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108 ウエイトレスに変身 その4
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「お待たせしました!」
私は樽形のジョッキ四杯をドンと二番テーブルの上においた。そのビールを見て、私に視線を移した二番テーブルの軍人四人はザックやノアに近い年齢の男性だった。
皆プラチナブロンドで白い肌だった。ガッチリした体格で女性に人気がありそうな容姿だ。
「おお、黒髪と黒い瞳。あんたがナツミか」
「おお、やっと来たか。へぇ短い髪の毛でも可愛いじゃないか」
「細身だなぁ。まだまだ成長途中ってところか、まさか十代か?」
「ザックのヤツ、趣味が変わったのか? 色っぽい女ばっかり好んでいたはずなのに」
登場した私を見ると、頭の先から足先まで何度も視線を行ったり来たりを繰り返す。
明らかに男性達の反応としては、ボーン! バーン! ドーン! って感じの女性が登場すると思っていたのだろうか。
想定内の反応だ。ここは落ち込んでいる場合ではない。愛嬌と、勢いだろう多分!
この男性達に見覚えがあった。いつも週に二回は来る常連客だから。私はニッコリ笑った。衣装が替わって皆の認識がウエイターからウエイトレスになったって、今までの態度を変えるつもりはない。いつもと同じ笑顔だ。
「いつも来てくれてありがとう。確かノアの部隊と交替で勤務している陸上部隊の皆さんですよね?」
皆に私の顔がよく見える様に少し屈んで四人の男性の顔を覗き込んでみる。やはりそうだ。名前は分からないけれどもノアの事についてやたら詳しい隊の人たちだ。
私がそう告げると思い出した様に口を開けて四人がポカンとする。
「え」
「あ」
「あれ」
「そういえば」
「「「「あの黒髪の!」」」」
四人がそれぞれの顔を見て、口を揃え私を指差した。
ようやくいつもの黒髪ウエイターと同じ人物である事を理解してもらえた様だ。そこまで衣装や化粧で変わるものだろうか。『ファルの町』の男性の判断力は謎だ。
私は笑ってテーブルの上に置いたジョッキをそれぞれに配る。
「あなたはファルの町で流行っているお菓子について教えてくれましたよね」
「ああ、そうだ。よく覚えているな」
巻き髪の男性は、甘い物が好きなのか流行のお菓子について教えてくれる。
「あなたはいつもお肉に沢山の胡椒をかけますよね。『かけ過ぎですよ』って言ったら、『これが美味いんだ』ってね」
「そうだ。かけ過ぎだっていつも心配してくれたな」
髪を短く刈り上げた男性は、胡椒好きでいつも追加を要求する。
「あなたはビールを二杯飲んだ後いつも黄金色のお酒を頼みますね」
「ああ。そういえばオーダーしなくても『次はロックですか?』って聞いてくれるよな」
髪の毛を一つに縛った男性は、お酒好きで黙々と飲んでいる。
「そして、あなたは必ずビールは五杯と決めている。そしていつも『六杯目じゃないよな?』って二杯目から尋ねますよね」
「えぇ~俺、尋ねるか?」
四人目は不精ひげを生やした男性で、風貌とは逆でお酒に弱かった。
いつもウエイターとしてやり取りしている事を説明すると、他の三人が弾けた様に笑う。
「そうだそうだ」
「六杯、飲んだ? って、うるせぇんだよお前は」
「隣に座ったら必ず聞いてくるから、ウザいよな」
三人の男性が笑い不精ひげの男性の肩を叩く。不精ひげの男は恥ずかしいのか頬を赤らめてビールを舐める様に飲んだ。
すると甘い物好きの巻き髪男性が、思い出した様に声を上げた。
「そうだよなぁ。黒髪のウエイターが必ず覚えているんだよ何杯飲んだか。こんなに沢山客が来るし店は毎日大盛況なのにさ、絶対間違えないんだよな。そのウエイターが、ナツミだったとはなぁ」
私の顔を見ながらしみじみと話す。
「女だったとは。少年とばかり思っていたのに。悪かったな誤解していて」
「最初からその格好で食事や飲み物を運んでくれたら誤解もしなかったのに」
短髪、髪の毛を縛った男が次々に話してくれる。
私は笑いながら別に気にしていないですよという意味で、無言で首を左右に振る。
その私の姿を見ながら男性がホッと笑っていた。
貴族肌と言っていたけれど……特に意地悪もない。酔っ払う前だからなのか紳士的だ。
そして不精ひげの男が感心した様に声を上げた。
「ナツミ、こんなに『ジルの店』に沢山の軍人が集まるのに、そうやって俺達の事覚えてるのか?」
その声に反応して他の三人の男もじっと私の顔を見つめる。
「それはもちろん。必ず週二回来てくれますよね。いつも沢山の面白い話をしてくれるから。楽しみなんですよ」
私はひょんな事からお世話になっている身である事と危険だからと言う理由で『ジルの店』から外に出る事が出来ない。だから酔っ払っていても店に来る客の話を聞くのはとても楽しかった。
