212 / 693
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
グレイ・ルフナー(93)
しおりを挟む
ゲホゲホと咳き込む殿下――もとい、イドゥリースは、僕の差し出したハンカチをお礼を言って受け取った。
「『聖女って……古の時代、数々の奇跡を起こしたという、あの?』」
スレイマンの言葉に僕は頷く。異なる教えとは言え、根本になる聖典そのものは教会と共通しているので彼らもまた賢者と聖女は信仰の対象になっている筈だ。
「『信じられない……』」
「『だけど、トラス王国に居る時、わざわざ教皇猊下がマリーを聖女かどうか調べに来られた。その結果、彼女は聖女として認定されたんだよ』」
立ち直ったイドゥリースがそうか、と呟く。
「『所謂、秘儀というやつか。聖地には聖典にもない古い記録や聖女様所縁の物が沢山残っていると聞くし』」
「『多分ね。それに、元々彼女はこの世のものとは思えないような知識を披露したりしていたんだ。イドゥリースを信じたのもその知識有っての事』」
僕は『来るべき災厄』について話した。語るにつれ、二人の顔色が悪くなってくる。
「『――だから、星読みの予言もその一環として認識されたって訳だよ』」
「『そんな大きな話だったなんて……』」
スレイマンは絶句している。イドゥリースは天を仰いだ。
「『ああ、でも。不謹慎かとは思いながらも私はワクワクしてしまっている。聖女様の知識があれば星の研究も大いに飛躍するのではないか、と。
スレイマン程言葉が自由に話せないのがもどかしい。グレイ、私はトラス王国語は学んだ事があるが話せない。どうか教えてくれないだろうか』」
「『会話の練習であれば喜んで』」
その申し出に僕は微笑み、了承した。
***
一夜明け、僕達は連れ立って聖地へと向かう。
ここには幼い時分、一信徒として祝福を受けに巡礼に来た事があったなぁと思い出した。
と言っても、その時降り立ったのはこのような裏口的な桟橋ではなく、大きな船着き場だったけれど。
話を聞くに、ここは教会関係者のみの桟橋らしい。
見上げる程の崖小島の上に町や中央神殿があり、そこへ行くには険しいつづら折りの階段を上って行かなければならなかった。
上り終えたところから続く石畳の道を歩く。先導されて行った先には、威風堂々たる門があり、壁で挟まれた道へと誘っていた。
それは『聖なる道』と呼ばれ、特別な時や限られた人物にしか通る事を許されない道らしく、僕達は別の道を案内されるようだ。
マリーに対する忠誠心の深い前脚ヨハンと後ろ脚シュテファンが別行動に異を唱え、マリーについていく事になった一幕があったものの。
僕達はマリー達を見送った後、「皆様はどうぞこちらへ」と案内されて別の道を歩く事になった。
それにしても『僕』は分かるけど、『馬』とは……『馬であり僕』と言っていたところからして、『馬』の方が彼らにとって重要性が高いもののような印象を受けた。
やはり前脚と後ろ脚という呼び名に関係があるのだろうか。
初めて聞いた時はマリーの独特の感性なのかと思ったけれども、本当は何か深い意味があっての事だろうか。
改めて疑問に思い、カレル様にそれとなく訊いてみると、その目が泳ぎ始めた。
「も、元々彼らは一角馬と二角馬の名を持っていたから馬なのだろう! それに……教皇猊下の仰ったような意味でも間違いはないぞ、うん」
「文字通り馬の如き労を厭わずって事ですか。でも、前脚と後ろ脚って事は二人で一頭の馬って事ですよね。何故元々のように別々じゃないんでしょうか」
マリーが名付けたと聞いていますが、何かご存じですか? と首を傾げると、カレル様はどことなく引き攣ったような笑みを浮かべた。
「俺もマリーに直接理由聞いた事は無いが、警護には対象を護る為に文字通り足並みを揃える事が大切になる。バラバラに勝手に動かないようにとの戒めとしてそう名付けたのだろう!」
ははは、マリーのセンスは変わってるだろう? と続けるカレル様。鶏蛇竜のカールも「先輩達は二人共実力者ですからねー、それゆえに昔は譲らず反発するところもあったのですよー」と言う。
「それは僕も例外じゃなくてー。それで仲間と足並み揃えろという事で『中脚』なんですよー」
正式なマリー様の護衛じゃない僕は先輩達と違って普段は鶏蛇竜なんですけどねーと続けるカール。それまで話を黙って聞いていたエヴァン修道士が、「流石は聖女様ですね!」と感動していた。
理由を訊けば成る程と思う。そんな深い理由があったのか。
マリーの感性は独特だけど道理があったんだな。
そんな小さな好奇心を満たしつつ進んで行く。
少し離れた所に『聖なる小道』の壁が続いていて、それと並行するように僕達は歩いていた。
聖地でも自給自足しているのか、菜園や薬草園、果樹園等が作られている。修道士達がのんびりと世話をしていた。
エトムント枢機卿猊下曰く、
「この道は町とは逆方向にあるのですよ」
だそう。という事は一般の巡礼者が行く道とは中央大聖堂を挟んで反対側になるのか。
葡萄園もあった。
儀式に使ったりするワインも作っているそう。
枢機卿猊下が二人居る所為か、通るたびに聖職者の礼を取られたり会釈をされたりしている。それを横目に、僕達はイドゥリースに簡単なトラス王国語を教えるのを楽しんでいた。
そうして歩いている内、何時の間にか中央大神殿の傍までやって来ていたらしい。
『聖なる小道』の終わりと思われる大きな石で作られた門の下に彼女の姿を認め、僕は手を振る。
「マリー!」
門の上を見詰めていたマリーはこちらに気付いて振り向くと、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「『聖女って……古の時代、数々の奇跡を起こしたという、あの?』」
スレイマンの言葉に僕は頷く。異なる教えとは言え、根本になる聖典そのものは教会と共通しているので彼らもまた賢者と聖女は信仰の対象になっている筈だ。
