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第一章【挑】
合宿一日目
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■■■■
今日から合宿がスタートする。
顧問の先生が用意した大まかな練習メニューはこうだ。
──午前中──
〇ランニング
〇フットワーク
〇サーブ練習&レシーブ練習
〇課題練習
〇自由時間
──午後──
〇フットワーク
〇サーブ&レシーブ練習
〇課題練習
〇試合形式練習
〇筋力トレーニング
〇ストレッチ
〇フリートーク
「あの、先生。自由時間ってなんですか?」
「文字通り自由な時間だ。二時間取ってあるから、自由に使っていいぞ。昼飯を食べるのは当然として、一旦家に帰ってもいいし、休んでてもいい。目の前に海があるんだから、泳ぎに行っても構わないぞ。その代わり、一人でも午後の練習に遅刻したら連帯責任だからな。特にお前ら」
学校のすぐ目の前は海が広がっており、二時間あれば悠に遊んで帰って来れる。
元より海で遊ぶ事を想定していた海香とまひるは、浮き輪を抱いて早くも楽しそうだ。
「先生、もう一つ。その、『フリートーク』って言うのはなんですか?」
「ああ、これはな。練習の最後に皆で自由にお喋りして貰う。学校の事、恋の話、好きなアーティストの話でもいいぞ。ただし、この時間だけは十二人全員で話をして貰う。チームワークを深める為の練習だ」
「成程」
「さあ、他に質問がなければ早速練習するぞ! 先ずは走り込みからー。はい、行った行った!」
先生の号令により、部員達は次々に普段使っているランニングコースへと出ていった。
■■■■
東北と言えど当然夏は暑い。
照りつける日差しは部員達の体力を奪っていく。
そんな中、トップ集団に居るのは乃百合とブッケン、加えてまひるだ。
「うおおおっ、根性ぉ!」
「ま、待ってよ乃百合ちゃん」
「お前ら元気だな」
「毎日走ってますからね! そうだ、まっひー先輩競走しましょうよ! 負けたらアイスですからね! よーいドンッ」
乃百合はまひるの了承を得る前に駆け出した。
「あんにゃろう」
────。
スタートでありゴール地点である体育館には続々と部員達が帰ってきていた。皆膝に手をあて息を切らしている。
「乃百合、昼休みアイスな。カリカリ君でいいや」
「……わかってますよ。ぷいっ」
そして最後に帰ってきたのは小岩川和子だ。
彼女はまだ体が小さく、運動部の練習についてくるのは少々キツく、その後に行われたフットワーク練習でもみんなについて行くのがやっとといった感じである。
「よーし、全員揃ったな。じゃー次、サーブ&レシーブ練習! 二人一組になって始めろー」
「ハイっ!」
念珠崎中では、サーブ&レシーブ練習はそれぞれペアを組んで行っている。
早々にペアが決まっていく中、和子は相手を見つけられずに溢れていた。
嫌われている訳では無いが、無意識のうちに部内でペアが出来ていたり、大会前に素人の和子を敢えて誘ってくる者はおらず、和子はこの所、最後に溢れた人を待つことが多かった。
「わっ子、俺とやろうぜ」
「まっひー……まひる先輩……」
「まっひーでいいよ。みんなそう呼んでるし。まだ決まってないんだろ? やろうぜ」
まひるは和子を誘った。
彼女は和子の最近の状況にいち早く気づいていた。
「でも、まっひー先輩は……その、海香先輩と……」
「ああん? そんなん決まってねーよ。俺は和子と一緒にやりてーんだ。海香はホラ、誰とでもいい奴だし。それとも俺とじゃ嫌か?」
和子は明るくケラケラと笑うまひるにドキドキした。まひるは女の子だが、男勝りな部分があり、何だか妙な感情を覚える。
「あの、まっひー先輩って、優しい……ですよね」
「そうか?」
「そうですよー! 特に下級生に対しては、本当に優しくて、皆まっひー先輩の事好きだって。どうしてそんなに優しくしてくれるんですか? 私なんて、素人だし、下手だし、練習の相手になんて、なれないし……」
