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思いつき

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 潰される! 湧き上がる恐怖。せめて身体を元の大きさに戻せば、ルーカスと戦って逃げるチャンスを得られるかもしれない。魔法を使いかけて、マリルはハッと気が付いた。
 そうだ。ルーカスが知らない存在になればいいんだ。

 本来の白魔術は自然の力や妖精の力を借りて願いを具現的なものにするのだが、大魔導師のルーカスやサンサは最初から身体に魔術を宿し、力を借りる必要が無かったという。それはマリルも同じこと。そのせいかマリルは妖精の姿を見たことがない。だとしたら、きっとルーカスもその存在を知らないのではと思ったマリルは、いちかばちかの勝負をかけて口を開いた。

「私は、この世に生まれたばかりの妖精です。先ほどの術からあなたが魔法使いだと分かりましたが、あなたの白魔術の種類を増やすために、私のサポートが要りますか?」

 ルーカスの眉間に深く皺が寄る。怒らせたかと思った矢先に、ルーカスが失笑した。
「この闇をまとう私に、今更白魔術が必要だと? どれだけ能天気な妖精だ」

 今にも指に挟んだマリルを潰しそうなルーカスの傍にハインツがやってきて、じたばたともがくマリルを覗き込んだ。

「あれ? おかしいな。僕にもこの子が見えるんだけれど、妖精って普通の人間には見えないんじゃないのか? それにこの子は、王女のブローチの中に入っていた人形と服も髪も同じだし、顔も似ている似ている」

 そういえば、ハインツ王子はエリザ王女をエスコートしたから、すぐ近くでブローチを見たのだと思い当たり、マリルは内心焦った。何とか動揺を抑えながら、おっしゃる通りブローチの中の人形ですと答える。

「えっ? 人形なのに動くってどういうことだ? シャーロット側妃もアルバートも動いたことを気にしていたが、エリザ王女は振動で揺れているだけで、普通のミニチュアドールだと言っていたはずだが」

「はい。最初はただのドールでした。王女さまが、ハインツ殿下を心配されて、給仕係にお菓子を用意を申しつけられたとき、その優しく美しい心に妖精たちが魅了されました。王女様が魔術師なら、沢山の妖精の力を得られたと思いますが、そうはならず、行き場を失った妖精たちの気持ちがお菓子を囲む花に宿って私が生まれました。ただ、沢山の妖精の気持ちが結びついた命なので、まだ固まっていない私の命が霧散しないよう、少しの間このお人形の中で過ごすことにしたのです」

 マリルは頭の中に眠っていたいくつもの寓話を呼び起こし、状況にあうように適当にくっつけながら語った。それらはマリルがサンサを探して街から街へ渡った頃に、奇術の演出に活かそうとして、街の住人たちから聞いた昔話だった。
 上手く言い逃れることができただろうかと、マリルが不安気にルーカスとハインツ王子の顔を交互に見る。ハインツが小さなマリルに顔を寄せて、さも感心したように、へぇ~と呟いた。

「それじゃあ、今は王女のブローチの中は空っぽなのか。大事なブローチのようだったし、君を連れていけば点数が稼げるかな。君の名前は何」

「な、名前は、信頼関係ができた魔術師にしか教えてはならない規則があるので、応えられません。言えば私は消えてしまいます」

「分かった。消えたら利用できなくなるから、こっちで勝手につけるよ。花から生まれたならフローラか。考えるのも面倒だから、それにしよう。今から王女の部屋にフローラを届けに行って見舞いのお礼も伝えれば、ディナーのときの失態を補えるかな」

 さっきまで、苦しそうだったハインツ王子は、服従の魔物を吐き出してから、元気を取り戻したようだ。
 マザコンで気弱に見えるが、第一王子として甘やかされてきたハインツは、人を利用する術を心得ていて、何でも思い通りになると思っているらしい。それで結果が悪ければ全て他人のせいにしてしまうのだから、性質が悪すぎる。それでもルーカスの結界の外へ連れ出してくれるなら、この際王女の仇だろうが何だろうが、手を借りるのは仕方がないと割り切るしかないだろう。

 マリルがこくこくと頷いて、いい案ですわと答えると、それまで黙って聞いていたガルレア王妃も、ついでに既成事実を作れば、皇太子の座は間違いなくハインツのものになると、王妃として品のかけらもない激励を息子に送った。
あとはルーカスさえ誤魔化せたら……。

 マリルがそっとルーカスの顔色を窺ったとき、何事か考えている様子だったルーカスが、ギロリとマリルを見ながら訊ねた。

「生まれたばかりの妖精にしては、物事を知り過ぎていないか? ひょっとしたら、お前はサンサの回し者かもしれない。だとしたら、この部屋から出すわけにはいかんな」

「私に知恵があるのは当たり前です。何人もの妖精の心が集まって形作られた身ですから、知識だって受け継ぎます」

 フンと鼻を鳴らしたルーカスが杖を振り、真っ黒な四つ足の魔物を呼び出した。宙を駆けてソファーの背に飛び乗った魔物は猫ぐらいの大きさだが、小さなマリルにとっては見上げるほどの巨体に感じられる。鋭い牙が口から飛び出し、目は真っ赤な炎のようで、細くなったり太くなったりと形を変えているのが不気味だ。

