超好みな奴隷を買ったがこんな過保護とは聞いてない

兎騎かなで

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1巻

1-3

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 カイルは首元に手を当てた。そうだよ、首輪がないと奴隷には見えねえんだよ。

「それにもうアンタは俺の相棒だ。奴隷じゃない。今日は代わりに払っといてやるから、ダンジョンで稼いだら金払えよ?」
「待て。俺に金を渡すつもりか?」

 あれだけそんな態度をとっていたくせに、まだ奴隷根性が抜けきっていないらしい。俺はわざとらしくため息をつき、カイルに言い聞かせた。

「当たり前だろ? アンタは俺の仕事上の、対等なパートナーなんだ。パーティ仲間とでも言えばいいのか? 普通パーティで冒険したら得た金も山分けすんだろ?」
「そう……だな」

 カイルは狐につままれたような顔をしながらもうなずいた。ま、そのうち慣れるだろ。
 白い角が美しい鹿獣人の女将おかみさんにカイルの分の料金を渡し、無事に受理された。
 ベッドが二つある部屋に移動する。扉の外に控えようとするカイルも連れこみ、扉を閉めて内鍵をかけた。はあ、なんとも濃い一日だった。そろそろ休むかと、うーんと伸びをする。

「俺も風呂に入って寝るか。カイルもいろいろあって疲れただろ、先に休んでていいぞ。部屋には結界を張っとくから」
「お前が望む護衛の役割ってなんなんだ……」

 悩むカイルを置いて浴室に直行した。
 なんのために護衛と行動をともにするかだって? 俺がヘマこいた時の保険や、ダンジョン探索を楽に行うためっていう大事な役割が護衛にはあるだろ。それは護衛じゃない? いいだろ、俺がそれでいいって言ってるんだから。
 さてシャワーを使ってみたわけだが、さすがにお湯は出ないみたいだ。水風呂は冷たすぎるしシャワーだけだった。ちぇっ。
 魔力でどうにか……できないこともないが疲れそうだ、面倒だしそのまま入るか。
 浴槽に水鏡を作って自分の姿を確認しておく。顔立ちは可もなく不可もない容姿そのままだったが、髪は垂れ耳と同じモカブラウンに変化し、瞳は青に染まっていた。
 はあ、完璧に日本人だと言い張れない容姿になってんじゃねえか……頭痛え。
 余談だが、尻尾もやはり生えていた。触ると尻と腰の境目辺りがモフッとしている。まんま兎尻尾だな……下を穿く時尻が窮屈なので、いっそ穴でも空けようかと思ったがやめておいた。触ってみるとなんとなく敏感な箇所な感じがしたので、このまま服の下に隠しておこうと思う。


 怒涛の一日に疲れてシャワーの後はすぐ寝たため、翌日の起床も早かった。朝日が昇りきった頃むくりと身を起こすと、隣のベッドで寝ていたカイルも起きあがる。
 昨夜は寝るべきかどうか戸惑って聞いてきたので、明日の護衛のためにちゃんと寝ろと告げた。夜番も護衛の仕事じゃないのかと呆れられたが、いいからお前も寝ろと再度言い聞かせると、カイルは諦めたようにベッドに横になった。すぐには寝つけなかったようだが、寝起きは悪くないんだな。

「おはよ」
「……ああ」
「飯食ったら出かけるぞ」
「ダンジョンにか?」
「いや、まずはギルドに行く」

 ギルドの登録証がなければダンジョンに入れないと噂話で聞いた。武器防具もろくにねえし、ダンジョンに突入するのは準備を一通り終えてからだ。
 朝食は一人分だけを部屋に用意してもらう。カイルは俺の食事から野菜や果物なんかを少しつまむ程度食べた。焼いた肉には興味なさそうだ。

「……ダイエット中の女子よか食わねえのな」
「は? 誰が女子だって?」
「女子とは言ってねえよ」

 魔力は足りているのか聞くと、魔法を使って消費しないのなら三日は補給しなくても平気だと言われた。昨日は俺の全魔力の五分の一を与えて満腹になったようなので、少食に感じるが悪魔はこんなもんなのか。
 それか俺の魔力量が多すぎるだけか? 獣人の魔力は軒並み低すぎて参考にならない。また悪魔の奴隷を連れてるヤツでも見かけたら、魔力量を視てみるか。
 少食なのかどうかよくわからねえが、はだつやは悪くねえし無理もしていなそうだから、一旦これでよしとしよう。
 朝食後、念のためカイルにはローブを頭から被ってもらって外に出ようとしたが、拒否された。

