貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
166 / 754
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(73)

しおりを挟む
 行方不明になっていたカーフィ・モカ男爵が見つかった。モカ男爵は、心境の変化があって聖地巡礼に出かけていたと説明している。
 男爵としての責務を放り出して何事か、と国から叱責があったものの、関係のあった方々ほうぼうに心配を掛けたと顔を出して謝罪し、また教会が信仰に目覚めたのならば仕方が無いと擁護した事で厳重注意と次は無いとの事で落着となった。
 ただ、男爵が金を貸していた貴族や庶民は渋面になっていたが、行方不明になっていた間の利子分は取らない配慮をすると表明した事で安堵していた。

 ――というのが表向きの話である。



***



 僕は、カーフィ・モカの手引きで第二王子派の筆頭貴族、ドルトン侯爵家を密かに訪問していた。
 カーフィはメイソンの一件で第二王子派の貴族と関りが深い。金も貸しているという。
 あの日、サイモン様にカーフィにやらせたい事はないかと訊かれた僕は、真っ先にこれをして貰おうと思ったのだ。

 「……まさかとは思ったが、実に珍しい組み合わせだ。モカ男爵はキャンディ伯爵家と和解した、という事か?」

 生きているカーフィ・モカの姿にドルトン侯爵は瞠目する。純粋に驚いているようだった。我が家との確執も知っているのだろう。

 「カーフィよ、済まなかった。だが、相手が悪過ぎた――そなたはさぞかし私を恨んでいる事だろうな」

 カーフィは黙ったまま頭を下げている。僕は敢えて明るい調子で口を開いた。

 「彼とは少々誤解や諍いがあったのですが、お蔭様で和解が叶いました。モカ男爵は今、キャンディ伯爵の庇護を受ける身、以前あった恨み辛み等は忘れて新たに前向きな人生を歩んでおりますのでご安心を。
 ドルトン侯爵閣下、本日はお忙しい中お時間を頂き有難く存じます」

 侯爵家の華美な応接室。挨拶を済ませたところで、早速切り出す。

 「早速ですが、閣下――本日は有益な投資の話をしに参りました。馬車事業に出資なさいませんか?」

 「ほう?」

 ドルトン侯爵の目が一瞬鋭く光る。顔は笑みを浮かべているものの、眼差しは油断なくこちらを窺っていた。

 「馬車事業への出資。はて……何故そのような話を私に。馬車事業と言えば、外ならぬ第一王子殿下の功績である事業。それに私のような者が出資しても良いのか?」

 意外な話だったのか、ドルトン侯爵は用心深く言葉を選んでいる。馬車事業はやはり第一王子殿下のものだというイメージが強いのだろう。そこへ第二王子派である侯爵が出資する事は敵に塩を送る事ではないのか、と考えているに違いない。
 僕はにこりと笑った。

 「実は、そこなのですよ。今のところはたまたまアルバート殿下の出資比率が大きい為、そのように思われるかも知れません。
 誤解が無きよう申し上げておきますが、私共は元より中立派、調和バランスを取る為にも是非閣下にもご出資頂きたいと思う所存で本日は参上した次第でございます」

 「うん? 中立派?」

 どういう事だ、とでも言いたげにいぶかし気に眉を上げたドルトン侯爵。僕はしっかりと目を合わせて頷いた。

 「はい。御存じのように私と兄の婚約者は中立派であるキャンディ伯爵家の令嬢。私共ルフナー子爵家はキャンディ伯爵家の庇護を受ける身ですので中立派なのです。
 ただ、現状は私の父ブルック・ルフナーが主導する馬車事業において、第一王子殿下に多く出資頂いている状態の為、恐らくそこで侯爵閣下や第二王子派の方々には第一王子派なのでは、と誤解を招いてしまっている事かと存じます。
 馬車事業は『株式』という新しいやり方で事業を立ち上げているのですが、ご存じでしょうか?」

