貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(92)

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 紅茶が淹れ直され、改めて落ち着いた場が設けられた。

 マリーが気遣わし気に、命を狙われているのだろうと問うと、スレイマンは頷いてわざわざ聖地に近いコリピサを選んで逃げ込んだと言った。
 流石と言うか、カレル様がイドゥリース殿下の身分を推察し、追われている理由を訊いている。しかしスレイマンは黙り込んでしまった。

 どの道彼らが亡命するとなると、商会もそうだけれど、僕一人の手には負えない。身分が身分だ。
 僕はスレイマンの名を呼び掛けた。

 「亡命したいというのなら、全てを話してくれないか」

 先程皆彼らを庇った。その事で敵じゃない事は分かってくれている筈だ。

 「『わが友イドゥリースよ。私は彼らに全てを話して運命を託そうと思っているけれど、それで構わないかい?』」

 アヤスラニの言葉で囁くスレイマン。イドゥリース殿下は僅かの沈黙の後、こくりと小さく頷く。
 スレイマンの覚悟を秘めた黒い瞳が僕にひたりと向けられた。


***


 イドゥリース殿下は皇帝の十三番目の息子だそうで、学者としては星の研究をされているそうだ。星と運命の関係――つまりは占星術。その占星術で、アヤスラニ帝国に災いが起きる可能性があると予言してしまったらしい。
 それを信じて貰えなかったばかりか、不吉な事を告げるとは、と皇帝を始め、兄弟達の怒りを買い、故国を追われる羽目になったという事だった。

 カレル様が家族の非情さに眉を顰め、サリューン枢機卿猊下やエヴァン修道士は『来るべき災厄』の事ではないかとマリーを見詰める。
 彼女は自分も同じ見解だとスレイマン達に述べ、災厄に対処するためにイドゥリース殿下の協力が欲しい、亡命を受け入れてはどうかと口にした。

 流石に異教徒で、加えて異国の王族は……と枢機卿猊下達に渋られるも、マリーはそれがどうしたとばかりに押し通す。

 こういう時、彼女は一歩も引かない。僕も反対する気は無かった。

 スレイマンは言うまでも無く親友だし、イドゥリース殿下を逃がした手引きをしていたとバレたらただでは済まない。イドゥリース殿下にしたって人柄も悪くなさそうだし、助けられるなら助けたい。
 アヤスラニ帝国の皇太子が皇帝になって、世継ぎを儲ければ、多くの皇子達は皆殺しになる、そういう風習だと聞いた事があるからだ。

 カレル様が受け入れ先をどうするのかと訊けば、「キャンディ伯爵家か我がルフナー子爵家のどちらか」と言い切った。一瞬、サイモン様の疲れ切った顔が脳裏を過った僕は、流石にそこまでは……とルフナー子爵家が引き受けると申し出た。

 それまで話を聞いていたスレイマンがほとぼりが冷めたら自分か帰れるかも、と言う。だけどそれは甘いよ。最悪戻った瞬間に捕まって極刑だ。
 僕の言葉にスレイマンはしょげ返った。マリーが「まあまあ、二人共トラス王国へ来れば良い」と取り成す。イドゥリース殿下の力を借りたいのは自分だから、サイモン様に二人の後ろ盾を頼めば良いと微笑んだ。

 サイモン様、胃痛が止まらなくなってしまうだろうな……。

 カレル様もそう勝手に話を決めるなとマリーを窘める。星読みを研究するイドゥリース殿下ならまだしも、スレイマンまでお世話になるのは――いや、待てよ?

 ――確か、スレイマンの研究は!

 以前彼から来た手紙の内容を思い出した僕は、カレル様の耳を拝借した。

 「確か、スレイマンの研究は火薬だった筈です。扱いが難しい珍しい火薬を作り出した、と手紙で教えてくれた事があります。火薬を扱う以上それを使った武器にも詳しいので、もしかしたら『拳銃』の開発に役立つかもしれません」

 囁き終わって顔を離すと、カレル様がサイモン様への手紙を書いてくれる事になった。彼らを亡命させ、保護する事で利になれば、サイモン様は快く後ろ盾になって下さるだろう。

 もし駄目でもうちが保護すれば良い話だし。

 マリーが「じゃあ決まりね!」と手を叩いて喜んだ。


 それから。

 イドゥリース殿下の星読みの道具や家財はヒラール商会支部に届くようになっている手筈だとの事で、スレイマンはそれを送って貰う為の手紙を書く。その近くではマリーとカレル様もそれぞれ書いていた。

 「私の分はこの宛先へお願いね」と手紙を託すマリー。

 それを受け取ったトリスタン達は宛名を見るなり目を白黒させ、こちらに「どうしましょう」と救いを求めるような眼差しを向けて来た。

 あ、うん。宛先見なくても分かるよ。ごめん、諦めてくれ……。


***


 「『グレイ、今日は本当にありがとう。君の婚約者のお嬢さんにも助けられたよ』」

 「『私からも礼を言う、グレイ殿。貴方は命の恩人だ。良かったら私の友になってくれないか?』」

 コリピサの高級宿の一室。
 僕は亡命者となった二人から改めてお礼の言葉を受けていた。

 「『いいや、二人の窮地を助けられたのなら良かったよ。今日の事は本当に運命的だったね。それからイドゥリース殿下、僕で宜しければ喜んで』」

 にこりと笑って紳士の礼を取ると、殿下は首を振って苦笑いを浮かべた。

 「『私はそもそも十三番目の味噌っかすだし、今はもう国を追われた身だ。敬称も要らない、これから世話になる身だし、気軽に名前を呼んで欲しい』」

 「『では僕も名前で。殿も要らないですよ』」

 スレイマンと目配せをする。やっぱりイドゥリース殿下は良い人だった。ソファーにめいめい座って寛ぎ、僕は給仕役を買って出てお茶を淹れた。

 「『……それにしても皮肉なものだな。家族は誰一人として信じてくれなかったのに、初めて会う異国人は真っ先に信じてくれたなんて。スレイマンでさえ半信半疑な所があったのに』」

 しみじみと語る殿下。マリーが信じてくれた事が余程嬉しかったらしい。
 そう言えば、と湯気の立つカップから口を離したスレイマンがこちらを見る。

 「『グレイ、君の婚約者って只者じゃないよね。枢機卿って、大導師様みたいなものだって聞いた事があるけれど、そんな偉い人の意見を平気な顔で否定していた』」

 「『よく見ていたね、スレイマン。どうせすぐに分かるだろうから話しておくよ。僕の婚約者――マリーは聖女なんだ。教会で、教皇様よりも偉い身分なんだよ』」

 「『何だって!?』」

 スレイマンが目を剥いて仰天し、イドゥリース殿下がぶふぉっとお茶を噴き出した。
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