「身動きを制限される服はお断りだ」
「ワガママ言うなよ、大人の悪魔が自由に町を出歩いてみろ、討伐対象だと誤解を受けるぞ」
「こうすればいい」

 カイルはカーブを描く山羊やぎ角に違和感がないように、山羊やぎの耳を頭の上に生やしてみせた。エルフみたいなとがった耳も見えなくなっている。

「おお……魔力ってこんな使い方もできるのか」
「テメェら獣人ぜいとは違って、魔人は器用だからな」

 一言多いが、これなら町を歩いても違和感なく馴染なじめるだろう。ちょっとばかし角が立派すぎる気もするが、十分獣人に見える。面白い魔力の使い方だと思い、俺も兎耳を消して悪魔風の耳を魔力で形作ってみると、カイルは目を丸くして驚いていた。

「お前、本当は魔人だったのか」
「ちげえよ、人間だ」
「人間? なんだそれは」

 ああ……人間が存在しない世界的な感じなんだな、ここは。

「いや、いい。今のは秘密にしろ、他人に話すことを禁じる」
「……わかった」

 朝から時間を食ったが兎耳状態に戻して、山羊やぎ獣人に見えるカイルを連れて外に出る。ギルドの位置は知らなかったが、筋肉隆々の熊や牛の獣人たちの流れに乗ってついていくと、それっぽい場所にたどりつくことができた。

「ここか」

 扉を開けて中に入る。カウンターの向こうには職員が並び、大きな掲示板が壁を占拠している、ザ・ギルドという感じの場所だった。隣には酒場が併設されているが、さすがに朝一から飲む猛者もさはいないようで店は閉まっていた。

「人が多いな……一度引き返して先に昼食の確保をして、武器や防具を調達してからまた来よう」

 今はギルドが一番混みあう時間のようで、大男たちが押しあいへしあい掲示板の依頼をもぎとっていた。あの中をかき分けてカウンターに向かいたくはない。出直すのが吉とみた。
 ギルドからダンジョンに向かう道の途中は、商店街のように活気づいていた。パンの焼けるいい匂いが店先から漂ってくる。吸いこまれるようにして入店し、肉が挟まれたハードパンを五個ほど購入した。
 持ってきたリュックに入れるフリをしながら、インベントリにパンを入れる。問題なく入れることができた。ついでにほかの店も見てまわり、スープを器ごと購入しインベントリへ収納してみる。液体でも収納できるようだ、便利だな。

「よし、次は武器か。アンタの得物はなんだ?」
「剣なら心得がある」
「なら剣を買おう。武器屋に向かうぞ」

 剣は最低でも五ピンからだった。高い物だと三百ピンはする。革の胸当てと小手のような防具も隣の店に売られていたため、ついでとばかりに二人分を十ピンで購入しておいた。
 尻尾カバー、耳カバーなんてものもあったが……いらないよな? カイルの偽物の耳を見上げると首を横に振られた。だよな。

「お客さん、どのような剣をお探しで?」

 ガタイのいい牛獣人がニコニコとみ手をしながら聞いてくる。笑っているのに圧がすごいな。カイルはひるむ様子も見せずに店の中を見渡した。

「刃渡りは長めで、切れ味がいいものを頼む」
「それならこちらをどうぞ、持ってみていいっすよ」

 白銀の刀身に黒い柄の、シンプルな片手剣だ。
 カイルは左手でソレを受けとった……左利きなのか。重たげな剣を苦もなく持ちあげるカイルだが、本人は牢屋生活で腕が鈍っていると悪態をついていた。持っただけでわかるんだな。

