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109 旅人と悪魔の薬

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「そうなの。遅い時間に大変だったわね旅人さん──名前は?」
 ジルさんが入り口のカウンターの前に立ち上から下までゆっくりと視線を移して、旅人を見つめる。

「名前か……そうだな、バッチだ」
 ゆったりと話す男の声はざらざらとしている掠れた声だった。ゆっくりと話さないと声が聞きとりにくい。肝心の顔を見たくても、フードを深くかぶっていて見えない。
「バッチね。『ファルの町』には船旅で? それとも山越え?」
 ジルさんがカウンターの横から引き出しにしまっていた宿帳を取り出す。そしてペラペラと捲りながら尋ねていた。丁度宿帳は私の目の前に広げられている。

「そうだな、船旅さ。先程港に着いたところだ。揺れが酷くてな。まだ揺れている様だ」
 バッチが一歩近づく。私はその一歩に思わず肩をすくめた。実質カウンターの反対側に立っている私とは距離がかなりあるし、私との間にはジルさんがいるのに。

 それなのに怖い。そう感じたのだ。

 フードを目深に被って顔が見えないからなのか。

 一歩近づく度に匂ってくる香り。何だろう甘い匂いも度を過ぎると臭いと感じてしまう。

「……、ね。それはそれは大変だったな。早く体を休めたいだろう」
 私の隣に立っているザックがカウンターに片肘をついて答えていた。横をチラリと見るとザックの右手がさりげなく動いて、カウンターテーブルの裏をなぞる様に這っていた。

 カウンターテーブルの下には、強盗に対応出来る様に小さなナイフが隠されている。

 ザックは普通に振る舞っているが、バッチという旅人を警戒している事を理解した。
 そのせいで、私は内心、ますます焦った。

 足が震えそう。出来るだけ普通を装いたいのに。

 そんなザックの少しの動きを見られない様にする為か。ノアがカウンター前のジルさんに並ぶ様に一歩進み出た。

「そうだ、風呂にも入るといいさ。何日入ってないんだ? 何だか香草が焦げた様な匂いがするなぁ」
 クンクンとわざと大げさにボロの外套を嗅いで見せた。

 相手の匂いを指摘するのは失礼だと思うけれど。
 ノアの言った香りと私が感じている匂いに差があるので首を傾げてしまった。

 私は果実が腐った様な香りがするのに。ノアは違うの?

 そしてノアはバッチを下から見つめて、フードの中を覗き込む。

 その動きは一瞬だった。

 ノアの動きに驚いたのか、フードを覗き込まれた途端バッチは後ろに一歩下がった。

「……」

 バッチは目深に被ったフードの向こうからノアを見つめている様だ。

 そして、無言だった。

「もう、あんたって無神経ねぇ。旅人がお風呂には入れないのは仕方のない事よ」
「イテッ」
 ノアの後頭部をポコンと叩いたのはジルさんだった。あまり強く叩いた様ではなかったが、ノアは痛がって見せた。
「ああ、バッチ。許してね悪気はないのよ。あと、申し訳ないのだけれども──先程到着した旅行者でウチは満室だわ。当面、空いている部屋はないわ」

 ジルさんは宿帳の一番新しいページを指でひと撫でしてパタンと閉じた。そして閉じながら私に軽くウインクをした。

 え? 先ほど到着した旅行者はいないし。宿帳の文字は読めないが、旅行者用の部屋は空いているはずだ。

「……」
 バッチはジルさんの方にゆっくりと向き直る。数秒間ジッと無言でジルさんを見つめていた。視線が合わない相手、顔が見えない相手とは、こんなにも不気味なのか。

 私の隣で片肘をついたザックが、カウンターの下で小さなナイフを握りしめたのが視界の端に入った。

 私は口を真一文字に結んで、息を止めた。男からの匂いと鈍く光る小さなナイフを見た途端怖くてへたり込みそうだったからだ。

 ジルさん、ノア、ザック、皆がバッチという旅人を奴隷商人と疑っている。

 だって、私でも気がつくほど分かりやすい風貌なのだ。それで三人合わせての芝居を打っているのだろう。
 
「……それならば仕方ない。人気の店の様だしな。他を当たるさ」
「悪いわね。そうだわ『ファルの宿屋通り』でも北向きの方は小さな店があるから、そこなら空いている可能性が高いわよ」
「そうか……それでは失礼する」
 バッチはゆっくりと入り口に向かって歩き出す。

