貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

ジャパニーズビジネスマンの必殺技。

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 私は必死で脳みそをフル回転させた。

 誰か。誰か他に皇帝候補は――そうだ!
 アーダム皇子がアルバート第一王子と会わせようと妹を呼び寄せていた筈!

 「そうですわ! アーダム皇子の妹、皇女が居たはず! 彼女はどうなのかしら? 彼女が夫を迎えてその人を皇帝にするか、女皇帝という道もあるのでは?」

 一縷の望みに縋って皇女の事を持ち出したのだが、彼らは再び首を横に振る。

 「残念ですが、女皇帝は前代未聞です。皇子殿下達を差し置いて受け入れられる筈もないでしょう。それにあの方はアーダム殿下と同腹、不寛容派で我らとは相容れぬ対立関係にあります。不寛容派の皇帝が選ばれるのは、聖女様や教皇猊下としても本意ではありますまい」

 「そうは言っても、本人に訊いてみなければ分からないのではないかしら?」

 不寛容派であっても、兄が嫌いとかそういうのがあれば勝機はあるのではないか。
 しかし私のそんな考えは予想されていたらしい。

 「いえ、たとえ皇女殿下が皇子殿下を嫌っているとしてもそれはございません。どこかの国の王族を婿に迎えて皇女が皇妃となられるよりも、聖女様が皇妃になられる価値には遠く及びませぬ」

 けんもほろろにあっさりと却下されてしまった。

 私が皇妃になったとしても国がまとまる保証はないのに。

 ――あんたら人の事買いかぶり過ぎやぁ!

 私が内心叫びながら再び口を開こうとしたその時、

 「待ってください! グレイが神聖アレマニア皇帝になるなんて賢者イドゥリースは認めないと言っています!」

 スレイマンが割り込んで助け舟を出してくれた。隣に座っているイドゥリースもこくこく頷いている。

 「何故ですか? 猊下のキーマン商会はアヤスラニ帝国とも友好的だと聞き及んでおります。グレイ猊下が我が国の皇帝となられれば、国と国との友誼が叶うかも知れないというのに」

 「……!」

 ヴィルバッハ辺境伯の言葉に、アヤスラニ帝国人二人はは虚を突かれたような表情になった。

 「お忘れでしょうか? アーダム皇子殿下を始め、不寛容派は異教徒に不寛容であり、一度彼らが国を牛耳れば、異教の国であるアヤスラニ帝国との戦が起こるやも知れぬという事を。事実、東征して小国群を併呑、異教徒を征伐すべしとの意見は主に東側諸侯――不寛容派から出ております」

 更に畳みかけるように言うズィクセン公爵。
 ぐっと黙ったスレイマン達。
 父サイモンが膝の上に組んだ指を忙しなく動かしながら口を開いた。

 「待たれよ……グレイやマリーが皇帝と皇妃になったとて、不寛容派の勢力が強ければ逆に旗印にされて戦争をしようとするのでは?」

 「恐れ多くも聖女様を利用する、というのはあり得るかも知れませんな。そこは不穏分子を排除して我ら寛容派貴族が総力を挙げてお守りする所存です」

 得意気に拳を当てた胸を張るヴィルバッハ辺境伯に、父の硬質な琥珀の視線が投げられる。

 「しかし貴殿らの言われているのはあくまでも候補と言う事。もし実際の皇帝選挙において選ばれなかったら――貴殿ら寛容派貴族は如何されるおつもりか?」

 「もし聖女様が我が国の皇妃に選ばれないという事があらば、我が国は神聖アレマニア帝国としての存在意義を無くし、ただのアレマニア帝国と成り下がるでしょう。それまでの話です」