「もう少し刀身が軽いほうがいいっすか?」
「いや……これでいい。じきに勘も戻るだろう」
「それいくらだ?」

 三十ピンだった。かなりお高いが買えなくはない。攻撃手段には金をかけたほうが生存率も高いだろうと購入を決意する。解体用の短剣と砥石もついでに買っておいた。
 これでいよいよ手持ちの金が底をつきそうだ。早めにダンジョンに入って稼いだほうがいいな。
 ギルドに戻ると、人の波は引いていた。改めて建物内部を観察しながら中に足を踏み入れる。
 ちらほらいる探索者の中には、耳カバーや尻尾カバーをつけているヤツらが多い。やっぱダンジョン探索では必要なのか?
 ……必要性がよくわからないので、一度ダンジョンに潜ってみて必要だと思ったら買うか。今は金ねえしいいや。
 字が読めない人のためか、簡単な図や色分けされたマークが貼られた依頼書を横目に眺めつつ、カウンターへ向かう。
 狐獣人の女性がすまし顔でカウンター奥に控えていた。スレンダーでキツそうな顔をしているが、どこかで見たような気がして親近感が湧く。

「ギルドに登録したいんだが」

 お姉さんは俺の耳を見て思案顔で眉根を寄せたものの、特に耳のことを話題にはしなかった。
 なぜ戦いに向かない小型獣人がギルドに? なんて思われているんだろうな。

「かしこまりました。字は書けますか?」
「問題ない」
「では、こちらの用紙に記入をお願いします」

 名前、特技、年齢、出身地の欄にそれぞれ記入が必要らしい。カイルも字が書けるようで、書かせることにする……いや、待てよ。小声でカイルに話しかけた。

「なあ、出身地はどうするんだ」
「ナガル村にする」
「どこだそれ」
「魔人と獣人の国の境にある、獣人側の山村の名前だ。あの辺りは特殊な土地で魔人差別もゆるい上に……山羊やぎ獣人も多い」

 へえ、つまり山羊やぎ獣人にふんしている悪魔……魔人が多いってことだな。

「なら俺も、ナガル村出身ってことでいいか」
「やめておけ、兎獣人は村にほぼいない」
「そうなのか」

 だったらほかになんか……ああ、噂で聞いた兎獣人が多い村にするか。カジュ村出身と書いて提出すると、狐のお姉さんが同情的な視線を向けてきた。

「まあ、生き残りの方がいらしたのですね。大変でしたでしょう……まさかあの惨劇を経て、力を得たいと冒険者を志したのでしょうか」
「え? ああ……自分の身を守れる程度には力が欲しいな」
「そうですか、決意は固いのですね。兎獣人である貴方にとってはつらい道のりになるかもしれませんが、陰ながら無事をお祈りいたします」

 なにやら誤解を受けた気がするが、登録証をもらえたのでよしとする。

「聞いたか、カジュ村の……」
「ひどい有様だったが、生き残りがいたのか……」
「どうせ兎には探索者なんて無理に決まってるのに……」
「連れも山羊やぎか、戦いには向かなそうだが……」
「耳カバーもつけてねえし、ダンジョンくさってんじゃねえか。賭けようか、泣きながら帰ってくるほうに……」

 掲示板前でたむろする熊や牛の大型獣人どもに噂されているが、聞こえないフリで通り抜けギルドから退出した。

「さて、早速ダンジョンに行くか。ほかに必要な物はねえよな?」

 カイルに確認すると、彼は俺になにか聞こうとしてためらっている様子だった。

「なんだ?」
「カジュ村、出身なのか?」
「違う」
「……そうかよ」

 カイルは顔を背けて、長い前髪で目元を隠した。どういう意図でそれを聞いたんだかさっぱりだが、後にしてほしい。

「俺について知りたいなら、今晩宿に戻った時にでも教えてやるよ。とにかく今はダンジョンだ」
「別にテメェのことなんぞ知りたくねえ」

 憎まれ口を叩くカイルを引き連れて、軽快に町を歩く。
 いのしし獣人の門番が、兎獣人ということで異様なほどに心配して止めてくるのを振り切って、俺たちはついにダンジョンの中へ潜入した。
 先を進むカイルに遅れないように、帰還陣を素早く設置してから進む。これで帰りたくなったらすぐに出られるはずだ。
 このダンジョンは地下一階からどんどん洞窟を潜っていく形式で、下におりるほど強い敵が出る。セオリー通りだ。一階はラット、二階は巨大バッタ、三階はスネーク。
 カイルはそのことごとくを剣で叩き切り、数が多い時は魔炎を使って一掃した。
 俺の出る幕がなくなってしまうので後方から魔力を練って雷の矢を飛ばしてみると、危ないからじっとしていろと怒られた。