和子にはまだ多彩なサーブを撃つことは出来ず、相手にとって役不足である。そして和子がレシーブの時も、相手の鋭いサーブを和子は返す事が出来ずに、きっとストレスを与えてしまうだろう。和子はそんな風に考えていた。実際それは間違った事ではない。
「わっ子。素人とか関係ないから。それに、下級生の面倒を見るのは、上級生の役目なんだぜ?」
「でも……」
まひるは和子の申し訳なさそうな態度に、逆に自分が申し訳なくなってきた。
「あのな、わっ子。実は俺も一年の時、よくペアで溢れて居たんだよ」
「うそ、まっひー先輩が?」
「俺、入学したての時は結構問題児で、オマケにこんな性格だし、皆に敬遠されててさ。そんな時に、当時三年生だった先輩に声をかけられたんだよ。「私と一緒にやろう」って。それからその先輩には卒業するまで「まっひーまっひー」って可愛がってもらってさ。去年のダブルスで大会に出れたのもその先輩が俺を指名してくれたからなんだ。本当、感謝しきれねーって位良くしてもらってさ。あの先輩が居なかったら、俺どうなってたか。道、踏み外してたかも。だからさ、わっ子。俺は、後輩には優しくするんだ。絶対そうするって決めてる。これは俺のやりたい事なんだよ。だからさ、もう一回聞く。今日は俺とペアを組んでくれないか?」
まひるは和子に手を差し出した。
それはかつて自分が先輩にされた事と同じ事だった。
「まっひー先輩……」
「おうッ」
「もう皆練習始めちゃってて、私達しか残ってないです……」
「うっわ、マジかよ! かっちょ悪ぅ!」
「おいそこーッ! さっさと始めろーッ!!」
いつまでも練習を始めない二人に、先生の激が飛んだ。
結局怒られてしまったが、和子は嬉しさのあまり、まひるに強い憧れを抱いた。それと同時に、来年後輩が出来たら絶対に優しくしようと心に誓った。
■■■■
午前練習が終わると、昼休みは二つのグループに別れた。
一つはしっかり休んで午後に備える組。
もう一つは、しっかり遊んで夏休みを満喫する組だ。
「やっほーい! 海だ海だーっ」
「乃百合ちゃん、そんなに走ったら危ないよー」
乃百合達は海に来ていた。
海は毎日見ているが、実際遊ぶとなると嫌でもテンションが上がってしまうものだ。
「そうだまっひー先輩、競争しましょうよ! あの浮き輪で浮いてる海香先輩の所まで!」
「乃百合、お前さっき負けたぶんのアイスまだ買ってねーだろ」
「じゃあ私が勝ったらチャラですね! よーいドンッ」
「あってめぇ!!」
乃百合はなんでもソツなくこなす人間だ。
人一倍起用で、どんな事でもある程度のレベルにはすぐに達する。それは競泳とて例外ではない。
────。
「おう。乃百合、アイス二本になったな。お小遣い大丈夫か?」
「まっひー先輩……早すぎです……」
乃百合は負けた。完膚なきまでに。
正直、中学一年生のお小遣いでアイス二本は痛手である。
「あはははっ。乃百合ちゃん、まっひーは体力だけなら男子と遜色ないからねー。仕方ないよ」
頭上から浮き輪で浮かぶ海香先輩の声がする。
透き通った綺麗な声だ。
「でも……悔しいです」
「そっか。でも卓球だったら勝てるよ。卓球ってさー、運動神経がいい事だけが全てじゃ無いんだよ。だから面白いよね」
その話に乃百合は食いついた。
運動神経のずば抜けた相手に勝つ方法──、
「それって、例えばなんですか?」
「んー。文さんはデータを集めたり、相手を研究したりして勝つよね。この部の子達は皆丸裸で、まっひーはもう何連敗したかわかんないって位負けてるよ」
「海香先輩はまっひー先輩にどうやって勝ってるんですか?」
「んー。どうだろ。考えた事、無いかなー。あはははっ」
この時乃百合は悟った。それは『センス』ですッ! と。
「でも、乃百合ちゃんにも立派な武器がちゃんと有るよ。私はソレが羨ましかったりするんだけどな。乃百合ちゃんは乃百合ちゃん。私は私。それぞれがそれぞれの武器で闘えばいいんだよ」
「私の武器……それって──、」
そこまで会話が進んだところで、話は途切れた。
沖の方でまひるが足をつったと溺れていたからだ。