「『信じられない……』」
「『だけど、トラス王国に居る時、わざわざ教皇猊下がマリーを聖女かどうか調べに来られた。その結果、彼女は聖女として認定されたんだよ』」
立ち直ったイドゥリースがそうか、と呟く。
「『所謂、秘儀というやつか。聖地には聖典にもない古い記録や聖女様所縁の物が沢山残っていると聞くし』」
「『多分ね。それに、元々彼女はこの世のものとは思えないような知識を披露したりしていたんだ。イドゥリースを信じたのもその知識有っての事』」
僕は『来るべき災厄』について話した。語るにつれ、二人の顔色が悪くなってくる。
「『――だから、星読みの予言もその一環として認識されたって訳だよ』」
「『そんな大きな話だったなんて……』」
スレイマンは絶句している。イドゥリースは天を仰いだ。
「『ああ、でも。不謹慎かとは思いながらも私はワクワクしてしまっている。聖女様の知識があれば星の研究も大いに飛躍するのではないか、と。
スレイマン程言葉が自由に話せないのがもどかしい。グレイ、私はトラス王国語は学んだ事があるが話せない。どうか教えてくれないだろうか』」
「『会話の練習であれば喜んで』」
その申し出に僕は微笑み、了承した。
***
一夜明け、僕達は連れ立って聖地へと向かう。
ここには幼い時分、一信徒として祝福を受けに巡礼に来た事があったなぁと思い出した。
と言っても、その時降り立ったのはこのような裏口的な桟橋ではなく、大きな船着き場だったけれど。
話を聞くに、ここは教会関係者のみの桟橋らしい。
見上げる程の崖小島の上に町や中央神殿があり、そこへ行くには険しいつづら折りの階段を上って行かなければならなかった。
上り終えたところから続く石畳の道を歩く。先導されて行った先には、威風堂々たる門があり、壁で挟まれた道へと誘っていた。
それは『聖なる道』と呼ばれ、特別な時や限られた人物にしか通る事を許されない道らしく、僕達は別の道を案内されるようだ。
マリーに対する忠誠心の深い前脚ヨハンと後ろ脚シュテファンが別行動に異を唱え、マリーについていく事になった一幕があったものの。
僕達はマリー達を見送った後、「皆様はどうぞこちらへ」と案内されて別の道を歩く事になった。
それにしても『僕』は分かるけど、『馬』とは……『馬であり僕』と言っていたところからして、『馬』の方が彼らにとって重要性が高いもののような印象を受けた。
やはり前脚と後ろ脚という呼び名に関係があるのだろうか。
初めて聞いた時はマリーの独特の感性なのかと思ったけれども、本当は何か深い意味があっての事だろうか。
改めて疑問に思い、カレル様にそれとなく訊いてみると、その目が泳ぎ始めた。
「も、元々彼らは一角馬と二角馬の名を持っていたから馬なのだろう! それに……教皇猊下の仰ったような意味でも間違いはないぞ、うん」
「文字通り馬の如き労を厭わずって事ですか。でも、前脚と後ろ脚って事は二人で一頭の馬って事ですよね。何故元々のように別々じゃないんでしょうか」
マリーが名付けたと聞いていますが、何かご存じですか? と首を傾げると、カレル様はどことなく引き攣ったような笑みを浮かべた。
「俺もマリーに直接理由聞いた事は無いが、警護には対象を護る為に文字通り足並みを揃える事が大切になる。バラバラに勝手に動かないようにとの戒めとしてそう名付けたのだろう!」
ははは、マリーのセンスは変わってるだろう? と続けるカレル様。鶏蛇竜のカールも「先輩達は二人共実力者ですからねー、それゆえに昔は譲らず反発するところもあったのですよー」と言う。
「それは僕も例外じゃなくてー。それで仲間と足並み揃えろという事で『中脚』なんですよー」
正式なマリー様の護衛じゃない僕は先輩達と違って普段は鶏蛇竜なんですけどねーと続けるカール。それまで話を黙って聞いていたエヴァン修道士が、「流石は聖女様ですね!」と感動していた。
理由を訊けば成る程と思う。そんな深い理由があったのか。
マリーの感性は独特だけど道理があったんだな。
そんな小さな好奇心を満たしつつ進んで行く。
少し離れた所に『聖なる小道』の壁が続いていて、それと並行するように僕達は歩いていた。
聖地でも自給自足しているのか、菜園や薬草園、果樹園等が作られている。修道士達がのんびりと世話をしていた。
エトムント枢機卿猊下曰く、
「この道は町とは逆方向にあるのですよ」
だそう。という事は一般の巡礼者が行く道とは中央大聖堂を挟んで反対側になるのか。
葡萄園もあった。
儀式に使ったりするワインも作っているそう。
枢機卿猊下が二人居る所為か、通るたびに聖職者の礼を取られたり会釈をされたりしている。それを横目に、僕達はイドゥリースに簡単なトラス王国語を教えるのを楽しんでいた。
そうして歩いている内、何時の間にか中央大神殿の傍までやって来ていたらしい。
『聖なる小道』の終わりと思われる大きな石で作られた門の下に彼女の姿を認め、僕は手を振る。
「マリー!」
門の上を見詰めていたマリーはこちらに気付いて振り向くと、嬉しそうな笑みを浮かべた。
208
お気に入りに追加
5,823
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?
藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」
9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。
そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。
幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。
叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。