「なんでだ。俺だって戦える」
「テメェは俺の護衛対象なんだろ、出しゃばらず大人しくしてろよ。でないと怪我するだろう」
「いざという時、少しは戦えるようにしておかないと困るんだ。アンタだって護衛対象が戦えたほうが都合がよくないか」
「それは……チッ、仕方ない。打つ時は必ず声をかけろ」

 よっしゃ、俺の魔法が火を噴くぜ。落ちた魔石を拾ってモンスターの姿を探しながら奥へ進む。
 ダンジョンのモンスターは、死ぬと空気中に霧散して消えてしまう。消える時に敵から落ちる魔石を拾って売るのが、主な収入源となるらしい。
 現れたスネークをカイルの真似をして炎で焼くと、一瞬で焦げてしまった。

「楽勝だな」

 鼻歌でも歌いだしそうな俺の様子を見て、カイルはくぎを刺す。

「油断するな」
「してねえよ」
「隙だらけに見える」
「あいにくと武術には縁がなかったんだ。しっかり守ってくれよな、相棒?」
「チッ」

 潤沢な魔力のおかげで攻撃力はあっても、守備や警戒においてはまだまだ力量不足のようだ。気を引き締めていこう。
 カイルを見習って警戒しながら歩いていると、魔力を吸いとられる感覚を拾った。

「ん?」
「なんだ」
「今、魔力を吸いとられた感じがしたんだが」
「ダンジョンだからな。そういうものだろう」

 そういうものなのか。吸われているのはごく微量だし、ずっとそれを気にかけているとほかがおろそかになりそうなので、気にしないことにする。
 四階、五階と無事におり、五階の奥に重厚な扉を見つけた。

「これはなんだ?」
「ボス部屋だ」
「へえ」

 なんでこうもゲームじみた作りをしているんだか。この世界には管理者でもいるのか?

「奥になにがいるかわかるか?」
「ここのダンジョンは知らないな。別のダンジョンだとゴブリンリーダーが出たりするそうだが」

 いるのか、ゴブリン。ますますゲームっぽいな。

「カイル、俺たちの実力なら問題ないと思うか?」

 改めて問うと、カイルは紫がかった柘榴ざくろのような瞳でひたりと俺を見据えた。

「……問題ないだろう。五階層のボスなんぞ、ハッキリ言って雑魚ざこだ」

 俺は口笛を吹いてはやしたてた。

「いいねえ、その意気だ。行こうぜ」

 重たい扉に手を当てて押し開け……開け……開かねえな!? 見かねたカイルが手伝ってくれると、重い扉はギギギと音を立てながらゆっくり開いた。宿に戻ったら筋トレしよ。
 扉の向こうには広い空間が広がっていた。ダンジョンの洞窟は壁自体がわずかに発光していて、太陽がちょうど沈んだばかりの時間と同程度には周りが見える。問題なく部屋の奥まで見渡せた。
 ……部屋の中で、大きな生物が身を潜めている気配がした。白っぽい岩が不自然に盛りあがっている場所をよく観察すると、呼吸をしているかのように動いている。
 それはトグロを巻いた大きな蛇だった。ゴツゴツとした表皮が硬そうな大蛇だ。扉の奥へ数歩踏みこんでも、起きる気配がない。

「おい、あいつ寝てるぞ」
「チャンスだ。一気に畳みかけよう」

 ヘビだし体温下げてみるかと辺りの空気を冷やしはじめる。それを察知したカイルは、氷の槍を練りあげ蛇のとぐろの中心目がけて投擲とうてきした。
 ギョエエエェエェー!
 悲鳴のような声が響く。頭をデタラメに振りまわす蛇にカイルは素早く肉薄し、刃を一閃いっせんする。
 蛇の腹側は岩ではなく、うろこで覆われていた。その硬いうろこの隙間にするりと潜りこんだ刃が、首の肉に斬りこむ。
 鮮血を噴きだしながら地に伏せた蛇はビタンビタンと痙攣けいれんし、ついに動かなくなった。