厳しい練習後の水泳には気をつけた方がいい。
「ちょ、まっひー先輩! 今助けに行きます!」
今日から合宿がスタートする。
顧問の先生が用意した大まかな練習メニューはこうだ。
──午前中──
〇ランニング
〇フットワーク
〇サーブ練習&レシーブ練習
〇課題練習
〇自由時間
──午後──
〇フットワーク
〇サーブ&レシーブ練習
〇課題練習
〇試合形式練習
〇筋力トレーニング
〇ストレッチ
〇フリートーク
「あの、先生。自由時間ってなんですか?」
「文字通り自由な時間だ。二時間取ってあるから、自由に使っていいぞ。昼飯を食べるのは当然として、一旦家に帰ってもいいし、休んでてもいい。目の前に海があるんだから、泳ぎに行っても構わないぞ。その代わり、一人でも午後の練習に遅刻したら連帯責任だからな。特にお前ら」
学校のすぐ目の前は海が広がっており、二時間あれば悠に遊んで帰って来れる。
元より海で遊ぶ事を想定していた海香とまひるは、浮き輪を抱いて早くも楽しそうだ。
「先生、もう一つ。その、『フリートーク』って言うのはなんですか?」
「ああ、これはな。練習の最後に皆で自由にお喋りして貰う。学校の事、恋の話、好きなアーティストの話でもいいぞ。ただし、この時間だけは十二人全員で話をして貰う。チームワークを深める為の練習だ」
「成程」
「さあ、他に質問がなければ早速練習するぞ! 先ずは走り込みからー。はい、行った行った!」
先生の号令により、部員達は次々に普段使っているランニングコースへと出ていった。
■■■■
東北と言えど当然夏は暑い。
照りつける日差しは部員達の体力を奪っていく。
そんな中、トップ集団に居るのは乃百合とブッケン、加えてまひるだ。
「うおおおっ、根性ぉ!」
「ま、待ってよ乃百合ちゃん」
「お前ら元気だな」
「毎日走ってますからね! そうだ、まっひー先輩競走しましょうよ! 負けたらアイスですからね! よーいドンッ」
乃百合はまひるの了承を得る前に駆け出した。
「あんにゃろう」
────。
スタートでありゴール地点である体育館には続々と部員達が帰ってきていた。皆膝に手をあて息を切らしている。
「乃百合、昼休みアイスな。カリカリ君でいいや」
「……わかってますよ。ぷいっ」
そして最後に帰ってきたのは小岩川和子だ。
彼女はまだ体が小さく、運動部の練習についてくるのは少々キツく、その後に行われたフットワーク練習でもみんなについて行くのがやっとといった感じである。
「よーし、全員揃ったな。じゃー次、サーブ&レシーブ練習! 二人一組になって始めろー」
「ハイっ!」
念珠崎中では、サーブ&レシーブ練習はそれぞれペアを組んで行っている。
早々にペアが決まっていく中、和子は相手を見つけられずに溢れていた。
嫌われている訳では無いが、無意識のうちに部内でペアが出来ていたり、大会前に素人の和子を敢えて誘ってくる者はおらず、和子はこの所、最後に溢れた人を待つことが多かった。
「わっ子、俺とやろうぜ」
「まっひー……まひる先輩……」
「まっひーでいいよ。みんなそう呼んでるし。まだ決まってないんだろ? やろうぜ」
まひるは和子を誘った。
彼女は和子の最近の状況にいち早く気づいていた。
「でも、まっひー先輩は……その、海香先輩と……」
「ああん? そんなん決まってねーよ。俺は和子と一緒にやりてーんだ。海香はホラ、誰とでもいい奴だし。それとも俺とじゃ嫌か?」
和子は明るくケラケラと笑うまひるにドキドキした。まひるは女の子だが、男勝りな部分があり、何だか妙な感情を覚える。
「あの、まっひー先輩って、優しい……ですよね」
「そうか?」
「そうですよー! 特に下級生に対しては、本当に優しくて、皆まっひー先輩の事好きだって。どうしてそんなに優しくしてくれるんですか? 私なんて、素人だし、下手だし、練習の相手になんて、なれないし……」
和子にはまだ多彩なサーブを撃つことは出来ず、相手にとって役不足である。そして和子がレシーブの時も、相手の鋭いサーブを和子は返す事が出来ずに、きっとストレスを与えてしまうだろう。和子はそんな風に考えていた。実際それは間違った事ではない。