異世界でしかも軍人だから特徴があるし、場合によってはレオ大隊長の様に『もみ上げ長めの二重巨人』など心の中で勝手なあだ名をつけていた。
お世話になっているうえに、踊り子や歌い手の様な事は出来なかったし、出来る事と言えば簡単な計算と正しくメニューを伝えてお客さんに持っていく事。多少の酔っ払いでも上手に付き合って行けば皆気のいい人たちばかりだった。
それこそ悪酔いして、喧嘩になりそうなら早めにダンさん達に伝えれば上手に回避してくれたし。
私に出来る事と言えば、それぐらいの事しかなかったのだ。
正直に今までの気持ちを伝える私を皆がポカンと見つめていた。ピクリとも動かず、ビールの樽形ジョッキを持ったまま微動だにしない。
「何か失礼な事言いました?」
心配になってそれぞれの顔を見ると弾けた様に首を左右に四人の男性が振った。
「そ、そんな事ない!」
「俺達のつまんねぇ話をそんな風に言ってもらえるとか」
「何だか、その、ちょっと」
「嬉しいって言うか」
ソワソワモジモジしはじめた。嬉しがられる程の事はないけれども。
「つまらないなんてそんな事ないですよ。そういえば、皆さん山間部を中心に警備しているんですよね。山間部だったらお城の側ですね。町の話も面白いけど、お城の側の話もあれば色々教えてくださいね」
そうそう。山間部の警備で何か情報も入れば、例の奴隷商人の情報が分かるかもしれないし。
「おう!」
「任せておけ!」
「何でも教えてやるぜ!」
「城の事なら俺達に聞けよっ!」
四人それぞれ胸を張った時私はシンに大きな声で呼ばれた。
「ナーツーミー、早く来てくれよ。ドンドン運んでくれないとビールが温くなる!」
「ごめーん、すぐ行くね。じゃぁ、皆さんごゆっくり。また注文あったら呼んでくださいね」
私はそう言って手を振ると男性四人がボンヤリしながら手を振ってくれた。
四人の男はナツミの後ろ姿に手を振り少ししてから、テーブルの真ん中に顔をつきあわせる。
「おい! 凄ぇニコニコしていて可愛いってもんじゃないだろう」
「それに、見たか? 尻とかさぁ、モモみたいにプリプリしていたぞ! 子どもっぽいと思っていたけど全体を見ると体つき良いよなぁ」
「お前ってそればっかりだな。それより、俺の事ちゃんと覚えてるって驚いたぜ。そういえば黒髪のウエイターやたら覚えが早くて気の良いヤツだと思っていたけど」
「女だったとはなぁ。そういえばウエイターの時から嫌な顔一つしないしさぁ、そもそもザックは女だっていつの間に気がついたんだ?」
コソコソと話をして声を潜める。そして今まで自分達に良くしてくれた、黒髪のウエイターの姿をたった今、目の前で話していたナツミの姿に変えて思い出す。
それから何やら頬を四人が赤く染めニヤリと笑う。
そうだ、少年なのにやたら気がつくヤツだと思って女性っぽいなとは思っていたけれど。女なのだよな。女なら俺達にも機会があったのだよな。あんなに気遣ってくれるいい女なら──
「「「「イイ!」」」」
四人が同時に答えて思わずそれぞれを睨みつける。
「くっそー。ザックのヤツめ、女って分かった途端ナツミの事を襲ったんだぜ」
「きっとそうだ。ナツミ可哀相に。最悪だなザックって」
「そうだよ、さっきもナツミからザックの香水の匂いがプンプンするし。それに首のところを見たか?」
「見た見た! 反則だろ。俺のものだから手を出すなと言わんばかりの──」
「「「「キスの跡をつけやがって!」」」」
四人が声を揃え大声を上げた。それから、椅子の背もたれにうな垂れる。
「何か腹が立つなぁ~ザックのヤツいいとこ取りってかんじで。こうなったら、ナツミにザックの事を教えてやらなくては」
「そうだそうだ。あんな女を喰ってばっかりのヤツにナツミが餌食になる必要はない」
「そうだ! 俺はナツミを喜ばせて振り向かせてみせるさ。話が好きみたいだなぁ。確か、城の話も知りたそうだったなぁ」
「こら抜け駆けするなよ。それは俺がナツミにしてやるさ」
四人の男が睨み合う。そして、思い出した様にビールを飲みはじめる。
「とにかく。また注文してナツミを呼ばないと」
「そうだ。ナツミにこの卓につく様に呼びつけようぜ」
「そうしよう! となったら、今晩は飲むぞ」
「おお! 俺も飲めないが頑張るぞ!」
おおー! と、一致団結していた。
「凄い勢いで皆ビールを頼むなぁ……」
ナツミが訪れるテーブルが同じ様になっている事に気がついたのは、フロアでビールをせっせと注ぐシンとニコだけだった。
「ウエイター時代の積み重ねが生きているとは……」
ナツミは容姿や踊り、歌などで気を引く女ではない。いわゆる『ファルの宿屋通り』の普通の手段で男達を虜にするのではなかった。
虜か。そうするつもりなんてナツミにはこれっぽっちも考えていないのだろう。シンも以前ナツミが『人たらし』だと思った事がある。