「はっ、雑魚ざこが」
「危なげない勝利だな。カイルには戦いのセンスがある」

 褒めてみせると、彼はふいっとそっぽを向いた。なんだよ、照れてるのか? 無理矢理照れ顔を拝んでやろうかとも思ったが、グッと我慢する。
 まだそこまで打ち解けちゃいねえ、慎重に仲を深めねえと。やっぱテメェの魔力なんぞいらねえと逃げだされでもしたらたまらない。
 大蛇の死体がシュウシュウと音を立てて、ダンジョンの床に溶けていく。ボスみたいに大きな個体は、これまでのモンスターと違って瞬時に溶けはしないようだ。気体や液体になった後の質量は、いったいどこに行くのだろうか。
 やっぱダンジョンってなんかありそうだよな……死体のエネルギーを再利用して別のモンスターに転用しているとか、ありえそうでゾッとする。
 残ったのは、白く輝く小指の爪ほどの魔石だった。ただのスネークが落とす石が五ミリ程度だったから、倍は大きい。カイルは魔石を拾いあげて、ふむと片腕を組む。

「アタリ石だ。小ぶりだが質もいいし、属性も貴重だ」
「属性なんてあるのか」
「……なにも知らないのにダンジョンで稼ごうと思ってたのか?」

 ジトリと呆れた視線をよこされて、下手な口笛を吹いてごまかした。すまねえな、なんせ昨日この世界に来たばかりだから、わかんねえことだらけなんだよ。
 今日のダンジョン探索で先立つモノを手に入れたら、俺の事情を話してやるからさ。秘密を守ってくれる契約だしな。信頼されるためにはまずは自己開示が重要だ。

「で、この後はどうする? 俺はまだまだ行けるぜ」

 話を逸らすとカイルは首をめぐらせて辺りを確認してから、一つうなずいた。

「……なら、先に進もう。宝箱も出なかったようだ」
「宝箱が出るのか」
「ボス部屋ではボスの討伐後、出ることがある」

 ますますゲームっぽい、いやもうゲームそのものだ。いったい誰がこんな仕組みを作ったんだか。
 口の端をつりあげて、からかうように告げた。

「へえ。俺たちにもいつか宝箱を用意してもらえるといいんだが」

 カイルの肩がピクリと動いた。用意という単語に反応した気がする。

「どうした?」
「いや……お前、どこまで知ってる?」

 カイルがなにか得体の知れないものを見るような目で、俺を推し測っている気配を感じる。

「別になにも? ただダンジョンってのはやたらと人為的に作られた感じがすると思っただけだ」
「……」

 その間はなんなんだよ。やっぱりカイルはなにか知っているのだろう。それを教えてくれる気はなさそうだが、今は護衛の仕事をしっかりとこなしてくれりゃ、それでいい。

「ほら、早く行かねえと日暮れまでに戻れねえぞ。とっとと進もうぜ」

 下におりる階段へ近づくと、カイルがごく小さな声で独り言を呟くのを、俺の高性能な長耳が捉えた。

「……ょ」
「ん? どうかしたか」

 内容までは聞きとれなくてたずねると、カイルはわざとらしくため息をつきながら、長い足を動かしてついてきた。

「護衛対象が先を歩くな。罠があるかもしれない」
「なら早く来いよ」
「口の減らないヤツだ……後で覚えていろ、洗いざらい吐かせる」
「おお、怖い。お手柔らかに頼むぜ?」
「まったく怖いと思ってないだろう? 食えない兎だ」

 その兎って呼ばれ方、違和感が半端ないんだが。まだ兎獣人の自覚が薄い俺としては、普通に名前で呼んでほしいところだ。
 その後もまったく危なげなく進み、十階層までなんなく来られた。時々すれ違うガタイのいい獣人探索者たちには擦り傷や打撲痕が見えたが、俺たちは魔法主体で戦うためまったく傷ついていない。
 すれ違い様、兎獣人がダンジョンに? と驚かれたりしながらも、悠々と歩を進めた。