 四本の足の先から突き出たギラリと光るかぎ爪は、先が鎌のように尖っていて、一振りされただけで容易に身体は切断されるだろうと想像できる。マリルの恐怖を感じ取り、魔物が舌なめずりをした。

「この魔物の前で私の質問に答えてみよ。嘘ならこの魔物がお前に飛び掛かる。嘘や恐怖や憎しみが大好物の魔物だ。かなり腹を空かせているから容赦はしないと思え」
 ルーカスが、ソファー背にマリルを載せた。魔物が近づき顔を寄せようとするのをルーカスが手で制す。
 こんなのに噛みつかれたら絶対に痛くて、悪魔のようなルーカスにだって助けを求めてしまいそうだとマリルは胴震いした。
 どうせサンサ師匠の弟子だとバレるなら、洗いざらい本当のことを話して、ルーカスに一思いに殺してもらう方が楽に違いない。

「待って、真実を言うから、その魔物に襲わせないで」

「やっぱりな。おかしいと思ったのだ。命を奪う前に聞いてやるから話せ」

 冷たく笑ったルーカスが、ソファーの背を杖で叩く。地震のような揺れにマリルが踏ん張るも、杖の先がマリルの方へ叩きながら進んでくる。
 嚙み切られるのと潰されるのとでは、どっちが痛くないんだろう? 
 直ぐ近くで振り下ろされる杖は、マリルを一層恐怖の淵に追い込んだ。

「大魔導師サンサのことは知っています。ルーカス大魔導師とは知り合いで、魔法学校では魔術合戦をしたと聞きました」

「ほう。そんな昔のことまで話すとはな。お前はサンサにとって特別な存在らしい。魔法も使えないお前が、どうしてサンサに気に入られたかは分からないが、サンサの居場所も含めて知っていることを全部吐け」

 ルーカスの目が眇められたのを見て、マリルは慌てた。早く真実を全て吐き出さなければ、魔物をけしかけられるかもしれない。ただ、ただ恐怖で、マリルは深く考えることもできず、ありのままを弾丸のように吐き出した。

「はい。サンサ大魔導師からルーカス大魔導師のことをお聞きしました。ルーカス大魔導師は魔術で人を圧倒するのが大好きだけれど、大魔導師サンサの方が魔力が強くて、ルーカス大魔導師はいつも負けていたのが原因で、捻くれてしまったのではないかと……」

「何だと? 私よりサンサが優れているとあいつは言ったのか?」

「えっと、自慢話じゃなくて、心配されてたのだと思います。だってじゃなければ、悪いことをして闇堕ちしかけたルーカス大魔導師を護るために、サンサさまが加護魔法であなたの力を縛るはずがないじゃないですか?」

 マリルの叫びを聞いたハインツが、呆れた顔でルーカスに聞いた。
「ブリティアン王国のお抱え大魔導師は、一番優れた大魔導師じゃなきゃいけないのに、ルーカスより強い大魔導師がいるってこと? それって詐欺じゃないか」

「うるさい! こいつの言っていることはでたらめだ。サンサが私に代わって国の大魔導師になるために、私を騙して力を封じようとしただけで、黒魔術を使える私の方が力が強いに決まっている」

 ハインツは、いつもすかしているルーカスが慌てるのを見て、フーンそうなんだとニヤニヤ笑っていたが、瞬時にその笑顔が驚きに変った。
 椅子の背に立った小さなマリルも、背後で低い威嚇の唸り声を聞き、身体を翻して咄嗟に身構える。黒い魔物がぐんとマリルに近づいたかと思うと、軽々飛び越えルーカスに襲い掛かった。

「うわっ! 呼び出した主に対して何をする!」

 ルーカスが杖を振るために振り上げた手首に、魔物が鋭い牙をたて、辺りに血が飛び散った。
 魔物は嘘が大好物。ルーカスの言葉を聞いがマリルが、恐怖に駆られながらも計った通り、プライドの高いルーカスは嘘をついてまで自分の地位を保とうとした。ルーカスの気が魔物に向いた途端に、結界が消える。

―――今だ!

 マリルは指を振り、転移魔法を使った。
 サンサの教えの一つに、魔術量の分からない相手と競うことになったら、自分の魔力はできるだけ隠して相手を油断させることというのがある。確かに正解だった。ルーカスはマリルのことを魔術も使えない者と侮っていたのだから。
 めざすは、西の離宮。何としても、アルバート王子とザイアン王子の決闘を阻止しなければ。


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