 そうなった場合、国は最悪分裂するでしょう。

 凄みを帯びた表情でズィクセン公爵が重々しく述べる。

 『その時は寛容派貴族は纏まり、独立も辞さない』

 精神感応を使ってみると、そんな心の声が聞こえてきた。
 ヴィルバッハ辺境伯がこちらを真っ直ぐに見つめてくる。

 「我が国の民は政の腐敗が正される事を望んでおります。聖女様の神の御力で悪に正義の鉄槌が下されれば、民は大いに喜ぶ事でしょう」

 『私は心を読まれても構わぬ! 聖女様の神の力があれば寛容派貴族に紛れる内通者も容易く炙り出せるだろう。それに、聖女様が皇妃となられれば、我が国に巣食う悪が全て裁かれる。聖女様、太陽神の裁きと慈悲を! 是非アレマニアの民に賜らん事を!』

 「……!」

 な、なんて事だ!

 この時、私は釘を刺すつもりで聖女の能力である精神感応を使った事が裏目に出てしまったのだと悟った。
 ヴィルバッハ辺境伯は私に心を読まれる事を織り込み済みでぶつかって来ている。開き直ったのかも知れない。
 これは厄介な相手だ、と思っていると。

 「それ程のお覚悟ならばこのレーツェルもグレイ猊下、そして聖女様に全面的にお味方し、父に手紙を書いて説得致しましょう!」

 それまで黙って成り行きを見ていた金太ディックゴルトが参戦して来た。

 『ズィクセン公爵は本気だろう。不寛容派が勝ったら国が分裂する。そうなれば戦は免れず、うちにも火の粉が及ぶ。分裂……戦を避ける為には寛容派に勝たせないと危ない!』

 冗談抜きでかなり危機感を覚えている模様。
 金太の言葉にヴィルバッハ辺境伯が顔面に喜色を浮かべた。

 「おお、ディックゴルト殿! それは心強い!」
 「レーツェルです!」

 どんどん私達を置いてけぼりに話が進んでいる。
 盛り上がっているのはヴェスカルとエトムント枢機卿を除くアレマニア人だけ。

 グレイかヴェスカルが皇帝候補になるか、神聖アレマニア帝国の内戦か。

 前門の虎、後門の狼――どちらに転んでも困った事になる。
 この状況を何とかするには。
 時間……何とか時間稼ぎをしなければ。
 私はグレイに精神感応で話を合わせて欲しいと伝え、目配せをした。

 「……貴方達の国を想うお気持ち、痛い程分かりましたわ。ただ、私もグレイもダージリン伯爵領すらまだ治めていない――つまり、統治の実績がありませんの。せめて、ダージリン伯爵領を上手く統治して実績を積ませて頂けないかしら?」

 「そ、そうですよ! それを見極められてから、私を皇帝候補にするかどうか決められても遅くないのでは? 選挙まで、まだ時間はあるのですよね」

 多少譲歩の姿勢を見せた私達に、ズィクセン公爵とヴィルバッハ辺境伯は顔を見合わせた。

 「統治能力に不安がおありなら、実際の政は我ら寛容派貴族達が担いましょう。それに、支持を取り付ける為の根回しは早ければ早い程良いのですが――」

 「ズィクセン公爵、その根回し自体をするなと否定しているのではありませんわ。ただ、夫は真面目な人ですから、アレマニア帝国の民とも真摯に向き合う為に実績を欲しておりますの」

 「妻の言う通りです。それに、私はいい加減な気持ちで皇帝候補になりたくはありません。ですから時間をくれませんか? 気持ちを固めて覚悟をする為にも」

 「そう言う事でしたら……」

 私達に言葉に、彼らはあっさりと引き下がる。グレイが静かに溜息を吐いた。
 ひとまず時間稼ぎをして保留する事に成功したぞ。
 分かったとは言ったが了承はしていない。相手を否定してはいないが肯定してもいない。
 ジャパニーズビジネスマンの必殺技、『持ち帰り検討します』『最大限に善処します』のコンボだ!
 その間に何とかして彼らを納得させるような別の皇帝候補を見繕わなければ!
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