1 / 168
001 彼氏と姉と私の修羅場
しおりを挟む
「ごめん」
それが長い沈黙の後発した彼の言葉だった。サラッとした前髪の下の目が伏せられたが、まっすぐと私を見たのは井上 秋、私の彼氏だった。
その後ろには、私の姉である春見がベッドの上でうなだれていた。
偶然姉の部屋を訪れた時の事だ。まさか自分の彼氏と姉がベッドで仲良くしているところを目撃するなんて。二人とも汗ばんだ体を白いシーツで隠していたが、明らかに事後直後だった事が分かる。
部屋は何とも濃密な空気で満ち足りていて、部屋の扉からベッドまで跡を付ける様に脱ぎ捨てられた二人の服が印象的だった。
最悪な出来事に皆が凍りついた瞬間だった。
姉の春見は、ふわっとした背中まで長い栗色のロングウエーブの髪をかき上げると意を決して顔を上げ、部屋の入り口で立ち尽くす私を見つめた。シーツで隠した胸の上、鎖骨には沢山散った赤い痕が見えた。
「ごめんなさい夏見。私が全部悪いの。こうなる前に、早くあなたに言うべきだった。なのに……」
大きな栗色の瞳からポロポロと涙がこぼれ嗚咽が聞こえる。掠れた声が印象的だった。
「夏見、違うんだ俺が悪いんだ。春見は拒絶したのに俺が無理言って困らせて!」
秋はシーツ毎春見を抱きしめた。彼の眉が苦痛でゆがむ。
ドアノブにかかっていた手がガタガタと震えている。張り付いていた喉がようやく唾を飲み込んでくれた。
そして、私は──
「やだなぁ早く言ってくれたら良かったのに! お姉ちゃんが相手じゃ私なんて」
私、山田 夏見は黒髪のショートカットをゆらして、苦笑いをした。
「バッカじゃないのそこは怒るところでしょ!」
遙ちゃんが、ポニーテールを大きくゆらして振り向いた。大きな声だったけれども、ここ大無海岸は夏真っ盛り。海水浴を楽しむ客が砂浜で色とりどりの水着で花を咲かせている雑踏の中では遙ちゃんの大声も誰も気にとめてはいなかった。
浜にたたずむ小さな二階建ての小屋。窓辺で海を眺めて、バイト仲間の遙ちゃんに一週間前に起こった大失恋話をしていた。
私達ライフセーバーの休憩室と荷物置き場を兼ねた小屋だ。私と遙ちゃんは丸パイプ椅子に座って20分の休憩をしていたところだった。
「そうなんだけど何故か笑っちゃって。ってなわけでごめんね。遙ちゃんと一緒にダブルデート行く予定だった来週の花火大会、私行けないや。フラれちゃったし」
苦笑いで私は遙ちゃんに謝った。両手をパンと合わせて何とも情けない姿だ。
「行けないって。そんなのは気にしなくてもって。も~!! だから怒るとこだってそこは!」
遙ちゃんは近くのテーブルを叩いて立ち上がると、両手で頭を抱え天井を仰いだ。
ライフセーバーの制服である、水着の上に着る黄色のTシャツとオレンジ色のショートパンツは少し大きめでぶかぶかしているが、その上からでも分かるぐらいボリュームのある彼女の胸が私の目の前でバウンドした。
「あははそうなんだけど。ほらお姉ちゃんが相手じゃさ、ライバルにもなるわけないんだよね。うん」
そうなのだ。一つ年上の姉である春見は、ふわふわした綿菓子の様な女性だ。
軽くウエーブした栗色の髪の毛。大きな栗色の瞳、睫も長い。まるで人形の様。色白で笑うとえくぼが出来る。華奢な体の割にはバストも大きく、何となくエロティシズムも感じる。読者モデルでも出来そうな風貌。
海岸近くの雑誌等で紹介されるお洒落な喫茶店でウエイトレスとして勤務しており、男性客は勿論の事女性客からも真似したいと人気なのである。
なのに妹の私といえば姉の真逆に位置する風貌で、よく姉妹に見えないと言われた。
日焼けした肌、ショートカットは黒髪で瞳は大きいけれども真っ黒な瞳。女性らしい体格とは程遠いがっしりした骨格。姉のエロティシズムとは違い男装すれば少年といったところだ。多く語れば語るほど、どうして同じ両親から生まれたのか謎が深まるばかりだ。
