貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(151)

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 目の前で騎士の礼を取るアルトガルに、僕は頷いた。

 「任務、お疲れ様でした――報告を」

 「はい、猊下。件のアレマニアの使者は無事に牢獄行きとなりましてな」

 夕方までかかったジェレミー殿下を交えたお茶会を終え、軽めの夕食を採った後――いつものサイモン様の執務室。
 僕がサイモン様に領地経営のアドバイスを貰ったり、鉄道敷設計画の為に地図を眺めていると、アルトガルがひょっこり任務から戻って来た。なので一旦中断して、そのまま報告を聞く事になったのだ。
 アルトガルは語りながらくすりと笑う。

 「使者――男爵は、牢獄で目を覚ました後は気が動転した様子で外交官を呼べ、皇女殿下に合わせろ等と喚いておりましたが――ヴィルバッハ辺境伯にも口裏合わせをご助力頂いた結果。
 未だ皇女殿下に手紙を渡しておらず酒場で暴れて投獄されたのだという事実を、使者自身が認める結果と相成りましてございまする」

 「へぇ……認めたんだ」

 少し呆れる僕。まあ、酒の他に薬も使うと言っていたし。

 「型に嵌めてしまえば割とあっさりしておりましたぞ。ヴィルバッハ辺境伯という証人、加えて皇女殿下に渡した筈の手紙という状況証拠。その二つを突き付けられれば、人というものは自分の記憶を疑い出し――幻と現実の区別がつかなくなり、事実は書き換えられる」

 そして真実は葬られるという訳か……実に闇深い。
 自分がその使者であっても認めてしまうんだろうな、きっと。酒にはくれぐれも気を付けよう。
 薄ら寒いものを感じる僕に、アルトガルは「それから、」と続けた。

 「ウィルバッハ辺境伯は釈放に尽力すると使者を労わり、懐柔を試みるとの事にございました」

 「それなら時間稼ぎは十分出来そうだね。トラス王国に滞在しているのが寛容派の彼で良かったと言うべきか」

 「まことに。ところで、ジェレミー第二王子殿下の事は本当に宜しかったのですかな?」

 「ああ、マリーが許可を出したんだ。カレル様も賛成していた」

 僕がマリーの意向を説明すると、アルトガルは肩を竦めた。

 「それでジェレミー殿下を宛がおうと。皇女殿下の求婚を断るなど、未来のアレマニア皇帝になれるかも知れないのに勿体ない事で」

 「カレル様は皇帝の位とかそういうのに興味はないんだと思う」

 そして多分、王位にも。
 カレドニア女王であるリュサイ様のことをカレル様に訊ねて欲しいとは言ったけど、十中八九、皇女様にしたような返事が返って来るんだろう。

 「それは無欲な事で。ただ、皇女殿下が滞在される以上、普段の女王陛下のご様子からして一波乱は避けられそうにないでしょうな」

 うん、僕もそんな予感がしてる。

 寝室へ戻って、マリーに妙な多角関係が出来てしまったと懸念を言うと、逆にその方が都合がいいと返された。
 加えて、リュサイ女王についてどう思うかとカレル様に訊いて貰ったその答えは、僕が予期した通りで。
 考え方がマリーと似ていて兄妹だなぁとおかしみすら覚えた。

 ……気が重いけど、僕の事も含めていつかは彼らときっちり話をしないとなぁ。

 おまけに明日は早起きして商会へ顔出しが控えている。
 考える程に精神的に疲れていくだけなので、僕はさっさと寝てしまう事にしたのだった。


***


 あれ……?

 次の日の朝。
 王都一番街トワネット通りにあるキーマン商会に顔を出すと、予想に反してジャン・バティストは上機嫌だった。

 「うん、うん。正確な計算ですね。君のお蔭で随分と助かりましたよ」

 「こちらこそ、いい経験を積ませて頂いたと思っています」

 ジャンの隣には何時ぞや見た顔が。名前はラドと言ったっけ。カナールの民を迎えに行った時に出会ったアルビオン人の青年だった。
 確か、大学に行くと言っていたのに何故ここに。

 内心疑問に思っていると、ジャン・バティストがこちらを向いた。

 「おはようございます、若旦那様にカールさん」

 「おはようございますー」

 「おはよう、ジャン。ところで彼――ラドさんは何故ここに? 確か大学へ通うと言っていましたよね」

 僕が視線を向けると、ラドは優雅に紳士の礼を取った。

 「ご無沙汰しております。名前を覚えて下さっているなんて光栄です、猊下。
 お恥ずかしながら生活の足しにする為に仕事を探していたところ、バティストさんに雇って頂きまして」

 僕は首を傾げた。
 外見や礼の所作からして彼は祖国で良い教育を受けて来た筈。商家と言っても貴族とも交流のある大商家出身のように思えるけれど。
 ……少し探りを入れてみようか。

 「ご実家は商家でしたよね、援助は無いのですか?」

 そう訊くと、ラドは苦笑した。

 「学費こそは出して頂きましたが、家の方針で基本的に己の才覚で自活せねばなりません。この経験も学びですし、世間に揉まれるべきだと」

 そう言えば、僕も商人修行の一環で言葉や文化を学ぶべくスレイマンの家にお世話になったっけ。
 流石に自活しろとまでは言われなかったけれど。

 「成程、厳しい教育方針なのですね。ただ、学業は大丈夫なのですか?」

 一番の懸念はそこだ。
 大学で学ぶことは片手間に出来ることじゃない。仕事にかまけて学問が疎かになっては本末転倒になる。

 「ご心配ありがとうございます、差し支えない範囲で働くつもりです。祖国でも一通り学んで来ましたし、課された試験に合格出来た授業は取らずに済みました。働く時間的余裕はありますので大丈夫です」

 「あまり無理はしないで下さいね」

 そう言いつつも、僕の中でラドに初めて会ったと時の奇妙な違和感がよみがえり始めた。
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