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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
意味ありげな言葉。
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我が家の門を、荷物を運ぶ一隊が進んで来る。
その先頭を進む第二王子ジェレミーが下馬すると、皇女エリーザベトは破願して駆け寄り、淑女の礼を取った。
「まあまあ、ジェレミー様! わざわざ届けに来て下さいましたの?」
「リシィ様は我が国の賓客。その荷物に万が一の事があってはなりませんから」
お礼を言う皇女エリーザベトに微笑みかける第二王子ジェレミー。
……何だろう、親しみ以上の感情を第二王子の方から感じるんだけど。
一方の皇女エリーザベトは単に可愛い弟を見る様な眼差しをしている……これは、もしかして。
グレイも同じような事を思ったのだろう。私達は以心伝心、目を合わせた。
父サイモンはそんな見つめ合う二人の前に進み出ると、紳士の礼を取る。
「これはジェレミー殿下。我が家へよくぞお越しくださいました。誠に光栄な事と存じますが、突然の事で万全のおもてなしが出来ない無礼をお許しください」
慇懃だが、先触れが無かったから満足におもてなし出来ないぞと念を押す父。第二王子ジェレミーは気にした様子もなく首を横に振った。
「呼ばれぬ身ながら不躾に訪ねて来た身ですのでお気になさらないで下さい。リシィ様とは少々交流がありましたものですから……」
愛称呼び――意味ありげな言葉。
父の隣に立つ母ティヴィーナが小さく会釈をした。
「まあ、左様でしたか。実はこれからお茶会をしようと思っていたところでございますの。人が多い方がより楽しめますわ。
宜しければ殿下もご一緒に如何でしょう、落ち着いてお話も出来るかと存じます」
「お心遣いありがとうございます、是非。リシィ殿下、私にエスコートする栄誉を与えて頂けませんか?」
第二王子は母に礼を言った後、間髪入れずに皇女エリーザベトに手を差し出した。彼女は「喜んで」とくすくす笑いながら柔らかく微笑んで、その申し出を受けている。
その煌めく水色の瞳が、一瞬だけカレル兄の方を鋭く一瞥したように見えた。
ちなみに。
私とグレイに挨拶をしようとして――多分、背後にいる愛馬が視界に入ったのだろう。
第二王子ジェレミーが笑顔をピキリと硬直させたのは、その直後の事だったりする。
***
喫茶室へ移動した後。
第二王子ジェレミーは昼食をまだ食べていないと言うので、母は侍女達にお茶と菓子の他に、サンドイッチ等の軽食を給仕するように命じた。
そうして始まったお茶会。
「殿下を訪ねて行った時、殿下の荷物が運び出されるところに出くわし、驚きました。急な事でこちらに滞在するという話を聞きまして――」
もしや王宮側に何か不手際でもあったのかという心配もあって、そのまま荷物と共にやってきたらしい。皇女エリーザベトは、困ったように眉を下げて「ご心配をお掛けしましたわ」と謝った。
そこから何故突如トゥラントゥール宮殿を出て行ったのか、という事の説明から始まる。
一通り話を聞いた後、第二王子ジェレミーは紅茶を一口啜った。
「そうだったのですね。王宮では分からない、トラス貴族の文化を学ぶ為に」
「ええ。伯爵家なら平均的な身分ですし、このお茶会というものを広めたのはティヴィーナ夫人とお聞きしておりますの。
親交を深めたマリー様もリュシー様もいらっしゃいますのでキャンディ伯爵家が一番安心して学べるのですわ」
……という建前を、皇女エリーザベトは淀みなく述べていく。こういうところは流石に皇女殿下たる所以だろうな。
ジェレミー王子は「確かに、」と頷いた。
「そう言う意味なら王宮よりもキャンディ伯爵家の方が理想的な環境なのでしょうね。例えば、このお茶も王宮よりずっと味が良い。使っている茶葉は同じなのに、何故こうも違うのか……」
「同じ茶葉であるなら淹れ方の違いかと。茶葉は色や状態に応じて湯の熱さや時間を調節して淹れるものだそうです」
グレイが引き取って説明していく。
興味深そうに相槌を打ちながら聞いたり他の茶葉を試したりした後、第二王子は「猊下はお詳しいのですね」と感心していた。
父サイモンもキャンディ伯爵家がやっている事業等について訊かれていたので差し支えない程度に答えている。
時折私にもさりげない程度に馬について話を振られた(多分先程の愛馬の事を探っているのだろう)ので、笑顔で適当に会話に調子を合わせていると。
「実に興味深い。キャンディ伯爵、私もこちらに滞在させて貰っても構いませんか? 既に未来の玉座は決まったも同然ですし、私は気楽な身になりました。トラス王国の貴族の生活を知らないのは私も同じ、学んでみたいと思うのです」
