貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

第二王子ジェレミー④

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 「まさかキャンディ伯爵が結納金返還を立て替える形でリプトン伯爵家に借金をさせるとは思いもよりませんでした。貴族間の金の貸し借りはよくある事ですが、一体何を企んでいるのか……」

 「かの小者も失敗した上、頼みのエルヴァンはその尻拭いで使えぬ。ほとぼりが冷めるまで動きが取れぬ今、この失態を如何したものか……」

 「逆にこの状況を逆手に取って巻き返すしかありますまい。ただ、私が小者を差し向けた事を気取られていれば色々と不都合があります故――」

 伯父は言って、ジェレミーを見た。


***


 「何故僕が……」

 「何か仰いましたか、ジェレミー殿下」

 「いえ」

 キャンディ伯爵家で催されている、ルフナー子爵令息とアナベラ姫の婚約お披露目の夜会で、ジェレミーは溜息を吐いていた。
 隣には問題を起こした従兄弟、メイソン・リプトン次期伯爵本人がいる。ジェレミーは彼の失態を、母や伯父の名代として謝罪しなければならないのだ。

 『近々キャンディ伯爵家でアナベラ姫の婚約の夜会が開かれるそうです。愚息の事を謝罪するという名目で、ジェレミー殿下がキャンディ伯爵家の幻姫と知己を得る――そういう筋書きは如何にございましょう』

 『おお、それは良い考えじゃ! 聞いていましたね、ジェレミー、私の可愛い息子。そなた、私達の代わりにキャンディ伯爵家の婚約式に出席してくれませんか?』

 ――従兄弟メイソンを連れ、公の場で誠心誠意アナベラ姫に謝罪し、そして。幻姫に会って挨拶をして来て欲しいのです。

 そう言われてしまえばジェレミーに否やは言えない。
 兄王子達も夜会に招かれていたが、挨拶にやってくる貴族達の対応に追われお互い話す事は叶わなかった。

 やがて夜会の主役である二人が会場に現れる。
 幻姫はこの場にいないのか見つけられなかったが、アナベラ姫にメイソンが詫びるのを見届ける事が出来た。
 ジェレミーもまた、「従兄弟が大変申し訳なかったと母と伯父が申しておりました」と二人に紳士の礼を取って詫びる。

 ルフナー子爵家の令息は人が良いのだろう、「殿下、頭をお上げ下さい! 恐れ多い事にございます」と慌てている。
 アナベラ姫もそれに続いた。

 「そうですわ。先程ご本人にも詫びて頂きましたし、お気持ちだけで十分ですわ。そう申し上げて下さいまし」

 流石は社交界で赤薔薇姫と謳われるうら若き貴婦人。
 大輪の花が咲くように艶やかな笑みを受けた、ジェレミーはぼうっとなってしまった。

 それがいけなかったのだろう。
 キャンディ伯爵夫妻が挨拶に来た時に我に返ると、何時の間にかメイソンの姿が消えていた。

 慌てて探し回るジェレミー。この夜会でメイソンが何らかの失敗をすれば、きっと同行していた自分にも非がある事になってしまうだろう。

 「今の季節のキャンディ伯爵家の蛍の美しさは有名ざますわね」

 「まあ、時間的にはそろそろかしら? 早くいかなくては!」

 「うふふ、二人共娘時代に戻ったような気分ですわねぇ!」

 社交界で『三魔女』と恐れられているご婦人達が姦しく騒ぎながら歩いて行く。もしかしたらメイソンもまた外へ出たのかも知れない。

 バルコニーへ出ると、庭で蛍鑑賞している兄王子達に気付いた。挨拶をしてメイソンの事を訊ねると、先程幻姫と話していましたよ、との返答。
 青褪めるジェレミーに、兄王子アルバートは大丈夫でしょう、と笑った。「彼女は賢く、非情に厄介な女性だと思いますよ」と意味ありげな言葉。
 どういう事かと訊き返せば、その内分かるだろうと。

 嫌に上機嫌なメイソンがひょっこり現れたのは、その後の事だった。
 ジェレミーが問い質すと、幻姫に無体は働いていないらしい。

 メイソンと別れ、王宮に戻って母達に首尾を伝える。
 謝罪はした。ジェレミーは幻姫には会えなかったが、メイソンが会ったようだと。
 嫌な予感は多少したものの、本人の申告として失態は犯していないだろうと思う。
 そうジェレミーが言うと、母達は残念そうな顔をしたものの、謝罪出来ただけ良しとしましょうと引き下がった。

 しかし、結果的にジェレミーの予感は的中する事となる。


***


 思えばあれからだったのだ。第二王子派の転落が始まったのは。

 あの後、従兄弟のメイソンが幻姫に狼藉を働いたという急報が齎され、更にはメイソンの借金まで発覚。
 幻姫が襲われた現場に兄王子アルバートが居合わせており、メイソンの身柄は兄預かりとなっていた。

 伯父が言うところの『屈辱的な交渉』の後に引き取った従兄弟と言えば、魂を飛ばしたような虚ろな目で「女神によって私は生まれ変わったのだ」「新たな扉を開いてしまった」「もう戻れない」「私はあの方の雄豚奴隷……」等、意味不明な事を口走るばかり。
 心に何らかの衝撃を受けたのだろう、という事で暫く監視付での蟄居という処分となる。

 交渉の結果、伯父のドルトン侯爵はメイソンの為に多額の金銭を支払い、キャンディ伯爵家に対する賠償として領地に関わる多大な譲歩をさせられたのだった。

 「息子も馬鹿だが、幻姫がよもやこのような……」

 難しい顔をして一枚の紙を眺める伯父。
 訊けば、あのアナベラ姫の婚約の夜会の日に、メイソンが幻姫と交して来た誓約書だという。
 しかも、履行出来れば幻姫がメイソンの妻になる、という驚くべき内容のもの。
 ジェレミーも気になって内容を覗いてみると、幻姫から提示された条件とそのからくりに驚きを覚えた。
 それは履行不可能な高等な算術のトリックだった。これを幻姫が?