「わっ子。素人とか関係ないから。それに、下級生の面倒を見るのは、上級生の役目なんだぜ?」
「でも……」
まひるは和子の申し訳なさそうな態度に、逆に自分が申し訳なくなってきた。
「あのな、わっ子。実は俺も一年の時、よくペアで溢れて居たんだよ」
「うそ、まっひー先輩が?」
「俺、入学したての時は結構問題児で、オマケにこんな性格だし、皆に敬遠されててさ。そんな時に、当時三年生だった先輩に声をかけられたんだよ。「私と一緒にやろう」って。それからその先輩には卒業するまで「まっひーまっひー」って可愛がってもらってさ。去年のダブルスで大会に出れたのもその先輩が俺を指名してくれたからなんだ。本当、感謝しきれねーって位良くしてもらってさ。あの先輩が居なかったら、俺どうなってたか。道、踏み外してたかも。だからさ、わっ子。俺は、後輩には優しくするんだ。絶対そうするって決めてる。これは俺のやりたい事なんだよ。だからさ、もう一回聞く。今日は俺とペアを組んでくれないか?」
まひるは和子に手を差し出した。
それはかつて自分が先輩にされた事と同じ事だった。
「まっひー先輩……」
「おうッ」
「もう皆練習始めちゃってて、私達しか残ってないです……」
「うっわ、マジかよ! かっちょ悪ぅ!」
「おいそこーッ! さっさと始めろーッ!!」
いつまでも練習を始めない二人に、先生の激が飛んだ。
結局怒られてしまったが、和子は嬉しさのあまり、まひるに強い憧れを抱いた。それと同時に、来年後輩が出来たら絶対に優しくしようと心に誓った。
■■■■
午前練習が終わると、昼休みは二つのグループに別れた。
一つはしっかり休んで午後に備える組。
もう一つは、しっかり遊んで夏休みを満喫する組だ。
「やっほーい! 海だ海だーっ」
「乃百合ちゃん、そんなに走ったら危ないよー」
乃百合達は海に来ていた。
海は毎日見ているが、実際遊ぶとなると嫌でもテンションが上がってしまうものだ。
「そうだまっひー先輩、競争しましょうよ! あの浮き輪で浮いてる海香先輩の所まで!」
「乃百合、お前さっき負けたぶんのアイスまだ買ってねーだろ」
「じゃあ私が勝ったらチャラですね! よーいドンッ」
「あってめぇ!!」
乃百合はなんでもソツなくこなす人間だ。
人一倍起用で、どんな事でもある程度のレベルにはすぐに達する。それは競泳とて例外ではない。
────。
「おう。乃百合、アイス二本になったな。お小遣い大丈夫か?」
「まっひー先輩……早すぎです……」
乃百合は負けた。完膚なきまでに。
正直、中学一年生のお小遣いでアイス二本は痛手である。
「あはははっ。乃百合ちゃん、まっひーは体力だけなら男子と遜色ないからねー。仕方ないよ」
頭上から浮き輪で浮かぶ海香先輩の声がする。
透き通った綺麗な声だ。
「でも……悔しいです」
「そっか。でも卓球だったら勝てるよ。卓球ってさー、運動神経がいい事だけが全てじゃ無いんだよ。だから面白いよね」
その話に乃百合は食いついた。
運動神経のずば抜けた相手に勝つ方法──、
「それって、例えばなんですか?」
「んー。文さんはデータを集めたり、相手を研究したりして勝つよね。この部の子達は皆丸裸で、まっひーはもう何連敗したかわかんないって位負けてるよ」
「海香先輩はまっひー先輩にどうやって勝ってるんですか?」
「んー。どうだろ。考えた事、無いかなー。あはははっ」
この時乃百合は悟った。それは『センス』ですッ! と。
「でも、乃百合ちゃんにも立派な武器がちゃんと有るよ。私はソレが羨ましかったりするんだけどな。乃百合ちゃんは乃百合ちゃん。私は私。それぞれがそれぞれの武器で闘えばいいんだよ」
「私の武器……それって──、」
そこまで会話が進んだところで、話は途切れた。
沖の方でまひるが足をつったと溺れていたからだ。
厳しい練習後の水泳には気をつけた方がいい。
「ちょ、まっひー先輩! 今助けに行きます!」
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