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第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く

アロイス・ブリステ公王

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 ブリステの議会が行われる大きな会議室は、50名弱の騎士と領主が集まっていた。
 前方に向かって低くなる傾斜の付いた会議室は、一番低くなっている場所に人が立って話す造りになっている。

 レナはカイに連れられて後ろから3番目の列に座ったが、次々現れるブリステの領主や騎士たちの視線が痛かった。
 女性が誰もいないことから、ブリステの議会とは女性が参加する場所ではないのだと知る。

(ルリアーナは、少ないけれど女性もいたわ……)

 国の事情が違うのだからと割り切るが、ここまで女性がいない中に来てしまうと場違いなのだろうといたたまれない。
 そんなレナの様子に気付いたのか、カイがレナの手を握る。カイは弱気になるなとでも言いたそうな顔をしていた。

 その2人の様子を目に入れた周りの参加者たちは、あのカイ・ハウザーが女性連れなど一体何があったのかと驚いていたが、すぐにアロイス・ブリステが現れたためカイに問い詰める隙はなかった。


 ブリステ公国のアロイス・ブリステは齢49歳の騎士王で、つい5年前まで自ら兵を率いて前線にも立っていた。
 ブリステ人に多い栗毛を肩甲骨下まで伸ばしており、顔や身体に無数の傷跡が残る。
 アロイスは軍事に明るく、国内の騎士たちからの信頼も篤く、カイもアロイスとの関係は良好だった。

 そのアロイスが議会に顔を出すと、席に着いていた参加者が一斉に立ち上がる。
 アロイスはその様子をじろりと眺めると、カイの隣に女性参加者がいるのを見逃さなかった。

(あれは……どういうことだ?)

 議会に女性を連れて来る者など、過去に一人として存在しなかった。
 議会に女性が来ることが問題なのではなく、ブリステ公国では女性が政治に介入することはあり得ない。
 それも、カイ・ハウザーの連れだというのが興味深いではないか、とアロイスは目を細める。

 アロイスは全員を着席させると、ここ数日で起きたポテンシアの内戦の状況をひと通り説明した。

「ポテンシア第四王子の連合軍の中に、リブニケ王国が介入しているのが一番厄介な点だろう。ポテンシア国王を討つためにリブニケが動いているとすれば、その勢いで我が国に攻めて来る可能性も高い」

 騎士王の重みある低い声は、会議室によく響く。全員黙ってその話を聞き、何度か頷く者もいた。
 レナが不安に駆られていることに気付いたカイは、席の下でレナの手を握り落ち着かせようとする。

(優しい……)

 レナは、その行為に救われていた。
 この雰囲気の中で、アロイスのような迫力のある相手に自分が発言できるのか、自信を失いかけていたのだ。

「これから、ポテンシアとの国境付近に自衛策を講じる。軍隊の駐屯地については、マルセル・レヴィを中心に計画を立ててもらおう。各自の持ち場をあらかじめ決めて来た。後で確認して準備に取り掛かれ」

 アロイスがそう言うと、その場にいた全員が一糸乱れぬ動作で右手の拳を胸に当てて了承の合図を取った。
 レナはその異様とも言える軍隊らしい様子に圧倒されながら、あまりの場違い感に勇気を削がれそうになる。

「あ……あの。アロイス・ブリステ陛下!」

 レナは震えながら、その場で声を発した。
 カイは震えるレナの手をぐっと握って祈るようにレナを見つめている。

「どうした、カイ・ハウザーの連れか?」

 アロイスは迫力のある顔でジロリとレナを見た。
 他の参加者も女性の声が響いたことに驚く。レナに注目が集まっていた。

「はい、突然の発言をお許しください。私は、ルリアーナ王国の第一王女、レナ・ルリアーナです」

 レナの言葉に、その議会は騒然となった。「死んだんじゃなかったか」「何故こんなところに」「本物なのか」など、様々な野次が飛んでいる。

「ほう……確かに、貴女はレナ・ルリアーナ様のようだ」

 アロイスはレナのところまで近付いて来ると、まじまじと姿を見て納得した。

「……? 私を知っているのですか?」

 レナはアロイスとは面識が無かったはずだ、と驚いてアロイスに尋ねる。

「ああ、私は周辺国の美姫に関する情報はこの目で確かめたいタチなのだ。公務中の貴女の姿を確かめに非公式(お忍び)でルリアーナに赴いたことがある。やはり化粧気がないと少し若く見えるな」