春見──姉の事を考えた時、目に焼きついたベッドの上でうなだれる二人の姿が瞼の裏にちらついた。ギュッと目を閉じて頭を左右に振って振り切った。
「秋もさ格好良かったし。私には出来すぎた彼氏っていうか。まぁそうなる様に出来ていたんだと思う」
一週間前までは私の彼氏だった井上 秋は、元々同じ体育大学に通っていた同級生だった。彼はサッカー部、私は水泳部で卒業と同時にトントン拍子に付き合う事になった。
顔良しスタイル良し。性格良しって──彼女の姉に別れ話の前から鞍替えする奴が性格がいいのか今となっては不明だが、付き合って半年してこんな事が発覚するとは。
大学卒業後、私は水泳選手として花開かず何になるわけでもなく、スイミングスクールのインストラクターと海の家そしてライフセーバーのバイトを掛け持ちして今に至っている。
掛け持ちで忙しく秋と中々会えなかったのは確かだ。そんな私に嫌気がさしたのかもしれない。それに引き換え秋は大学卒業後スポーツジムのインストラクターとして大活躍。イケメンインストラクターとして雑誌などにも取り上げられる様になっていた。
そこへ来て姉の存在だ。見目麗しく優しい性格の姉の方が何倍も良かったに違いない。
「そうなる様に出来ていたって。も~確かに夏見のお姉さんは美人で井上も男前だけど。あんたを踏み台にしていい理由なんて何処にもないよ。だからもっと怒りなさいよ。私だったらそんなの耐えられないよ」
前半は怒りながら、後半は泣きそうな遙ちゃんを笑いながら私はギュッと抱きしめた。
「あはは。ありがとう。私はそうやって代わりに怒ってくれる遙ちゃんが大好きよ! それに遙ちゃんのおっぱい気持ちいい~」
力一杯抱きしめると彼女の胸が私のささやかな胸に押し付けられる。
ああ羨ましい。
「も~夏見ってば。仕方ないなぁ。あははは、くすぐったいってば」
遙ちゃんが私の隣で笑い声を上げた。
「さぁ、休憩終わり! 行こうよ遙ちゃん」
私は笑顔で休憩室という名の小屋を遙ちゃんと手を繋いで出た。
それが長い沈黙の後発した彼の言葉だった。サラッとした前髪の下の目が伏せられたが、まっすぐと私を見たのは井上 秋、私の彼氏だった。
その後ろには、私の姉である春見がベッドの上でうなだれていた。
偶然姉の部屋を訪れた時の事だ。まさか自分の彼氏と姉がベッドで仲良くしているところを目撃するなんて。二人とも汗ばんだ体を白いシーツで隠していたが、明らかに事後直後だった事が分かる。
部屋は何とも濃密な空気で満ち足りていて、部屋の扉からベッドまで跡を付ける様に脱ぎ捨てられた二人の服が印象的だった。
最悪な出来事に皆が凍りついた瞬間だった。
姉の春見は、ふわっとした背中まで長い栗色のロングウエーブの髪をかき上げると意を決して顔を上げ、部屋の入り口で立ち尽くす私を見つめた。シーツで隠した胸の上、鎖骨には沢山散った赤い痕が見えた。
「ごめんなさい夏見。私が全部悪いの。こうなる前に、早くあなたに言うべきだった。なのに……」
大きな栗色の瞳からポロポロと涙がこぼれ嗚咽が聞こえる。掠れた声が印象的だった。
「夏見、違うんだ俺が悪いんだ。春見は拒絶したのに俺が無理言って困らせて!」
秋はシーツ毎春見を抱きしめた。彼の眉が苦痛でゆがむ。
ドアノブにかかっていた手がガタガタと震えている。張り付いていた喉がようやく唾を飲み込んでくれた。
そして、私は──
「やだなぁ早く言ってくれたら良かったのに! お姉ちゃんが相手じゃ私なんて」
私、山田 夏見は黒髪のショートカットをゆらして、苦笑いをした。
「バッカじゃないのそこは怒るところでしょ!」
遙ちゃんが、ポニーテールを大きくゆらして振り向いた。大きな声だったけれども、ここ大無海岸は夏真っ盛り。海水浴を楽しむ客が砂浜で色とりどりの水着で花を咲かせている雑踏の中では遙ちゃんの大声も誰も気にとめてはいなかった。
浜にたたずむ小さな二階建ての小屋。窓辺で海を眺めて、バイト仲間の遙ちゃんに一週間前に起こった大失恋話をしていた。
