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001 彼氏と姉と私の修羅場

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「ごめん」
 
 それが長い沈黙の後発した彼の言葉だった。サラッとした前髪の下の目が伏せられたが、まっすぐと私を見たのはいのうえ しゆう、私の彼氏だった。

 その後ろには、私の姉であるはるがベッドの上でうなだれていた。

 偶然姉の部屋を訪れた時の事だ。まさか自分の彼氏と姉がベッドで仲良くしているところを目撃するなんて。二人とも汗ばんだ体を白いシーツで隠していたが、明らかに事後直後だった事が分かる。

 部屋は何とも濃密な空気で満ち足りていて、部屋の扉からベッドまで跡を付ける様に脱ぎ捨てられた二人の服が印象的だった。


 最悪な出来事に皆が凍りついた瞬間だった。


 姉の春見は、ふわっとした背中まで長い栗色のロングウエーブの髪をかき上げると意を決して顔を上げ、部屋の入り口で立ち尽くす私を見つめた。シーツで隠した胸の上、鎖骨には沢山散った赤い痕が見えた。

「ごめんなさいなつ。私が全部悪いの。こうなる前に、早くあなたに言うべきだった。なのに……」

 大きな栗色の瞳からポロポロと涙がこぼれ嗚咽が聞こえる。掠れた声が印象的だった。

「夏見、違うんだ俺が悪いんだ。春見は拒絶したのに俺が無理言って困らせて!」

 秋はシーツ毎春見を抱きしめた。彼の眉が苦痛でゆがむ。

 ドアノブにかかっていた手がガタガタと震えている。張り付いていた喉がようやく唾を飲み込んでくれた。

 そして、私は──

「やだなぁ早く言ってくれたら良かったのに! お姉ちゃんが相手じゃ私なんて」

 私、山田 夏見は黒髪のショートカットをゆらして、苦笑いをした。





「バッカじゃないのそこは怒るところでしょ!」
 遙ちゃんが、ポニーテールを大きくゆらして振り向いた。大きな声だったけれども、ここおおなき海岸は夏真っ盛り。海水浴を楽しむ客が砂浜で色とりどりの水着で花を咲かせている雑踏の中では遙ちゃんの大声も誰も気にとめてはいなかった。

 浜にたたずむ小さな二階建ての小屋。窓辺で海を眺めて、バイト仲間の遙ちゃんに一週間前に起こった大失恋話をしていた。

 私達ライフセーバーの休憩室と荷物置き場を兼ねた小屋だ。私と遙ちゃんは丸パイプ椅子に座って20分の休憩をしていたところだった。

「そうなんだけど何故か笑っちゃって。ってなわけでごめんね。遙ちゃんと一緒にダブルデート行く予定だった来週の花火大会、私行けないや。フラれちゃったし」

 苦笑いで私は遙ちゃんに謝った。両手をパンと合わせて何とも情けない姿だ。

「行けないって。そんなのは気にしなくてもって。も~!! だから怒るとこだってそこは!」
 遙ちゃんは近くのテーブルを叩いて立ち上がると、両手で頭を抱え天井を仰いだ。

 ライフセーバーの制服である、水着の上に着る黄色のTシャツとオレンジ色のショートパンツは少し大きめでぶかぶかしているが、その上からでも分かるぐらいボリュームのある彼女の胸が私の目の前でバウンドした。

「あははそうなんだけど。ほらお姉ちゃんが相手じゃさ、ライバルにもなるわけないんだよね。うん」

 そうなのだ。一つ年上の姉である春見は、ふわふわした綿菓子の様な女性だ。

 軽くウエーブした栗色の髪の毛。大きな栗色の瞳、睫も長い。まるで人形の様。色白で笑うとえくぼが出来る。華奢な体の割にはバストも大きく、何となくエロティシズムも感じる。読者モデルでも出来そうな風貌。

 海岸近くの雑誌等で紹介されるお洒落な喫茶店でウエイトレスとして勤務しており、男性客は勿論の事女性客からも真似したいと人気なのである。

 なのに妹の私といえば姉の真逆に位置する風貌で、よく姉妹に見えないと言われた。

 日焼けした肌、ショートカットは黒髪で瞳は大きいけれども真っ黒な瞳。女性らしい体格とは程遠いがっしりした骨格。姉のエロティシズムとは違い男装すれば少年といったところだ。多く語れば語るほど、どうして同じ両親から生まれたのか謎が深まるばかりだ。

 春見──姉の事を考えた時、目に焼きついたベッドの上でうなだれる二人の姿が瞼の裏にちらついた。ギュッと目を閉じて頭を左右に振って振り切った。

「秋もさ格好良かったし。私には出来すぎた彼氏っていうか。まぁそうなる様に出来ていたんだと思う」
 一週間前までは私の彼氏だった井上 秋は、元々同じ体育大学に通っていた同級生だった。彼はサッカー部、私は水泳部で卒業と同時にトントン拍子に付き合う事になった。

 顔良しスタイル良し。性格良しって──彼女の姉に別れ話の前から鞍替えする奴が性格がいいのか今となっては不明だが、付き合って半年してこんな事が発覚するとは。

 大学卒業後、私は水泳選手として花開かず何になるわけでもなく、スイミングスクールのインストラクターと海の家そしてライフセーバーのバイトを掛け持ちして今に至っている。

 掛け持ちで忙しく秋と中々会えなかったのは確かだ。そんな私に嫌気がさしたのかもしれない。それに引き換え秋は大学卒業後スポーツジムのインストラクターとして大活躍。イケメンインストラクターとして雑誌などにも取り上げられる様になっていた。

 そこへ来て姉の存在だ。見目麗しく優しい性格の姉の方が何倍も良かったに違いない。

「そうなる様に出来ていたって。も~確かに夏見のお姉さんは美人で井上も男前だけど。あんたを踏み台にしていい理由なんて何処にもないよ。だからもっと怒りなさいよ。私だったらそんなの耐えられないよ」

 前半は怒りながら、後半は泣きそうな遙ちゃんを笑いながら私はギュッと抱きしめた。

「あはは。ありがとう。私はそうやって代わりに怒ってくれる遙ちゃんが大好きよ! それに遙ちゃんのおっぱい気持ちいい~」

 力一杯抱きしめると彼女の胸が私のささやかな胸に押し付けられる。

 ああ羨ましい。

「も~夏見ってば。仕方ないなぁ。あははは、くすぐったいってば」
 遙ちゃんが私の隣で笑い声を上げた。

「さぁ、休憩終わり! 行こうよ遙ちゃん」
 私は笑顔で休憩室という名の小屋を遙ちゃんと手を繋いで出た。
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