それはウエイターでもウエイトレスでも同じだった。気がつかないうちに、スルリと人の懐に入り込んで思わぬ言葉をかけてくる。
つまり、相手とのやり取りを積み重ねて魅力が出てくる。そして実はあの姿、あの可愛さだろ? ──反則だよな。
シンは冷静に分析をしてみる。ザックさんが側にいるからという事は関係なく、ナツミが裏町に行ったとしても、男も女も関係なく好かれるだろう。だって、同じ踊り子で他店のトニですら懐柔してしまうナツミなのだ。これからオベントウを売りに町に降りる事が増えるだろう。だけれどきっとナツミなら裏町の人間だって変えてしまうかもしれない。
「ウエイター時代の積み重ねですか。ナツミは凄いですよね。男性の姿でも女性の姿でも男からの注文を沢山取るとは。そうか『ファルの宿屋通り』で男性として勤めていたって、売り上げに貢献できますよね。ウエイターとして僕もナツミの様に貢献しなければ!」
「そうだな。売り上げ貢献だよな」
変な火がついたニコにシンは笑う。ナツミはこうやって同僚ですら巻き込んで行く。
「僕はナツミの後に続く伝説のウエイターになります!」
「あ、ああ。頑張れよ……」
伝説か? シンはガッツポーズをするニコに苦笑いだった。
それから一時間程、飛ぶ様にビールの注文が繰り返し入った。店のビール全てを飲み尽くすかと思うぐらいだった。
途中で厨房からザックが飛んで来て口を塞ぐ事が何度かあった。その度にお玉を持ったノアがザックの頭を叩くと首根っこを掴んで厨房に引きずって行った。何だったのだろう。
私を呼ぶ声も一段落した頃、マリンの踊りとミラの歌がはじまった。ミラの美しい歌声に乗ってマリンが登場した時はフロアの男性は皆驚いた声を上げる。
だってマリンのショートカットの初披露だった。
ゆっくりとしたギターの音。そして鈴──
変調で心臓を突き上げる様な太鼓のリズムがはじまる。ミラが切ない恋心を歌う。叶わない恋の歌だった。
しかし、マリンの踊りは今までになく活力に満ち溢れていた。恋に破れて儚く散る女性ではなく、明日に向かって歩いて行く女性に表現が変わっていた。
マリンが足を高くあげてターンする。その足が空を切る様は格好いい。戦う美しさだった。マリンの汗がライトに照らされて光る。
新たなマリンの踊りは素晴らしく、フロアも最高潮の盛り上がりを見せた。フロアの客は皆手を叩いて盛り上げる。髪を切って生まれ変わったマリンを受け入れた瞬間だった。
私はフロアの片隅で、マリンの踊りをザックとノアと共に見る。
マリンはやはり素敵だった。初めてマリンの踊りを見た時の事を思い出す。
私のなりたい女性。憧れの女性。
可愛くて美しい、そして強くなったマリン。私は初めて見た時と同じ様に涙が溢れた。
「……こら泣くな。泣くのは俺と二人きりの時だけだ」
不意にザックの低い声が聞こえた。振り向くとザックが薄い唇を尖らせて軽くキスをしてくれた。
私とザックが初めてキスをした時と同じだ。
私はうれしくてそして恥ずかしくて、隣にいるザックの手を握った。
ああ、ザックが側にいてくれて良かった。私の好きな人がここにいる。
ザックも私の手を握り返してくれた。再びマリンの踊りを眺めた。
「あっ指輪……」
隣にいたノアが小さく呟いた。どうやらマリンの指輪に気がついた様だ。今までプレゼントしてからしていなかった指輪をしている事に気がついたノアは、アイスブルーの瞳を優しく滲ませて、踊りを見ていた。
私は魔法石の事を思い出す。
魔法石に気がつかないマリンの事を側で見守っていたノア。ザックとの関係も知りながら、それでもプレゼントしたのだ。きっと切なかっただろう。
ねぇノア、マリンも気がついたよ。指輪の内側にある魔法石に。
私は心の中で呟く。
踊りの最後、マリンはフロアにいるノアを見つけて笑うと指輪にキスをした。
それを見たノアが子どもの様に嬉しそうに笑っていたのを私とザックは見逃さなかった。
「ありがとうございました。また来てくださいね」
私はお釣りを渡しながらニッコリと巻き髪の男性に微笑む。
「また来るぜ。ヒック。その時は俺達の卓につけよ。城の話だけじゃなくてザックの話をしてやるからさ。ヒック」
巻き髪の男性をはじめとする例の四人組が今日の最後の客だった。潰れてしまった不精ひげの男性を皆が担ぎジルの店を去ろうとしていた。
店の入り口で男性四人組はかなり酔ってフラフラしている。お釣りだけではなくて私の手を握りしめる。大きくしゃっくりをしていた。大丈夫かな。
なのに隣でザックがその手をゆっくりと突き放す。
「こぉら。俺のナツミに許可なく触るなよ」
黒いタンクトップ姿で頭にバンダナを巻いていた。そのバンダナが汗染みが出来ていた。厨房も注文が多かったからさぞ忙しかっただろう。
