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第一章【挑】
合宿します!
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地区大会まで一週間となり、念珠崎中学校は夏休みに入っていた。
「うん。中々様になってきたな! これなら大会でもそこそこやれそうだと思うぜ」
「本当ですか! まっひー先輩も忙しいのに練習付き合ってくれて、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
乃百合とブッケンのコンビネーションの上達には目を見張るものがあった。
「あとは、よりコンビネーションを磨いていくことと、サインの確認な。乃百合はドライブの精度が上がったし、なんと言ってもブッケンのスマッシュ。かなり良くなったな! 大山先輩、一体どんなアドバイスしたんだか……」
「ありがとうございます! 自分でも良くなってるのが分かるんです。本当に大山先輩に教えて貰えて、感謝でいっぱいです! 大山先輩って実はああ見えて──、」
ブッケンは嬉しそうに大山先輩の事を語りだした。
──六条さん。スマッシュはラケットの芯で捉えることと、力を抜いて力強く撃つのがコツよ。勇気を持って最後まで振り抜くの。大丈夫だよ。六条さんが努力してるの、私知ってるから。必ずスマッシュは相手コートに決まる。信じて──
珍しく、テンションの高くなったブッケンの大山先輩語りは、二人が止めるまで続いたという。
■■■■
築山文。彼女はこの念珠崎中学生卓球部の部長である。
性格は真面目で理屈っぽい所が玉に瑕だ。
そんな性格は卓球にもよく現れている。
朝一番に練習にやって来るのは乃百合、ブッケン、和子の三人だが、一番最後に帰るのは、いつも決まって部長である築山文だ。
この日も築山文は皆が帰った後も部室に残り、一人自作の卓球ノートを書き込んでいた。
「文、まだ帰らないの?」
「あ、うん。もうちょっと。あと一週間で始まっちゃうからね」
声をかけてきたのは関翔子。この部の副部長だ。
この二人は、違う小学校から上がってきたが、中学で同じ部に入るとたちまち仲が良くなり、苦しい時も楽しい時も三年間を共に過してきた、言わば盟友だ。
「翔子はさ、やり残した事とか無いの?」
「んー。まあ、強いて言えば団体戦で県大会行くって事かな。個人では去年行けたし」
「私は中学ではまだ県大会行ったことないから、どっちもかな~」
「あ、いや、ごめん。でも文はクジ運無いからね。いつも強い人とばっかり当たってるし。実力はあるのにね」
築山文は部長でありながら県大会に行ったことがない。実力は部内でもトップクラスだが、そのくじ運と言ったら誰もが同情する程だと言うことは、部員の誰しもが知る所だ。
そのおかげかは分からないが、念珠崎中学は団体戦でこの二年、全て優勝校と同じブロックだった。
「私が個人で県大会に行けないのは別にいいんだけどね。それにしても団体戦かー。行きたいよね、皆で」
「そうだね。やっぱり皆で行きたいよね」
念珠崎は弱小チームである。
ここ十年、念珠崎が団体戦で県大会に出場した記録は無い。
「でも簡単じゃないよね。優勝候補筆頭の『甘芽中』に『虎岡一中~五中』のナンバースクール。厳しい練習で知られる『月裏中』。どこも一筋縄じゃ行かないよ」
「だね。個人戦であたっても、正直どっちに転ぶかだもんね。でも、今年はチャンスだと思う。海香が居て、まっひーが居て、三年生倒しちゃう息ぴったりの一年生コンビが居る。この三年間で、間違いなく今年が一番強いよ」
「翔子も居るしね」
「部長様もいらっしゃいますしね」
二人は互いに謙遜し合い笑い合った。
築山文と翔子は我が弱く、その性格は似ている。そんな二人だからこそ、ここまで上手くチームを纏めて来れた。
「本当、個人の力は負けてないんだけどな」
「チームの力も負けてないよ」
「あとちょっとだと思うんだけどね……」
「……だったらさ、やろうよ!」
「なにを?」
「あとちょっとを埋めるって言ったら、『合宿』でしょ! 合宿!」
念珠崎中卓球部には合宿が無いのが通例だ。
弱小校と言うのもあるが、代々受け継がれて来た練習方法が染み付いているのだ。
「それ……いいね……いいね、それっ!」
「でしょ? やろうよ!」
「先生、まだ居るかな!?」
「さっき職員室に居た! まだ居るかも、今から一緒に行こう!」
二人はすぐに駆け出した。
やるべき事は全部やる。悔いは残したくない──、
■■■■
「えー、今日は皆さんに連絡があります。突然ですが、念珠崎中卓球部は、明日から三日間、合宿を行います! 大会前最後の追い込みだ。家に帰ったら保護者の方に連絡をして、当日は朝九時に集合するよーに。なにぶん、急な話だから、来れない人は無理して学校に泊まらなくて大丈夫だぞ」
『合宿』という言葉に一同ザワついた。
彼女らは、念珠崎中に在籍して、合宿をするなんて言葉を聞いたことがなかった。それは卓球部に限った事ではない。
「せ、先生、合宿の場所はどこですか?」
「ここだ」
「ね、寝る場所は?」
「用具室に体操マットがあるだろ。それを引く。ああ、夏と言ってもタオルケット位は持ってきた方がいいかもな」
部員はイメージが違ったと言った印象で、互いに顔を見合わせた。合宿と言ったらもっとなんかこう──、
「どこか遠くに行くとかじゃ無いんですか?」
「そんな金がどこにあるだ? あるなら先生にくれと言いたい。それに、海と山に囲まれたこの最高の環境に、なんの不満がある。というか、他に行く場所が先生には思いつかないな。乃百合、他にどこがある?」
「えっ、あ、えと……渋谷……ですかね」
乃百合の『渋谷』発言に、年頃の少女達から歓声が上がった。
「海香、他にあるか?」
「やっぱディスティ二ーランドですかね~」
「まひるはどうだ?」
「やっぱりハワイッスね! ハワイ!」
盛り上がる子供達はまだ知らない。
この後地獄の合宿が始まる事を──、
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