 ドアベルを再び鳴らしてドアを開けるともう一度振り返る。

 その時、今まで私には視線を合わせなかったのに、ジルさんやノア、そしてザックを通り越して、私の事をジッと見つめていた。

 何?

 そう思った瞬間、バッチの目深に被ったフードの向こうにグリーンの瞳が見えた。
 真っ暗な中、ニタリと笑ったのだ。ゆったりと話す口調と、顔の様子が全く一致しない。

「!」
 舐める様な視線に私は思わず身震いをする。止めていた息を更に飲み込んでしまう。

 ゆっくりとドアが閉まると。ノアが素早く鍵を閉めた。

 それを見届けると、私はその場にヘナヘナと崩れ落ちる様に座り込んだ。

「ナツミ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
 すぐにザックが片膝をついて私の背中をさすってくれた。

 怖かっただけではない。

 バッチという男の体臭も視線も、どちらも気持ちが悪い。

 ザックが跪いたのと同時に、ノアが身を翻し店の奥にある裏口へ駆け出していた。それを待ち構えていた様に、壁で隠れていたシンが姿を現した。

「ザック、シンを借りる。追いかけるぞ、シン」
「はい」
 ノアはシンが既に用意していた剣と黒い外套を受け取る。モスグリーンのエプロンを脱ぎ捨てると走り出す。
「待て。俺も行く」
 ザックもカウンターテーブルに小さなナイフを置いてノアに続こうとした。
「いい。ザックは店にいろ。人数が過ぎても目立つだけだ。俺とシンで大丈夫だ。ナツミについていてやれ」
「……分かった、頼んだ」
 ザックがノアの言葉に頷く。

 ノアはザックに軽くウインクをして身を翻して行った。
「深追いはしなくて良いわよ。気をつけて」
 ジルさんも軽く手を上げてノアを見送った。



「もしかして敵情視察ってやつか? 堂々と入り口からやってくるなんて。ナツミ大丈夫か? 自力で立ち上がれないなら抱き上げるが」
 ザックが優しく私の脇の下に腕を差し込んで体を起こす。

 私はそのザックの腕を掴みながらゆっくりと自力で立ち上がる。

「だ、大丈夫だよ。はぁ、怖かったし気持ち悪かった……敵情視察って! 皆気がついていたんだ。今の旅人、バッチが例の奴隷商人と関係しているって」

 私はザックにしがみついて喚く。怖かった反動もあり少し興奮して早口になる。
 
「当たり前でしょ。あの風貌、ゴッツが教えてくれたまま過ぎるじゃないの。最初から泊まらせる気なんてないわよ」
 ジルさんがやれやれと肩を上げた。

「泊まらせて様子を見るってのも手じゃないのか?」
 ザックが私の背中をポンポンと叩きながら落ち着かせ、ジルさんに尋ねる。

「旅人、バッチと言ったわね。あれは懐に入れるべきではないと思うわ。私のカンだけど……逆にやられるかも。思うに軍人経験者じゃないの? 体格からそういう風に感じたけど」
 ジルさんが両腕を組んではっきりと言い放つ。ジルさんのカンは魔法能力の一つみたいで、恐ろしく当たるのだ。
 
「顔が見えないからな……軍人か盗賊か雇われ兵か? あとは海賊……ではないだろうな。今日は連日の雨で船が港に着けられない事を知らない様子だしな」
「あっ!」
 そうだ、何処から来たかと尋ねた時、先程旅客船が着いたと言っていた。
 