私達ライフセーバーの休憩室と荷物置き場を兼ねた小屋だ。私と遙ちゃんは丸パイプ椅子に座って20分の休憩をしていたところだった。
「そうなんだけど何故か笑っちゃって。ってなわけでごめんね。遙ちゃんと一緒にダブルデート行く予定だった来週の花火大会、私行けないや。フラれちゃったし」
苦笑いで私は遙ちゃんに謝った。両手をパンと合わせて何とも情けない姿だ。
「行けないって。そんなのは気にしなくてもって。も~!! だから怒るとこだってそこは!」
遙ちゃんは近くのテーブルを叩いて立ち上がると、両手で頭を抱え天井を仰いだ。
ライフセーバーの制服である、水着の上に着る黄色のTシャツとオレンジ色のショートパンツは少し大きめでぶかぶかしているが、その上からでも分かるぐらいボリュームのある彼女の胸が私の目の前でバウンドした。
「あははそうなんだけど。ほらお姉ちゃんが相手じゃさ、ライバルにもなるわけないんだよね。うん」
そうなのだ。一つ年上の姉である春見は、ふわふわした綿菓子の様な女性だ。
軽くウエーブした栗色の髪の毛。大きな栗色の瞳、睫も長い。まるで人形の様。色白で笑うとえくぼが出来る。華奢な体の割にはバストも大きく、何となくエロティシズムも感じる。読者モデルでも出来そうな風貌。
海岸近くの雑誌等で紹介されるお洒落な喫茶店でウエイトレスとして勤務しており、男性客は勿論の事女性客からも真似したいと人気なのである。
なのに妹の私といえば姉の真逆に位置する風貌で、よく姉妹に見えないと言われた。
日焼けした肌、ショートカットは黒髪で瞳は大きいけれども真っ黒な瞳。女性らしい体格とは程遠いがっしりした骨格。姉のエロティシズムとは違い男装すれば少年といったところだ。多く語れば語るほど、どうして同じ両親から生まれたのか謎が深まるばかりだ。
春見──姉の事を考えた時、目に焼きついたベッドの上でうなだれる二人の姿が瞼の裏にちらついた。ギュッと目を閉じて頭を左右に振って振り切った。
「秋もさ格好良かったし。私には出来すぎた彼氏っていうか。まぁそうなる様に出来ていたんだと思う」
一週間前までは私の彼氏だった井上 秋は、元々同じ体育大学に通っていた同級生だった。彼はサッカー部、私は水泳部で卒業と同時にトントン拍子に付き合う事になった。
顔良しスタイル良し。性格良しって──彼女の姉に別れ話の前から鞍替えする奴が性格がいいのか今となっては不明だが、付き合って半年してこんな事が発覚するとは。
大学卒業後、私は水泳選手として花開かず何になるわけでもなく、スイミングスクールのインストラクターと海の家そしてライフセーバーのバイトを掛け持ちして今に至っている。
掛け持ちで忙しく秋と中々会えなかったのは確かだ。そんな私に嫌気がさしたのかもしれない。それに引き換え秋は大学卒業後スポーツジムのインストラクターとして大活躍。イケメンインストラクターとして雑誌などにも取り上げられる様になっていた。
そこへ来て姉の存在だ。見目麗しく優しい性格の姉の方が何倍も良かったに違いない。
「そうなる様に出来ていたって。も~確かに夏見のお姉さんは美人で井上も男前だけど。あんたを踏み台にしていい理由なんて何処にもないよ。だからもっと怒りなさいよ。私だったらそんなの耐えられないよ」
前半は怒りながら、後半は泣きそうな遙ちゃんを笑いながら私はギュッと抱きしめた。
「あはは。ありがとう。私はそうやって代わりに怒ってくれる遙ちゃんが大好きよ! それに遙ちゃんのおっぱい気持ちいい~」
力一杯抱きしめると彼女の胸が私のささやかな胸に押し付けられる。
ああ羨ましい。
「も~夏見ってば。仕方ないなぁ。あははは、くすぐったいってば」
遙ちゃんが私の隣で笑い声を上げた。
「さぁ、休憩終わり! 行こうよ遙ちゃん」
私は笑顔で休憩室という名の小屋を遙ちゃんと手を繋いで出た。
0
お気に入りに追加
528
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる