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●預言者と勇者

名もなきプランク

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「は……?」

 男は自分のことを“預言者”と名乗った。その名前は知っている。最近話題になっているからだ。

 占い師とはまるで種類が違う。彼の預言は全て必ず発生するからだ。その上、恐ろしいほど細部まで正確。最初こそ誰も相手にしていなかったけど、余りの精度に無視できなくなり、誰かが“預言者”と呼ぶようになった存在。

 預言の内容が、何故か勇者に関することのみなのが国としては残念だと兄がぼやいていた。

 彼に会ったことはないし、容姿についても余り公にされていない。

 僕は目を細めて男を見る。ヒダカに似た黒髪に、黒い瞳を持っていた。細い目が目つきを悪く見せているけど瞳が鋭いというわけではないようだ。

 色彩の薄い布で仕立てられた服は古着の中でも質のいい品だ。靴もちゃんと手入れがされている。彼が本物の“預言者”ならば国から手厚い援助を受けているから納得はできる。

、嘘つきと知り合いになる気はないのだけど……」

 さっき言い当てられたことといい、本当に本物なのだと思うけど、それでも知らないフリをした。

「嘘かどうかは、あなたが一番よく分かっているかと思います」
「君が高名な預言者様だったとして、私に一体何の用?」

「あなたもご存じの通り、私は勇者様の神試合までの事柄をかなり詳細に予言することができます」
「そうみたいだね」

「結論から申し上げます。勇者様にお気持ちを伝える際は、時期に慎重になっていただきたいと思い参りました」
「は……?」

 二回目のマヌケな声が出た。色々と突拍子が無さ過ぎて対応できない。

「ルメルさんは勇者様を愛してらっしゃる。このことも私は存じ上げております。ルメルさんの立ち位置として、簡単にお気持ちを伝えることはないということも。しかし、それでも万が一を懸念しております。貴方が動かずとも、きっとすべからくうまくいくと予言いたします」

「なに……? なにをいって……」

「私は、残念ながら全てではないのですが、この世界の理を理解しております。しかしこのままですと、私の理解する範囲を越えてしまう可能性があるのではないかと危惧しております」

 言っている意味が分からなくて気が立ってきた。目を大きく開く。一刻も早くこの男の側を離れたい。

「悪いけど、何を言っているのか全く分からな」
「誘拐事件は大変でしたね」

 最後まで言わせてはもらえなかった。僕は無言で固まった。

「ルメル様は最初、勇者様の性格が悪いと思っていたようですが、いつ頃からその辺りの認識を変えたのですか?」

「なに……なにを」

「閉じ込められたときに、勇者様に渡されたのは確かフルーツナイフだったと記憶しておりますが、あっておりますか?」

 誘拐事件のことは表沙汰になっていない。知っているのは一部の関係者だけだ。

 それに、僕が感じたヒダカの性格について本人や仲間たち以外に話した記憶はない。

 最後の話についてはもう、何が何だか分からなかった。だって、フルーツナイフを渡されたことなんて、誰にも話していない。言わば、僕とヒダカだけの秘密のようなものだったのだ。

「信じて、いただけましたでしょうか?」
……?」

“預言者”なんて、簡単なものじゃないじゃないか。こんな、過去のことまで分かるなんて、預言なんて言葉で片付けていいものじゃないんじゃないの?

「君、なに……? なんなの……?」
「私は――」


 ドロップには二種類ある。

 ドロップのほとんどは子供の頃にこの国に来る。

 ヒダカも八歳頃にふと気づいたら今までいた所とは別の場所にいて、何かがおかしいと思ったそうだ。

 歩いていたのは商業エリアの一角で、その場に見覚えが無いことはし、自分がいた世界のことものに、その直前にしていたことや、誰といたのか、自分がどんな境遇なのかを思い出そうとしても、頭の中が真っ白になって何も浮かばなくなっていたらしい。

 余りのことに戸惑って不安になってキョロキョロと周りを見ていたところを、果物屋の店主が発見してドロップであると診断された。

 ドロップは“女神の落とし物”と異名されるくらいなので国から手厚い保護を受ける。スラオーリの大事な所有物だと考えられているわけだ。

 スラオーリの落とし物である証拠に、彼らは女神の加護を受けている。言語理解という加護だ。

 ヒダカも例外ではなく、きちんと加護を受けていたことが判明したので、暫くしてから保護資格を持つ裕福な老夫婦に引き取られることが決定した。

 ついこの間も新しいドロップが見つかっている。六歳くらいの女の子で、しっかりと加護を受けて共有語を話すことができた。拙い言葉で“ウーバー”についても説明してくれたらしい。お陰で僕たちの国はまた一つ豊かになりそうだ。

 担当者はホッとして彼女の心と体を観察している。うまくいけば近いうちに保護者が決まるかもしれない、と端末の情報で読んだ。

 ドロップの担当者がホッとしたのには理由がある。

 ごくまれに、女神の加護を受けていないドロップがいるからだ。

 本当に珍しいことで、歴史上でも数人しか発見されていない。実際はもう少しいるらしいけど真実は分からない。

 彼らは前の世界の記憶を完全に有していて、彼らの言語で会話をしようとする。話せるはずの共有語どころか種族語の一つも理解できない。当然、書けないし読めない。

 不思議なことに、これは逆の場合も同じだ。国内の言語学者がどんなに聞き取ろうとしても、余りの発音や文法の違いにまともに解読できない。

 結果的に、時間をかけて習得しようとしても、どちらにとっても最低限の単語を理解するのが精一杯なのだそうだ。

 しかし、問題は言語だけじゃない。

 最も大変なのは、魔力を全く持っていないことだ。魔法が不得意な獣人族でさえ魔力は必ず内包しているものなのに、魔法が下手ならまだしも魔力自体が無い。正直、理解が及ばない。あり得ない。

 こういった特徴を持つドロップを一部では”女神の悪戯”プランクと呼んでいる。

 そうなると国にできることは限られてくる。言語も違い、魔法も使えない者がこの国でまともに生きていくのはまず無理だからだ。

 ドロップである以上、仕方なく最低限の保護活動は行うものの、衣食住を与える以外はほったらかしになってしまうことが多いらしい。

 そうして彼らは、言語も生活環境も常識も何もかも違う場所で孤独に苛まれ、昔の記憶に縋って段々と捻じ曲がっていく。救われる者は限りなく少ない。

 ある者は常に怒鳴り散らしているし、ある者は一人でしゃべり続けている。

 彼らには共通点がある。発見された時点で大人になっていることだ。

 その数人の内の一人が十六年前に地方に現れて、今もなお生きている。

 政府は最近彼に注目しだした。

 発見された当時の年齢は二十代後半くらい。やはり彼らの世界の言語を話し、魔力を持っていない。間違いなく”女神の悪戯”プランクであるのに、ここ数年で急に流暢な共有語を話し始めたという。

 彼はこう言ったそうだ。


「勇者様をお見かけした瞬間、分かりました。ここは僕が遊んでいた美少女ゲームの世界だと」

 ”預言者”が現れた瞬間だった。
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