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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
トリスカル・ティヴィリー子爵の野望。
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王都近郊にある、リプトン伯爵邸は閑散としていた。
本来なら、リプトン伯爵家の親戚縁者が集まり、新年の祝宴で賑やかになっている筈だというのに。
リプトン伯爵の寄り子貴族であり、宿場町ポーの領主トリスカル・ティヴィリー子爵は、少しの寂寞を覚えながら馬車を降りる。
リプトン前伯爵は王宮の新年の宴を欠席していた。無理もない、とトリスカルは思う。
ここ一年、リプトン伯爵家は不幸の連続だった。
娘のフレールの結婚離婚騒動で借金を背負う形になり、領地はキャンディ伯爵家や新たな婿となりリプトン伯爵となったカーフィーにより何とか回っていた状況。
そんな中、フレールが夫となったカーフィを嫌って、港湾都市ジュリヴァへ気晴らしの旅行。
しかしフレールはそのまま帰らず、行方不明になったという。恐らく海賊か何かに誘拐されたのだろうと聞いた。
その後、何故かカーフィもまた突然姿を消してしまったのだ。
今現在、その代行として前リプトン伯爵が仕事をしているが、カーフィを捜索する素振りは見せていない。
トリスカルがカーフィの行方を訊ねると、フレールを探しに行ったのだという。
探しに行ったということは居場所が分かったのだろうと思っていたが、カーフィは何故か一人で戻って来た。その後すぐにまたどこかへ旅立ったのだという。
一連の動きを怪しんだトリスカルは、人を雇って調べさせた。カーフィの行方がどうも神聖アレマニア帝国のようだと情報を得、更に調査をすると――何と、フレールという名の女が宮殿を出入りしているという情報を得た。
その女は、『不当な理由で国外追放処分を受けた』と語ったという。恐らく本人だろう。
皇宮を出入りしている事から、皇族か大貴族、それに準じた高い身分の者の後見を得ているに違いない。
調べた内容をもって事実を問い質すと、前リプトン伯爵は『フレールは聖女様を害した為に国外追放となったのだ』と観念したように語った。
フレールが戻らないまま表向き行方不明という形で内々に処断を下されたのは、リプトン伯爵家の対面を慮っての陛下の慈悲なのだと。
応対に出た執事に新年のご挨拶に、と来意を告げると、直ぐに応接室に通される。
疲れた様子でやってきた前リプトン伯爵夫妻を労わるように、トリスカルは微笑む。
新年の挨拶と共にせめてもの気持ちの慰めとなるよう土産を持ってきたことを伝えると、ありがとうと感謝をしながらも夫妻は申し訳なさそうな表情になった。
「トリス。君が折に触れ私達を訊ねて来て、色々と心遣いをしてくれるのは本当に嬉しいが……あまりここには来ない方が良い。
人の口に戸は立てられない。
神聖アレマニア帝国にいるあの子の罪は、時間の問題でトラス王国に伝わり知れ渡る事になるだろう。
そうなれば、私達だけではなく、君の家まで同じように厳しい目を向けられてしまう……」
「何を仰るのです、私達は親戚でしょう。このような状況だからこそ、お助けするのは当然でしょう。伯父様には昔からお世話になっていますし」
「ああ、トリス。他の親戚はそっぽを向いたというのに」
感涙せんばかりの前リプトン伯爵夫人。トリスカルはハンカチを取り出すと、夫人の手にそっと握らせた。
「私に出来る事であれば、可能な限り手を尽くします。何でも頼って下さい」
***
「――なんてな。知らないというのは幸せなことだ」
リプトン伯爵邸からの帰りの馬車に揺られ鼻歌を歌いながら、トリスカルは口を皮肉気に歪める。
寄り子貴族達に、リプトン伯爵家と距離を置くように吹聴したのは他ならぬトリスカル自身であったのだ。
『莫大な借金の事を相談された』『王族の不興を買ったのかも知れない』『代表して自分が様子見して調べて来よう』等とまことしやかに言えば、彼らは触らぬ祟りになんとやら、リプトン伯爵家の対応はトリスカルに任せると言って来たのである。新たにリプトン伯爵となったカーフィについても、彼らは快く思わず丸投げしてきた。
