貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(152)

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 「ありがとうございます、帳簿の手伝いは実家でも良くしておりましたのである程度慣れていますから大丈夫ですよ。
 それにしても、キーマン商会がされている独創的な商売には驚かされました。福袋という売り方は非常に面白いですね」

 とても勉強になります、と微笑むラド。ジャンがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 「この福袋、実は若奥様がお考えになったのですよ」

 「えっ、聖女様が!?」

 「ジャン」

 僕が少し咎めるような声を出すと、ジャンは何がいけないのかと言わんばかりにこちらを見た。僕は咳払いをして戸惑った様子のラドを見つめる。

 「……まあ、公然の秘密、という奴です。ただ、聖女である妻が商売に関わっている、というのは余り外聞が宜しくないものですから。
 それでジャン、キャンディ伯爵家への福袋は」

 「申し分なく」

 「うん、それならいい。それから貴族の予約分もね」

 「抜かりありません」

 実はキャンディ伯爵家や貴族向けの福袋の予約分は一般向けとは違い、自然な形で入れる商品を調節するように指示してあった。
 キャンディ伯爵家の使用人達には世話になっているので僕なりのお礼だ。
 貴族向けは――苦情を減らす為の忖度もあるが、マリーの言うところの試供品、お試し商品を入れている。
 一度使い心地を覚えさせてしまえば、他の商会の類似商品は使えないと思って貰えるようなキーマン商会自慢の品々だ。

 僕はジャンから決算書を受け取った。これから最終確認と押印して、挨拶がてら商会内を見て回らなければ。
 領地の採用にあぶれてキーマン商会に採用された顔ぶれも増えた事だし、慰労を兼ねてボーナスを弾むべきだろう。

 そんな僕達のやり取りの傍ら、所在無さ気に突っ立っていたラドが遠慮がちに「あの、何か他にお手伝いする事はありますか?」と申し出た。
 ジャンは首を横に振る。

 「いえ、もうありませんよ。昨日から徹夜してまで手伝って頂いたので疲れたでしょう。日当をお渡ししますのでこちらへ」

 「夜通し手伝ってくれていたのですか。ジャン、給金は弾んでおいてください。ラドさん、今日はゆっくり休んで下さいね」

 少し驚いてそう言うと、ラドは「お気遣いありがとうございます。それでは猊下、失礼致します」と綺麗な所作で礼を取った。
 ジャンは頷いて、ラドを伴って部屋を出て行く。残された僕は椅子に座り、渡された決算書にざっと目を通した。綺麗な文字や数字が並んでいて、計算も合っているようだ。
 一枚目に押印をしたところで、それまで黙って控えていたカールが口を開いた。

 「良い人そうですけど、どうしても気になるなら調べましょうかー?」

 「うーん……彼の理屈は一応通っているし、僕の勘違いだったら申し訳ないよ。大体調べるとなったらアルビオンまで行って確認しなきゃいけないよね?」

 その時扉からノックの音が響いた。戻って来たジャンは開口一番「ラドがどうかしたのですか?」と訊ねて来る。

 「どうにも妙な違和感が拭えないだけ。彼、本当は商人じゃないんじゃないかっていう」

 「グレイ様の勘は鋭いですが流石にそれは無いのでは。私も最初は身分を隠した貴族令息かと思いましたが、仕事をさせてみると商売の知識は豊富でしたし、帳簿付けも手慣れていましたよ」

 貴族ではありえないというジャン。
 ジャンもラドに色々訊ねて探りを入れたのだそうだ。ラドによれば、アルビオン王国での商売が年々厳しくなってきているのだという。

 「アルビオンの王は女色に溺れて贅沢を好んでいるのは有名な話ですが、近年は豪奢な建物を建てて税金を釣り上げているとかで。
 逆らう者、諫言する者は煙たがられ、ことごとく処刑されたそうです。
 わざわざトラス王国まで留学しに来たのは、移住も視野に入れているんじゃないでしょうか」

 「それで彼を取り込もうと?」

 「何でも、実家の商会では新大陸やナトゥラ大陸と交易しているとか。うちは新大陸との繋がりが薄いので、取り込めば利益になると思ったのもあります。
 それに彼は優秀ですよ。特に算術の速さと正確さには目を瞠るものがあります」

 言って、ジャンは人差し指を立てる。

 「もし、彼の実家の商会がトラス王国に拠点を作るのならば、仲良くしておいて損はないでしょう」


***


 決算書に全て印を押し、商会を回って従業員を労った後。
 銀行や貴金属事業もまた締め作業で戦争状態だったのだろう、くたびれた兄アールが銀行事業についての進捗を共有しにやってきた。
 キーマン商会に求職しにきた者で計算に長けた者を幾人か銀行にも回したので、人手不足解消になったのは良かったと思う。

 「ただ、協力者がいる国は兎も角。エスパーニャ王国支店を任せられそうな人材が見つからないんだ」

 砂糖は既に生産が始まっているし、と頭を抱えるアール。物件などは既に目星をつけているらしい。
 エスパーニャ語が話せて計算が出来る人は何人か居たものの、疱瘡が蔓延しているという噂も伝わってきているので皆及び腰になっているのだとか。

 「砂糖と銀の取引の要になるんだろうし、下手な人間には任せられないよね。こちらの味方であり、出来る事ならエスパーニャ人――ミゲル・バレンシア枢機卿、サイア達ぐらいしか思いつかないんだけど」

 サイア達はまだトラス語を勉強中な上、エスパーニャへ戻りたくはないだろう。
 であれば、ミゲル枢機卿の人脈ぐらいだろうか、頼れるのは。
 そう言うと、アールも頷いた。

 「砂糖は教会の関わる事業になるなら、銀行まではいかずとも教会に助けて欲しいというのが本音だな」

 「分かった、この件はマリーに相談してみる事にするよ」

 力及ばず申し訳ないと伝言を頼まれ、僕はアールの悩みを引き受ける事となった。
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