自分をドラゴンロードの生まれ変わりと信じて止まない一般少女

神谷モロ

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第七章 学園編3

第112話 その男

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 どんなに理想的な国家でも暗部は必ずある。

 例えば事業に失敗した者や、ギャンブルにのめり込み身を落とす者。
 あるいは手癖が悪く、堅気の仕事が出来ない者などが集まる貧困街。

 その中にあって一人の男は今日も仕事に励んでいた。

 彼の名はハンス。彼も事業で失敗し多額の借金を負う身だが、国の支援事業に従事することで日々返済を繰り返しながら生活をする、訳ありであるがごく普通の一般人のようだ。

「やあ、ハンス。今日も午後の炊き出しの準備かい?」

 そんなハンスに声を掛けるのは帝国の役人である。

「ええ、お役人さんも、わざわざこんな貧困街までご苦労様です」

 ハンスは手を休めることなく役人の質問に答える。
 役人はハンスやその他の貧民たちが真面目に働いているか監視のために、抜き打ちで見回りにくるのだ。
 付き添いには騎士が一人、しかも鎧を身に着けず、剣を一本腰に下げただけの軽装である。

「なに、最近は治安もよくなってきたし、数年前とは違ってこの区画も平和になりつつあるよ。今の君も少なからずそれに貢献しているのさ」

 ハンスは、児童養護施設で子供達に勉強を教えつつ、食事を与える仕事に従事している。

 役人も彼の働きぶりに感心しており、以前の実業家だった彼とはまったくの別人のようだった。

「あの、傲慢で有名なハンスが、今では聖人のようですね……」

「ああ、確かにな、あいつは親の代で作った財産を食いつぶし、そして妻と子供には逃げられたって話だしな。よほど反省したのだろう……。人は変れるってことさ、ならこの貧困街も変るだろう」

 役人たちが一通りの見回りを済まし役所に帰る頃には、炊き出しには行列が出来ていた。

 ハンスは、各々が持参した器に同じ量のスープとパンを配る。

「はいはい、順番にね。全員分はあるから安心してくれ。余ったら子供たちはお代わりをしてもいいぞ? だが喧嘩をするならお代わりはなしだぞ?」

 そして、鍋が空っぽになる頃に一人の男がハンスの前に現れる。

「おや、すまんね。少し遅かったようだ。しかし、あんたの身なりからして炊き出しは必要ないように思うが?」

 ハンスの前に現れた男は貧困街出身ではないようだった。
 仕立ての良い服を着ていることから裕福な人間のようだ。
 
「探しましたよ。ヘイズ様」

 男はハンスに向かってそう言った。

 ハンスは少しだけ眉を動かしたがいつもの笑顔で男に小声で答える。

「しっ。その名は言うなと言っただろうが」

「はは、これは失礼。しかし、見つけるのに半年かかりましたな。それが今の身体ということですか?」

「うむ。しかし、何もヒントは与えておらんかったが、よくわかったな」

「半年かかったと言ったじゃないですか。まあ調べるのは簡単でしたよ。
 ここ半年の間でガラッと人が変わったように働く人間。それに界隈では有名なクズで無能のハンスが、今では聖人のようだと。それは間違いなく貴方様に違いないとね」

「はは、たしかにな、このクズは自殺しようにもその覚悟すらなかった。ロープを握ったまま立っている姿は実に滑稽だったよ。
 それに奴には何もない。身体を乗り換えるにはこれ以上の個体はないだろう。
 それに、この国は弱者に対して随分と甘いからな。俺が土下座したら貧困街での仕事をあっせんしてくれたよ。借金も国が預かり監視付とはいえ比較的自由に動くことが出来る。

 ……だが、まだその時ではないな。お前もしばらく潜伏しておくように。今動くと直ぐに尻尾を掴まれるぞ? 皇族に手を出したんだからな。
 それにお前とこれ以上ここで会話するのはリスクが高い。いずれこちらから接触する機会もあろう」

 そして、ハンスに扮したヘイズはやや大げさに目の前の男に挨拶をする。
「いや、旦那のような立派な人に声を掛けていただいて光栄でした。その上でお手伝いなんて、とんでもございませんです。お気持ちだけでもありがたく頂戴します」

 そう言うとヘイズは目の前に男に深々と頭を下げ、空になった鍋の片づけを始めた。
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