貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(73)

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 行方不明になっていたカーフィ・モカ男爵が見つかった。モカ男爵は、心境の変化があって聖地巡礼に出かけていたと説明している。
 男爵としての責務を放り出して何事か、と国から叱責があったものの、関係のあった方々ほうぼうに心配を掛けたと顔を出して謝罪し、また教会が信仰に目覚めたのならば仕方が無いと擁護した事で厳重注意と次は無いとの事で落着となった。
 ただ、男爵が金を貸していた貴族や庶民は渋面になっていたが、行方不明になっていた間の利子分は取らない配慮をすると表明した事で安堵していた。

 ――というのが表向きの話である。



***



 僕は、カーフィ・モカの手引きで第二王子派の筆頭貴族、ドルトン侯爵家を密かに訪問していた。
 カーフィはメイソンの一件で第二王子派の貴族と関りが深い。金も貸しているという。
 あの日、サイモン様にカーフィにやらせたい事はないかと訊かれた僕は、真っ先にこれをして貰おうと思ったのだ。

 「……まさかとは思ったが、実に珍しい組み合わせだ。モカ男爵はキャンディ伯爵家と和解した、という事か?」

 生きているカーフィ・モカの姿にドルトン侯爵は瞠目する。純粋に驚いているようだった。我が家との確執も知っているのだろう。

 「カーフィよ、済まなかった。だが、相手が悪過ぎた――そなたはさぞかし私を恨んでいる事だろうな」

 カーフィは黙ったまま頭を下げている。僕は敢えて明るい調子で口を開いた。

 「彼とは少々誤解や諍いがあったのですが、お蔭様で和解が叶いました。モカ男爵は今、キャンディ伯爵の庇護を受ける身、以前あった恨み辛み等は忘れて新たに前向きな人生を歩んでおりますのでご安心を。
 ドルトン侯爵閣下、本日はお忙しい中お時間を頂き有難く存じます」

 侯爵家の華美な応接室。挨拶を済ませたところで、早速切り出す。

 「早速ですが、閣下――本日は有益な投資の話をしに参りました。馬車事業に出資なさいませんか?」

 「ほう?」

 ドルトン侯爵の目が一瞬鋭く光る。顔は笑みを浮かべているものの、眼差しは油断なくこちらを窺っていた。

 「馬車事業への出資。はて……何故そのような話を私に。馬車事業と言えば、外ならぬ第一王子殿下の功績である事業。それに私のような者が出資しても良いのか?」

 意外な話だったのか、ドルトン侯爵は用心深く言葉を選んでいる。馬車事業はやはり第一王子殿下のものだというイメージが強いのだろう。そこへ第二王子派である侯爵が出資する事は敵に塩を送る事ではないのか、と考えているに違いない。
 僕はにこりと笑った。

 「実は、そこなのですよ。今のところはたまたまアルバート殿下の出資比率が大きい為、そのように思われるかも知れません。
 誤解が無きよう申し上げておきますが、私共は元より中立派、調和バランスを取る為にも是非閣下にもご出資頂きたいと思う所存で本日は参上した次第でございます」

 「うん? 中立派?」

 どういう事だ、とでも言いたげにいぶかし気に眉を上げたドルトン侯爵。僕はしっかりと目を合わせて頷いた。

 「はい。御存じのように私と兄の婚約者は中立派であるキャンディ伯爵家の令嬢。私共ルフナー子爵家はキャンディ伯爵家の庇護を受ける身ですので中立派なのです。
 ただ、現状は私の父ブルック・ルフナーが主導する馬車事業において、第一王子殿下に多く出資頂いている状態の為、恐らくそこで侯爵閣下や第二王子派の方々には第一王子派なのでは、と誤解を招いてしまっている事かと存じます。
 馬車事業は『株式』という新しいやり方で事業を立ち上げているのですが、ご存じでしょうか?」