色々苦労もあったが、そのお蔭で今、トリスカルに好機が巡って来ようとしている。
馬車は王都へ入ると、ある酒場の前に止まった。
馬車を降り建物の中へと入ったトリスカルが名を告げ前払いで特殊なワインを特別注文すると、「伺っております」とワインと共に小さな紙片を周囲から見えぬようにそっと受け渡された。
ワインを一気に呷ったトリスカルは馬車に戻るとその紙片を開く。
「……ふん、傭兵を雇っていてなかなか手が出せない、か。追加の人員、金を用意しなければ……はぁ……」
舌打ち一つ。懐から火種を取り出して、紙片を燃やす。
カーフィとフレールが消えれば、次期リプトン伯爵の地位はトリスカルに転がり込む。国外にいるならば消しやすいと思っていたが、なかなか上手くいかないものだ。トリスカルに用意出来る金にも限度がある。
「お前は先に屋敷に戻っているがいい。私は少し歩く」
トリスカルは御者にそう告げて馬車を返すと、頭を整理する為に新年で賑わう王都を歩き出した。
カーフィを守っているという、傭兵を出し抜いて目的を達成するにはどうすればいいのか。
いや、と考え直す。
カーフィ達を消せなかったとすれば、せめて国に戻らせないようにして。後ろ盾を得てリプトン伯爵と認められればあるいは。
そうなると、やはりキャンディ伯爵家…聖女様なのだろうが。肝心の聖女様には先日の大聖堂でお味方したにも関わらず、無視されてしまった。折角宿場町ポーで繋がりを得たというのに、あの忌々しいフレールの親戚ということで隔意を持たれたに違いない。キャンディ伯爵家に対しても接点が無く、繋がりを持てないでいる。
答えが出ぬまま悶々と、それでも足は無意識の内に裏社会が幅を利かせる裏路地へと動き出していた。
と、その時。
「絶対門前払いされるって、無理だよ!」
「でもあいつらは聖女様に認めて貰えたんだろ!? なら俺達だって!」
突如上がった声にトリスカルは思考の沼から引きずり出された。目の前には、何人かの流浪の民達が屯している。
――流浪の民。無害を装って近付いたなら、あるいは?
ジプシーたちにもそういう仕事を請け負う者は少なからず居る。
いやそれよりも、先程。
「お前達、先程『聖女様』と言わなかったか?」
本来なら、リプトン伯爵家の親戚縁者が集まり、新年の祝宴で賑やかになっている筈だというのに。
リプトン伯爵の寄り子貴族であり、宿場町ポーの領主トリスカル・ティヴィリー子爵は、少しの寂寞を覚えながら馬車を降りる。
リプトン前伯爵は王宮の新年の宴を欠席していた。無理もない、とトリスカルは思う。
ここ一年、リプトン伯爵家は不幸の連続だった。
娘のフレールの結婚離婚騒動で借金を背負う形になり、領地はキャンディ伯爵家や新たな婿となりリプトン伯爵となったカーフィーにより何とか回っていた状況。
そんな中、フレールが夫となったカーフィを嫌って、港湾都市ジュリヴァへ気晴らしの旅行。
しかしフレールはそのまま帰らず、行方不明になったという。恐らく海賊か何かに誘拐されたのだろうと聞いた。
その後、何故かカーフィもまた突然姿を消してしまったのだ。
今現在、その代行として前リプトン伯爵が仕事をしているが、カーフィを捜索する素振りは見せていない。
トリスカルがカーフィの行方を訊ねると、フレールを探しに行ったのだという。
探しに行ったということは居場所が分かったのだろうと思っていたが、カーフィは何故か一人で戻って来た。その後すぐにまたどこかへ旅立ったのだという。
一連の動きを怪しんだトリスカルは、人を雇って調べさせた。カーフィの行方がどうも神聖アレマニア帝国のようだと情報を得、更に調査をすると――何と、フレールという名の女が宮殿を出入りしているという情報を得た。
その女は、『不当な理由で国外追放処分を受けた』と語ったという。恐らく本人だろう。
皇宮を出入りしている事から、皇族か大貴族、それに準じた高い身分の者の後見を得ているに違いない。
調べた内容をもって事実を問い質すと、前リプトン伯爵は『フレールは聖女様を害した為に国外追放となったのだ』と観念したように語った。