「何だとぉ~ザックめ。てめぇ覚えてろよ。あの話を絶・対ナツミにしてやるからな。じゃぁなぁナツミ。俺達また来るからさ」
そう言って巻き髪の男性はウインクをして皆と去って行った。
「何があの話だよ。どの話だってんだ。ありすぎて分からないだろ」
叩けば埃が出る身が何か言っている。
ザックは盛大に舌を出して閉じたドアを睨みつけた。
「陸上部隊の皆、ザックの話をしてやるって言ってたよ?」
「聞かなくていいからな。絶対に卓にはつくなよ」
ザックが目をむいて怒る。今日は特にそういった卓につく事はなかった。卓につくとお酒を注いで男性と向かい合って話をしなくてはいけない。
うーん、私に出来るかなぁ。それに水着姿でもお触りもなかった。ホッと胸をなで下ろすと奥の執務室からジルさんが高らかに笑いながら出てきた。
「やるじゃないナツミ。ダンに聞いたわ。今日の売り上げは今年に入って最高になりそうよ! 酒樽が幾つも空になったそうじゃないの」
薄紫色の頭からかぶるベールと同じ色の扇子であおいでいた。
「やったなぁ! ナツミ」
そう言うと隣に立っていたザックが私の頭の上にポコンと手を乗せて髪の毛を撫でてくれた。
「そんな。私は何も……いつも通りだよ」
私がザックを見上げながら呟くとザックの後ろからひょこっとノアが顔を出した。
「そんな事ないだろ。シンに聞いたぜ、今まで通りの接客が良かったんだろうってさ」
ノアも汗を拭いながら笑っていた。
「今まで通りの……」
私は今までしてきた事が無駄ではなく、少しだけでも実を結んだ事がとても嬉しくなった。今まで通りを貫いて良かった。
笑うとジルさんがカウンターの注文書を覗きながら呟く。
「ナツミはこれから化粧とかマリン達に教えてもらいなさいよ。それにヒールで歩ける様になったら私の靴をあげるわ。履いてないのが幾つかあるし」
書類を確認しながらジルさんがウインクをする。
「ありがとうございます」
わっ。ジルさんのプレゼントなんて嬉しい!
けれど……ジルさんのヒールは凄く高いのだよね。歩けるかなぁ。
「しかし、こんなにフライパンを振ったらさ、結構鍛えられるもんだなぁ。改めてダンの腕が太い理由が分かったぜ。なぁ、ザックパンパンじゃないか?」
「はは、そうだな。あんまり動いてなかったしなぁここ最近。そうだ、明日久しぶりに手合わせしてみるか?」
「そうだなぁ剣の腕が鈍るのもなぁ」
「実践形式でやらないか」
ノアとザックもそんな雑談をしていた。
終わって少し気が抜けた時だった。ドアベルを軽快に慣らし客が入って来た。
「あっ、すみません。今日の酒場の営業は終了し、て──」
私は顔を上げて笑顔を作ったが、その言葉が思わず尻すぼみになる。
その声にカウンターを覗き込んでいたジルさんやノア、ザック皆がドアに立つ人間に視線を移した。
「酒場じゃない──宿を取りたいんだが、空いているだろうか?」
声から察するに男だった。ゆったりと話す口調だった。
顔がフードをかぶっていて、その顔が見えない。『ファルの町』はこれから夏が本格的になるというのに、ボロボロの焦げ茶色の外套を羽織っている。しかも外套はくるぶしまである。
男が一歩近づくと甘すぎて旬を過ぎた果物の香りがふわりとした。良い匂いとは言い難い。臭い様な、嗅いだ事のない香りだった。
「え、っと……宿、ですね?」
私はその匂いに顔を少ししかめてしまったが慌てて取り繕う。旅人ならば何日も身を清潔にする事が出来なかった可能性もある。接客するのにそんな態度はいけない。
私が尋ねると、男は外套の隙間から袋を取り出す。袋にはお金が入っている様だ。
だが、私はその男の懐からチラリと覗いた服装に思わず目を見張る。
外套は恐ろしく着古されてボロボロなのに、隙間から覗く服装は派手な赤色の布地で沢山の刺繍があるチュニックを着ていた。
高そうな布。あれ? そういえば──思わず鳥肌が立つ。
だって、その服装はゴッツさんが教えてくれた香辛料商人と名乗った男達。
捕まえようとしている奴隷商人の風貌と似ていたのだ。
私は樽形のジョッキ四杯をドンと二番テーブルの上においた。そのビールを見て、私に視線を移した二番テーブルの軍人四人はザックやノアに近い年齢の男性だった。
皆プラチナブロンドで白い肌だった。ガッチリした体格で女性に人気がありそうな容姿だ。
「おお、黒髪と黒い瞳。あんたがナツミか」
「おお、やっと来たか。へぇ短い髪の毛でも可愛いじゃないか」
「細身だなぁ。まだまだ成長途中ってところか、まさか十代か?」
「ザックのヤツ、趣味が変わったのか? 色っぽい女ばっかり好んでいたはずなのに」
登場した私を見ると、頭の先から足先まで何度も視線を行ったり来たりを繰り返す。
明らかに男性達の反応としては、ボーン! バーン! ドーン! って感じの女性が登場すると思っていたのだろうか。
想定内の反応だ。ここは落ち込んでいる場合ではない。愛嬌と、勢いだろう多分!
