地を置いた。生地を畳んで伸ばして、また畳んで伸ばしてと層にしていく。

 ここでもカイルが活躍した。パイ生地を伸ばすのにも力がいる。お菓子作りって女子が優雅にやるもんだと思ってたが、意外と力仕事なんだな。

「このくらい重ねればいいか」
「いいんじゃねえの。さて、焼くか」

 実験用具の中に、ちょうど底の浅い耐熱容器があったので、よく洗って使うことにした。

 生地を底に敷いて、リゴの実を乗せて、そして上にもパイ生地を被せる。

「リゴの実が完全に隠れるが、これでいいのか」
「わかんねえけど、具には火を通したし、内側が生焼けならもう一回焼けばいいだろ」

 お菓子作りは分量が大事って聞いた覚えがあるが、それ以外のコツなんて正直わからん。

 とにかく火を入れてみればわかるだろうと、実験室に移動した。

「さてと、オーブンがわりに使えそうな箱はっと……これでいいか」

 鉄製の小箱があったので、その中に中敷網を引いてオーブンっぽく形を整え、外からじわじわと火魔法で炙っていく。

 『魔力の支配』ギフトのお陰で、温度管理もバッチリだ。レシピ通りの時間熱していると、バターのいい香りがどんどん箱の中から漏れだしてくる。

 ごくりと唾液を飲み込んだ。カイルは怪訝そうに腕を組んだまま、成り行きを見守っている。

「今まで見た中で一番おかしな調理方法だ。本当に上手くいくのか?」
「匂い的には上手くいってるはずだ。もうちょっとでできると思うぜ」

 何度か唾液を飲み込んだ後、ようやく加熱時間が過ぎ去った。さっそく蓋を開けると、素晴らしい香りがぷわんと鼻先を包み込んでいく。

 即席オーブンの中にはツヤツヤでパリパリの、美味そうなパイが鎮座していた。

「おおー、いいんじゃないか?」

 火傷しないように、慎重に網板ごと外へ取り出した。見た目はすごく食欲をそそる、良い出来じゃねえかな。

「カイル! 味見してもいいか?」
「火傷に気をつけろ」
「わかってるって」

 机の上にパイを置いて、慎重に刃を入れていく。サクッと上の段は簡単に切ることができた。

「んー、下の段が剥がれねえ」
「貸してみろ」

 刃物の扱いが得意なところは、こんな場面でも発揮されるようで、いとも簡単に一ピースに切り取ってくれた。

 皿の上に乗せて写真を撮ってから、ほかほかと湯気のたつリゴの実パイにフォークを刺して、一口食べてみた。

「ん! うまい!」

 実はふわふわで、パイはサクッとしていて、噛むとジュワッとバターの味が広がる。正直、店で売ってたやつよりも美味いかもしれない。

「そうか」
「すごいぞカイル、こんな才能があったなんて!」
「すごいのはイツキの方だろう。レシピを再現するのにも料理の腕がいると、女将から聞いたことがある」
「じゃ、これは俺たち二人の手柄ってことで」

 ニッと笑いかけると、カイルも口の端をわずかに綻ばせた。

「アンタの分には、魔酵母の酒を振りかけて食べないか?」
「ああ、そうしよう」

 二人でパイをつついて、幸せなひと時を過ごした。その後もああだこうだ言いあいながら、次に作る料理を相談する。

「これよくないか、オルシャックの冷製スープ」
「果実の酒漬けも手軽にできてよさそうだ」
「また魔酵母の酒を増やさなきゃな。在庫はどのくらいあったっけか」

 魔酵母はヨーグルトの乳酸菌みたいに、種となる微生物が生きていれば、酒と混ぜるだけでどんどん勝手に増えてくれる。

 酒ならなんでもよくて、ワインやエールに混ぜるのが一般的だ。家にもカイル用に何本か仕込んである。

 その日は酒の在庫管理をしたり、作ってみたい料理に挑戦したりしているうちに、時間が過ぎていった。
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