45 / 178
第二章 陰謀恋愛編
187 地震
しおりを挟む
エイダンよりも色の薄い、薄茶色のまつ毛が震える。クレミアはぼんやりと、焦点のあわない瞳を見開いた。
「母さん……! よかった、僕のことがわかる?」
「……エイダン? ここは、いったい……」
彼女は背中を庇うようにしてエイダンの腕の中で身じろぎ、違和感に気づいたらしい。
ローブも肌着も破れて、地肌が見えているそこをペタペタ触って、信じられないという顔をする。
「傷が、ない……」
「ここにいるイツキくんが、治してくれたんだ」
「イツキくん……」
おうむ返しのように呟き、俺の方に目を向けたクレミアは、その傍らにカイルがいることに気づいて、表情を固くした。
「カイル殿下……! 申し訳ありません、醜態を晒してしまい……」
「気にするな。それよりも、頼みがある」
「はい。なんなりとお申しつけください」
「あ、ちょっと待ってくれ。カイル、クレミア母さんにローブをあげてもいいか?」
「ああ」
背中が出てたら寒いだろうと、カイルの耳隠しのために買ったローブをクレミアに渡す。
今着ているローブと同じようなデザインのそれを羽織ったクレミアは、恐縮するように身を縮めた。
「ありがとうございます」
「いいって」
「ありがとうイツキくん」
話をしている間にも、あたりの魔力濃度が増している気配を感じる。
クレミアに事情を説明すると、彼女は痛ましい表情で目を伏せた。
「そうですか、身にあまる魔力を取りこんで……」
「俺達はダンジョンの崩壊を、なんとかして止めたいんだ。ここはアンタのダンジョンなんだよな? なにかいい方法はないのか」
クレミアはためらうように周囲に視線を巡らせ、遠慮がちに口を開いた。
「……最善の方法ではないでしょうが、被害を最小限に食いとめることならできそうです」
「どんな方法なんだ?」
「ダンジョンの規模を縮小し、下層を切りはなすのです。私のダンジョンではなくなった場所であれば、次元の狭間に消えてなくなるでしょう」
「それだと赤目野郎は死ぬんじゃねえか?」
俺が指摘すると、カイルは嘆息しながら首を横に振った。
「そもそもあの量の魔力を取りこんだ時点で、あの馬鹿の身体は限界を迎えている。遠からず機能しなくなるだろう」
「そうか……他の生存者を巻きこまずに済むなら、その方法が一番よさそうだ」
クレミアは本来ダンジョン内のことなら、手にとるように把握できるらしい。
今はダンジョン全体に魔力が漂い、ミルヒの力が働いている。
中の様子がわかりにくいとのことだったが、彼女は懸命に集中して、獣人の有無を確認してくれた。
「……五十階層より下には、あの襲撃者の他に生命の気配はありません。切り離せます」
「そうか、思いきった決断だな……いいのか?」
「かまいません」
カイルはクレミアの、堅い意志が宿った目を見て、ひとつ頷いた。
「わかった。やってくれ」
「かしこまりました、殿下」
カイルの言葉に首肯し、彼女はエイダンから受けとったダンジョンコアを、両手で胸の前に掲げた。
不気味に光る球体に向かって、なにやら怪しげな呪文を唱えるクレミア。
いくつもの魔法陣が回転しながら宙に浮き、ダンジョン内の揺れが激しくなる。
「いきます!」
カイルが俺を抱く力を強くした。エイダンも何かあった時にすぐ動けるよう、クレミアのすぐ後ろで彼女を支えている。
すさまじい振動と轟音が俺達を襲った。ダンジョンが今にもビシリと音をたてて、地割れを起こしそうなくらいの衝撃だった。
今まで経験した地震よりも遥かに大きく、空間ごとうち震えている。立っていられなくてうずくまる俺を、カイルの腕が追いかけてきた。
「イツキ!」
「……っ!」
声も出せずにカイルの腕にすがりつく。いつまでも続くかと思われた揺らぎは、やがて小さく弱くなっていき、平穏が訪れた。
「……終わり、ました」
「母さん!!」
ものすごい揺れの中、なんとか術式を保っていたクレミア。彼女は全てを滞りなく終えると、ダンジョンの床に倒れこみそうになる。
「母さん……! よかった、僕のことがわかる?」
「……エイダン? ここは、いったい……」
彼女は背中を庇うようにしてエイダンの腕の中で身じろぎ、違和感に気づいたらしい。
ローブも肌着も破れて、地肌が見えているそこをペタペタ触って、信じられないという顔をする。
「傷が、ない……」
「ここにいるイツキくんが、治してくれたんだ」
「イツキくん……」