 「その言葉は聞いたことがある――『株券』というものを買う事で出資し、儲けに応じて利益を還元されるのであろう?」

 「流石は侯爵閣下でいらっしゃいます。『株式』という制度はお金を持っていらっしゃるのなら、どなたでも、その時の株価に応じて事業に出資出来るというやり方なのでございます。
 重ねて申し上げれば、私グレイ・ルフナーは『株券』を発行する組織を運営する以上、投資家への信頼を保つ為に、如何なる権力・利益関係においても中立であらねばならないのです」

 滔々とうとうと説明する僕に、ドルトン侯爵はソファーの上で尊大に足を組む。思案気に頬杖をついた。

 「ほう、ならば金さえ出せば私にも株券を売るというのか。しかし馬車事業がそなたの父君の主導であれば中立にはなれまい」

 「正に仰る通り。ですので先程も申し上げた通り、閣下に出資のお話に参ったのでございます。
 ――実はここだけのお話、株式事業に対する影響力は、出資比率が大きい程増すという仕組みなのでございます。株主総会という会合を定期的に行い、出資者が集まって事業の経営方針等を定めるのです。
 例えば閣下がある事業に全体の六割程出資されているとすれば、その事業は六割方閣下の影響下に置かれる、という事になります。ちなみに――」

 僕は第一王子殿下の大凡おおよその出資比率を伝えた。

 「という事で、馬車事業に関して、現在アルバート殿下の一強状態なのでございます。勿論キャンディ伯爵家を始め、他の貴族達もそれなりに出資していますが、中立派と第一王子派がほぼ占めておりますね。
 もし、閣下が第一王子派の力を少しでも減らしたいとお思いであれば、馬車事業に出資する第二王子派の貴族を増やす事も一つの方法です。
 閣下は馬車事業の株主総会において、第二王子派が口出し出来る事を魅力に思われませんか? それに、馬車事業はまだまだ成長します。王都のみならず、各領地の都市などへ広げていく余地がある未来あるもの。
 出資して頂ければ第二王子派の方々にも利益をご提供出来ますし、閣下の馬車事業への影響力が増す事で第一王子派への牽制ともなりましょう。株券も元の額面よりも価格が上昇しつつあり、買われるなら早ければ早いほど宜しいかと」

 説明を終えてじっとドルトン侯爵を見詰める。侯爵は熟考する時の癖なのか、カールした口髭を軽く引っ張っていた。暫しの後、ふむ…と呟く。

 「……成る程な。我らが出資する事でそなたらは子爵家の中立を保つ事が目的。筋は通っている」

 「はい。由緒正しき貴族であらせられる侯爵閣下に対して大変お恥ずかしい話ですが、我が家は卑しき商人上がり。商いと利益を何よりも重視しております。第一王子派とみなされてしまえば商売にも大きな影響が出てしまいます故……」

 必要が無いので敢えて表情を取り繕わなかった。紛う事無き本音なので、自然に困ったような表情になっている事だろう。

 「……サイモン殿の意向でもあるのだろう?」

 ぼそりと呟かれた言葉に、僕は黙ったまま頭を下げる。
 ややあって、ドルトン侯爵が大きく息を吐いた。

 「相分かった。そういう事ならば面白い、株券とやらを買ってやろうぞ」

 「有難き幸せ。他の方々にもお声掛け頂く事が叶うならば、閣下のお為に相応の株券を発行致しましょう。そうする事で時価よりはお安く出資頂けるかと。
 第二王子派の方々への窓口はこちらのカーフィ・モカ男爵が担当致しますのでよしなに」

 「閣下! 宜しくお願い致します!」

 カーフィ・モカが気合を入れて挨拶をする。頑張り次第でサイモン様からお許しを得て認められ、望む褒美を貰える事だろう。勿論妙な事をしないようにカーフィにはキャンディ伯爵家から護衛という名の見張りが付けられる事になる。
 こうして僕はまんまと第二王子派からの馬車事業への出資を取り付けたのだった。
しおりを挟む
感想 1,006

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。