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第二章 陰謀恋愛編

187 地震

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 エイダンよりも色の薄い、薄茶色のまつ毛が震える。クレミアはぼんやりと、焦点のあわない瞳を見開いた。

「母さん……! よかった、僕のことがわかる?」
「……エイダン? ここは、いったい……」

 彼女は背中を庇うようにしてエイダンの腕の中で身じろぎ、違和感に気づいたらしい。

 ローブも肌着も破れて、地肌が見えているそこをペタペタ触って、信じられないという顔をする。

「傷が、ない……」
「ここにいるイツキくんが、治してくれたんだ」
「イツキくん……」

 おうむ返しのように呟き、俺の方に目を向けたクレミアは、その傍らにカイルがいることに気づいて、表情を固くした。

「カイル殿下……! 申し訳ありません、醜態を晒してしまい……」
「気にするな。それよりも、頼みがある」
「はい。なんなりとお申しつけください」
「あ、ちょっと待ってくれ。カイル、クレミア母さんにローブをあげてもいいか?」
「ああ」

 背中が出てたら寒いだろうと、カイルの耳隠しのために買ったローブをクレミアに渡す。

 今着ているローブと同じようなデザインのそれを羽織ったクレミアは、恐縮するように身を縮めた。

「ありがとうございます」
「いいって」
「ありがとうイツキくん」

 話をしている間にも、あたりの魔力濃度が増している気配を感じる。

 クレミアに事情を説明すると、彼女は痛ましい表情で目を伏せた。

「そうですか、身にあまる魔力を取りこんで……」
「俺達はダンジョンの崩壊を、なんとかして止めたいんだ。ここはアンタのダンジョンなんだよな? なにかいい方法はないのか」

 クレミアはためらうように周囲に視線を巡らせ、遠慮がちに口を開いた。

「……最善の方法ではないでしょうが、被害を最小限に食いとめることならできそうです」
「どんな方法なんだ?」
「ダンジョンの規模を縮小し、下層を切りはなすのです。私のダンジョンではなくなった場所であれば、次元の狭間に消えてなくなるでしょう」
「それだと赤目野郎は死ぬんじゃねえか?」

 俺が指摘すると、カイルは嘆息しながら首を横に振った。

「そもそもあの量の魔力を取りこんだ時点で、あの馬鹿の身体は限界を迎えている。遠からず機能しなくなるだろう」
「そうか……他の生存者を巻きこまずに済むなら、その方法が一番よさそうだ」

 クレミアは本来ダンジョン内のことなら、手にとるように把握できるらしい。

 今はダンジョン全体に魔力が漂い、ミルヒの力が働いている。

 中の様子がわかりにくいとのことだったが、彼女は懸命に集中して、獣人の有無を確認してくれた。

「……五十階層より下には、あの襲撃者の他に生命の気配はありません。切り離せます」
「そうか、思いきった決断だな……いいのか?」
「かまいません」

 カイルはクレミアの、堅い意志が宿った目を見て、ひとつ頷いた。

「わかった。やってくれ」
「かしこまりました、殿下」

 カイルの言葉に首肯し、彼女はエイダンから受けとったダンジョンコアを、両手で胸の前に掲げた。

 不気味に光る球体に向かって、なにやら怪しげな呪文を唱えるクレミア。

 いくつもの魔法陣が回転しながら宙に浮き、ダンジョン内の揺れが激しくなる。

「いきます!」

 カイルが俺を抱く力を強くした。エイダンも何かあった時にすぐ動けるよう、クレミアのすぐ後ろで彼女を支えている。

 すさまじい振動と轟音が俺達を襲った。ダンジョンが今にもビシリと音をたてて、地割れを起こしそうなくらいの衝撃だった。

 今まで経験した地震よりも遥かに大きく、空間ごとうち震えている。立っていられなくてうずくまる俺を、カイルの腕が追いかけてきた。

「イツキ!」
「……っ!」

 声も出せずにカイルの腕にすがりつく。いつまでも続くかと思われた揺らぎは、やがて小さく弱くなっていき、平穏が訪れた。

「……終わり、ました」
「母さん!!」

 ものすごい揺れの中、なんとか術式を保っていたクレミア。彼女は全てを滞りなく終えると、ダンジョンの床に倒れこみそうになる。
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