この男性達に見覚えがあった。いつも週に二回は来る常連客だから。私はニッコリ笑った。衣装が替わって皆の認識がウエイターからウエイトレスになったって、今までの態度を変えるつもりはない。いつもと同じ笑顔だ。
「いつも来てくれてありがとう。確かノアの部隊と交替で勤務している陸上部隊の皆さんですよね?」
皆に私の顔がよく見える様に少し屈んで四人の男性の顔を覗き込んでみる。やはりそうだ。名前は分からないけれどもノアの事についてやたら詳しい隊の人たちだ。
私がそう告げると思い出した様に口を開けて四人がポカンとする。
「え」
「あ」
「あれ」
「そういえば」
「「「「あの黒髪の!」」」」
四人がそれぞれの顔を見て、口を揃え私を指差した。
ようやくいつもの黒髪ウエイターと同じ人物である事を理解してもらえた様だ。そこまで衣装や化粧で変わるものだろうか。『ファルの町』の男性の判断力は謎だ。
私は笑ってテーブルの上に置いたジョッキをそれぞれに配る。
「あなたはファルの町で流行っているお菓子について教えてくれましたよね」
「ああ、そうだ。よく覚えているな」
巻き髪の男性は、甘い物が好きなのか流行のお菓子について教えてくれる。
「あなたはいつもお肉に沢山の胡椒をかけますよね。『かけ過ぎですよ』って言ったら、『これが美味いんだ』ってね」
「そうだ。かけ過ぎだっていつも心配してくれたな」
髪を短く刈り上げた男性は、胡椒好きでいつも追加を要求する。
「あなたはビールを二杯飲んだ後いつも黄金色のお酒を頼みますね」
「ああ。そういえばオーダーしなくても『次はロックですか?』って聞いてくれるよな」
髪の毛を一つに縛った男性は、お酒好きで黙々と飲んでいる。
「そして、あなたは必ずビールは五杯と決めている。そしていつも『六杯目じゃないよな?』って二杯目から尋ねますよね」
「えぇ~俺、尋ねるか?」
四人目は不精ひげを生やした男性で、風貌とは逆でお酒に弱かった。
いつもウエイターとしてやり取りしている事を説明すると、他の三人が弾けた様に笑う。
「そうだそうだ」
「六杯、飲んだ? って、うるせぇんだよお前は」
「隣に座ったら必ず聞いてくるから、ウザいよな」
三人の男性が笑い不精ひげの男性の肩を叩く。不精ひげの男は恥ずかしいのか頬を赤らめてビールを舐める様に飲んだ。
すると甘い物好きの巻き髪男性が、思い出した様に声を上げた。
「そうだよなぁ。黒髪のウエイターが必ず覚えているんだよ何杯飲んだか。こんなに沢山客が来るし店は毎日大盛況なのにさ、絶対間違えないんだよな。そのウエイターが、ナツミだったとはなぁ」
私の顔を見ながらしみじみと話す。
「女だったとは。少年とばかり思っていたのに。悪かったな誤解していて」
「最初からその格好で食事や飲み物を運んでくれたら誤解もしなかったのに」
短髪、髪の毛を縛った男が次々に話してくれる。
私は笑いながら別に気にしていないですよという意味で、無言で首を左右に振る。
その私の姿を見ながら男性がホッと笑っていた。
貴族肌と言っていたけれど……特に意地悪もない。酔っ払う前だからなのか紳士的だ。
そして不精ひげの男が感心した様に声を上げた。
「ナツミ、こんなに『ジルの店』に沢山の軍人が集まるのに、そうやって俺達の事覚えてるのか?」
その声に反応して他の三人の男もじっと私の顔を見つめる。
「それはもちろん。必ず週二回来てくれますよね。いつも沢山の面白い話をしてくれるから。楽しみなんですよ」
私はひょんな事からお世話になっている身である事と危険だからと言う理由で『ジルの店』から外に出る事が出来ない。だから酔っ払っていても店に来る客の話を聞くのはとても楽しかった。
異世界でしかも軍人だから特徴があるし、場合によってはレオ大隊長の様に『もみ上げ長めの二重巨人』など心の中で勝手なあだ名をつけていた。
お世話になっているうえに、踊り子や歌い手の様な事は出来なかったし、出来る事と言えば簡単な計算と正しくメニューを伝えてお客さんに持っていく事。多少の酔っ払いでも上手に付き合って行けば皆気のいい人たちばかりだった。
それこそ悪酔いして、喧嘩になりそうなら早めにダンさん達に伝えれば上手に回避してくれたし。
私に出来る事と言えば、それぐらいの事しかなかったのだ。
正直に今までの気持ちを伝える私を皆がポカンと見つめていた。ピクリとも動かず、ビールの樽形ジョッキを持ったまま微動だにしない。