 それを聞いた時ザックがカウンター下の隠しナイフに手をかけた。それは旅人、バッチが嘘をついていると分かったからだろう。
 
「そうなんだ。私は風貌で、もしかしてと思ったけど。そこまでは分からなかったよ。その後は怖いのと匂いが気になって、息を止めて酸欠になりかけそうだったし」
「それでへたり込んだのか。何で息を止めるんだよ?」
 ザックが軽く笑いながらポンポンと私の背中を叩いてくれた。

「だって凄い匂いだったでしょ? その上にザックはナイフを握るし。顔が見えないのに笑っているようで」
 私はバッチが立っていたその場からまだ匂ってくる様な気がしてならなかった。
 
「確かに声と行動が一致しなかったな。匂い? ああ確かに匂ったけどなぁ」
 ザックが、そんなにか? と首を傾げる。

「分かるわ~私は口呼吸したわよ途中で。何なの? あのバッチとか言う男の体臭。腐った果実の匂いだったわね」
 ジルさんも鼻に皺を寄せて顔をしかめた。しかし、私とジルさんの発言にザックが首を傾げた。

「腐った果実の匂い? そんな匂いはしなかったぞ。ノアが言っていたが、香草か薬草を燃やした様な焦げくさい匂いだっただろ?」

「えぇ? そんな匂いじゃないよ」
 私は驚いてザックを見上げる。同時にジルさんは腕を伸ばしてザックの胸元のタンクトップを握りしめ締め上げる。
「馬鹿を言わないでよ、そんな匂いじゃなかったでしょ」
「グエ。苦しい苦しい」
 ザックはジルさんの腕をパチパチ叩いて抵抗していた。

「その臭いさ。もしかして──例の『ゴッツの店』の娘を壊した例の薬じゃないかな?」
 滑舌の良い声が響く。誰もいなくなった酒場の奥からウツさんが顔を出した。

 ウツさんはサラサラの金髪を揺らしながらゆっくりと先程までバッチが立っていた場所まで歩く。それから辺りをクンクンと音を立てて犬の様に嗅いだ。

「ウツ……あんたもいたの」
 ジルさんはそう言うと締め上げていたザックの手を離す。
「ったく、伸びるだろう服が」
 ザックは口を尖らせて溜め息をついて緩くなったタンクトップの襟を伸ばしていた。

 クンクンと匂いを嗅ぐ事をやめないウツさんだったが、ジルさんの言葉に肩を落とした。

「いたよ、いましたよ。さっき出てきたところ。だってさ、時間泊の部屋に──夕飯もとらずに籠もりきりだったんだよ」
「あーら、もしかしてお楽しみだった? ウチの踊り子と一緒かしら?」
「そうだったら俺も嬉しいんだけどね。残念ながらネロと一緒だよ」
「まぁ~昼間死病の薬についてネロに引きずられたまま時間泊の部屋に缶詰だったの?」
「白々しいなぁ。ネロの性格上集中したらなかなか離してくれないの知っているくせに。ようやく離してくれて休憩で出てきたんだけどさぁ……例の奴隷商人の様なやつが玄関口にいるからさ様子を見る為に隠れていたんだよ」
 ウツさんはジルさんと軽口を叩きながら玄関口で両腕を組んで考え込む。
 
「これは……単純に乾燥した草を燃やした匂いだよね。お香か? でも……お香にしてはあまり良い香りとは言えないし。何の草だろうなぁ。やっぱり心当たりない……うーん」
 ウツさんはブツブツ言いながら固まってしまった。

 ウツさんもネロさんと似ているところがある様だ。やはり研究者は変態が多い、ではなかった、謎が多い。
 余程この香りに興味があるのか首を左右に振り、ブツブツと独り言を繰り返す。

 それから私とジルさんの顔を見て指を指した。

「俺にもザックが言った様な草を燃やした匂いに感じるけど、ジルとナツミには腐った果実に感じるんだよね?」

 私は強く頷いて答える。
「はい。最初は果物かなぁって思ったんですけど」
「一瞬そう思うわよね。でも近づくと旬を過ぎて熟れすぎた果物っていう感じがするわね」
「そうですね。何だか元々良い匂いだったって気がするんですけど」
 ジルさんも私と顔を合わせてそんな感じがすると頷いていた。

