貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

ワインと無難な回答。

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 「もし、ルーシ帝国の方とお見受けする」

 「そうですが、貴殿は」

 「ガリア王国の者だ。北方のルーシ帝国人とお会いするのは初めてで、思わず声を掛けさせて頂いた。新年のお慶びを申し上げる」

 ルイージがワインの杯を掲げると、雪と氷の化身のようなその男は薄い唇を歪めて酷薄そうな笑みを浮かべた。

 「これはこれはご丁寧に。ガリア王国は太陽と海が美しい暖かい国だと聞き及んでおります。
 第一王子殿下、ですね。お互い良き年となれば喜ばしい事です」

 ルイージは驚きに一瞬目を見開くが、直ぐに笑顔に戻った。
 お互いチン、と音を立てて乾杯する。

 「私の事を知っていたのか」

 「ふふふ、殿下も私達の事をご存知でおられました。聖女様にお目通りするのが楽しみですね。
 そう言えばご存知ですか? 何やらダージリン伯爵領では興味深い政策が行われているとか……」

 細められた水色の瞳。
 成程、情報収集をしているのはルイージだけではない、という事だ。


***


 あれからルイージ達が通されたトゥラントゥール宮殿の大広間では、貴婦人の姿が多く見られた。
 メテオーラによればトラスの王族や貴族の当主、それに準ずる立場の者が大聖堂、その他の者は宮殿の儀で祝福を受ける、とのことらしい。

 連れて来た配下達が集めた情報を元に、ルイージは意気揚々と人々の間を縫うように動き回っていた。

 自分だけではなく、聖女を一目見ようと諸国から大使や使者が集まっており――これはまたとない機会だと交流を持つ事にしたのである。

 ガリア王国の次代の王として、より多くの国々に顔を売るのだ。ひょっとしたら、国家間での有意義な交易にも繋がるかも知れない。

 山岳国家ヘルヴェティア、北方諸国、東方小国群……まだ見つけられず話も出来ていないのは聖アレマニア帝国の皇女やカレドニア王国の女王ぐらいだが、それは後程メテオーラに言って橋渡しをさせるつもりでいた。

 ――今の所、一番油断ならない印象だったのはやはりルーシ帝国か。

 広大な国土を有する北の大国。
 ガリア王国はルーシ帝国と国境を接している訳ではないので、ルイージには実感が湧かないが――東方小国群や北方諸国の大使や使者達は顔にこそ出さぬものの彼らを明らかに避けていた。
 それほどの脅威なのだろう。

 ルイージが先程のやり取りを思い出していると。

 「我が国のワインはお口に合いますか、ルイージ殿下」

 トラス王国の第二王子ジェレミーが声を掛けてきた。
 今自分が自在に社交出来ているのは、彼が色々と取り計らってくれたお陰だ。

 「とても美味しく頂いていますよ。我が国もワインを多く作っておりますが――気候の違いなのでしょうね、幾つか飲み比べてみましたが、こちらのワインは味に複雑さと繊細さがあるように思います」

 「ワイン大国ともいえるガリアの方にそう言って頂けるなんて光栄です。もし幾つかお気に召されたものがあったらお土産として差し上げましょう」

 ガリアは温暖な気候のお蔭でほぼ全土で葡萄が作られている。地域によっても個性豊かで様々な味わいがあった。ジェレミーがその事を口にして褒めたたえると、ルイージはすっかり上機嫌になった。
 全く、愚鈍な自分の弟と違って見目麗しく聡明な王子だ。第一王子その兄が羨ましくなる程に。

 「時に、ジェレミー殿下は聖女様にお会いした事がおありなのですよね? 聖女様はどんなお方なのでしょう」

 何気なく振った話題に、ジェレミーは笑顔のまま固まった。
 ルイージがどうしたのか尋ねると、相手の笑みが複雑な感情が入り乱れているようなそれに変化する。

 「そのご質問、諸外国の皆様にも訊かれました。殿下も例外なく聖女様に興味がおありのようですね。
 私の口からは何とも……ただ言えるのは、一言でこのような方、と言い表せるようなお方ではありませんね。
 実際に聖女様を見て、ご自身で判断される方が宜しいかと思いますよ」

 目を逸らせながら言葉を濁すジェレミー。何かあるのだろうかと疑問を抱きながらも、ルイージは「……それもそうですね」と言うだけに止めた。

 「おお、聖女様の母君と二人の姉君達だ」

 「いつ見ても溜息が出る程お美しい……」

 ジェレミーと別れた後、不意にルイージの耳に飛び込んで来た貴族達の囁き声。
 そちらに目をやって成程と納得する。
 母と二人の姉、いずれも咲き誇る薔薇の如き美しさだ。まだ見ぬ聖女に対する期待が否が応でも高まる。

 ――あれほどの美姫ならば。

 自分の妃にするのも悪くない。純潔を失っているのは惜しいが――それも聖女という付加価値でお釣りがくるだろう。
 聖女の家族に挨拶をしようとルイージが一歩踏み出そうとした、その時。

 「まあ、あれをご覧になってぇ? どこの坊やなのかしらぁ!」

 「んまあ、余程お腹が空いていらっしゃるのね!」

 「いい食べっぷりざますわね。昔飼っていた子豚のコシィを思い出すざます」

 突如ルイージの傍で響き渡る大きな声。
 それは実に個性的な……三人の年配の貴婦人達だった。
 彼女達は広間の隅でビアッジョ卿と共に大人しく料理を食べている弟王子を見ている。
 貴婦人達の所為で、衆目が一気に弟王子に集中した。

 「トトトトラス王国のごはんは、おお美味しいんだな!」

 注目を集めた弟王子が顔を真っ赤にしながら叫んだ声は、広間中に響き渡った。

 「なぁに、あの喋り方……」

 くすくす、くすくす。

 そこかしこで貴族達の忍び笑いや嘲笑の声が聞こえて来る。
 ルイージは羞恥と怒りに拳を握りしめた。

 ――今すぐあいつの首根っこを捕まえて、この広間から摘まみ出してやる!

 ツカツカと弟王子の方に歩き出すルイージ。ジェレミー王子が慌てた様子でこちらに近付いて来るも、止められそうにない。

 そんなルイージが近付いて来るのを見た弟王子とピアッジョ卿が恐怖に顔を歪める。
 しかしルイージは結局弟王子を摘まみ出す事は叶わなかった。
 背後で扉が開かれる音と共に、ウエッジウッド子爵の声が響いたからである。

 「紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせ致しました! 今、聖女様達が王宮に到着されました!」
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