貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(91)

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 馬車の中から見た王都近郊は、葡萄の収穫が始まっていて秋の訪れを彷彿とさせた。
 トゥラントゥール宮殿の馬車停まりで下車すると、メテオーラ・ピロス公爵令嬢が侍従と共に出迎えてくれていた。
 侍従の案内で貴賓室に向かう。そこでメテオーラ嬢とは一旦お別れ。
 運ばれてきたお茶とお菓子で時間を潰していると、オディロン陛下とサリューン枢機卿猊下がやってきた。
 本来は聖女であるマリーの方が立場が上だからだろう。

 挨拶を交わしていると、今度はエスパーニャ王国の第一王子レアンドロと神聖アレマニアの皇女エリーザベトの来訪を告げられる。
 入って来た二人に、オディロン陛下が気を利かせてマリーのことを紹介した。
 マリーが名乗ると二人もそれぞれ名乗りを上げる。続いてサイモン様、そして僕も名乗ったのだけれど――

 「ああ、宜しく頼む……」

 口では答えながらも、マリーを見つめたままどこか上の空になっている様子のレアンドロ王子。エリーザベト皇女が訝し気に首を傾げている。

 何だか嫌な予感がする……。

 不本意だけど、こういう時の勘程良く当たるんだよなぁ。


***


 メテオーラ嬢がアルバート殿下を連れて来たところで、マリーは種痘の説明を行った。僕も接種痕を見せて協力する。

 結果、オディロン陛下とサリューン枢機卿猊下は種痘を受けてくれるそうだけれど、やはりというかレアンドロ王子とエリーザベト皇女は迷っているようだった。

 ――僕も最初は戸惑ったけれど、何てことはなかったから受ければ良いのに。

 無理強いはしないけれど、受けずに疱瘡に罹った場合はどうしようもない――そう言ってマリーは相手に選択を委ねた。

 話が終わった僕達は、メテオーラ嬢に引き留められ、宮殿の庭でお茶をすることになった。
 陛下や枢機卿猊下、サイモン様達は別に話があるそうで貴賓室に残ることに。
 アルバート殿下、レアンドロ王子、エリーザベト皇女も途中まで同行。
 道すがら、カレル様の崇拝者の令嬢達にエリーザベト皇女が含みのある言葉を言われていたのが気になった。
 こういうことが日常茶飯事ならカレル様はさぞかし気を揉んできたことだろう。
 下手をすると神聖アレマニア帝国を敵に回すことにもなりかねない。

 そんな心配をしながら到着した庭園の東屋。

 「今の季節、花はこの庭園が一番だって聞いたの」

 メテオーラ嬢の言葉に見渡してみると、色とりどりの花が咲き誇っている。
 と、何かが軋むような音が耳を打った。見ると、マリーが口元だけに笑みを浮かべながら手が真っ白になるまで両手で扇を握りしめている。
 メテオーラ嬢がどうしたの、と問うと、不快なことを思い出したと言うマリー。彼女の視線の先、ああ……タチアオイか。
 今はコスタポリに囚われの身になっているとはいえ、あの手紙は不快だったなぁ。
 そんなことを考えながらマリー達の会話に耳を傾けていると、あのブローチはエリーザベト皇女の手に渡ったらしい。しかも純粋に兄皇子からの贈り物だと喜んでいたから、ブローチのことを訊ねたメテオーラ嬢は居た堪れなかったそうだ。

 マリーは顔を引き攣らせている。
 あのアーダム皇子は女性へ対する細やかな配慮等は出来ない性分なんだろう、きっと。結婚する女性は相当苦労するだろうな。
 皇帝選挙で皇帝になっても、細やかな配慮が出来る者が配下に居なければ統治は難しいと思う。
 それならばいっそ、エリーザベト皇女が有能な皇配を迎えて女皇帝になる方が良いのかも知れない。

 話はレアンドロ王子とエリーザベト皇女、そしてカレル様の関係性へと移り変わる。
 聞く限りでは、レアンドロ王子は嫉妬深く、カレル様に対して相当卑屈になっているようだ。
 一方のエリーザベト皇女は聖女の兄としてカレル様と接していたのに、レアンドロ王子にあらぬ誤解をされて困惑を見せている、といったところかな。

 エスパーニャ人は情熱的な気質だと聞いているけれど、レアンドロ王子もご多分にもれず。
 昨日のカレル様達の疲れた様子を思い出す。
 僕なら既婚者だから嫉妬の対象外、カレル様が困った時は出来るだけ手助けをしよう。

 それからは三夫人の近況や、メテオーラ嬢とアルバート殿下との話、ソルツァグマ修道院のラベンダー畑に行った話等で盛り上がった。女性達が集まると喋ること喋ること。

 ラベンダー畑のことなら仕事に関わることだから話に混ざったけれど、僕は基本女性達が話しているのにあまり口を挟まない主義だ。
 売り込みの言葉ならすらすらと口を突いて出るけれど、目的のない話は実は苦手だったりする。
 それに、下手に口を突っ込まない方が吉だ。触らぬ神に祟りなし。

 話題は移り変わっていく。
 ラベンダー畑からカレドニア王国のヒースの群生地へと飛んだ。ヒース……確かエリカブリエーのことだ。
 マリーが何らかの聖女の能力を行使しているのか、しばし目を閉じる。

 「辺り一面を埋め尽くす花畑、素敵ですわね」

 それだけでは無く、生活にも溶け込んでいるのでしょう? とマリーは続けた。

 「何といっても、朽ちたヒースが堆積して出来た泥炭は、カレドニア王国のお酒作りに欠かせませんものね。熟成の末に生み出された美しい琥珀色のスモーキーな香り、深みのある味わいのお酒……」

 うっとりとした様子で体を揺らすマリー。

 ――琥珀色の酒?

 カレドニア王国の酒でそんなの聞いたことがないけれど。
 そう思った瞬間、案の定。

 「……お酒は琥珀色ではなく透明ですわ。何か別のお酒と勘違いなされているのでは」

 と女王リュサイ。
 マリーはえっと声を上げ、驚きの表情を浮かべている。
 カレドニアの騎士ドナルドがすぐさま発言の許可を取り、「聖女様の仰る蒸留酒につきまして詳しくお教えいただけませんか」と真剣な顔で訊ねてきた。

 あーあ、これは。

 恐らく彼女はよく確認もせず、前世にあった酒の話をしてしまったのだろう。それもエリカブリエー咲き乱れるカレドニアでしか作れないような希少な酒。

 僕が名を呼び、口元をトントンと叩いて見せると、マリーの口が山のような形に曲がった。
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