「何か失礼な事言いました?」
心配になってそれぞれの顔を見ると弾けた様に首を左右に四人の男性が振った。
「そ、そんな事ない!」
「俺達のつまんねぇ話をそんな風に言ってもらえるとか」
「何だか、その、ちょっと」
「嬉しいって言うか」
ソワソワモジモジしはじめた。嬉しがられる程の事はないけれども。
「つまらないなんてそんな事ないですよ。そういえば、皆さん山間部を中心に警備しているんですよね。山間部だったらお城の側ですね。町の話も面白いけど、お城の側の話もあれば色々教えてくださいね」
そうそう。山間部の警備で何か情報も入れば、例の奴隷商人の情報が分かるかもしれないし。
「おう!」
「任せておけ!」
「何でも教えてやるぜ!」
「城の事なら俺達に聞けよっ!」
四人それぞれ胸を張った時私はシンに大きな声で呼ばれた。
「ナーツーミー、早く来てくれよ。ドンドン運んでくれないとビールが温くなる!」
「ごめーん、すぐ行くね。じゃぁ、皆さんごゆっくり。また注文あったら呼んでくださいね」
私はそう言って手を振ると男性四人がボンヤリしながら手を振ってくれた。
四人の男はナツミの後ろ姿に手を振り少ししてから、テーブルの真ん中に顔をつきあわせる。
「おい! 凄ぇニコニコしていて可愛いってもんじゃないだろう」
「それに、見たか? 尻とかさぁ、モモみたいにプリプリしていたぞ! 子どもっぽいと思っていたけど全体を見ると体つき良いよなぁ」
「お前ってそればっかりだな。それより、俺の事ちゃんと覚えてるって驚いたぜ。そういえば黒髪のウエイターやたら覚えが早くて気の良いヤツだと思っていたけど」
「女だったとはなぁ。そういえばウエイターの時から嫌な顔一つしないしさぁ、そもそもザックは女だっていつの間に気がついたんだ?」
コソコソと話をして声を潜める。そして今まで自分達に良くしてくれた、黒髪のウエイターの姿をたった今、目の前で話していたナツミの姿に変えて思い出す。
それから何やら頬を四人が赤く染めニヤリと笑う。
そうだ、少年なのにやたら気がつくヤツだと思って女性っぽいなとは思っていたけれど。女なのだよな。女なら俺達にも機会があったのだよな。あんなに気遣ってくれるいい女なら──
「「「「イイ!」」」」
四人が同時に答えて思わずそれぞれを睨みつける。
「くっそー。ザックのヤツめ、女って分かった途端ナツミの事を襲ったんだぜ」
「きっとそうだ。ナツミ可哀相に。最悪だなザックって」
「そうだよ、さっきもナツミからザックの香水の匂いがプンプンするし。それに首のところを見たか?」
「見た見た! 反則だろ。俺のものだから手を出すなと言わんばかりの──」
「「「「キスの跡をつけやがって!」」」」
四人が声を揃え大声を上げた。それから、椅子の背もたれにうな垂れる。
「何か腹が立つなぁ~ザックのヤツいいとこ取りってかんじで。こうなったら、ナツミにザックの事を教えてやらなくては」
「そうだそうだ。あんな女を喰ってばっかりのヤツにナツミが餌食になる必要はない」
「そうだ! 俺はナツミを喜ばせて振り向かせてみせるさ。話が好きみたいだなぁ。確か、城の話も知りたそうだったなぁ」
「こら抜け駆けするなよ。それは俺がナツミにしてやるさ」
四人の男が睨み合う。そして、思い出した様にビールを飲みはじめる。
「とにかく。また注文してナツミを呼ばないと」
「そうだ。ナツミにこの卓につく様に呼びつけようぜ」
「そうしよう! となったら、今晩は飲むぞ」
「おお! 俺も飲めないが頑張るぞ!」
おおー! と、一致団結していた。
「凄い勢いで皆ビールを頼むなぁ……」
ナツミが訪れるテーブルが同じ様になっている事に気がついたのは、フロアでビールをせっせと注ぐシンとニコだけだった。
「ウエイター時代の積み重ねが生きているとは……」
ナツミは容姿や踊り、歌などで気を引く女ではない。いわゆる『ファルの宿屋通り』の普通の手段で男達を虜にするのではなかった。
虜か。そうするつもりなんてナツミにはこれっぽっちも考えていないのだろう。シンも以前ナツミが『人たらし』だと思った事がある。
それはウエイターでもウエイトレスでも同じだった。気がつかないうちに、スルリと人の懐に入り込んで思わぬ言葉をかけてくる。
