貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

第二王子ジェレミー②

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 兄王子アルバートを初めて見たのは、ジェレミーの11歳の誕生日を祝う舞踏晩餐会だった。

 「少し早いですが、聡明なそなたなら大丈夫でしょう」

 母サブリナ王妃はそう言って、満足げに着飾ったジェレミーを見つめた。
 本来は13歳頃に社交界に顔を出し始める。兄王子アルバートは12歳だったそうだ。

 誕生日であると同時に、社交界に初めて参加すると言う意味でのお披露目。
 居並ぶ貴族達の前で緊張しながら挨拶を述べる。何とか噛まずに言えたが及第点だっただろうかと母を見ると、満足そうに小さく頷いたので安堵するジェレミー。

 晩餐会はご馳走が並び、着飾った貴族達が贈り物を手に口々にお祝いの言葉を述べに来た。
 人が途切れる度に、ジェレミーはちらりと後ろを振り返る。
 父である国王オディロンの隣にいる青年が気になっていたのだ。
 面影が国王陛下によく似ている――きっと、彼が兄王子アルバートだろう。その近くに控えている人物は兄の学友だろうか。

 何かと引き合いに出されてきた兄。
 兄もまた、自分のように学友という人質を取られ、窮屈な生活を送って来たというのなら――それをどんな風に自分の中で消化したのだろうか。

 同じ王子という境遇。
 母を始めとする周囲に対抗心を植え付けられる一方で、真に自分の気持ちを分かってくれるのは同じ王子である兄以外には居ない、とどこかで感じていた。
 その意味でジェレミーは兄と一度話をしてみたかったのだ。

 この場はチャンスだったが、母の目の前で堂々と話しかける訳には行かない。

 不幸中の幸いとして、まだ社交界へのお披露目が済んでいない学友達は別室待機でこの場には居ない。
 挨拶の列が途切れた所で、「お疲れになりましたかな、ジェレミー殿下」と伯父のドルトン侯爵が目の前に現れた。

 「ええ、少し。出来れば人が少ない場所で休憩したいです」

 「おお、それでしたら挨拶も終わりましたし、鏡の間に行かれては如何ですかな? 殿下と近い年齢の令嬢達が集められておりますので」

 学友達もそこに控えているという。ジェレミーはチャンスだと思い、そうする事にします、と立ち上がった。

 「でもその前に父上と母上にご挨拶をしてから、ですね」

 母はと探すと、王妃の座を離れて一人の貴族に話しかけていた。

 「キャンディ卿、そなたには確かジェレミーと近い年頃の娘がおりませんでしたか? 招待状に断りが来たと侍従が申していましたが」

 「これは王妃殿下。お返事した通り、我が娘は、その……少々難があり、とてもジェレミー殿下の前に出られるような者ではございません。お許しを」

 「難とはどういう事です?」

 「び、病弱だったり人見知りをしたり――」

 「病弱? どこが悪いのです」

 「あたm……いえ、医者も匙を投げる程なのです」

 どうも話が長くなりそうだ。ジェレミーは母の傍を離れ、オディロン王の玉座へと向かう。
 誕生日の祝いの席に対する礼を述べた後、兄王子アルバートをじっと見つめた。

 「お初にお目にかかります、兄上。今宵は南庭園の風蝶草クレオメが月明かりに美しく咲いているのが見えるでしょう」

 「初めまして、我が弟ジェレミー。お会い出来た事を嬉しく思います。『アマリリス』もそこにありますか?」

 「はい、是非見に行かれると宜しいかと!」

 花言葉でのやりとり。風蝶草は『秘密のひととき』、アマリリスは『おしゃべり』。
 つまり、「秘密で会えませんか?」と持ち掛けたジェレミーに対し、「話したい事があるのですね」とアルバートが返して来たのである。
 それを見ていた父、国王オディロンが不意に侍従に目配せをし、耳打ちをした。
 侍従は頷き、ジェレミーに向き直る。その眼差しは何故かジェレミーの背後に向けられていた。