「カイルは前にもダンジョンに潜ったことがあるんだろ、何階層まで行ったんだ?」

 悪魔は赤紫色の瞳を瞬かせて数秒くうを見つめた後、思わせぶりに肩をすくめた。

「さあな、忘れた」
「教えてくれたっていいだろ、そんくらい」
「本当に忘れたものは答えようがない。五十階より下だった気がするが」
「それってすごいのか」

 カイルは呆れた目でチラリと俺を睥睨へいげいした。ダンジョンに潜りたいと言ってたくせになにも知らねえとか、また思われてるな。
 そのまま無視されるだろうと考えていたら、意外にも彼は言葉を続けた。

「……俺の知る限り、獣人の最高到達階層が確か、五十四階だ」
「ほお。つまりカイルはトップレベルのダンジョン探索者ってわけか。頼もしいな」

 さりげなくポンと肩に手を置いてみると特に嫌がる様子は見せなかったが、自然な仕草で払いのけられた。

「やめろ。左側に立つな、切られたいのか」
「そんなヘマしねえだろ?」
「だとしてもだ。俺に守られる気があるならもっとそれらしくしろ」
「それらしくって? しおらしい態度で、守ってくださいカイル様ぁ、とかお願いすりゃいいのか?」

 ふざけてかわいこぶってみるとカイルはうっとうなった後、悪態をつきながら早足で俺より前を歩いた。ちゃんと守れるよう距離を保っているあたり、ぬかりがない。
 ……ちょっと顔が赤かった気がしたが、気のせいだろうか。体調不良じゃねえだろうな?
 昨日までろくに飯も食えてなくて栄養失調だったわけだし、今日は十階層のボスを倒したら帰ろうと決めた。
 まったく歯ごたえなく十階層のボスであるカマキリのバケモノを倒した俺たちは、無傷でダンジョンから脱出した。帰る時に足を使うのはダルいので、あらかじめダンジョン入り口の死角に設置しておいた帰還陣を発動させる。

「……は?」

 一瞬で景色が切り替わり、身構えたカイルはそこがダンジョン前だと知るとポカンと口を開けていた。ギギギ、と音がしそうな動作で俺を振り向くと、唇をわななかせる。

「お前……本当は魔人だな? でなければ魔人の血が入っているに違いない」
「だから違うって」
「ありえないだろう、獣人のくせに上級魔人の俺より魔力の扱いがうまいなんて」
「そんじゃ俺が初の実例だな。その辺の事情も魔石を売っぱらった後に答えてやるから、まずはギルドに戻ろう」

 促すと、不満そうな顔をしながらも大人しくついてきた。帰還陣は誰かに見つかったりしないよう、周囲に岩を置いてカモフラージュしておく。
 岩陰から出ると、行きしなに執拗しつようなまでに俺の心配をしていたいのしし獣人が、揺れる兎耳に気づいて突進してきた。

「兎のあんちゃん、無事だったか! そんなちっこいナリでダンジョン行くなんざ、どうなることかと思ったがよかった!」

 暑苦しいノリで心配され苦笑する。

「心配ねえっておっさん、俺には頼れる相棒がいるからな」
「そうか、山羊やぎのあんちゃんはご主人様じゃなくて、お仲間だったか!」

 誰がご主人様だって? 確かに俺より上等な服を着てるが、護衛してもらってることを考えるとむしろ俺のほうが雇い主なんだが?
 俺の内心をまったくおもんぱかる様子のないいのしし獣人は、ニカリとカイルに笑いかけた。牙がすげえ。

「お前もヒョロヒョロで強そうには見えなかったが、やる時はやる男なんだな! よくぞ兎のあんちゃんを守ってくれた!」

 カイルは暑苦しいノリが苦手なのか、やりづらそうにいのしし獣人から一歩離れた。
 はは、心配してもらえるのはありがてえ限りだが、そろそろ行くか。

「そんなわけだから、今日は帰るわ。またな」
「おお、しっかり休めよー」

 おっちゃんに手を振って屋外へ出た。外はまだ太陽が黄色くなりはじめたばかりだ。ギルドに到着し扉を開けると、今朝対応してくれた狐のお姉さんが微笑をたたえて出迎えてくれる。

