貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

雪山の民の訪問。

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 しかしグレイの微笑みにふっと陰りが生まれる。

 「だけど、ただ一つ懸念があるんだ」

 「懸念?」

 鸚鵡返おうむがえしに訊き返すと、グレイは頷く。

 「不寛容派と寛容派の対立。神聖アレマニア帝国ではほぼ拮抗し、決着がなかなかつかない。数年後の皇帝選挙まで、様々な形で争いが繰り広げられるだろう。
 しかし寛容派の教皇の下に突如聖女マリアージュが現れた。しかも、地揺れを予言して当てた本物だ――さて、不寛容派はどう出るだろうね?」

 「あ……そうか、そうよね」

 大地震の事も終わったし、私の出番も終わりだと、結婚生活に入って自分が聖女だって事忘れかけてた。
 聖女が現れた事で、平衡していた勢力が寛容派に傾きかけているって事か。皇帝位がかかっているのだ、不寛容派も黙ってはいないだろう。

 「聖女は神聖アレマニア帝国での権力争いに巻き込まれる事になる。遅かれ早かれ、あちらから何らかの接触をしてきそうだと僕は思うよ」

 うん、その流れだと高確率でそうなるだろう。私もそう思うわ。
 私はグレイの言葉にどんよりとした。
 折角気分上昇していたのに一気にどん底に叩き落されたような気分である。

 「ああ、嫌だあああああ――! 折角グレイとまったり新婚生活を楽しんでいるのにぃ!」

 私の折角の新婚ラブラブニート生活、大ピンチ!
 頭を掻きむしって懊悩おうのうする私に、「僕だって嫌だよ」と冷静に返すグレイ。

 「ああ、でも直接キャンディ伯爵家やダージリン伯爵家うちに来る事は無いんじゃないかな。多分王族経由で接触してくると思う」

 「ねぇグレイ、どうしたら良いと思う? 透視して不寛容派の重要人物片っ端から遠隔で燃やして回るべき?」

 発火能力パイロキネシスはコントロール出来てないけど、頑張ればやれそうな気がする。
 物騒な事を口にした私にグレイは慌てた様に宥めてきた。

 「こらこら、そんな事をしたら駄目だよマリー。それは最終手段だよ、どっちかと言うと」

 「じゃあ何かグレイには考えがあるの?」

 「そうだね……実はサイモン様とも今後の事を相談していたんだ。
 神聖アレマニア帝国だけじゃなく、他の国も聖女を取り込もうと画策するだろうからね。予言の力が欲しい国は多いだろうし、聖女マリアージュを解放して自由にしろ、と言いがかりを付けて戦争を仕掛けて来るかも」

 「えっ、そこまでなの!?」

 「そこまでだよ。そこで考えたんだけど、イドゥリースに『賢者』の称号を認めたらどうかな。
 そして賢者も予言に関わったと喧伝する――賢者の存在があれば、多少聖女への注目も減るだろうと目論んでの事だけれど」

 成る程、それは妙案かも知れない。グレイの提案に私は感心して頷いた。

 「まあ、確かに嘘じゃないわね。占星術で時期とか絞ってくれたんだし」

 「イドゥリースにしても、賢者になれば教会という後ろ盾が出来る。身分が保証されるし、彼の母国であるアヤスラニ帝国も外聞を慮って命を狙うようなことはしなくなると思う」

 賢者も聖女と同じくあちらの宗教にも共通する存在だからね、とグレイは続ける。

 「アヤスラニ帝国は神聖アレマニア帝国と東方小国群の覇権争いで敵対関係にある。
 賢者を取り込もうとしても、蓋を開ければ敵国の皇子であれば、不寛容派は躊躇するだろうね」

 「グレイは寛容派に味方するのね?」

 「うん、そのつもりだよ。マリーを守るためにね」

 「嬉しいわ、グレイ大好き……!」

 私がグレイに抱き着いてほっぺたにキスを落とした時だった。

 「――何奴!」

 ヨハンが素早く動いて何かを茂みに投げた。シュテファンは何時の間に取り出したのか両手にナイフを持ち私達を守るように動いている。
 サリーナも傍に立ち、私は突然の事に戦慄を覚え固まってしまう。グレイが私を強く抱きしめた。

 「チッ、他の者は何をしているのだ――姿を見せろ!」

 シュテファンが怒鳴ると、茂みがガサガサと揺れる。

 「ふふふ、聖騎士になるだけあって腕を上げたな二人共。我輩に敵意は無い。だから武器を仕舞ってくれぬか」

 現れたのは一人の男。

 「お久しぶりでございます、姫様。我輩を覚えておいででしょうか。先日ご結婚なすったそうで、おめでとうございます」

 帽子を脱いで深々と頭を垂れるそのもっさりとした姿にどこか既視感を覚え――私は思い出した。
 会ったのは確か四年前ぐらいだったか。
 私はグレイの手を軽く叩き、「大丈夫、知り合いだから」と解放してもらう。

 「まあ、アルトガル。お久しぶりね!」

 「覚えて下さっていたのですか、これは姫様、いや、今や聖女様でしたな。夫となられたダージリン伯爵様にも初めてお目にかかり、このアルトガル、嬉しく光栄に存じます」

 アルトガルは喜色を浮かべて胸に手を当て、跪いて騎士のような礼を取った。グレイが私の背中をツンツンとつついて来る。

 「マリー、彼は?」

 「ガリア王国と神聖アレマニア帝国の間に万年雪を頂く山脈があるでしょ? 四年前にうちに滞在してた事があったの。そこの人なんですって」

 彼は四年前――私が十歳の頃だ、山菜取りをしていたヨハンを熊から助けたという事で我が家に客人として滞在していた人物である。うちの食事を余程気に入ったのか、よく食べるおっさんだと思ったのを覚えている。

 「ふうん。成程ね……」

 グレイは思案気にアルトガルを観察する。アルトガルもまた、面白そうにグレイを見詰め返して挨拶をしていた。
 そこへヨハンが溜息を吐く。

 「はぁ……今回は何しに来たのだ?」

 「いや何。サイモン様に是非ともお知らせせねばならぬ事が出来た故に参上したまで。聖女様とその夫君へのご挨拶と、ついでに『ハンバーガー』を御馳走になろうと思ってな」

 「うふふ、わざわざ来てくれてありがとう、ゆっくりしていって頂戴ね! そうそう、新しい調味料が出来てもっと美味しくなったのよ?」

 「おお、それは楽しみですな。ありがとう存じます、聖女様」

 「はっ、手土産のない客人は歓迎されぬぞ」

 「手土産ならば持って来ておる。雪山産チーズに薄雪草の処方薬。雪山の民の秘伝ぞ」

 シュテファンの憎まれ口を気にした様子も無く、アルトガルは茂みの中から大きな背嚢リュックを引き出し、そこから一抱えの丸いホールチーズと何かの包みを取り出した。

 「あっ、これ絶対美味しいやつ!」

 ラクレットチーズっぽい! チーズフォンデュにしても美味しそう!

 ワクワクしながら見ていると、「実際に美味しいですぞ。お気に召したようで何より」とニコニコ顔のアルトガル。

 薄雪草の処方薬の事を訊くと、「ほれ、姫様が以前仰っていた雪のような白い花ですよ」と言われ。記憶を辿ってエーデルワイスの事だと思い至った。
 雪山での民間療法で、腹痛や赤痢、肺の病の時に煎じて飲むらしい。消化器・呼吸器に効くという事か。

 私が礼を言うと、馬の脚共が代わりにそれらを受け取り、「仕方が無い」「サイモン様に取り次いでやろう」と申し出た。
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