つまり、相手とのやり取りを積み重ねて魅力が出てくる。そして実はあの姿、あの可愛さだろ? ──反則だよな。
シンは冷静に分析をしてみる。ザックさんが側にいるからという事は関係なく、ナツミが裏町に行ったとしても、男も女も関係なく好かれるだろう。だって、同じ踊り子で他店のトニですら懐柔してしまうナツミなのだ。これからオベントウを売りに町に降りる事が増えるだろう。だけれどきっとナツミなら裏町の人間だって変えてしまうかもしれない。
「ウエイター時代の積み重ねですか。ナツミは凄いですよね。男性の姿でも女性の姿でも男からの注文を沢山取るとは。そうか『ファルの宿屋通り』で男性として勤めていたって、売り上げに貢献できますよね。ウエイターとして僕もナツミの様に貢献しなければ!」
「そうだな。売り上げ貢献だよな」
変な火がついたニコにシンは笑う。ナツミはこうやって同僚ですら巻き込んで行く。
「僕はナツミの後に続く伝説のウエイターになります!」
「あ、ああ。頑張れよ……」
伝説か? シンはガッツポーズをするニコに苦笑いだった。
それから一時間程、飛ぶ様にビールの注文が繰り返し入った。店のビール全てを飲み尽くすかと思うぐらいだった。
途中で厨房からザックが飛んで来て口を塞ぐ事が何度かあった。その度にお玉を持ったノアがザックの頭を叩くと首根っこを掴んで厨房に引きずって行った。何だったのだろう。
私を呼ぶ声も一段落した頃、マリンの踊りとミラの歌がはじまった。ミラの美しい歌声に乗ってマリンが登場した時はフロアの男性は皆驚いた声を上げる。
だってマリンのショートカットの初披露だった。
ゆっくりとしたギターの音。そして鈴──
変調で心臓を突き上げる様な太鼓のリズムがはじまる。ミラが切ない恋心を歌う。叶わない恋の歌だった。
しかし、マリンの踊りは今までになく活力に満ち溢れていた。恋に破れて儚く散る女性ではなく、明日に向かって歩いて行く女性に表現が変わっていた。
マリンが足を高くあげてターンする。その足が空を切る様は格好いい。戦う美しさだった。マリンの汗がライトに照らされて光る。
新たなマリンの踊りは素晴らしく、フロアも最高潮の盛り上がりを見せた。フロアの客は皆手を叩いて盛り上げる。髪を切って生まれ変わったマリンを受け入れた瞬間だった。
私はフロアの片隅で、マリンの踊りをザックとノアと共に見る。
マリンはやはり素敵だった。初めてマリンの踊りを見た時の事を思い出す。
私のなりたい女性。憧れの女性。
可愛くて美しい、そして強くなったマリン。私は初めて見た時と同じ様に涙が溢れた。
「……こら泣くな。泣くのは俺と二人きりの時だけだ」
不意にザックの低い声が聞こえた。振り向くとザックが薄い唇を尖らせて軽くキスをしてくれた。
私とザックが初めてキスをした時と同じだ。
私はうれしくてそして恥ずかしくて、隣にいるザックの手を握った。
ああ、ザックが側にいてくれて良かった。私の好きな人がここにいる。
ザックも私の手を握り返してくれた。再びマリンの踊りを眺めた。
「あっ指輪……」
隣にいたノアが小さく呟いた。どうやらマリンの指輪に気がついた様だ。今までプレゼントしてからしていなかった指輪をしている事に気がついたノアは、アイスブルーの瞳を優しく滲ませて、踊りを見ていた。
私は魔法石の事を思い出す。
魔法石に気がつかないマリンの事を側で見守っていたノア。ザックとの関係も知りながら、それでもプレゼントしたのだ。きっと切なかっただろう。
ねぇノア、マリンも気がついたよ。指輪の内側にある魔法石に。
私は心の中で呟く。
踊りの最後、マリンはフロアにいるノアを見つけて笑うと指輪にキスをした。
それを見たノアが子どもの様に嬉しそうに笑っていたのを私とザックは見逃さなかった。
「ありがとうございました。また来てくださいね」
私はお釣りを渡しながらニッコリと巻き髪の男性に微笑む。
「また来るぜ。ヒック。その時は俺達の卓につけよ。城の話だけじゃなくてザックの話をしてやるからさ。ヒック」
巻き髪の男性をはじめとする例の四人組が今日の最後の客だった。潰れてしまった不精ひげの男性を皆が担ぎジルの店を去ろうとしていた。
店の入り口で男性四人組はかなり酔ってフラフラしている。お釣りだけではなくて私の手を握りしめる。大きくしゃっくりをしていた。大丈夫かな。
なのに隣でザックがその手をゆっくりと突き放す。