 するとザックがポツリと呟いた。
「もしかして男女で匂いの感じ方が違うって事かな」
 そう言って私の肩を抱いて撫でた。私がザックを見上げるとザックが笑った。
「うん。顔色も大丈夫そうだな」
 ザックは私がへたり込んだ事を心配してくれていた。
「うん。大丈夫だよ」
 私は肩を撫でてくれるザックの手を握りしめた。

「男女でか。違いがあるのはその部分だけだよねぇ。特徴的な匂いなのに感想が全く異なるとは……」
 ウツさんが呟いた時、ジルさんが思い出した様に話しはじめた。

「そういえば……私が二十前半ぐらいの歳だったかしら。そうね海賊として海を渡り歩いていた時の事だけど」
「それは大昔だね。四半世紀ぐらい前か」

 ゴン! 合いの手を入れたウツさんがジルさんに拳で殴られていた。

「ジル……酷いよ殴らなくても」
「酷いのはあんたよ。そんなに昔じゃない……はずよ、うん。そう」
 ジルさんはコホンと咳払いをして殴った手をさすっていた。

 二十五年前なんだ。私とザックはお互いを見つめて笑うわけにもいかず肩を小さく上げた。

「南の果てにある島にね、宝があるっていう噂があって。行った事があるの。昔から南の島は昔は地下資源が多くて魔法石の元になる石や宝石が採れて潤っていたと、伝記にもあるしね。凄い宝が眠っている可能性があると思って。昔は発展して『ファルの町』の様な貿易都市だったらしいし」
「だけど貿易都市だったのは百年以上前の話だろ?」
 ウツさんが驚いて声を上げる。

「そうだけど、そういう場所には何かあるものよ。だけど行ってみると、貿易都市と書かれていた伝記が嘘の様でさ。島は荒れ果てた地に変わっていたわ。どういうわけか、住民は皆ガリガリで働く気力もない堕落した生活を送っていたわ」
 遠い目をしながらジルさんは話してくれた。
 
「南の果てって、南の大陸を通り越して更にその向こうか? かなり遠いだろ。行くのに半年以上かかるってのに海賊は宝と聞けば何処へでも行くんだなぁ」
 海上部隊に属しているザックが半ば呆れた様な感心した様な声を上げる。航海の経験があるからなのかザックは驚いていた。

「そりゃぁ海賊ですからね。それでね堕落した住人なんだけど。印象に残っているのは皆がずーっとタバコを吸っていてね。一日中何もしないでぽーっと家の軒先でタバコを吸ってばかりいるのよ。あの時に嗅いだタバコの匂いにバッチの体臭が似ているなって。確かあの時も私は、腐った匂いで気持ちが悪くなったのよね。ダンとか同じ船に乗っている男達は平気だったのに。言われてみれば女の私だけ感想が違ったわね」
 ジルさんがポンと手を叩いた。
 
「タバコ、か。なるほど……例の南方にしか生えない草を使った薬は、そうやって使うのか。それで、やる気が失せて堕落したと。へぇ……怖いねぇ。その薬って。貿易都市が簡単になくなってしまう程人を堕落させるって事かな。まさにナツミが言った様にマヤク──うん、悪魔の薬で魔薬だね」
「悪魔の薬で、魔薬」
 ウツさんの上手い表現に私は言葉を反芻してしまった。

「そうだと仮定したら、今回使われた薬は同じかもね。実は、その島に女もいたけど、娼婦ばかりだと思ったわ。やたら臭いタバコの香る中で、複数の男とやりっぱなしなのを何度か見たし。いえ、違うわね……イキっぱなし?」
 嫌な事を思い出した様に再びジルさんが鼻に皺を寄せた。

