しぇいく!

風浦らの

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第三章 【誓】

勝負の行方

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 変わって隣コートでは、虎岡一中VS甘芽中が決勝進出をかけて戦っている。

 言わずと知れた王者甘芽中。三十年連続県大会出場。七年連続地区大会優勝。三年連続東北大会出場中の、まさにこの地区の絶対王者。
 対する虎岡一中は、県内屈指の卓球部員を抱えるマンモス学校。そして前大会の全中ではレギュラー全てを二年生が独占し、そのレギュラーメンバーがそのまま新人戦に出てくるという、黄金世代。
 

 ゲームカウント【2ー1】。甘芽中リードでで迎えた第4ゲームには、キャプテン水沢夏が登場していた。
 対する虎岡一中も第4ゲームはエース今岡真衣いまおかまい

 周りの観客から見れば、この試合が事実上の決勝戦。その中でも一番の目玉カードである。

 一中を支える今岡は県内屈指の実力者。今岡から見れば、水沢夏はある程度認めてはいるものの格下である。

 「向こうの山は楽そうでいいねぇ。準決勝が念珠崎と風北? 間違えじゃ無いの?」
 「今年の念珠崎は強いっすよ」
 「ふーん。弱小校が夢見ちゃって、健気だねぇ」
 「夢を追ってここまで来たんじゃ無いっすか。夢を叶える事が出来るのは、夢を見続けてるやつだけっすよ」
 「なっちゃんも随分センチな事言うんだねぇ。ちょっと意外だねぇ」
 「……そうっすかね。まぁ、そう教えられたっすから」

 勝てば決勝。
 王者のキャプテンと強豪校のエースがぶつかる。
 意地とプライドの一戦────

 「水沢さん対今岡さん、第4ゲーム、水沢さんサービス、0-0ラブ・オール

 試合の主導権を握るのは水沢夏。
 彼女のつくる試合は、身体能力は勿論、卓球の技術、戦績、実力差そのものをひっくり返す。

 【6ー5】

    ──しっかしやりにくいねぇ……粒高ラバーを完全に使いこなしてるねぇ──

 粒高ラバーと表ソフトを組み合わせた
非常に珍しい水沢夏のラバー構成。
 試合の駆け引きの巧さも相まって、水沢夏の時間帯が続く。
 水沢夏は、全中の時より遥かに強くなっている──

 【8ー7】

    ──でもそれだけじゃあ勝てないんだよねぇ。変則はあくまで変則。王道を超えることは絶対にできないんだよねぇ。悲しいかな、変則じゃ主役になれないんだよねぇ。歴史がそれを証明してるのさ──

 【8ー8】
 【8ー9】

    今岡も負けじと、両ハンドのスマッシュで一気に試合をひっくり返す。

 ──ほぉらね。なっちゃんのボールは軽いのさ。タイミングさえ合えば、撃ち抜く事なんて簡単だよねぇ──

    「流石、一中のエース。と言ったところっすか。隙の無い良い卓球っすね。でも、相手の隙を突くのは得意なんすよ。王の道を断ち切るのは、いつだって時代の変態っすよ」

 王道VS変則の試合を制し、勝ち上がるのはどちらか──


 ■■■■

 
 こちらは念珠崎VS北風の試合。

 実力を示し、海香がセットを連取していた。

 セットカウント【2ー0】。
 そして第3セットも海香の圧倒的優位で試合が進んでいた。

 【2ー0】

    ──強すぎる……まるで歯が立たない。この子には何年かかっても……逆立ちしたって勝てない──

 【4ー0】

 川端未来のボールを凹ませる反則サーブ。
 空気抵抗で大きく変化し、台で弾む際も予期せぬ方へとボールが跳ねた。

 海香はその動きに瞬時に反応し、ギリギリで救い上げるように、強引にドライブで返した。

 ──これも返すのか……──

 【5ー0】

 負ける──
 このままでは確実に負けてしまう。

 ──勝てない…………もう……当てるしか無い……やらなきゃ…………私がやらなきゃ……──

 川端未来は焦っていた。
 勝つためならなんだってやる。
 それが自分達の為だと信じて疑わない。
 手に汗がにじむ。
 いざラケットを相手にぶつけるとなると、その手が震えた。

 どこを狙うか。
 利き手──、 
 それで勝てるのか?
 狙うのは──

 ──『目』だ。
 
 怖い。
 本当にやるのか。

 しかしやらなければならない理由がある──
 怖さから来る戸惑いで、川端未来の体は硬直し、なかなかサーブの体制に入れずにいた。

 ────。

    試合が再開されようとしたその時、風北にタイムアウトが入った。タイムアウトを取ったのは、今まで微動だにしなかった、風北の顧問。

 この展開でタイムアウトなど、焼け石に水。
 歩いてベンチに戻る際も、なんとか試合をひっくり返す奥の手は無いかと、策を巡らせていた。

 「川端さん」

 ベンチに戻ると、顧問の米沢太一に声をかけられた。
 この米沢太一という男。卓球部の顧問とは名ばかりで、ただそこに居るだけで一度も部活動には一切口を出したことがない。
 そんな彼に声をかけられたものだから、川端未来は思わず顔を上げた。

