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第三章 【誓】
夢叶え
しおりを挟む──第二セット──
セットが変わっても和子の体はガチガチ。海香の言葉も、右の耳から入り左に抜けていくかの様に反応が薄い。
徐々に雰囲気に慣れていくどころか、自分の弱さを知り、小さな体を更に縮こまらせている。
──私……なんでここにいるんだろう……──
和子の頭の中は、そんな考えでいっぱいだった。
──ここまで来れたのだって、皆んなが頑張ったからだし、ダブルスで勝てたのも、まっひー先輩のお陰だし……ここは準決勝で、周りの人達は全員上手い……私だけ下手くそでど素人。それもダントツの……場違いだよ……申し訳ないよ……──
【1ー3】
セットが変わっても和子と海香のコンビネーションは良くならない。何度も体を交錯させ、お互いに動き辛そうにしているのは側から見てもよく分かる。
夢、叶ペアがそうなるように、試合をコントロールしているというのもあるが……
【2ー4】
「あっ……あれ?」
「どうしたのブッケン?」
「あ……いえ……なんでもありません」
ブッケンは、第一セットの一場面から、ある事を気に留めていた。
夢、叶ペアが短く作戦会議をした時。
そして、セットが変わった今。
何かがモヤモヤする。しかし、それはあり得ない事であり、あってはならない事──
「どうしたのよ? もぅ、気になるから言いなさい」
「あの……その……勘違いだとは思うんですけど……その、向こうのペア、ラケット入れ替わったりしてますか? あっいえ、そんな筈は無いのは分かるんですけど……」
「……ッ! 試合中のラケットの交換は認められてはいない。それはパートナー同士のラケットも同様。そんな事はみんなが知っている。でも──、あちらさんならやりかね無いね。でもここからじゃあよく見えないし、ソックリの容姿もあって、どっちがどっちのラケットを使っていたかは思い出せ無いなぁ。仮に、もしそれが本当だったら、これは許されない違反だよ」
ブッケンの思った通り。
夢、叶ペアはお互いのラケットを交換しながら使っていた。
第一セット、作戦会議をする際こっそり台下で交換したのだ。そして、第二セットに入る前も同様に、再びラケットを交換している。
何の為に?
当然、海香のドライブを効率よくレシーブする為だ。
夢のラケットが、攻撃に特化した裏裏のラバー構成に対し、叶のラケットは表裏の構成。
表面の粒のお陰で玉離れが良い分、回転の影響をより受けにくい表ラバーを使う事で、甘くなった海香のドライブにうまく対応している。
表ラバーを、常に海香のドライブを受ける側が持つことによって、二人は試合を優位に進めているのだ。
対峙している海香は、その事に誰よりも早く気がついていた。だが、その事を口にする事はない。言ったとしても水掛け論となるのは目に見えている。
更に、今この劣勢の状況は別の所にあると考えており、それを秘密にする事もまた、海香にとっては都合が良いのだ。
海香は深く息を吐いた。
そして一呼吸おき、隣の和子に話しかけてみた。
「和子ちゃん、楽しもー!」
「ええっ……楽しみたい……ですけど、私の実力じゃ……とても……」
普段は明るく愛らしい和子の表情は、母親に叱られた子供のように酷く暗い物だった。
「じゃあさー。試合しながらでいいから、お話ししよー!」
「えっ、ええ!? 今はそんな場合じゃ……このままじゃ私達──」
「いいからいいからー」
【3ー7】
海香は試合を続けながら、和子に話しかけ続けた。
「相手選手。夢、叶っていい名前だよねー」
「は……はぁ」
「わっ子ちゃんはさ、アイドルになりたいんだよねー?」
「は……はぃ」
「その夢、叶うと思うよ!」
「えっ」
【3ー8】
「私も子供の頃、夢があってさー、南先輩と一緒で魔法少女になりたかったんだー」
「魔法少女?」
「そそ、魔法少女! 笑っちゃうかなー? でもね、その夢はもう叶っちゃったんだー」
「魔法少女に……なれたんですか?」
【4ー8】
「そうだよー! 実は私、魔法が使えるんだよねー」
「一体どんな……」
「卓球! 卓球で少ーし先の、未来を変える魔法! 絶対に勝てない、誰もが見えてる結果の未来。そんな未来をちょっとだけ変える、そんな魔法──」
「未来操作ですね!」
「そそそ──、ありゃ失敗失敗ー」
【4ー9】
お話をしながらのダブルス。
たとえミスをしても、海香はのらりくらりと会話をやめない。
「魔法少女にだってなれちゃう世界。だからアイドルにだってきっとなれるんだよー」
「魔法少女にだってなれちゃうんですもんね! なんだか、本当になれちゃう気がしてきました」
「わっ子ちゃんがアイドルになったら、私絶対に応援するよー。ファンになって布教活動もしちゃうんだからー」
「あわわわ、それは嬉しいです」
【5ー9】
何気無い会話を繰り返すうちに、徐々に和子の気持ちが上向いてきた。
その表情はさっきまでのそれとはだいぶ違う。
そんな様子を遠くから眺める念珠崎ベンチでは、まひるが桜に話しかけていた。
「なぁ桜、アイツらお喋りしてねぇか?」
「な、なんか楽しそうだね」
【5ー10】
和子の気持ちが上向いてはいるが、肝心の試合そのものは劣勢。それどころか、お喋りをしている分、ミスが増えたと言っても過言ではない。
「でね。私には今、別の夢があるんだー。それは今日できた夢。わっ子ちゃんがアイドルになったら、全力で応援するから──」
「は、はい」
「今は、ちょっとだけ私に力を貸してくれないかなー? それが私の夢の、第一歩」
「そ、それは勿論です! 勿論なんですけど……」
【6ー10】
「ありがとう──。ところで、わっ子ちゃんには相手のペア、どんな風に見えるかなー?」
「あ、えと……一糸乱れぬ、完璧な動き? ですかね……」
「だよねー。流石双子! って感じだよねー!」
「ですね」
【6ー11】
「音楽に例えるなら、斉唱って感じかな?」
「ですです! 綺麗に揃った、美しい連携です!」
「確か、音楽には斉唱の他にも表現方法があったよねー?」
「他というと……合唱? いや、二人だから重唱ですか?」
「大正解ー!」
セットカウント【0ー2】
審判がセットの終わりを告げても尚、二人は小声でお喋りを続けていた。
最後は和子の好きな音楽の話で二人は盛り上がった。
「さー、体と気持ちはほぐれたかなー?」
「は、はい!」
「よーし、反撃開始ーーっ!」
そして海香は、わざと相手に聞こえるような声で、このセットを締めくくった。
当然、審判には睨まれたのだが──
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