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野々下 妍護 まだつづく

植物愛護精神

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 灯枇あけびの気難し屋な祖父である野々下 妍護けんご氏は、実は大変な植物愛好家であった。

 決して広くはない祖父宅の庭には、ミニチュアオレンジの様な金柑やら大振りな花をつける桃色椿やら、紅白の梅の花、紅葉の盆栽が色を添え、花以外にも多様性のある植木やら小振りな松の木、ケンケンパに使えなくも無い点々と地面に埋まった平たい敷石が鎮座して、木の一本にはサルノコシカケが生えていた。

祖父は庭に追加する植物を、ホームセンターだけでなく、若草市やその周辺市町村で開催される植物見本市・植木市うえきいちにも足繁く通って購入し、祖父宅の庭で育てていた。祖父が運転する車に乗って、植木市うえきいちに一緒に行くのは、口煩い祖母と灯枇あけび達姉弟である。


沢山の人出賑わう植木市うえきいちには、屋台も数多く出店する。灯枇あけびはある時、植木市うえきいちの屋台でたこ焼きを買って貰って帰りの車内で熱々を頬張った。そのたこ焼きはあまりにも熱過ぎて、パック容器が溶けて爪楊枝が突き抜け、ズボン越しに灯枇あけびの膝に突き刺さるような危険もあったのだが、中身が大変とろけて美味く、凄まじい絶品たこ焼きであった。灯枇あけびは、その味が忘れられず、たこ焼き目当てに植木市うえきいちに付いて行ったのだが、同じ屋台に巡り会う事は二度となかった。


その代わり、普段の買い出しの際に、祖父がスーパー内の饅頭屋で、何故か一緒に売られているたこ焼きを買ってくれた。それは恐らく、祖父自身のお茶請けだった、紅白饅頭のついでに買ってくれるのだが、こちらのたこ焼きは、残念ながら灯枇あけび好みの味では無かった。


ところで祖父宅の庭は、かなりの自然豊かだったらしく、少なくとも蛇が一匹隠れ棲んでいた。それが明らかとなったのは、灯枇あけびが七五三帰りに立ち寄った祖父宅の庭に、何かロープが落ちていると誰かが気付いた時だった。しかしそれはよく見ると蛇だった。見付かった蛇は慌てて岩陰に潜り込み、その後の足取りは不明だが、更に数年後、庭の手入れをしていた祖父が蛇の抜け殻を発見した。 


祖父は灯枇あけびや、その時祖父宅に遊びに来ていた孫の一人であるボーイッシュな従姉に、抜け殻が要るか否か、たしか口煩い祖母を介して訊ねた。灯枇あけびは抜け殻なんて気持ち悪いし、蛇なんて怖いので辞退したが、従姉は喜んで何やらチョキチョキと加工していた。

「従姉ちゃん、そがんと切ってなんすると?」

「お前知らんと~? 蛇の抜け殻は金運が上がるとばい。財布に入れとったら金が貯まると」

灯枇あけびはその話を聞いて、しまった貰っておけば良かったと若干後悔しつつ、でも蛇がどこかに居る庭なんて、噛まれたらどうしよう。怖い怖いと不安に思いながら庭で遊び、いつしか蛇の存在なんて綺麗さっぱり忘れ去っていた。


 そのまた今度のある日、灯枇あけびの母親が庭の紫陽花の陰で、謎の亀を発見した。ご近所に訊ねても心当たりは見付からず、そのオス亀は元気と命名されて祖父宅の庭で放し飼いされる事となったのだが、今思えばどう考えても元気君は、無責任な飼い主が人んちの庭に勝手に捨てて行った、可哀想な捨て亀である。元気君の不幸はそれに留まらず、祖父からドリルで甲羅の隅に、小さい穴とはいえ痛覚もある筈なのに穴を開けられ、凧糸たこいとを通されてしまった。

まあ祖父の判断としては、元気一杯な亀の元気君をそのまま放し飼いにすると、庭から飛び出して車にひかれる可能性があった為、留めて置きたかったのだろう。これは灯枇あけび達が元気君を公園まで連れて行って散歩させ、しばらく目を離して見失った際も、凧糸たこいとが目印となって発見される効果をもたらした。

元気君は肉食系で、祖父のおつまみの切り刻んだハムはむしゃむしゃと食べるのだが、野菜類には見向きもせず、飼育図鑑仕込のにわか知識を得ていた灯枇あけびを心配させた。ホームセンターで祖父が買って来た、亀の餌であるカリカリも食べてはいたのだし、何より放し飼いなのだから、灯枇あけびの見ていない時に庭の雑草でも食べていた可能性はあるのだが。

元気君は放し飼いのまま、たしか冬も越していたのだが、ある日いつの間にか姿を消した。灯枇あけびが不思議に思って元気君の行方を口煩い祖母に訊ねると、何と元気君は既に死んでおり、その遺体は祖父がどこかへ持って行って埋めた為、口煩い祖母も知らないのだという。


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