 「川端さん。ズルしてるんですよね。この子達に聴きました」
 「……えっ……」
 
 米沢太一は部員を見渡した後、再び川端未来に視線を戻す。

 「そういう事は、もうやめた方がいいです」
 「……あの……」
 「君達の事情はわかります。僕はその上で言っています」
 「先生には……わからないですよ……卓球の事もわからないくせに……私達がどんなに必死で戦ってるかなんて、わからないですよね!?」
 「そうですね。僕には卓球の事は全然わかりません。なんのアドバイスもしてあげられません。
 でもね、君達の事はよく知っているつもりです。
 僕は部の顧問である前に、君達の先生です。毎日、君達が一生懸命授業を受けてる姿を間近で見てきました。
 君達はとてもいい子達です。こんな事をする子達では無い筈です。僕はそう確信しています。
 本当はこんな事したくない。そう思っているのでしょう?」
 「でも! 勝たないと……私達の……」

 「そうやって勝ってどうなりますか? 人生の先輩の僕に言わせれば、君達の心には必ず傷が残ります。そしてきっと後悔するでしょう。
 ──────ですが、そうさせたのは僕達、大人の責任です。大人を代表して、この場で僕に謝らせて欲しい。
 本当にすまなかった。どうか、許して欲しい」

 米沢太一は、選手達に向けて深々と頭を下げた。
 大の大人に、これ程頭を下げられた事は無く、その光景を前に風北の選手達は言葉を失った。
 そして米沢太一は頭を上げると、こう言葉を投げかけた。

 「練習場の事は僕が責任を持ってなんとかします。だから、最後くらいは正々堂々と戦ってきましょう」
 「最後って……」
 「卓球を全く知らない僕の目から見ても、あの子は別格です。この会場の誰よりも強い。勝つのは無理です」
 「────んな!?」
 「あれ? 違いましたか?」
 「……違うくないです。そんな事言うなんて酷いです」
 「はぁ。こういうのに、慣れてなくてですね。あははぁ」
 
 なんて頼りない男なんだと川端未来は思った。そして、こんな正直で誠実な大人が居るのかと思った。

 試合も終盤。
 もう遅いのかも知れない。
 取り返しのつかない事なのは分かっている。
 それでも最後は正々堂々戦って終わりたい。
 これは川端未来の我儘──

 背中をポンと押された。
 華奢な体からは想像もつかない大きな大人の掌だった。

 「行ってきなさい」
 「はい」

  ──────

 タイムアウトが終わり、再び両者が相見える。
 憑物が取れたような表情に、海香はすぐに気がついた。

 川端未来のサーブ。
 混じりっ気のない、美しい純回転のサーブ。

 ──わぁお手本のような綺麗なサーブ。こういうのは意外と手元で伸びてくるんだよねー──

 思った以上に伸びてきたボールに、下がりながらもドライブで返した。
 しかし体制不十分で回転も弱くコースも甘い。
 川端未来、反撃のフォアハンド。
 
 速い──

 飛びつく海香。咄嗟にバックドライブで応戦するも、再び川端未来の強烈なフォアハンド。対角線に放たれ、今度は完璧に海香の背中を過ぎ去った。

 【5ー1】

    ──こんな卓球もできるんじゃん。よくわからないけど、余計な動きがなくなった分、格段に鋭くなったよねー。私も気を引き締めなきゃなー──

 圧勝ムードが一転、張り詰めていく空気。
 ハイレベルな攻防が繰り広げられる。

 【8ー3】

    それでも海香有利は変わらず、要所で
きっちりと得点を重ねていく。

 【10ー5】

    現実はそんなに甘くない。
 勝たなきゃいけない試合で、必ず勝てるわけではない。
 
 【11ー5】

 

 結果、最後も大差でセットを奪われ、セットカウンとは【3ー0】のストレート負け。
 
 そしてゲームカウントは【3ー1】となり、念珠崎の勝利が確定した。

 試合を終えた二人は、握手と言葉を交わす。

 「原……海香さん……あの」
 「最後、すっごい楽しかったねー! また試合やろうねー!」

 ────ッ

 確かに最後は楽しかった。
 何も考えずに、卓球を楽しめた。

 海香の背中を見送りながら川端未来は、キチンと言葉にしなきゃだめだと思った。
 先生の様に、誠実に生きたいと思った。

 「念珠崎の皆さん、すみませんでしたぁ!!」
 
 体育館一面に響くほどの大きな声に、周りの観衆の視線が集まった。

 「オーケー!」

 負けないほどの声でまひるが叫ぶと、その視線がは更に念珠崎に向けられる。

 「ちょ、まっひー先輩、何がオーケーなんですか!? 恥ずかしいですよぉ」
 「あぁん? そういう事だろ」
 「どういう事ですか! それでいいんですか!?」
 「うっせぇな。もう終わった事をウジウジ言うつもりはねぇ。女子かよ。ホラ支度して帰るぞ、次は決勝戦だぜ!」
 「こう見えても一応女子なんですけどぉ!」

 和気藹々と身支度する念珠崎を見送り、風北の選手達も続々と控え室へと帰る。
 米沢太一は最後に選手達に言葉をかけた。

 「今回は完敗ですね。選手としても、チームとしても……人間としても。でも──、まだ県大会があります。そしてまた夏が来ます。今度は負けないように、堂々と戦えるように。たくさん練習しましょうね。僕もこれから卓球の事、勉強しますので」
 「先生ぇぇ……」
 「あらら。泣かないで下さい。練習場なら僕がなんとかしますから! こう見えて、結構貯金はあるんですよ? 学生時代、バイトばかりしていましたから」
 「先生ぇぇぇ!」
 「えっあ、何ですか!?」

 風北中の地区大会が終わった。
 公約を果たせず、ベスト4での敗退。
 しかしこれでよかったのかも知れない。
 
    念珠崎【3-1】風北

    
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