「こんにちはイツキさん。ちょうど今追加で初心者向けの依頼が入ったところですよ、見ます?」
「へえ、どんな感じなんだ?」

 漂白されていない、目のあらい紙をのぞきこむ。カイルも上から同じ紙を見下ろしていた。

「どれどれ、薬草採取? 町の外に出る依頼か」
「初心者向けの依頼はだいたいそうですね。ダンジョン内のモンスターのほうが、一般的に外の魔物より強いですし」

 ふうん、そうなのか。まったく手こずらなかったけどな。

「薬草を覚えておくと、いざという時に便利ですので初心者の方にオススメしています。依頼を受けてみたらどうですか?」

 依頼達成時の報酬を確認する。うわ、二ブェンとかしょっぼ……二千円なんて下手したらその日の食費で消えるじゃねえか。
 ただ、薬草採取の仕方を覚えておくのは有用そうだ。せっかくだから魔力を使ってポーション作りとかしてみてえしな。期限も……明後日の夜までか。それなら問題ないだろう。

「わかった、受ける」
「かしこまりました。依頼が達成できたら、そちらの依頼書と薬草をセットでお持ちください」
「ああ。ところで、ギルドで魔石って買い取ってもらえるのか」

 お姉さんはきょとんとした顔で目を見開く。

「はい、買い取れますが……まさかもうダンジョンにおもむかれたのですか? 依頼もなにも受けていませんでしたよね?」

 一般的には依頼された仕事をこなしにダンジョンに向かい、ついでに道中手に入れた魔石を売るのがセオリーなのだろう。俺たちは依頼を受けずに魔石だけかき集めてきたわけだが。
 サクサクモンスターを倒せる実力者ならともかく、普通の探索者は依頼も受けずにそんな無謀で非効率なことしないんだろうな。狐お姉さんの視線がそう物語っている。

「少しばかり肩慣らしにな」

 俺たちの会話を聞いていたのか、昼間から酒場でくだを巻いている狼耳の獣人が馬鹿にしたように笑うのがわかった。狼獣人はニヤニヤと野卑やひな嘲笑を隠す様子もなく、俺たちのほうを指差す。

「ははっ、あの兎ちゃん、登録した初日にダンジョンへ肩慣らしに行ったんだと」

 隣のハイエナっぽい耳の獣人も、チラリと俺たちに視線をよこしてあざ笑う。

「なんだそれ、自殺志願者か? それとも本当にダンジョンの空気だけ吸って帰ってきたとか」
「臆病な山羊やぎと兎だし、十分ありえるな。あいつらなにしにダンジョンへ行ってきたんだよ」
「度胸試しか? まさかダンジョンのモンスターを倒せるわけねえだろうしな」
「ギャハハハッ、どうせ行くだけ行ったら怖気づいて、尻尾巻いて帰ってきたんだろ! あ、兎に巻けるような尻尾はなかったな!」
「ガハハハ!」
(うるせえヤツらだなあ)

 俺が彼らにチラッと視線を向けたのがわかったのか、カイルが小声で呟いた。

「ほっとけ。弱いヤツほどよく吠える」
「んだとぉ!? おいそこのヒョロ男、聞こえてんぞ!」

 おいおい、ガリガリなのは腹いっぱい食べられてなかったせいなんだから、そこ指摘してやるなよな。テンプレ的な絡み方に辟易へきえきしていると、受付嬢が苦言を呈した。

「ちょっと貴方たち。ギルド内でのめ事ははっよ。規則を破れば、登録証を一時的に没収することになるわ」
「手を出さなきゃいいんだろ? 俺は別にケンカを売ってるわけじゃねえよ。なあ?」

 赤ら顔の酔っ払いおっさん狼獣人が、冴えないハイエナ獣人に話を振る。

「そうそう、俺らは兎ちゃんたちを心配してただけだから」
「帰ってママのお乳を飲んどけよってな。ギャハハハ!」

 あーあ、あほらし。さっさと精算して宿に戻って、カイルと話がしたいってのに。
 この世界に落ちて以来やたらとかわいいと評される顔で、めいっぱい愛嬌のある笑顔を作って三流探索者どもにサービスしてやった。

