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第三章 【誓】
楽しみにしてる
しおりを挟む控室に戻った念珠崎。
次はいよいよ決勝戦。
まさか本当に自分達がここまで来れるとは──
出来る事なら、このまま何事の事件も起きずに決勝戦を迎えたいと思っているのは、乃百合だけでは無い。
ざわめき立つ心。
試合までの間の空き時間が、もの凄く長く感じる。
「あの……私、ちょっと打ち込んできます!」
突然立ち上がった、乃百合の一言。
「あぁ!? 次、決勝だぞ!?」
「三十分でちゃんと戻ります!」
「あっおい!」
乃百合は、まひるの話も聞かず、別館にある練習場に走り出して行ってしまった。確かに、三十分で戻るならば決勝戦迄には十分間に合う。
「じゃ……じゃあ私も……」
「私も行ってくるよー」
いつもの様に乃百合の後を追うブッケンと、卓球がやりたくて仕方がない海香もそれに続く。
「ったく、しょうがねぇな……」
部長として、まひるもそれに付き合おうと腰を上げたが、案の定、桜に強引にその場に座らされた。
「はいはい、まっひーは私と治療ね」
「でもあいつらだけで大丈夫かよ?」
「それは建前でしょ? 本当はじっとしてられないんじゃないの?」
「うっ……」
「わかるよ。その気持ち。でも、出たいんでしょ? 決勝戦」
「……ったりめぇだぜ」
「だったらこの時間でできる事をしなきゃ」
桜はまひるの手首にコールドスプレーを吹きかけ、その傷んだ手首をテーピングでぐるぐる巻きにしていった。
「なあ桜」
「ん?」
「本当にこれでやるの??」
まひるはガチガチにテーピングされた手首を見ながら問いかけたが、桜は笑顔でイエスと答えた。
「もうちょっとなんとかならねぇかな……」
「もぅ。世話の焼ける部長様だこと」
テーピングは固定する為に巻く物だ。
しかし手首は卓球をする上で、欠かす事の出来ない部分である。
曲がっても痛くない部分、負担の少ない巻き方を考えながら巻き直す。
隣では、和子がその様子を心配そうに見つめている。
治療が進む中、三人の前に一人の選手がやってきた。
ユニフォームから、先程準決勝を戦った虎岡一中の選手だという事が伺える。
「よう」
先に声をかけたのは、まひるだった。
その様子から、和子もその子が誰なのか即座に感づいた。
「吹浦悠奈……さん」
それは、まひると和子がダブルスを組むきっかけを作った女の子。
まひるをライバル視し、念珠崎を弱小校と罵り煽った子が最初に放った言葉は、意外や祝福の言葉であった。
「おめでとう、念珠崎」
「お、おう」
その硬く握られた手から、悔しさを押し殺し絞り出した言葉であったと想像できる。
決勝に勝ち上がったのは甘芽中────
「決勝、行けなかった……ごめん。まひるのチームと戦うの……楽しみにしてたのに。まひるがダブルスで出てるの知って、絶対決勝まで行くって決めてたけど……
やっぱ甘芽中は強いなぁ。いい所までいったんだけどね。
約束守れなくて、ホントごめん」
何やら申し訳なさそうに謝る吹浦悠奈を前に、まひるは、約束なんてした覚えは無いと思った。
「じゃあよ悠奈、勿論県大会は決勝まで登ってくるよな? 約束破ったんだ、当然だよなぁ? 楽しみにしてたんだけどなぁ」
「────ッ あ、当たり前じゃん!!」
「んじゃま、俺達は一足先に地区チャンピオンになって待っててやっからよ。県大会は当たるまで負けんじゃねぇぞ?」
「キィーーーッなに上からもの言ってんのよ! ちょっと運良く決勝まで行ったからって! 直接対決して負けた訳じゃ無いんだからね!」
吹浦はその場で地団駄を踏むと、まひるを指差してこう続けた。
「負けたら承知しないんだからね!」
昔からまひるをライバル視し、事あるごとに絡んできた吹浦。
彼女なりの激励を受け、まひるも一つ、決勝に向け身が入った。
「負けねぇよ。煩いから早くあっちに行ってくんねぇかな?」
まひるが左手であっちへ行けと促すと、吹浦は文句を言いつつ自分のチームへと帰っていった。
「まっひー先輩、随分と塩対応ですね」
「アイツはこれでいいんだよ。桜、テーピング頼む」
「はいはい」
■■■■■
一方練習場では、乃百合達が甘芽中の選手と鉢合わせしていた。
「甘芽……中……」
乃百合の前には甘芽中の選手が三人。
全中で一年生ながらも、王者甘芽中でレギュラーを勝ち取った池華花。
卓球を始めたのが遅かったが、県チャンピオンの姉を持つ遊佐楓。
そしてもう一人。
「これはこれは、決勝で戦う念珠崎さんやないの? 観てたで試合、特にアンタ。原海香──、関西にもこんなエグい選手おらんかったわ。どや? 試合前に前哨戦でもしよか? あっし、強いで」
「村雨さん、試合前にあんまり絡まない方が……」
関西弁でまくしたて、海香にかかって来いとボールを投げた村雨。
その間を取り持つのは、二人を知る池華花だ。
「海香さん、すみません。この人は村雨こてつさんです。夏に大阪から甘芽中に引っ越してきたので、皆さん知らないとは思います。 馴れ馴れしいですけど、悪い人ではないので許してください」
「いいよいいよー。私もアップついでに、相手してもらおうかなって思ってたんだよねー」
────!