 「その言葉は聞いたことがある――『株券』というものを買う事で出資し、儲けに応じて利益を還元されるのであろう?」

 「流石は侯爵閣下でいらっしゃいます。『株式』という制度はお金を持っていらっしゃるのなら、どなたでも、その時の株価に応じて事業に出資出来るというやり方なのでございます。
 重ねて申し上げれば、私グレイ・ルフナーは『株券』を発行する組織を運営する以上、投資家への信頼を保つ為に、如何なる権力・利益関係においても中立であらねばならないのです」

 滔々とうとうと説明する僕に、ドルトン侯爵はソファーの上で尊大に足を組む。思案気に頬杖をついた。

 「ほう、ならば金さえ出せば私にも株券を売るというのか。しかし馬車事業がそなたの父君の主導であれば中立にはなれまい」

 「正に仰る通り。ですので先程も申し上げた通り、閣下に出資のお話に参ったのでございます。
 ――実はここだけのお話、株式事業に対する影響力は、出資比率が大きい程増すという仕組みなのでございます。株主総会という会合を定期的に行い、出資者が集まって事業の経営方針等を定めるのです。
 例えば閣下がある事業に全体の六割程出資されているとすれば、その事業は六割方閣下の影響下に置かれる、という事になります。ちなみに――」

 僕は第一王子殿下の大凡おおよその出資比率を伝えた。

 「という事で、馬車事業に関して、現在アルバート殿下の一強状態なのでございます。勿論キャンディ伯爵家を始め、他の貴族達もそれなりに出資していますが、中立派と第一王子派がほぼ占めておりますね。
 もし、閣下が第一王子派の力を少しでも減らしたいとお思いであれば、馬車事業に出資する第二王子派の貴族を増やす事も一つの方法です。
 閣下は馬車事業の株主総会において、第二王子派が口出し出来る事を魅力に思われませんか? それに、馬車事業はまだまだ成長します。王都のみならず、各領地の都市などへ広げていく余地がある未来あるもの。
 出資して頂ければ第二王子派の方々にも利益をご提供出来ますし、閣下の馬車事業への影響力が増す事で第一王子派への牽制ともなりましょう。株券も元の額面よりも価格が上昇しつつあり、買われるなら早ければ早いほど宜しいかと」

 説明を終えてじっとドルトン侯爵を見詰める。侯爵は熟考する時の癖なのか、カールした口髭を軽く引っ張っていた。暫しの後、ふむ…と呟く。

 「……成る程な。我らが出資する事でそなたらは子爵家の中立を保つ事が目的。筋は通っている」

 「はい。由緒正しき貴族であらせられる侯爵閣下に対して大変お恥ずかしい話ですが、我が家は卑しき商人上がり。商いと利益を何よりも重視しております。第一王子派とみなされてしまえば商売にも大きな影響が出てしまいます故……」

 必要が無いので敢えて表情を取り繕わなかった。紛う事無き本音なので、自然に困ったような表情になっている事だろう。

 「……サイモン殿の意向でもあるのだろう?」

 ぼそりと呟かれた言葉に、僕は黙ったまま頭を下げる。
 ややあって、ドルトン侯爵が大きく息を吐いた。

 「相分かった。そういう事ならば面白い、株券とやらを買ってやろうぞ」

 「有難き幸せ。他の方々にもお声掛け頂く事が叶うならば、閣下のお為に相応の株券を発行致しましょう。そうする事で時価よりはお安く出資頂けるかと。
 第二王子派の方々への窓口はこちらのカーフィ・モカ男爵が担当致しますのでよしなに」

 「閣下! 宜しくお願い致します!」

 カーフィ・モカが気合を入れて挨拶をする。頑張り次第でサイモン様からお許しを得て認められ、望む褒美を貰える事だろう。勿論妙な事をしないようにカーフィにはキャンディ伯爵家から護衛という名の見張りが付けられる事になる。
 こうして僕はまんまと第二王子派からの馬車事業への出資を取り付けたのだった。
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