貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

出師の表を認めるレベルの話。

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 「……という風に、海の下でたわんだ大地がパンと跳ね上がる事で地揺れと大波が起こるのです。跳ね上がり――つまり地揺れが大きければ大きい程、津波が起こる可能性が高いという事ですね。
 他の港町の被害状況を把握出来れば、大地が跳ね上がった場所がどの辺りなのか推測出来ればと思ったのです。ここと比較して、被害がより大きい方寄りにその場所があるのでは、と。
 それを知り、今後トラス王国南部沿岸地域やガリア王国沿岸地域でどのような事が起こりうるかの予測と今後の対策を立てる事を考えています」

 波は同心円状に広がって行きますから、と続けた。

 プレートテクトニクスから始まり、地震のメカニズムを絵とジェスチャーを交えてサクッと説明し終わって理由を述べた。地震の震源域が分かればこの町の危険性を推測出来るし、対策も取れるという事を。

 ノルベール司祭にナヴィガポール修道院の記録を当たって貰おうと頼んだところ、修道院やこの町自体の歴史が数百年そこそこであり、それ以上は遡れないかも知れないとの事だった。なので、近隣の歴史の古い修道院も当たって貰う事にする。勿論トラス王国だけではなくガリア王国のも。

 ガリア王国の言い伝えでなら地震と津波によって町が呑まれたという話を聞いた事がある、と少し心配そうにファリエロが言う。

 コスタポリという名の大きな町の話だそう。今ではそこは立派な港があり、休憩や補給で立ち寄っているとの事。
 レイモン氏に、ナヴィガポールにも似たような言い伝えがあるのかと訊くと、聞いた事が無いらしい。ファリエロにガリア王国に地震は多いのかと訊けば、トラス王国よりはと肯定する。

 この時点で震源域はガリア寄りにある気がしていた。言い伝えのあるという街は大丈夫なのだろうか。

 町の復旧が完了して落ち着けば、今度は町を挙げて避難訓練等をして貰おう。町内会みたいに、住人を幾つかの班に分けて班長を決め、避難後に点呼して貰うとか。明日は思いつくだけの事を紙に書いておこう。

 明日の準備も整ったのなら、今日はもうする事は無い筈。
 では私はこれで、と部屋を退出しかけ――扉の所で言い忘れていた事を思い出して振り返る。

 「では皆さん、明日もあるから早く寝て下さいね。グレイ、私先にベッドに入っているから」

 「は?」

 その瞬間、周囲の時間が停止したように静まり返った。グレイは目を点にしている。

 「まさか、お前……」

 カレル兄が青褪めている。
 グレイは未だ事態を把握しきれていない様子。理由、言ってなかったっけ。

 「ああ、私のベッドは割と大きかったから、妊婦さんやお母さん、赤ちゃん達に明け渡したの。そう言う事で、今日は一緒に寝ましょ?」

 にこやかに言い放つ。ノルベール司祭とサリューン枢機卿が口をカパリと開け、「なっ、聖女様!?」「結婚前の乙女が、いけません!」等と慌て出した。
 そこへエヴァン修道士が「マリー様が聖女様であるという事を暴露してしまったからですよ」と冷静に述べている。その理由を説明するのを他所に、「マリー様、大胆だな!」というのはリノ。王都の貴族令嬢って凄ぇ、と頬を染めていた。ファリエロは何がツボったのか、ゲラゲラと笑っている。
 レイモン氏は困ったような笑みを浮かべるばかり、グレイの顔が茹蛸のように真っ赤になった。

 「はあああああ!? 何考えてんの、マリー! 駄目だよ、そんな! 僕サイモン様に殺されるよ!」

 「そうだぞ、ちゃんと順序は守れよ馬鹿マリー!」

 「大丈夫よ、後半年もしない内に結婚するんだし。遅かれ早かれどうせ同じ事だから」

 ぶんぶん、と一生懸命首を横に振っている所悪いが、細けぇ事は良いんだよ。

 暴挙とも言える爆弾投下にはのっぴきならない理由があるのだ。冷静に考えれば、身バレしてしまった今。私の平和な薔薇色ニート生活が正に危急存亡の秋――マッハで脅かされており、故に、我が身の安全と心の安寧の為に一刻も早く既成事実を作らねばならないのである。

 緘口令を敷いたって絶対どっかから漏れる、間違いない。ナヴィガポールから王都に正確な情報が伝わるまでタイムラグはあるかも知れないが、時間の問題だろう。いっそ聖地で教皇猊下に頼み込んで力業で入籍してしまうか。一応、書類の予備はこっそり持って来てあるのだから。

 そう言うと、司祭と枢機卿にバラして済みませんと謝罪され、聖女に関する噂は彼らが頑張って情報統制を敷く事でカレル兄の横槍で手打ちとなった。レイモン氏にも今宵はジュデと寝て下さいと懇願された。ちっ。


***


 廊下に出ると、カレル兄も一緒に出て来て溜息を吐かれた。

 「マリー、お前本当……サリーナも何故止めないんだよ」

 「申し訳ございません、お止めしましたが力及ばず。いずれ結婚するんだし、と押し切られまして。勿論既成事実を作るという目的もございますが、港町という事で一晩の火遊びアバンチュール気分で思い出作りに、と」

 「……」

 むにっ、と静かな怒りがこもったカレル兄の手が私の顔を引っ掴んだ。頬っぺたが押し潰される!

 「痛たたたっ、離してよ、もう! 火遊び云々はちょっとした冗談なのに! 一緒に寝るのが駄目ならやっぱり聖地で教皇猊下に入籍を――!」

 「声が大きい!」

 手を振り払えたかと思いきや、今度は口を塞がれた。むぐぐ。

 「ったく、俺が着いてきて本当に良かった。父様の苦労が身に染みて分かったわ。暴走したマリーを止められる奴が他にいるとは思えん」

 「流石はカレル様です」

 澄まし顔で一礼するサリーナ。カレル兄の目がどんよりとよどむ。

 「お前、こうなる事予測してただろ……」

 「マリー様とグレイ様が婚前から濃密な関係である、という噂も広がればと存じまして」

 「策士め」

 「過分なお言葉でございます。そう言う事で、マリー様。今日は大人しくジュデット様とお休みくださいまし」

 「むぅ、分かったわよ!」

 結局その日はジュデと寝る事に。大人しく従ったのは、カレル兄とサリーナにがっちりと見張られていたからである。致し方なし。
 廊下で逃げて来た人々とすれ違う度、私は祈られたり祝福を求められたりしていたのだが、カレル兄はあからさまに怯えられていた。恐らく魔女云々の一件の所為だろう。

 ジュデの部屋の扉の両サイドには前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが毛布に身を包んで待機していた。うむ、逃亡防止までされているのなら夜這いも無理か。

 「じゃあな、お休み」

 「お休み…」

 就寝前の挨拶をして去って行くカレル兄。その背中が何だか寂しそうに見えて。

 「――カレル兄!」

 思わず呼び止める。カレル兄は立ち止まり、ちらりと振り向いた。

 「何だ?」

 「その……憎まれ役をさせてしまってごめん。それと、ありがとう」

 「気にするな」

 再び前を向き、ひらひらと手を振って歩き出す。
 姿が見えなくなるまで見送ってから、私は部屋に入って行った。
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