 「ジェレミー殿下の護衛騎士殿に陛下がお訊ねしたい事がおありだそうです。ジェレミーには近衛の一人を付ける故、ここに残るようにと仰せです」

 「はっ、しかし……」

 ジェレミーの護衛騎士は近衛ではなく、ドルトン侯爵が選んだ者だった。
 逡巡する騎士。そこへ、国王の目配せで前に進み出て来た近衛騎士が胸を軽く叩いた。

 「ご安心召されよ。殿下の御身は命に代えてもしっかりお守りする故」

 尚も逡巡するジェレミーの護衛騎士。王の傍に残った近衛――近衛騎士隊長だ――が口を挟んだ。

 「副隊長ならば実力的にも遜色あるまい。それとも何か不安でもあるのか?」

 「い、いえ……」

 「では護衛騎士殿、こちらへ」

 有無を言わさぬ様子で侍従が促す。国王の言葉に逆らえる者は居ない。
 ジェレミーのお目付け役はあっさりと外される事となったのだった。

***

 南庭園の東屋で待つこと四半時程。
 カンテラの灯りが揺れながら近づいて来た。

 「やあ、先程ぶりですね」

 「あ、兄上……」

 その姿を認めたジェレミーは腰を浮かしかける。兄王子アルバートがこの誘いに乗ってくれるかどうかは賭けだった。

 「陛下が『鬼灯ほおずき』は引き受けた、と仰って下さいましたし、ゆっくり話が出来ますよ」

 言いながら、兄王子はジェレミーの対面に腰掛ける。その傍に側近の貴族と近衛騎士が立った。

 「陛下が……」

 呟いて、ジェレミーは記憶を辿った。鬼灯は『誤魔化し』だ。
 何を考えているか分からないと思っていたが、少しは自分の事を気にかけてくれていたのだろうか。

 「王は如何なる時にも表情を崩さないものですからね」

 でも良く観察していると何となく分かりますよ、と兄王子は微笑む。

 「それで、話とは?」

 「あ、あの、兄上は王族の教育を受けられる際、どんな風に乗り越えられたのかな、と思いまして……」

 無言で促す眼差しを向けられ、ジェレミーは自分の代わりに鞭を打たれる学友達の事から始まり、思いを吐露して行った。
 母がこの光景を見れば怒り狂うだろうと思っていても、止まらなかった。

 「そんな事が……貴方も辛かったのですね、ジェレミー」

 兄王子は思いの他親切であり、名前を呼んで同情の眼差しといたわりをくれた。
 「参考になるかどうかは分かりませんが、」と兄もまた、自身の境遇を話し始める。

「私は学友を付けられる程恵まれてはおりませんでしたが、命を何度も狙われましてね……」

 母だ、とジェレミーは直感的に思った。
 きっと裏で色々手を回したのだろう。
 兄王子アルバートは、生き抜く為に学び、強さと狡猾さを求めざるを得なかったと言った。

 「命がかかっていたら、誰でも優秀になりますよ」

 と笑う兄王子。
 そこから暫く話をした後、会う約束をする。そこからジェレミーは兄王子アルバートとの交流を持ち始めた。

 兄王子は親切だった。ジェレミーの悩みを色々と聞いてくれる。そればかりではなく、国王に掛け合い家庭教師を変えるよう動いてくれ、結果的に鞭打ちの罰も形ばかりのものとなった。
 勿論、ジェレミーが本当に悪い事をすれば別だが。

 自然、ジェレミーは兄王子を慕うようになった。
 お忍びで城下に降りる事も。様々な人の話を聞いて行く内、ジェレミーの視野は広がっていく。
 母サブリナを始めとする周囲をある程度客観視出来るようになり。
 少しずつ、表情も取り戻し始めた。
 そんなある日――

 「アルバート殿下とこっそりお会いしているようですが、まさか懐柔された訳ではありませんよね?」

 冷酷な目をした伯父ドルトン侯爵に詰め寄られる。

 「そんな、懐柔だなんて……兄上は良い方なのに、何故そんな風に言うのですか?」

 抵抗するジェレミーに、伯父は「はっきり申し上げましょう、アルバート殿下が王になれば、我ら――ひいては殿下は邪魔者になるでしょう」と言い切った。
 王権を確固たるものにする為には反対勢力を取り込むか、滅ぼすしかない。

 「王は国の安寧の為に非情になるもの。自らの権力を脅かす者は、たとえ相手が最愛の者であったとしても切り捨てる、そういうものです」

 もし、アルバート王子が王になったら。

 「殿下は勿論、母君サブリナ王妃殿下、その親戚である私も例外ではありませぬ。ジェレミー殿下は肉親を滅ぼすおつもりか?」

 だというのに、まんまとアルバート殿下に手懐けられて情けない、と顔を歪めて忌々しそうに吐き捨てるドルトン侯爵。
 優しかった伯父の豹変にショックを受けながらも、ジェレミーは本能的に危機感を抱いて必死に頭を働かせた。

 「も、勿論分かっていますとも。先程、私が懐柔されたと言いましたよね。それが、逆であればどうです?」

 国の為にも、王子達の争いを激化させてはならない。
 相手を油断させる為に自分こそが相手を欺き、懐に入り込んでいるのだと言い返す。
 ドルトン侯爵は一瞬面食らった後、「それは本当に?」とこちらを見つめる。

 「殿下の事、信じても宜しいのですか?」

 「ええ。ですからある程度兄と交流するのを許して欲しいのですよ」

 ジェレミーは言って、人形のような綺麗な笑みを作った。
 それからは、言動に注意し周囲を欺きながらジェレミーは兄王子アルバートと交流を続けた。
 その内、如何にこの王位継承を穏便に落ち着かせるか、という事に頭を悩ませるようになったのである。
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