「ちょっ海香先輩! いくらなんでもこれから決勝を戦う相手なんですよ!?」
常識的には考えられない展開に、思わず乃百合は苦言を呈したが、海香は笑顔を崩さず小声で乃百合に語りかけた。
「大阪からの転校生であり、ノーデータの選手と手合わせが出来るんだよ? 片や私の卓球はバレバレ。これって得るものしか無いよねー」
「──っそうですけど……」
乃百合の心配をよそに、村雨こてつと海香は卓球台を挟んで向かい合った。
「へっへ、そう来なおもろないで! ほな、早いとこ始めよか!」
「自身ありありだねー、じゃあ────いくよ」
ハイトスからの強烈な海香のドライブサーブ。
スピード、コース、曲がり方。本番さながらの非常に厳しいボールだ。
「うわっ凄いサーブ」
「ですね、だけど村雨さんもただの選手じゃあないですよ」
乃百合と池華花の心は、二人を止めることよりも、少しづつ二人がどんな試合をするのか、という興味へと変わっていた。
鋭く曲がる海香のサーブに上手く反応した村雨こてつ。ラケットでボールを捕らえると、絶妙な角度で振り抜き、同じくドライブで返してみせた。
「海香先輩のドライブをドライブで!?」
「はっきり言います。村雨さんは強い。あの人は大阪府のチャンピオンですから」
「えぇ!? 大阪のチャンピオン!? そんな人がなんで山形に……」
「子供の力じゃどうにも出来ない事もあるんですよ。その中でも、全中で全国大会に行ったうちに来た。村雨さんも、せめてものワガママを通したんだと思います」
一進一退の攻防。
海香がドライブを放てば、負けじとそれをドライブで返す村雨こてつ。
超ハイレベルな激しいドライブの打ち合いに、乃百合達は暫し釘付けとなっていた。
「凄い……どっちも……凄いよ」
「ですね。この2人はちょっと別次元ですね」
二人の戦型は同じ【ドライブ攻撃型】
しかしよく見ればその内容が微妙に違う──
「村雨さんのドライブ……弾けるようなドライブだ……スイングスピードと角度で回転を出すタイプ。その軌道とスピードはまるで刀の斬撃……」
「海香さんのドライブも流石ですね。まるで一瞬ラケットにボールが吸い付いてるかのように、ギリギリまで摩擦を与えて回転力を高めたボール。手首の使い方が非常に上手い。その打球はまるで変幻自在の津波の様だ」
【5-5】
ウォーミングアップのエキシビジョンマッチとは言え、決勝戦前の前哨戦。お互いに負けたくない気持ちもある。特に、同じドライブマン。エースとして試合に弾みをつける意味でも負けられない。
「こりゃ想像以上やで! 全国でも通用するドライブやんか! なんでアンタみたいなのが無名やねん」
「そりゃどうもー。来年有名になるんだよーこのチームで────、ねっ!」
海香のとっておき、下回転ドライブ。
村雨こてつはまんまと見誤り、それをネットにかけた所で自らラケットを台に置いた。
「ホンマ……エゲツないわぁ。地方の地区大会なんて消化試合やと思っとったけど、こりゃとんだ楽しみができてもうたなぁ」
「私もいいウォーミングアップになったよー。ありがとー」
「なぁアンタ、何試合目に出てくるん!? あっしは一試合目やねん! なぁ、一試合目、やろうや? なぁ!?」
「んー。秘密? 」
「なんやそれぇ。んなけったいな事言わんでぇ」
「ごめんねー。でも、どの子と当たったとしても、うちの子達は楽しませてくれると思うよー?」
海香は乃百合とブッケンに視線を向けると、釣られて村雨こてつも二人に目を向けた。そして乃百合を見て一言。
「アンタは確か……せやな。確かに確かに。せや、そろそろ戻らな、なっちはんに怒られてまうんで、あっしらは先に戻りますー。決勝戦、楽しみにしとるで? ほな、戻ろか」
そう言い残し、村雨こてつは池華と遊佐を引き連れて練習場を後にした。
「海香先輩……やっぱり第一試合に出るんですか?」
「んー。うちはオーダーを固定しないで、いかに有利にオーダーを組むかにかかってると思うんだよねー。正直、甘芽中は強いよ。しっかり作戦練って、決勝頑張ろー」
乃百合は自分がやりたいと言いたかったが、前の試合一試合目でボロ負けを喫していただけに、それを言葉にすることができなかった。
ブッケンもまた、自分に相手できる選手ではない事に薄々感づき、口をごもらせた。
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