貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(160)

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 堅苦しい服を脱ぎ、カレドニア産の毛織物で作られた温かい睡衣に着替える。
 カーテンを閉め切った部屋。
 ナーテが整えてくれた柔らかい水鳥の羽布団に包まって暫く経つと、僕の意識は心地よい微睡みの闇の底に沈んで行く――かに思われたところで、不意に耳障りな音が響いた。

 「うぅ……煩い」

 「グレイ様、起きていらっしゃいますか!?」

 ナーテの声だ。いつもの彼女らしくもない、ドンドン! と乱暴に扉が激しく叩かれている。

 「……どうしたの?」

 恐らく、何か緊急を要する事件でもあったのだろう。
 睡眠がお預けになった事に内心溜息を吐きながら訊ねる。

 「あの、お休みになったばかりで大変申し訳ないのですが、お部屋に入っても宜しいでしょうか?」

 どうぞ、と許可を出すと、「失礼致します」と扉が開かれてナーテが入って来た。

 「実は、アルバート第一王子殿下とガリアのメテオーラ姫がマリー様に会いにお忍びでいらっしゃいました。マリー様は庭遊びをなさっていると申し上げたところ、お待ちになると。更には昼食を共にされたい、との事です」

 ――何だって?

 サイモン様は――今外出中でいらっしゃらない筈だ。
 トーマス様はと訊けば、別の者が報告に走ったという。マリーは昼食には戻るだろうが、まだ釣り中、と。

 「ならば、夫たる僕が寝こけている訳にはいかないね」

 彼女が戻るまで、僕が応対に出るべきだろうな。
 ナーテの手伝いで身なりを素早く整えた僕は、ベッドに後ろ髪を引かれる思いで部屋を出たのだった。


***


 「喫茶室にご案内するつもりだったのですが――その前にリュサイ様の事をご心配なされまして」

 「分かった。少し回り道にしようか」

 行き違いが無いよう、僕は先にリュサイ様の部屋へ向かうことにした。

 歩く事暫く――廊下の向こう、リュサイ様の部屋から少し離れた場所で侍女頭マリエッテとサリーナがリュサイ付きであろう侍女達と会話しているのが見えた。
 一人は確か以前ティヴィーナ様に付いていたという侍女――名前はジャンヌ、だったと思う。
 もう一人は新人だろうか、年若く見ない顔だ。

 更に近付くと、少し離れた所に腕組みをして壁に寄りかかってこちらを見ているヨハンの姿に気付く。彼は身を起こして僕に軽く会釈した後、サリーナ達に一言二言声を掛けた。

 「「「グレイ様」」」

 全員が僕を見て慌てて礼を取る。

 「ああ、礼は良いよ。話をしていたのに気を遣わせてしまったね。アルバート殿下達はもう喫茶室へ向かわれたのかな?」

 そう訊ねると、彼女達は顔を見合わせて「はい、つい先程に」と答える。
 どうやら一歩遅かったようだ。

 「彼女達によれば、結局リュサイ様はお部屋からお出にならなかったそうですわ」

 眉を下げた侍女頭のマリエッテが言う。「メテオーラ姫様がドア越しにお声掛けしていたのですが、その時間の悪い事にエリーザベト皇女殿下がいらっしゃったのだと……」

 「……参ったな。私もマリーもリュサイ陛下と話さなければならない事があるんだけれど」

 言いながら、僕はそっと手に嵌めた件の指輪に触れる。
 これの事もあるし、何時までもこんな状況だったら本当に困るんだけど。
 溜息を吐くと、二人のリュサイ様付きの侍女の年若い方が進み出て、申し訳なさそうに口を開いた。

 「あの……リュサイ様はご気分が優れないご様子で。先程の事もあって、今はちょっと人と話せる状況ではないようでした。もし、ご伝言やお手紙などがあれば、お取次ぎ位なら出来ますが……」

 「ありがとう。ええと君は……?」

 「あっ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ララ・メレンと申します!」

 飛び跳ねるようにぺこり、と頭を下げる。
 僕はマリエッテを見た。

 「メレンというと……」

 「ええ、我が一族の者ですわ」

 マリエッテは頷いた。龍ノ庄――同時にアーベルト・メレンの顔を頭の中に思い浮かべたところで、僕はふと違和感を覚える。
 アーベルトとマリエッテはどことなく似ているし、共通した雰囲気を感じるが――

 「うーん……マリエッテやアーベルトにはあまり似ていないんだね」

 首を少し傾げる僕。
 「それは、」とマリエッテが言いよどんだ時。

 「その二人はそのリュサイ様付きだから良いとしてー。サリーナと先輩は何故ここにいるんですかー?」

 「うわっ!?」

 いきなり傍で声がして、驚いて振り向くとカールが立っていた。
 何時の間に……心臓に悪いから気配と物音を消して近付くのは止めて欲しいんだけど。
 そう言うと、僕を見て悪戯っぽく笑って「驚かせてすみませんー。でも、これで目が覚めましたよねー?」と悪びれずに詫びて来るカール。

 うっ、気恥ずかしい。きっと、歩いている間に欠伸を何度かしたのを見られていたんだ。
 そんな僕の様子に動じることなく、「第一王子殿下とメテオーラ姫様がいらっしゃったから、ご挨拶とマリー様の事をお伝えしに来たのよ」とサリーナが答える。
 僕はカールに礼を言って咳払いを一つすると、彼女に向き直った。

 「ええと、マリーは今?」

 僕の問いに、「大丈夫です、現在弟がついております」とヨハンが答える。サリーナも「もう話は終わりましたし、私達はすぐに向かってご報告するつもりですわ」と頷いた。

 「分かった」

 それなら安心だろう。
 それでは失礼します、と礼を取って去っていく彼ら。
 僕はマリエッテ達に向き直ると、さっきから気になっている事があったのだ。

 「それはそうと、リュサイ様の他にドナルド卿を始めとする騎士が幾人かいたと思うんだけど。手は足りている?」

 引きこもる前ならリュサイ様の傍にはドナルド卿が控えている位だったけど、今は全員リュサイ様で侍っていると聞いた。その分侍女の負担も増えるだろう。
 そう思って訊ねると、マリエッテがご心配をお掛けしておりますわ、と口を開いた。

 「グレイ様、私も今しがたその事を訊ねようとしておりましたの。ジャンヌ、ララ、貴女達二人では大変でしょう、何人か応援として回しましょうか?」

 しかし二人の侍女達は首を横に振る。

 「いいえ、大丈夫ですマリエッテ様。一度ドナルド卿にご提案したのですが、騎士様達は自分の面倒は自分で見れる、と。また、あまり人数を増やして欲しくないようでしたし、仕事量も今の所大丈夫ですわ。
 ただ、時折ララが失敗したりリュサイ様に対して粗雑な対応をする時があるので、それは直して欲しいですが……」

 「ララ、貴女そんな事を? 練習の時はとても上手に出来ていたのに」

 「も、申し訳ありませんマリエッテ様。緊張したり、イライラしたりして!」

 「緊張は分かりますが、イライラ?」

 マリエッテに問いただされたララは、何故かちらりと僕を見た。
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