「こぉら。俺のナツミに許可なく触るなよ」
黒いタンクトップ姿で頭にバンダナを巻いていた。そのバンダナが汗染みが出来ていた。厨房も注文が多かったからさぞ忙しかっただろう。
「何だとぉ~ザックめ。てめぇ覚えてろよ。あの話を絶・対ナツミにしてやるからな。じゃぁなぁナツミ。俺達また来るからさ」
そう言って巻き髪の男性はウインクをして皆と去って行った。
「何があの話だよ。どの話だってんだ。ありすぎて分からないだろ」
叩けば埃が出る身が何か言っている。
ザックは盛大に舌を出して閉じたドアを睨みつけた。
「陸上部隊の皆、ザックの話をしてやるって言ってたよ?」
「聞かなくていいからな。絶対に卓にはつくなよ」
ザックが目をむいて怒る。今日は特にそういった卓につく事はなかった。卓につくとお酒を注いで男性と向かい合って話をしなくてはいけない。
うーん、私に出来るかなぁ。それに水着姿でもお触りもなかった。ホッと胸をなで下ろすと奥の執務室からジルさんが高らかに笑いながら出てきた。
「やるじゃないナツミ。ダンに聞いたわ。今日の売り上げは今年に入って最高になりそうよ! 酒樽が幾つも空になったそうじゃないの」
薄紫色の頭からかぶるベールと同じ色の扇子であおいでいた。
「やったなぁ! ナツミ」
そう言うと隣に立っていたザックが私の頭の上にポコンと手を乗せて髪の毛を撫でてくれた。
「そんな。私は何も……いつも通りだよ」
私がザックを見上げながら呟くとザックの後ろからひょこっとノアが顔を出した。
「そんな事ないだろ。シンに聞いたぜ、今まで通りの接客が良かったんだろうってさ」
ノアも汗を拭いながら笑っていた。
「今まで通りの……」
私は今までしてきた事が無駄ではなく、少しだけでも実を結んだ事がとても嬉しくなった。今まで通りを貫いて良かった。
笑うとジルさんがカウンターの注文書を覗きながら呟く。
「ナツミはこれから化粧とかマリン達に教えてもらいなさいよ。それにヒールで歩ける様になったら私の靴をあげるわ。履いてないのが幾つかあるし」
書類を確認しながらジルさんがウインクをする。
「ありがとうございます」
わっ。ジルさんのプレゼントなんて嬉しい!
けれど……ジルさんのヒールは凄く高いのだよね。歩けるかなぁ。
「しかし、こんなにフライパンを振ったらさ、結構鍛えられるもんだなぁ。改めてダンの腕が太い理由が分かったぜ。なぁ、ザックパンパンじゃないか?」
「はは、そうだな。あんまり動いてなかったしなぁここ最近。そうだ、明日久しぶりに手合わせしてみるか?」
「そうだなぁ剣の腕が鈍るのもなぁ」
「実践形式でやらないか」
ノアとザックもそんな雑談をしていた。
終わって少し気が抜けた時だった。ドアベルを軽快に慣らし客が入って来た。
「あっ、すみません。今日の酒場の営業は終了し、て──」
私は顔を上げて笑顔を作ったが、その言葉が思わず尻すぼみになる。
その声にカウンターを覗き込んでいたジルさんやノア、ザック皆がドアに立つ人間に視線を移した。
「酒場じゃない──宿を取りたいんだが、空いているだろうか?」
声から察するに男だった。ゆったりと話す口調だった。
顔がフードをかぶっていて、その顔が見えない。『ファルの町』はこれから夏が本格的になるというのに、ボロボロの焦げ茶色の外套を羽織っている。しかも外套はくるぶしまである。
男が一歩近づくと甘すぎて旬を過ぎた果物の香りがふわりとした。良い匂いとは言い難い。臭い様な、嗅いだ事のない香りだった。
「え、っと……宿、ですね?」
私はその匂いに顔を少ししかめてしまったが慌てて取り繕う。旅人ならば何日も身を清潔にする事が出来なかった可能性もある。接客するのにそんな態度はいけない。
私が尋ねると、男は外套の隙間から袋を取り出す。袋にはお金が入っている様だ。
だが、私はその男の懐からチラリと覗いた服装に思わず目を見張る。
外套は恐ろしく着古されてボロボロなのに、隙間から覗く服装は派手な赤色の布地で沢山の刺繍があるチュニックを着ていた。
高そうな布。あれ? そういえば──思わず鳥肌が立つ。
だって、その服装はゴッツさんが教えてくれた香辛料商人と名乗った男達。
捕まえようとしている奴隷商人の風貌と似ていたのだ。
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