上 下
641 / 671
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(173)

しおりを挟む
 ――あの愚弟が! よりにもよって、王太子たる俺を差し置き、ガリアの代表だとでしゃばって聖女様に挨拶をするなど!

 弟王子マーリオの暴走に意識を飛ばしそうになった次の瞬間にやって来たのは激しい怒りだった。だが、ここは外国の王宮。掌に爪が食い込む痛みに、ルイージはギリギリのところで笑顔を保つ。

 早くどうにかして巻き返しを図らねば。ルイージは「失礼、」とやんわりとネマランシ伯爵令嬢ラヴィンヌムーランス伯爵令嬢エリザベルの腕を解いて向き直ると、紳士の礼を取った。

 「折角お知り合いになれたのに、姫君達には大変申し訳ないのですが……恥ずかしながらあれは私の弟で。早急に聖女様に弟の無礼をお詫びしに参らねばなりません。まだご挨拶もしておりませんし――」

 そう言って、踵を返そうとした時。

 「殿下、お待ちになって下さいまし!」

 「今行かれるのはやめておいた方が宜しいですわ!」

 血相を変え、慌てたように小声で制止してくる令嬢達。
 その尋常ではない様子に訝しみ、思わず立ち止まって理由を訊ねると、「あちらをご覧下さいまし、」とラヴィンヌが扇の先で聖女の方を指し示した。

 「少なくとも、あの鳥達が居る間は近付かない方が良いですわ」

 「鳥達?」

 どういう意味かと問えば、ラヴィンヌ達は目を見合わせ、場所を変えてお話出来ませんかと言った。

 「ここでは、ちょっと……」

 どうも人目のある広間では話しにくい事らしい。
 しかし場所を変えると言ってもどこへ。いや、それ以前に目の前の令嬢達を信じてほいほいついて行って良いものなのか。
 ルイージが逡巡して周囲を見渡すと、人を掻き分けるようにベッファ・コロンボ子爵他|ファウスト・ボスコ伯爵令息達がこちらへと向かってくるのが見えた。


***


 「こちらもご報告するべきことがありますので丁度良うございましたな」

 話を聞く為に場所を移動する事について意見を求めたルイージに対し、コロンボ子爵が放った第一声。
 私共が共に居れば問題無いでしょう、と連れ立って王宮の客室へ移動する事となった。
 室内にはルイージと、配下達を代表してコロンボ子爵が。一方のトラス王国令嬢達はラヴィンヌとエリザベルの二人が残る。他の配下や令嬢達は扉の前で見張りをすることとなった。

 「それで――先程のお話の続きを伺っても?」

 ルイージが早速切り出すと、目の前のラヴィンヌとエリザベルは真剣な面持ちで頷く。

 「ええ……実は、あのおん…聖女は鳥を意のままに操り、更に太陽神の使いたるカラスを通じて神託を得、また全てを知るのだそうですわ」

 「カラスが傍に居る聖女には近付くな、隠している事も罪も全て暴かれてしまうのだというのがトラス貴族達の暗黙の了解なんですの」

 その言葉に先刻の事を思い出す。ルイージが見たトラス貴族達が「ここには諸外国の客人達もおられる事です。我々はご遠慮致しましょう」等と言っていたのは、聖女の元に飛んで来たカラスと鷲を見たからだったのか。
 そう言えば、トラス王族の前には挨拶の列が連なっていたのに比べ、聖女の方は不自然に少なかったような……。

 「それで先程私を止めたのですね」

 ルイージがそう言うと、エリザベルが頷いた。

 「……はい。聖女の力を目の当たりにしていない他国の方には、おいそれと信じて頂けないかも知れませんが――私達は、とてもじゃありませんけれど恐ろしくて近づけませんの」

 王侯貴族は誰しも大なり小なり何がしかの暗い一面を――秘密や罪を抱えているものでしょう? 綺麗ごとで国や領地を治められる訳でもありませんし。

 その言葉に、成程と頷く。
 確かに本当にそういう力が聖女にあるというのなら、マーリオが先走った事もそう悪くは無かったのかも知れない。あの愚かな弟は、暴かれる秘密すらないのだから。

 となれば、カラスが居ない時を何とか見計らって聖女に近付いて信頼を得るべきなのだろうが――目の前の二人がダージリン辺境伯の息がかかっていて自分を騙している可能性も無きにしも非ず。聖女に他国人を近付かせない為に。
 そう考えた時、それまで沈黙を保っていたコロンボ子爵が口を開いた。

「姫君達のお言葉を信じぬ訳ではありませんが、単に聖女様がカラスを飼い慣らしているという可能性はないのですかな?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。