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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

小人窮すれば斯に濫す。

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小人窮しょうじんきゅうすればここらんす:徳のない品性の卑しい人は、困窮すると自暴自棄になり悪事を行う。
※今回神視点フレールです。
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 フレール・リプトンは一人自分に与えられた船室のベッドに横たわり、シーツに丸まってガタガタと震えていた。

 どうしましょう、私……間違えてアーダム皇子殿下を呪ってしまった。

 自分は、大それたことをしでかしてしまったのだ。

 マリアージュの部屋で騒いだのがある程度外に漏れていたらしい。
 マリアージュとの確執を理由に、フレールと侍女マドレーヌは世話役から外すと伝えられた。
 マドレーヌは人手が足りないと、船員に呼ばれて手伝いに出て行っている。

 アーダム皇子達の様子から、フレールのかけた呪いのことについてマリアージュは暴露しなかったようだったが……もし、そうされたら自分はどうなってしまうだろう。少なくとも、アーダム皇子に忠誠篤き部下達も黙ってはいまい。
 約束された、神聖アレマニア帝国での地位も素敵な夫も撤回。魔女として断罪され、良くて船を降ろされ、悪くて海に捨てられる。
 マリアージュがこのまま黙っていてくれており、次の港で船を自発的に降りて逃げるにしても……異国の地で女二人、トラス王国へ帰る術があるとは到底思えない。

 問題はそれだけじゃない。マリアージュに重なって見えた、あの恐ろしい顔の鬼といったら!
 彼女は本物の聖女なんだわ。侍女のマドレーヌによれば、マリアージュはあの変な呪文を唱えた時、呪い返しをしたのだと言っていたと。

 ――呪い返し。

 手に入れた書物には、人を呪う時は呪い返しに注意しなければならない、とあった。
 『人を呪うということは、それ相応の覚悟をしなければならない。呪い返しを受けた場合、自分のかけた呪いが二倍になって返って来る』。

 フレールは自分がかけた呪いを思い返す。
 不幸になって苦しめ。死にたい程の耐えがたい苦痛を!

 「なら、私が倍に呪われることに……嫌よ、そんなの!」

 「今からでも遅くありません、聖女様に謝罪をなされば」と侍女は窘めてくるが、何故自分を不幸に陥れた元凶に頭を下げねばならないのか。
 怯えながら必死で考える。死にたい程の耐えがたい苦痛が二倍ともなれば、自分は死んでしまうかも知れない。
 死にたくない。どうすれば。

 フレールは、荷物から本を取り出して必死で捲った。
 そして、呪いをかける時の注意事項の中に、『呪いは術者が死ねば効力を失う』、との一文を見つける。

 ――これだわ!

 フレールは希望を見出した。
 呪い返しが来る前にマリアージュをどうにかして殺せばその効果は消えるはず。
 だけど、どうやって?

 いつまでも考えていても埒が明かない。
 いつ何時、マリアージュが暴露するのか分からないからだ。
 行動するなら早ければ早い程いい。
 フレールは護身用のナイフを携える。一先ず侍女マドレーヌを探そうと、勇気を出して船室を出たのだった。

 甲板に出ようとしたその時。

 「『全く、殿下はあのような魔女をお連れになるとは何をお考えなのだ!』」

 そんな声が聞こえて来て、フレールはどきりとして物陰に隠れた。
 アレマニアの言葉で、確かに『魔女』と言った。

 ――まさか、私のこと?

 マリアージュが話したのだろうか。
 恐怖に体に走る震えを抑えながらフレールはそっと窺う。
 そこに居たのはダンカンとデブランツ大司教だった。
 デブランツ大司教はふくよかな体を揺らしながら頷いている。

 「『全くです。あの小娘は聖女とは到底思えない。それを言うなら娼婦の方が余程聖女らしいというもの。あの娘は魔女に違いない。皇妃にした日には神聖アレマニア帝国に災いをなすでしょうな!』」

 「『さりとて、アーダム殿下は私の言葉を聞き入れて下さらぬ。きっと魔女の術であの小娘に誑かされたに違いない。一体どうすればいいのだ……』」

 彼らはどうやらマリアージュの事を言っているようだ。フレールは内心安堵する。マリアージュは愚かにも、フレールがやったことを誰にも話さなかったらしい。
 同時に、これを利用しない手はないと確信した。先手必勝である。

 「『あの、少し宜しくて?』」

 フレールは物陰から出て、彼らに話しかけた。

 「『その事でお話がありますの。私の侍女マドレーヌが、マリアージュ様の部屋からこのような恐ろしいものを見つけてしまって……』」

 言って、フレールは呪いの人形をダンカン達に差し出した。

 「『これは……』」

 「『呪いの人形……邪法の類ですな』」

 デブランツ大司教が清めの聖句を唱えて人形を受け取り、その中を探る。出て来たのは、一本の髪の毛。
 それを指でつまんで太陽に翳すデブランツ大司教。ダンカンが「『まさか』」と顔色を変えた。

 「『長さといい、まさか殿下の……? あの小娘、殿下を呪ったというのか!』」

 「『ひっ、それが本当なら、これは大変なことですわ!』」

 フレールは怯えた振りをする。

 「『やはり聖女などでは無く、魔女であった……そういうことですな』」

 デブランツ大司教が重々しく告げた。
 ダンカンは拳を握りしめる。

 「『ダンカン様、私……呪いというものは呪った者が解除するか死ぬかしないと解けないものだと聞いておりますわ。私、同じ国の貴族として、マリアージュ様に解除するよう説得しようと思っております』」

 「『いや……そのようなことをなさればフレール嬢の身に危険があるかも知れぬ。この件は私達に任せて貰おう』」

 「『ダンカン殿、殿下にご報告は?』」

 「『いや……したところで今の殿下にまともな判断がお出来になるとは思えない。たとえ殿下のご意志に背き恨まれようとも、このダンカン、殿下のおために……』」

 このことは他言無用に、と言ってダンカンはフレールを帰した。

 ――やった、上手く行ったわ!

 自分の罪を上手くマリアージュに被せることが出来たのだ。
 これで自分の手を汚さず身の安全は保障された。後は彼らが上手くやってくれるだろう。
 高揚した気分で自分の船室に戻ったフレールを、戻って来た侍女が怪訝そうな表情で見詰める。

 「フレール様、もうお加減は宜しいのでしょうか。どちらに行かれていたのですか?」

 「ちょっと風に当たってきただけよ、マドレーヌ。それよりもお腹が空いたわ」

 フレールは微笑むと、侍女が持って帰って来た食事に手を伸ばしたのだった。
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