貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(62)

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 あれから一週間と少し。
 僕達が乗った旅の馬車は、ダージリン伯爵領の領都クードルセルヴ近郊まで来ていた。
 あまり頻度は多くないけれど、街道を海まで出て海沿いにナヴィガポールに行くこともある。僕はクードルセルヴの事もそれなりに知っていた。勿論キーマン商会の支店もある。

 「マリー、あれはハシバミの森だよ。ここの特産のハシバミの実ノワゼットは結構有名で、それを使った瓦焼きチュイールが王都にもが売ってるんだ」

 「それ、食べたことあるわ! 美味しいのよね、ここのだったの?」

 「うふふ、お茶会でもとても人気なのよ」

 ティヴィーナ様が宵闇の女神のように微笑むと、マリーは「ハシバミの実ノワゼット好きだから嬉しいわ」と喜んでいた。
 しかしその後の食事中では、彼女は何故かハシバミの森ではなくその向こうの山々の方をニマニマしながら見つめている。

 「マリー、あちらに何かあるの?」

 僕の疑問を耳にした猛牛のウルリアンが「そう言えば、あの山の向こうは丁度牛ノ庄ですね」と遠くを見る仕草をした。
 マリーはそれに同意し、あそこにある温泉を掘るのが楽しみなのだと言う。
 成程、もう一つの温泉だったのかと僕は納得する。
 彼女は本当に温泉が好きなんだなぁ。
 鉄鉱山と炭鉱がある場所も近いそうなので、人材登用のことが片付いたら、是非とも視察に向かおう。

 それにしても、と僕は領都クードルセルヴを見つめる。
 城を明け渡されてからが勝負だ。領主としての初仕事に取り掛からなければならない。

 ――人材採用試験を利用して、横領犯をひっ捕らえる。

 それが僕達の立てた計画だった。

 ダージリン伯爵領に来てくれる隠密騎士達が決まった後のことを思い出す。




 「試験は大まかに文官・武官・使用人と三段階に分けたら良いと思うわ」

 マリーが前世の世界の事を思い出しながら、採用試験について提案してくれた。

 「その人の倫理観を推測する試験、その人の適性を見出す試験、集団・個別面接が共通項かしら」

 「へぇ、そんな試験があるんだね」

 「心理学が発達していたからよ。私もそういうの、前世で就職の時に受けさせられたわ」

 「ふむ……興味深いな」

 サイモン様が興味深そうにマリーを見た。
 勿論雇う人は私の精神感応で裏表がない事が第一条件だけどね、とマリーはちろりと舌を出す。

 「共通項の他は、それぞれの職業で必要とされている知識を問う試験ね。その中で優秀な人程良い待遇になるわ」

 さらさらと試験内容について箇条書きをしていくマリー。

 「こんなものでしょう。で、件の不正をしている領政官。絶対口出しをして来るわよね」

 「うん。採用試験を行うことで、自分の地位が脅かされるんだから間違いないよ。『総入れ替えをすれば領地経営が混乱する』とかそういう理由をつけてくるだろうと考えてる」

 「でしょうね。こういうのはどう?」



 そうして練られた計画。優秀な隠密騎士や傭兵達の助けがあっても人命がかかっている。失敗は出来ない。
 気を引き締めてかからねば。緊張しつつも領都クードルセルヴに入り、領主の住まう城へと向かう。ダージリン伯爵に任命された証明書を見せ、来意を告げ取次ぎを頼むと、応接室へ通される。

 これから統治権を明け渡されるのだと緊張すること四半刻程。
 やってきた収城使であるギャヴィン・ウエッジウッド子爵が顔色悪く口にした言葉はとんでもないものだった。

 神聖アレマニア帝国のアーダム第一皇子がこの領都に向かってきている、と。

 「何ですって?」

 マリーが強張った声を上げる。僕も内心運命の神に毒づいた。
 領主として赴任して来たばかり、しかも大事な計画の前に、何でよりにもよってこんな厄介事が起きるんだよ!

 「どういうことなのでしょう?」

 アルバート第一王子殿下はこのことを許したということだろうか。
 その考えが顔に出てしまっていたのか、ギャヴィンはアーダム皇子が海に出てガリア王国や東方小国群方面を回ってアレマニア帝国に帰国をするという口実で王都を離れたと申し訳なさそうに言った。

 サイモン様がアーダム皇子がマリーに会えないことに業を煮やしたのだろうと言う。僕も同じ意見だ。
 人材募集の話は王都にも流れている。こちらへ向かう途中で日程の事も耳にしたに違いない。広く人材募集をしたのが裏目に出てしまった。
 不幸中の幸いというか、アーダム皇子を見送るという名目でアルバート殿下も一緒だそうだ。
 視察として逃げる? いや、今更人材募集の日程は変えられない。
 僕はどうする、とマリーに意見を求める。隠密騎士達は城を出るのは危険が多いと進言。
 マリーは思案気に瞬きをし、会うのは避けられないという結論を出した。

 「避けられないにしろ、牽制は出来るんじゃないかしら」

 賢者イドゥリースは既に誕生した。その噂も広まっている。
 マリーの目配せに、イドゥリースは私もアヤスラニ帝国の皇子の一人、腹芸をこなしてみせると請け負った。
 マリーは礼を言って心強いと満足そうに頷いて、パシンと手を打ち鳴らした。

 「それでは、大体の方向性を決める話し合いをしましょう。相手の出方を想定した筋書き――私は、そうね。せいぜい扱いづらそうな聖女を演じて出迎えてやることにするわ。先ずは――」

 「な、何ですか聖女様?」

 マリーは獲物の鼠を目の前にした猫のようにじっと修道士メイソンを見つめ、うっそりと笑った。
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