フレールが戻らないまま表向き行方不明という形で内々に処断を下されたのは、リプトン伯爵家の対面を慮っての陛下の慈悲なのだと。
応対に出た執事に新年のご挨拶に、と来意を告げると、直ぐに応接室に通される。
疲れた様子でやってきた前リプトン伯爵夫妻を労わるように、トリスカルは微笑む。
新年の挨拶と共にせめてもの気持ちの慰めとなるよう土産を持ってきたことを伝えると、ありがとうと感謝をしながらも夫妻は申し訳なさそうな表情になった。
「トリス。君が折に触れ私達を訊ねて来て、色々と心遣いをしてくれるのは本当に嬉しいが……あまりここには来ない方が良い。
人の口に戸は立てられない。
神聖アレマニア帝国にいるあの子の罪は、時間の問題でトラス王国に伝わり知れ渡る事になるだろう。
そうなれば、私達だけではなく、君の家まで同じように厳しい目を向けられてしまう……」
「何を仰るのです、私達は親戚でしょう。このような状況だからこそ、お助けするのは当然でしょう。伯父様には昔からお世話になっていますし」
「ああ、トリス。他の親戚はそっぽを向いたというのに」
感涙せんばかりの前リプトン伯爵夫人。トリスカルはハンカチを取り出すと、夫人の手にそっと握らせた。
「私に出来る事であれば、可能な限り手を尽くします。何でも頼って下さい」
***
「――なんてな。知らないというのは幸せなことだ」
リプトン伯爵邸からの帰りの馬車に揺られ鼻歌を歌いながら、トリスカルは口を皮肉気に歪める。
寄り子貴族達に、リプトン伯爵家と距離を置くように吹聴したのは他ならぬトリスカル自身であったのだ。
『莫大な借金の事を相談された』『王族の不興を買ったのかも知れない』『代表して自分が様子見して調べて来よう』等とまことしやかに言えば、彼らは触らぬ祟りになんとやら、リプトン伯爵家の対応はトリスカルに任せると言って来たのである。新たにリプトン伯爵となったカーフィについても、彼らは快く思わず丸投げしてきた。
色々苦労もあったが、そのお蔭で今、トリスカルに好機が巡って来ようとしている。
馬車は王都へ入ると、ある酒場の前に止まった。
馬車を降り建物の中へと入ったトリスカルが名を告げ前払いで特殊なワインを特別注文すると、「伺っております」とワインと共に小さな紙片を周囲から見えぬようにそっと受け渡された。
ワインを一気に呷ったトリスカルは馬車に戻るとその紙片を開く。
「……ふん、傭兵を雇っていてなかなか手が出せない、か。追加の人員、金を用意しなければ……はぁ……」
舌打ち一つ。懐から火種を取り出して、紙片を燃やす。
カーフィとフレールが消えれば、次期リプトン伯爵の地位はトリスカルに転がり込む。国外にいるならば消しやすいと思っていたが、なかなか上手くいかないものだ。トリスカルに用意出来る金にも限度がある。
「お前は先に屋敷に戻っているがいい。私は少し歩く」
トリスカルは御者にそう告げて馬車を返すと、頭を整理する為に新年で賑わう王都を歩き出した。
カーフィを守っているという、傭兵を出し抜いて目的を達成するにはどうすればいいのか。
いや、と考え直す。
カーフィ達を消せなかったとすれば、せめて国に戻らせないようにして。後ろ盾を得てリプトン伯爵と認められればあるいは。
そうなると、やはりキャンディ伯爵家…聖女様なのだろうが。肝心の聖女様には先日の大聖堂でお味方したにも関わらず、無視されてしまった。折角宿場町ポーで繋がりを得たというのに、あの忌々しいフレールの親戚ということで隔意を持たれたに違いない。キャンディ伯爵家に対しても接点が無く、繋がりを持てないでいる。
答えが出ぬまま悶々と、それでも足は無意識の内に裏社会が幅を利かせる裏路地へと動き出していた。
と、その時。
「絶対門前払いされるって、無理だよ!」
「でもあいつらは聖女様に認めて貰えたんだろ!? なら俺達だって!」
突如上がった声にトリスカルは思考の沼から引きずり出された。目の前には、何人かの流浪の民達が屯している。
――流浪の民。無害を装って近付いたなら、あるいは?
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