おうむ返しのように呟き、俺の方に目を向けたクレミアは、その傍らにカイルがいることに気づいて、表情を固くした。
「カイル殿下……! 申し訳ありません、醜態を晒してしまい……」
「気にするな。それよりも、頼みがある」
「はい。なんなりとお申しつけください」
「あ、ちょっと待ってくれ。カイル、クレミア母さんにローブをあげてもいいか?」
「ああ」
背中が出てたら寒いだろうと、カイルの耳隠しのために買ったローブをクレミアに渡す。
今着ているローブと同じようなデザインのそれを羽織ったクレミアは、恐縮するように身を縮めた。
「ありがとうございます」
「いいって」
「ありがとうイツキくん」
話をしている間にも、あたりの魔力濃度が増している気配を感じる。
クレミアに事情を説明すると、彼女は痛ましい表情で目を伏せた。
「そうですか、身にあまる魔力を取りこんで……」
「俺達はダンジョンの崩壊を、なんとかして止めたいんだ。ここはアンタのダンジョンなんだよな? なにかいい方法はないのか」
クレミアはためらうように周囲に視線を巡らせ、遠慮がちに口を開いた。
「……最善の方法ではないでしょうが、被害を最小限に食いとめることならできそうです」
「どんな方法なんだ?」
「ダンジョンの規模を縮小し、下層を切りはなすのです。私のダンジョンではなくなった場所であれば、次元の狭間に消えてなくなるでしょう」
「それだと赤目野郎は死ぬんじゃねえか?」
俺が指摘すると、カイルは嘆息しながら首を横に振った。
「そもそもあの量の魔力を取りこんだ時点で、あの馬鹿の身体は限界を迎えている。遠からず機能しなくなるだろう」
「そうか……他の生存者を巻きこまずに済むなら、その方法が一番よさそうだ」
クレミアは本来ダンジョン内のことなら、手にとるように把握できるらしい。
今はダンジョン全体に魔力が漂い、ミルヒの力が働いている。
中の様子がわかりにくいとのことだったが、彼女は懸命に集中して、獣人の有無を確認してくれた。
「……五十階層より下には、あの襲撃者の他に生命の気配はありません。切り離せます」
「そうか、思いきった決断だな……いいのか?」
「かまいません」
カイルはクレミアの、堅い意志が宿った目を見て、ひとつ頷いた。
「わかった。やってくれ」
「かしこまりました、殿下」
カイルの言葉に首肯し、彼女はエイダンから受けとったダンジョンコアを、両手で胸の前に掲げた。
不気味に光る球体に向かって、なにやら怪しげな呪文を唱えるクレミア。
いくつもの魔法陣が回転しながら宙に浮き、ダンジョン内の揺れが激しくなる。
「いきます!」
カイルが俺を抱く力を強くした。エイダンも何かあった時にすぐ動けるよう、クレミアのすぐ後ろで彼女を支えている。
すさまじい振動と轟音が俺達を襲った。ダンジョンが今にもビシリと音をたてて、地割れを起こしそうなくらいの衝撃だった。
今まで経験した地震よりも遥かに大きく、空間ごとうち震えている。立っていられなくてうずくまる俺を、カイルの腕が追いかけてきた。
「イツキ!」
「……っ!」
声も出せずにカイルの腕にすがりつく。いつまでも続くかと思われた揺らぎは、やがて小さく弱くなっていき、平穏が訪れた。
「……終わり、ました」
「母さん!!」
ものすごい揺れの中、なんとか術式を保っていたクレミア。彼女は全てを滞りなく終えると、ダンジョンの床に倒れこみそうになる。
70
お気に入りに追加
4,054
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜
N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間)
ハーレム要素あります。
苦手な方はご注意ください。
※タイトルの ◎ は視点が変わります
※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます
※ご都合主義です、あしからず
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
主人公に「消えろ」と言われたので
えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。
他のサイトで掲載していました。
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。