【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

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●預言者と勇者

ルメル・フサロアスという役回り

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 預言者は言った。

 ヒダカはすでにこの世界が“ゲーム”だと認識していると。

 彼にはきっと“ゲーム”の主人公らしく何かしら僕らには見えない物が見えているはずだと。

 そしてその“ゲーム”は主人公と登場人物が恋愛をするのが主軸で、基本的な相手は聖女、賢者、そして後々合流するらしい聖獣の三人なのだということも知っていると。


 預言者は言った。

 その三人の誰か、もしくは全員との恋愛を成功させれば、西側は確実に勝利できると。

 自分はその未来ならと。

 でも、僕とヒダカが結ばれる話の終わり方は。勝利の可能性が途端に低くなるかもしれないと。


 預言者は言った。

「それは望むところではないでしょう?」



 どうやって帰ってきたのか分からない。僕は着替えもせずに部屋に戻っていた。お陰で使用人からの視線が突き刺さったけど、それすら気にならなかった。

 どういうことか全く分からない。

 預言者は僕が“登場人物”の一人なのだと言った。

 この世界は現実であり、虚構であるそうだ。

 だからこそ預言者は先のことが分かるし、分からないことも多いのだと言った。

「ひだか……」

 そうだ。ヒダカに話を聞かないといけない。

 恐る恐る端末を開いて、文章を書いては消すことを繰り返す。

 長々と支離滅裂な文章を書いたかと思えば、短く預言者に会った、とだけ書いてみた。どれもしっくりこなかった。

『ゲームについて聞きたい』

 結局は端的に聞きたいことだけを書いて送ることになった。返信はその日の夜遅くにきた。

『ゲームって何?』

 その一言に僕は何を思ったらよかったのだろう。

 端末を机に落としたガタン! という音がする。

 彼は知っているはずなのに、知らないフリをするのだ。言えないのか、言いたくないのか分からない。一つ分かるのは、きっと言うつもりはないんだってことだった。

 ヒダカより預言者を信じるのかと聞かれれば、そんなことはないと言いたい。でも、彼は知っていた。僕とヒダカしか知らないようなことを他にも。

 例えば、そう。

 あの星が降っていたかのような二人きりの夜の話さえも。

 当然、預言者本人が言っていたように知らないことや分からないこともたくさんあった。それでも僕自身がなんだか納得してしまったのだ。この世界が“ゲーム”と言われる創造された世界なのだということに。

 どっと疲れが押し寄せる。椅子の背もたれに思い切り背中を預けて天井を仰ぐ。

 今まで、僕は何のために頑張ってきたのだったか。

 そう、最初は自分のためだった。次に兄妹のため。

 ヒダカと仲良くなってからは、彼のためにも頑張りたいと思うようになった。

 セナやエルゥと会ってからは、みんなで目標に向かって進むのも悪くないと感じていた。

 全部、決まっていた出来事なのだとしたら。

 ヒダカが全部知っていたのだとしたら。

 僕は一体何をしていたのだろう。

「ばかみたい……」

 命をかけてまで、人を殺してまで頑張る意味が分からなくなってきた。

 ヒダカ、セナ、エルゥ。兄、妹たち。ヴェニー、教授たち。他にも助けてくれたたくさんの人。

 戦うことは止められない。最後まで責任は持つ。

 でも――。

 せっかく前向きに進んで行けると感じていたのに。――血の契約が呪いならば、核さえ見つけられれば解呪ができる。そうすれば、少なくともヒダカに気持ちを伝えることくらいは許されるかもしれない。

 そんな微かな希望。それもこれも全部。無駄なのかもしれない。

 何だか恥ずかしい。情けない。他の気持ちは分からない。グルグルと回って、最後には預言者の言った信じたくない言葉が蘇ることだけを繰り返した。



 成り行きで請け負ったセナのドレス選びも、この前やっと本縫いが終わった。

 最後の確認のために店を訪れると、最終段階を見てみたくなったのか暇だったのかは分からないけど、セナだけじゃなくバイレアルト教授もいた。

 ドレスや装飾品を合わせるために奥に行ったセナを見送ると、二人で黙ってお茶を飲む。たった一口飲んだだけで、前触れもなく教授が切り出した。

「どうかしましたか? ルメル」
「っ、どう、とは?」

 思い当たることは山のようにあったので、誤魔化すことすら面倒に感じた。投げやりな言葉に教授が心配そうな顔をする。

「隠す気力もありませんか」
「いえ、はい。その……すみません」
「言えないことや、言いたくないことまで言う必要はありませんよ。今までも貴方はそうだったでしょう? 話して楽になるのなら聞きます。でも、話せないのなら時がくるまで頑張りなさい」
「はい。ありがとう、ございます……」

 教授がカップを傾けてまた一口飲むのをぼうっと見つめる。

「そうそう、頼まれていた固有魔法の件、どうしますか?」

 優しい瞳が見下ろしてきてくれることに、すごくホッとした。

 僕はすぐに居住まいを正すと、そっと身を寄せて耳打ちする。

「実は、固有魔法の一部は呪いの可能性があるのではないかと考えています」
「ほう……?」
「驚きませんね?」
「まあ、そうですね。一つ言えるのは、私はこれでも研究者の一人でもありますからね。確証のないことは言いたくないんですよねぇ」

 ゆったりとした言い方は遠回しだったけど、教授は昔からこの可能性について気付いていたということだ。気持ちに少しだけ光が灯る。彼の目を見て宣言した。

「僕は、核を見つけます」
「――そうですか。出来る限りのことはしたいと思っていますよ。君は、私の可愛い弟子の一人ですからね」
「ありがとうございます。プロフェッサー」
「いえいえ。でも、どうやら気がかりは他にもあるみたいですねぇ?」

「そうですね……もう、自分でどうこうできることじゃなくなってしまいました。ねぇ、プロフェッサー。東ってどんな国なんでしょうね……」
「……ルメル?」

 そこまで話したところで、セナが濃紺のドレスを着て現れた。

 全体に星を散らしたように銀糸の刺繍があしらわれていて、まるで夜空のようなドレスだ。スカートのラインは注文通りに少しハリのある素材で広がるように仕上げてくれている。胸元にはフリルが躍っていて可愛らしい。

 いつもはサイドに一つまとめにされている髪の毛は、ふわふわにまとめ上げてシルバーの髪留めで留めている。彼女の負担を考えて、同じ色味で素材の違う靴の高さは低め。

 静かにその場に佇んでいる様子は、一人の淑女にしか見えない。

「セナ、とても素敵だよ。綺麗だね」
「ルメル……。ありが、とう……」

 滅多に笑わないセナが口元を上げた。役に立てたことが嬉しく思えた。

 ダンスパーティーは明後日に迫っている。僕にできることは、前向きな気持ちで全てを忘れ去ってしまうことくらいなのかもしれない。

 悩んでいても待っているのは現実だけ。

 貼り付けた笑顔が、本物に見えるように振舞うのは、今に始まったことじゃないのだから。
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