 アロイスが当然のように放った言葉に、レナは絶句した。カイは呆れた様子で、「すまんな、あの王は好色家でもあるんだ」とレナに説明する。

 まさかレナの姿を確認するためだけにお忍びでルリアーナまで足を運んでいたとは、そういうところはつくづく呆れる王だなと、カイはアロイスに軽蔑の目を向けていた。

「おい、カイ・ハウザー。私に聞こえるように随分な言い方をするな」

 アロイスは信頼を置いているカイに、何故ルリアーナの王女を連れているのだと問いただしたい。
 議会が終わったら、カイを捕まえて根掘り葉掘り聞いてやろうと息巻いていた。

「ポテンシア王国内で反乱を起こしたルイス殿下は……私の元婚約者です。彼に接触して、内乱を止めたいのです。ブリステ公国の使者として向かわせていただけないでしょうか?」

 レナがハッキリと口にした言葉に、アロイスは顔を歪めた。

「それは出来ない」

 アロイスはそう言うと、レナを見て一息つき、軍事を知らない王女であれば仕方が無いかと丁寧に説明をすることにした。

「レナ王女、この国がポテンシアの内乱に加わらない理由はいくつかある。
 まず、ポテンシア内で争ってくれる分には、あちらの軍事力が自然に削られるため……こちらには利益しかない。
 そして、内乱を止めたところで我が国には何の利益も産まない。つまり、金をかけて出兵したところで何かを得ることができないということだ。
 戦争というのは、リスクとリターンを計算せずには起こせないものだからな。
 リブニケ王国がポテンシアに介入するというなら、そうなってしまってから総攻撃をかけるのが一番だというのが私の考えだ。一気にリブニケもポテンシアも叩く。その方が我が国のリターンが大きい」

 アロイスは淡々とそう説明すると、レナの顔をじっと見つめた。

「結局、見合いの結果はルイス王子と婚約していたのか。あのレベルで良いなら、我が子も見合いに参加させれば良かったかもしれんな」

 そのアロイスの言葉に、「陛下、ブリステ公国にとってルリアーナのような小国に婿に入るなど、と言っていたのはどちらだったか」とカイはすかさず突っ込む。

「うるさい。こんな娘が欲しかったんだ、私は」
「ああ、確かに……陛下はその点に関しては恵まれておりませんでしたね」
「黙れカイ・ハウザー。そして直ちにレナ王女から離れろ」
「随分おかしな命令を下されますね。断ります」

 レナとアロイスの言い合いを避けるためか、口を出したカイとアロイスが親子喧嘩のように言い合っている。
 レナはその様子を呆気にとられながら見ていたが、思わず吹き出してしまった。
 先程までピリッとした緊張感が漂っていた議会に、レナの小さな笑い声が響く。
 そのレナを見て、周りの者もカイも、そしてアロイスも思わず微笑んだ。

「戦争を知らないレナ王女には、あまり理解のできない考え方かもしれないが……内乱は同盟国でもなんでもない国が介入することは避けた方が良い。
 内乱の結果が出て、国王か第四王子のどちらかがポテンシアを治めることになれば……リブニケ王国の出方に注意しないとならないし、恐らく戦火は周辺国に及ぶと考えて我が国も対策を練っておかねばならない。
 兵を出すというのは莫大な費用が掛かるんだ。見返り無しで動かすのは難しい」
「……はい。ご事情は理解できました」

 レナは初めて国の立場や事情を知った。これ以上アロイスに交渉するのは無理だと悟る。

「この議会が終わったら、カイ・ハウザーと共に来い。貴女の身辺のことも気になることばかりで、もう少し話をしたい」

 その後アロイスはいくつかの議題を共有し、その日の議会を終わらせた。
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