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第4章 おっさん、祭りに参加する
第61話 新たな感情
しおりを挟むとある事情によってレーナは俺の住む借家で一夜を過ごすことになった。
そして今、俺とレーナはせまい浴室の中にいる。
なぜこうなったか。それは俺にも理解できていない。
ただ今日のレーナはどこか違うような気がしてならないのだ。
「レーナ、お前は本当に背中を流したいのか? 無理しているんじゃないのか?」
「これは私の意志です。確かにさっきは少し悩みがありました。でもレイナードに励まされて分かったんです」
「な、なにをだ……?」
「……」
沈黙が続く。
何かいいたそうな面をするレーナだが中々言葉が出ないようだった。
むしろみるみる顔が赤くなって今にも蒸発しなそうな感じになっていた。
「お、おいレーナ。本当に大丈夫か?」
顔を近づけ、容体を確認しようとするとさらに赤くなっていく。
「だ、大丈夫ですから。顔が……近いです」
「わ、悪い……」
しまったさすがにジロジロと確認しすぎたか。
セクハラで訴えられるなんてごめんだ。次から注意せねば。
レーナは俺から目線を逸らす。
顔を見られたくないのか目を合わせそうとするたびに逸らされる。
「と、とにかく人様のお家にお邪魔する以上、ご奉仕をしないと気が済まないんです!」
「そ、そうか……すまないそんなに気を使っていたとは……」
レーナが憤怒するのも納得がいく。そもそも俺が悪いのだから。
大袈裟に言えば彼女は被害者だ。
とりあえず俺は彼女に謝罪することにする。
「れ、レーナ……す、すまない」
「もう大丈夫です」
少し不機嫌な口調で返してくる。
(やっぱり怒っているな……困ったな)
「もう……ホントに鈍感なんだから……」
「え? 今なんか言ったか?」
「別になんでもないですっ!」
かなり小声で何かを囁いていたみたいだったが全然聞き取れなかった。
いやでもそれよりもまずはレーナの機嫌を取り戻さなければいけない。
そうしないと職場で悪影響になる可能性が十分にあるからだ。
あとほんの数週間で運命の戦が開戦する。身内同士で亀裂を作っている暇などないのだ。
俺はその後、微妙な空気のままレーナに背中を流してもらい浴室から出た。
身体を拭き、ふとバケットの中を見ると先に出たレーナが用意してくれたのか俺の寝間着が綺麗に畳まれていた。
「毎日家事をしてくれる人がいたら本当に助かるな。まぁオレには縁のない話か」
御年35歳。この年になって今までこれといって相手もできたことはない。
彼女いない歴が年齢の生粋の童貞魔術師だ。
別にほしいと思ったことはない。それどころか下等な奴らと絡むこと自体を避けていたので羨ましくもなんともなかった。
今はどうだろうか。昔ほどそうは思わなくなったが、そこまで求めているわけでもない。
ただ全てを捨て、魔術講師として新たな人生をスタートさせたことによって少しずつ考え方が変わっている自分がいることも事実だった。
「今更何を考えているんだオレは……」
速やかに身体を拭き、脱衣所を出る。
「レーナ、着替えを用意してくれてありがとうな」
「あ、いえいえ。ここにいる間は少しでもレイナードのお役に立ちたいので……」
レーナのチャームポイント、取り外し可能な猫耳がピクピクと動く。
そういえば風呂の時も猫耳をつけていたな。まさか寝るときにもつけるのだろうか?
前にもお守りのようなものだと言っていたしよっぽど大切にしているのがよく分かる。
「よし明日も早いしもう寝るか」
「えっ? 明日何かあるんですか?」
「なにかって……学園があるだろ?」
「いや、明日は休日ですよ」
「えっ……?」
テーブル横にあるカレンダーを手に取ると確かに明日は休日になっていた。
「そうか今日は休前日だったのか」
毎日のように忙しく、疲労がたまりにたまっていた俺は曜日感覚がほとんどなかった。
それが当たり前のようになっていたが故に明日が休日だということをまったく把握できていなかったのだ。
「そうかもう一週間たったのだな」
「レイナードはこの頃張り切りすぎです。もっと自分を労ってください」
「いや、そういうわけにもいかないだろ。もうすぐそこまで魔技祭が近づいてきている。他のクラスに後れを取るわけにもいかないからな」
するとレーナはふふふと思わず笑いだす。
「な、何がおかしい?」
「い、いや……なんかそういうレイナードは新鮮でやっぱり面白いなって」
新鮮? 前にも同じようなことを言われた気がするがそんなに俺が必死になるのが面白いのか?
いや、いつも怠惰な人間がやる気を出すのが面白いということか。
実に分からない。理解できないというかする気もない。
俺は今やるべきことをするだけ。そして目的を成し遂げる。
これは今も昔も変わらないのだ。勝利が全て、負けたら何も残るものはない。
だからこそ俺は勝利のためなら何でもできる。
俺は神魔団でそう学んだのだ。
「オレはただ単に勝利を得たいだけ。今までは自分一人でなんとかできた。だけど今回は違う。俺一人では成し遂げることが困難な戦だ。だからこそ……」
「はい、そこまで」
レーナは俺の口を塞ぎ落ち着くよう宥める。
そして彼女は近くに寄り、そっと囁いた。
「レイナードは十分に頑張っています。それは長い間近くにいる私が一番理解しています。あなたなら大丈夫、私がしっかりサポートするから。ね?」
レーナは銀色に染まる髪を揺らしながらニッコリと笑う。
そうだ、考えすぎもよくない。今の俺には勝つために頼れる者がいる。
誰とも親密に接しようとしなかった昔の自分。でも今の自分は誰かと共闘して目的を成そうとしている。
レーナとなら……負ける気はしない!
「ああ、よろしく頼むレーナ・アルフォート」
「頼まれました。レイナード・アーバンクルス先生」
そしてこの時、俺の心の奥底では新たな感情が芽生えようとしていたのである。
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