【完結】竜人騎士と墓守少女

古都まとい

文字の大きさ
9 / 29

9.カルナと魔女の血

しおりを挟む
「そういえば、なんとお呼びすれば……」

 男に居住館と呼ばれる、例の蔦生い茂る館へ通され、木の椅子に腰を落ち着けたところで、アルマは尋ねた。

「カルナだ。カルナ・アルフォンライン」

 カルナは手近にあった酒瓶を引き寄せたが、思い出したかのように外套を脱ぐ。
 晩秋の冷え込む季節とあって、カルナは外套の下にも、さらに毛皮などを着込んでいた。冷気に晒された頬は血の気を失って、ますます彫刻めいた顔を作り上げている。
 アルマもカルナにならって外套を脱いだ。

 普段ならボロ布同然の服では、室内でも寒さを感じる。けれど居住館の暖炉ではパチパチと音を立てながら盛んに薪が燃えており、墓守小屋より数倍暖かかった。
 アルマにとっては十分すぎるほどに暖かい室内だが、カルナはまだ寒いらしい。脱いだ外套をもう一度着込んで外へ出ると、大量の薪を抱えて戻ってきた。
 薪を足すと、カルナは暖炉の熱が届くところに椅子を寄せて、腰を下ろした。

「酒は?」

 カルナが木机に放り出していた瓶を引き寄せながら言う。
 アルマは、ほとんど酒を飲んだことがない。はるか昔に、母親が飲んでいた、ぶどう酒を一口舐めた程度だ。
 しばらく迷ったあと、断るのも悪いと思い、アルマはぎこちなく頷いた。
 カルナの差し出してきた瓶を受け取り、口を近づけるが、飲むより早くきつい酒の匂いが鼻を刺激する。

 薄く開けた唇に、瓶の口を押しつけ、アルマはひと思いにぐっと飲んだ。
 少し零しながらも、なんとか飲み下した瞬間、舌や喉が焼けるようにカッと熱くなる。飲みきれなかった残りが唇の端を伝う。胃の底が、ぐらぐらと燃えるような感覚がする。

「飲んだことねぇなら、そう言えよ」

 カルナはそう言って、うっすらと笑いながら、アルマの顎を伝い落ちそうな酒を指でぬぐう。
 アルマがひりつくような喉の熱さに戸惑っているうちに、カルナは瓶をひったくり、中身を飲み干してしまった。
 ようやくカルナの顔に血が通いはじめ、頬が上気してくる。

「人間より飢えには強いが、寒さには弱い。冬は特に、常に体を温めていないと、すぐに動けなくなる」

 アルマは動物が冬眠する様子を想像した。竜の血が流れているだけで、人間とは時間の流れも、気温の感じ方も違うらしい。
 カルナはどう見たって二十代そこそこの青年だが、アルマの母親が産まれるよりも、ずっと前から生きて、この砦にいるという。
 酒瓶を弄んでいたカルナが、ふと腰に差していた短剣に触れた。装飾のほとんどない、盗賊が使うような単純な作りの短剣を、鞘から抜いて、アルマに手渡してくる。

「少しで良い、血をよこせ」

 心臓が、どくりと跳ねた。やはり、人の血や肉を食べるつもりなのか。少しで良いと言うのは、味見のつもりかもしれない。
 手渡された短剣を持ったまま、アルマはしばし考えた。今この瞬間が、人生最期の夜かもしれない。

 アルマの戸惑いを察したのか、カルナがむっとした表情で「喰うためじゃない」と弁明した。
 本当の目的は分からないが、とにかく従うしかなさそうである。
 アルマは短剣の先で、そっと親指の腹を切った。すっと肌が切れる感触がしたが、強すぎる酒のせいで感覚が麻痺しているのか、そこまで痛みはない。

 カルナに短剣を返して、親指の傷口を見せる。切り口からぷっくりと浮いてきた血の玉を、カルナはすかさず舐め取った。
 目を白黒させているアルマには気もくれず、舌で転がすような素振りを見せている。やがてカルナは、ぼそっと呟いた。

「なんだ、魔女じゃないのか」
「え……?」

 カルナが、じっとアルマの瞳を観察していることに気づき、目を逸らす。

「カルナ様は、わたしが魔女だと思っていたのですか……?」
「いや、いちおう確認しただけだ。それに、お前が魔女だったら、とっくに俺は死んでるな」

 カルナは、なんてことないように、からからと笑う。歯列の間から見え隠れするカルナの舌が、人間の舌よりはるかに赤く、熟れた果実のようになまめかしいことに気づき、アアルマは気づかれないように息を整える。
 酔いが回ったせいもあるのだろうが、見てはいけないものを見た、そんな背徳感が湧き上がってくる。

「魔女の中には、竜の血を欲しがる奴が多い。今のところ、誰にも取られたことはないが」
「カルナ様は、半分だけ竜なのですよね?」
「そう、半分だけだ。人間の血が混ざっていようが、貴重な竜の血だからな。あとカルナ様はやめろ、気持ち悪い」

 カルナがげんなりした顔で、瓶を傾けるが、中身は残っていない。

「アルフォンラインの人間にとっては、邪魔だろうな。とっくに死んだ女の息子が、いまだ年寄りにもならず、生きている……」

 暖炉の暖かさと酒の酔いをもってしても、カルナの哀愁を吹き飛ばすことは、できなかった。
 アルマは声をかけようと口を開くも、結局なにを言えば良いのか分からずに、ただ暖炉の火を見つめる。なにを言っても、一人きりですごしてきたカルナには響かない。そんな確信があった。

 徐々に夜は更けていく。酔いと眠気で、アルマは起きながら夢を見ているようであった。
 もしかしたら、墓地であったできごとも、生贄に選ばれたことも、砦で竜人と向き合っていることも、すべては夢なのかもしれない。
 すっと整ったカルナの横顔を眺めながら、アルマはぼんやりと今後のことを考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

処理中です...