「それって『ゴッツの店』の女の子と同じ状態じゃないか。となると、その草の煙を嗅ぐと女性は性的に狂ってしまうのかな。いや結果的に性的に狂うのかな。男達はやる気もなく脱力と言うか堕落するんだろ? いや、待てよ? セックスの時に使えば男女共に夢中になるのかな。だって男は一度達すれば終わりな事が多いし……」
 ウツさんがジルさんの思い出した話と今の状況を付き合わせていた。皆の経験や知識を上手く組み合わせていく。どんなパズルが出来上がるかはまだ分からないがその片鱗が形を見せはじめた。

 凄いなぁ。知識や経験って。私は感心してしまった。

「男には女ほど影響がないって事なのかな。そういえば南の島繋がりで似た様な話を聞いた事があるぜ。南の大陸に住む王は寝所で女と寝る時、王の庭にしか生息しない植物から取れるお香を焚いたとか。すると子宝に恵まれるってな。王は正室やら側室を迎えるわけだから、女をその気にさせて子宝に恵まれる為の方法が薬だったのかもな」
 ザックも話しはじめた。
「え、そんな話があるの?」
 私は驚いてザックを見上げる。ザックも裏町出身でも知識豊富なのだ。凄い!

「それって南国の伝記だよね。王族の事について触れいている章だろ? ザックよく思い出せるなぁ。あれさ、恐ろしくつまらない軍学校時代の座学でしょ?」
 ウツさんも驚いて声を上げた。

「それそれ。座学の中でも最高につまらないやつさ。つまんないのに、その部分だけにエロい話があるから覚えてた。その甘い香りで女は興奮し王に跨がる。そして王の思うがままになった──ってな」
 ザックが嫌らしく笑う。

 ……何だ。そんな理由で。知識豊富だと驚いて損した気分。

 私は時と目でザックを見上げるとザックが慌てて咳払いをしていた。

「王の思うがままって──そうかもしれないけど、薬に関しては男の方が耐性があるだけだと思うよ。ジルの話だと、その島で男達は件のタバコを吸いながらボンヤリ過ごす毎日だったわけだし。最終的に男女共に同じ末路を辿るんじゃないかな。とにかく、種でも入手出来ればその魔薬がどんなものか分かるんだけど。そうしたら対策や対応ができるのになぁ」
 だけれど無理だよね──とウツさんは続けて、サラサラの髪を掻きむしりながら深い溜め息をついた。

「そうねぇ……ないものは仕方がないわよ。そんなに頭の毛を掻きむしらないの。禿げるわよ。ネロに振り回されてウツも疲れているんでしょ。食事用意させるから少し休憩しなさいよ。旅人──バッチを追いかけたノア達も戻るでしょうし」

 そう言ってジルさんがウツさんの肩を優しく押して、酒場のフロアに押した時だった。

 ジルさんが動きを止めて首を傾げた。
「あら? 良く考えたら──私、その魔薬の種を持っているかも」

「え?」
「種を?」
「持っているって?」
 そんな怖い魔薬の種を何故ジルさんが持っているのだろう。
 ザック、ウツさん、私の順番で驚いて声を上げた。
 
「南の島に行ったのは宝があると聞いて行ったのよ? もちろん手ぶらで帰るわけないし。宝は見つけたわよ。と言っても、少しばかりの金塊と掌に載る宝箱があっただけで。その宝箱の中には種が数粒入っているだけだったのよ。当時は苦労して手に入れて、種って……酷く腹が立って思わず記憶から消去していたわ。確か宝物庫に放り込んだままよ。今思えばそれだけ威力のある魔薬だから、先人は宝の一つと捉えていたのかも……って私に飛びつかないでよウツ!」
 ジルさんの説明にウツさんが飛び上がってジルさんに抱きついた。
 
「突破口が一つ見つかったかもしれないな」
 ザックがウツさんの様子を見ながら呟いた。
「うん……あと、ノアとシンだけど大丈夫かなぁ」
 私は酒場の奥、裏口に続く扉を見つめた。何だか気持ちの悪い人を相手にするのだから危険ではないだろうか。
「大丈夫に決まっている。だってノアとシンなんだぜ。深入りせず様子を探って戻ってくるさ」
 ザックはそう言って私の背中を撫でた。
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