 あの時聞いた兄王子の意味ありげな言葉が脳裏に木霊する。
 母サブリナ王妃は「誰かが入れ知恵したに違いない、サイモン卿か!?」と陰謀を疑い騒いでいたが、それから程無く。
 宮中で、幻姫が聖女ではないかという噂が流れ始めた。

 ――聖女を妃にした王子が国王になるのは必定。

 派閥を問わず、貴族達は囁き合う。
 中立貴族筆頭ともいえるキャンディ伯爵家の姫という事以上に。聖女という肩書の重みは、未来の王妃候補を幻姫一人に絞る事となった。

 既に兄王子アルバートはキャンディ伯爵家に足繁く通っているという。

 「かの病弱だという幻姫が聖女だったとは! キャンディ卿め、難がある、人見知りなどと出し惜しみを!」

 「あの誓約書にも信憑性が出て来ましたな」

 「十三にもなれば普通は社交界に出そうと親は張り切るものだが……一向にその素振りがないところを見ると、本当に病弱なのかも知れぬ」

 「体が弱いならば王妃候補としては如何なものでしょうか?本当は、容姿若しくは性格に難がおありなのかも知れません。そのような噂も囁かれております」

 「そこは側室でも娶れば良い。姉姫達を見る限り、幻姫もまた美しい姫に違いない。婚約をしていると言っても、所詮子爵家。婚約式をまだ行っておらぬならば何とでもなろうな」

 母はキャンディ伯爵へ恨み言を言いながらも、何とか幻姫を社交界に引っ張り出さねばと園遊会を計画する。そこでジェレミーに娶せようと。

 当初、ジェレミーは母達の言うなりになった裏で幻姫と仲を深め、兄の婚約者になって欲しいと頼むつもりだったのだが。
 幻姫――マリアージュ姫本人を見た瞬間、ジェレミーの頭は真っ白になってしまったのである。

 姉姫達のように、容姿は美しかった。
 まるで大輪の向日葵を思わせる蜜色の髪と瞳。

 だが、あまりに普通の令嬢とかけ離れた格好がそれを台無しにしている。
 周囲を威圧するような襟の大き過ぎる存在感に、上手く言葉が紡げない。
 母にせっつかれて漸くぎこちないながらも挨拶が出来たかと思えば、今度は服装を褒められ。返礼として褒め返さなければいけなかったのに言葉が何一つ浮かばず仕舞いである。
 あの兄王子アルバートもまた、満足に挨拶が出来ないでいた。唯一落ち着いていたのは幻姫と同じような襟を持って来させて装着した父王オディロンのみ。
 その後、マリアージュ姫の方に行こうとしたが厄介な令嬢達に捕まり、更にその令嬢達が姫に難癖をつけ始め。
 三魔女が登場してその場は何とか収まったものの、ジェレミーはついぞマリアージュ姫と一言も話せずじまいで終わった。

 ならば文通を、と持ち掛ける事になったが、いくらも手紙を交わさない内にマリアージュ姫が聖地で聖女となる為の旅に出てしまう事に。

 聖女となって戻って来るマリアージュ姫を出迎える為、兄王子アルバートと争うように船が帰港するナヴィガポールへと向かったものの。
 気が付いた時には既に彼女は王都へ向かったと聞き、兄共々肩透かしに終わったのだった。

 「してやられましたね。きっと彼女は第一王子派にも第二王子派にも靡かないでしょう」

 「兄上を王にする協力をお願いしようと思っていたのですが……難しいでしょうか?」

 「……実は以前、お忍びで彼女に初めて会った時。曲者だって大声で人を呼ばれた事がありましてね。あんな体験は生まれて初めてでしたよ。これでも容姿に自信はあったのですが」

 「それは……また」

 「身分と正体を明かした時も、物凄く嫌悪されました。」

 その様子を想像しながらジェレミーが笑いを堪えていると、「笑いたければ笑えばいいですよ」と肩を竦める兄王子アルバート。
 そんな会話をしながら王都に戻る。
 聖女出迎えが空振りに終わった事を両王子派は落胆したものの、聖女帰還の祝宴を催す事が決定。だが、それは結果として彼らの首を絞めることとなった。

 「神は常に見ておられます――ここに居る貴族達全員に訊きましょう! そなたたちの忠誠は那辺にあるのです! アルバート第一王子殿下か、ジェレミー第二王子殿下か、それともトラス王オディロン陛下か!」

 太陽神の使いである数多のカラスを従え、黄金の瞳に強い意志の光を宿し、聖女の装束で凛と立つ聖女マリアージュ。
 その言葉一つで宮廷勢力ががらりと変わるのを、ジェレミーは肌で感じていた。
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