自分をドラゴンロードの生まれ変わりと信じて止まない一般少女

神谷モロ

文字の大きさ
112 / 151
第七章 学園編3

第112話 その男

しおりを挟む
 どんなに理想的な国家でも暗部は必ずある。

 例えば事業に失敗した者や、ギャンブルにのめり込み身を落とす者。
 あるいは手癖が悪く、堅気の仕事が出来ない者などが集まる貧困街。

 その中にあって一人の男は今日も仕事に励んでいた。

 彼の名はハンス。彼も事業で失敗し多額の借金を負う身だが、国の支援事業に従事することで日々返済を繰り返しながら生活をする、訳ありであるがごく普通の一般人のようだ。

「やあ、ハンス。今日も午後の炊き出しの準備かい?」

 そんなハンスに声を掛けるのは帝国の役人である。

「ええ、お役人さんも、わざわざこんな貧困街までご苦労様です」

 ハンスは手を休めることなく役人の質問に答える。
 役人はハンスやその他の貧民たちが真面目に働いているか監視のために、抜き打ちで見回りにくるのだ。
 付き添いには騎士が一人、しかも鎧を身に着けず、剣を一本腰に下げただけの軽装である。

「なに、最近は治安もよくなってきたし、数年前とは違ってこの区画も平和になりつつあるよ。今の君も少なからずそれに貢献しているのさ」

 ハンスは、児童養護施設で子供達に勉強を教えつつ、食事を与える仕事に従事している。

 役人も彼の働きぶりに感心しており、以前の実業家だった彼とはまったくの別人のようだった。

「あの、傲慢で有名なハンスが、今では聖人のようですね……」

「ああ、確かにな、あいつは親の代で作った財産を食いつぶし、そして妻と子供には逃げられたって話だしな。よほど反省したのだろう……。人は変れるってことさ、ならこの貧困街も変るだろう」

 役人たちが一通りの見回りを済まし役所に帰る頃には、炊き出しには行列が出来ていた。

 ハンスは、各々が持参した器に同じ量のスープとパンを配る。

「はいはい、順番にね。全員分はあるから安心してくれ。余ったら子供たちはお代わりをしてもいいぞ? だが喧嘩をするならお代わりはなしだぞ?」

 そして、鍋が空っぽになる頃に一人の男がハンスの前に現れる。

「おや、すまんね。少し遅かったようだ。しかし、あんたの身なりからして炊き出しは必要ないように思うが?」

 ハンスの前に現れた男は貧困街出身ではないようだった。
 仕立ての良い服を着ていることから裕福な人間のようだ。
 
「探しましたよ。ヘイズ様」

 男はハンスに向かってそう言った。

 ハンスは少しだけ眉を動かしたがいつもの笑顔で男に小声で答える。

「しっ。その名は言うなと言っただろうが」

「はは、これは失礼。しかし、見つけるのに半年かかりましたな。それが今の身体ということですか?」

「うむ。しかし、何もヒントは与えておらんかったが、よくわかったな」

「半年かかったと言ったじゃないですか。まあ調べるのは簡単でしたよ。
 ここ半年の間でガラッと人が変わったように働く人間。それに界隈では有名なクズで無能のハンスが、今では聖人のようだと。それは間違いなく貴方様に違いないとね」

「はは、たしかにな、このクズは自殺しようにもその覚悟すらなかった。ロープを握ったまま立っている姿は実に滑稽だったよ。
 それに奴には何もない。身体を乗り換えるにはこれ以上の個体はないだろう。
 それに、この国は弱者に対して随分と甘いからな。俺が土下座したら貧困街での仕事をあっせんしてくれたよ。借金も国が預かり監視付とはいえ比較的自由に動くことが出来る。

 ……だが、まだその時ではないな。お前もしばらく潜伏しておくように。今動くと直ぐに尻尾を掴まれるぞ? 皇族に手を出したんだからな。
 それにお前とこれ以上ここで会話するのはリスクが高い。いずれこちらから接触する機会もあろう」

 そして、ハンスに扮したヘイズはやや大げさに目の前の男に挨拶をする。
「いや、旦那のような立派な人に声を掛けていただいて光栄でした。その上でお手伝いなんて、とんでもございませんです。お気持ちだけでもありがたく頂戴します」

 そう言うとヘイズは目の前に男に深々と頭を下げ、空になった鍋の片づけを始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...