第二王子ジェレミーが、いきなりそんな事を言いだした。
喫茶室が、しん……と静まり返る。
その先頭を進む第二王子ジェレミーが下馬すると、皇女エリーザベトは破願して駆け寄り、淑女の礼を取った。
「まあまあ、ジェレミー様! わざわざ届けに来て下さいましたの?」
「リシィ様は我が国の賓客。その荷物に万が一の事があってはなりませんから」
お礼を言う皇女エリーザベトに微笑みかける第二王子ジェレミー。
……何だろう、親しみ以上の感情を第二王子の方から感じるんだけど。
一方の皇女エリーザベトは単に可愛い弟を見る様な眼差しをしている……これは、もしかして。
グレイも同じような事を思ったのだろう。私達は以心伝心、目を合わせた。
父サイモンはそんな見つめ合う二人の前に進み出ると、紳士の礼を取る。
「これはジェレミー殿下。我が家へよくぞお越しくださいました。誠に光栄な事と存じますが、突然の事で万全のおもてなしが出来ない無礼をお許しください」
慇懃だが、先触れが無かったから満足におもてなし出来ないぞと念を押す父。第二王子ジェレミーは気にした様子もなく首を横に振った。
「呼ばれぬ身ながら不躾に訪ねて来た身ですのでお気になさらないで下さい。リシィ様とは少々交流がありましたものですから……」
愛称呼び――意味ありげな言葉。
父の隣に立つ母ティヴィーナが小さく会釈をした。
「まあ、左様でしたか。実はこれからお茶会をしようと思っていたところでございますの。人が多い方がより楽しめますわ。
宜しければ殿下もご一緒に如何でしょう、落ち着いてお話も出来るかと存じます」
「お心遣いありがとうございます、是非。リシィ殿下、私にエスコートする栄誉を与えて頂けませんか?」
第二王子は母に礼を言った後、間髪入れずに皇女エリーザベトに手を差し出した。彼女は「喜んで」とくすくす笑いながら柔らかく微笑んで、その申し出を受けている。
その煌めく水色の瞳が、一瞬だけカレル兄の方を鋭く一瞥したように見えた。
ちなみに。
私とグレイに挨拶をしようとして――多分、背後にいる愛馬が視界に入ったのだろう。
第二王子ジェレミーが笑顔をピキリと硬直させたのは、その直後の事だったりする。
***
喫茶室へ移動した後。
第二王子ジェレミーは昼食をまだ食べていないと言うので、母は侍女達にお茶と菓子の他に、サンドイッチ等の軽食を給仕するように命じた。
そうして始まったお茶会。
「殿下を訪ねて行った時、殿下の荷物が運び出されるところに出くわし、驚きました。急な事でこちらに滞在するという話を聞きまして――」
もしや王宮側に何か不手際でもあったのかという心配もあって、そのまま荷物と共にやってきたらしい。皇女エリーザベトは、困ったように眉を下げて「ご心配をお掛けしましたわ」と謝った。
そこから何故突如トゥラントゥール宮殿を出て行ったのか、という事の説明から始まる。
一通り話を聞いた後、第二王子ジェレミーは紅茶を一口啜った。
「そうだったのですね。王宮では分からない、トラス貴族の文化を学ぶ為に」
「ええ。伯爵家なら平均的な身分ですし、このお茶会というものを広めたのはティヴィーナ夫人とお聞きしておりますの。
親交を深めたマリー様もリュシー様もいらっしゃいますのでキャンディ伯爵家が一番安心して学べるのですわ」
……という建前を、皇女エリーザベトは淀みなく述べていく。こういうところは流石に皇女殿下たる所以だろうな。
ジェレミー王子は「確かに、」と頷いた。
「そう言う意味なら王宮よりもキャンディ伯爵家の方が理想的な環境なのでしょうね。例えば、このお茶も王宮よりずっと味が良い。使っている茶葉は同じなのに、何故こうも違うのか……」
「同じ茶葉であるなら淹れ方の違いかと。茶葉は色や状態に応じて湯の熱さや時間を調節して淹れるものだそうです」
グレイが引き取って説明していく。
興味深そうに相槌を打ちながら聞いたり他の茶葉を試したりした後、第二王子は「猊下はお詳しいのですね」と感心していた。
父サイモンもキャンディ伯爵家がやっている事業等について訊かれていたので差し支えない程度に答えている。
時折私にもさりげない程度に馬について話を振られた(多分先程の愛馬の事を探っているのだろう)ので、笑顔で適当に会話に調子を合わせていると。
「実に興味深い。キャンディ伯爵、私もこちらに滞在させて貰っても構いませんか? 既に未来の玉座は決まったも同然ですし、私は気楽な身になりました。トラス王国の貴族の生活を知らないのは私も同じ、学んでみたいと思うのです」
第二王子ジェレミーが、いきなりそんな事を言いだした。
喫茶室が、しん……と静まり返る。
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