「なんだよアンタら、兎と山羊やぎがそんなに珍しいか? 心配してくれてどうもありがとうよ」

 赤ら顔をさらに赤く染めた狼獣人が、だらしない笑みを浮かべる。

「おい、よく見るとかわいいじゃねえか。ダンジョン探索なんてアホらしいこと言ってないで、男娼でもやったらどうだ?」
「ダンジョン探索で食っていけなかったら考えるよ。せっかく出会えたんだし記念にこれやるな」

 コロンと男の無骨な手のひらの上に、一センチ大の魔石を転がす。九階層の魔物から出たものだ。

「な、これは……」
「俺らが普段手に入れる魔石よりでかくねえか? 兎ちゃん、こんないいモンもらえねえよ。ふときゃくにでももらったのか? 売れば一ピンにはなるぞ」

 俺が男娼やってる前提で話すんじゃねえ。客なんてとってねえよ、この酔っ払いどもが。
 こめかみに青筋が浮きそうになるのを気合いで堪え、かわいらしく見えるよう笑顔をキープする。

「別に、たいして手に入れるの大変じゃないんで。遠慮なくどうぞ?」
「あ? どういう意味だそりゃあ」

 目を白黒させる二人組を放って、カウンターに戻る。

「魔石はここで出していいのか?」
「あ、買取カウンターがありますのでそちらでどうぞ」

 白いオコジョを彷彿ほうふつとさせる見た目の獣人が控えるカウンターへ向かう。背負っていたリュックから物を出すフリをしながら、インベントリを開けた。
 ジャラジャラと湧きでるように現れた魔石の群れに、オコジョ姉さんは慌てて箱をとりだす。

「すみません、数えますのでコチラのマスの中に入れていただけますか!?」
「ああ、こりゃ失敬。入れ直すよ」

 狐のお姉さんも応援にやってきて、それぞれのマス目にサイズがあうように魔石を詰めていく。いつの間にか狼とハイエナのおっさんも、俺たちが数える様子を後ろから見守っていた。

「やばいな、あれだけあったらエールが何杯飲めるか……」
「それどころじゃねえ、剣も防具も新調できる。すげえ……まさかこれこいつらが集めたのか?」
「そんな馬鹿な……え、マジで?」

 おっさんどもが騒ぐから、酒場にいたほかの客の視線までビシバシ飛んでくる。そんな中カイルは悠々と腕を組んで、酒場客を眺めていた。
 余裕ぶっこいているものの一応護衛として周りを警戒している様子なので、俺は酒場客に背を向けて魔石詰めに集中する。
 オコジョさんがやっと数え終えて、額の汗をぬぐった。大量の赤い魔石と、黄色、緑、紫などの魔石がそれぞれ分けられて、キッチリと箱に納められている様は壮観だ。
 蛇の魔石だけ別で、お高そうな布張りの箱に入れられていた。いい値段がつきそうじゃないか。

「買取額は百三十五ピン三ブェン八ヘンになります。そろえてまいりますので少々お待ちください」

 ざわりとギルド中がどよめいた。探索初日で、兎と山羊やぎが? ありえない、といった内容のささやきがそこかしこから聞こえてくる。白い蛇の魔石にかなりいい値段がついたようで、五ミリ以下のクズ魔石の総額より買取額が高かった。
 運がよかったな、一日目で百三十五万も稼げるなんて。カイルも満足そうに、口の端をニヒルにつりあげている。チラリと目配せされたので、にっと笑って応えておいた。

(いいぜ。貢献してくれた分、報酬の魔力はたんまりと弾んでやるよ)

 オコジョさんが早足で駆け戻ってくる。手にはズッシリと硬貨で満たされた袋を掲げていた。

「こちらが報酬になります。高額ですのでギルドに預けることもできますが、どうされますか?」
「え、預けられんの?」
「はい。百ピン以上を所持している方は、十ピンを利用料として先払いしていただくことで、ギルドの金庫にお金を預けることができます」

 あったじゃん銀行、思わぬ掘り出しものだ。
 登録証をなくしたら金を引き出せないなど、細かなルールを聞いたところ納得できる内容だったので、できれば預けておきたい。十ピンの利用料は高額だが、俺たちが金を持ち歩いていると知ったら、よからぬことを考えるやからが出てこないとも限らないしな。


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感想 150

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