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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(68)

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 次の日の明け方。

 僕の心配をよそに、サイモン様にお借りして来た鶏蛇竜コカトリスのカールは早速仕事をしてくれた。

 「おはようございます、グレイ様ー。ざっくりと見回ってきましたー。屋敷周辺に『草』が結構はびこっていましたねー。見落とされた分を刈り取ってきましたんで後で検分お願いしますー」

 庭の片隅に呼び出された僕ににこやかに報告するカール。その傍らで護衛達が項垂れている。
 彼の武器である手甲爪に何か赤黒い物がべったりと付着している事に気付いて背筋が凍り付く。

 「あの、カール。その手甲は?」

 「ああ、伯爵家にいると滅多に戦う事無くて―。腕も鈍ってたし思わず頑張っちゃいましたー。最後の『草』を刈った後、何故か傍に熊がいましてねー」

 熊は毒を含ませた吹矢で倒したらしい。
 恐らく、カールの言っている『草』というのは、恐らくこちらを探っているどこかの密偵か暗殺者なのだろう。てっきり本当に草取りでその武器を使っているのかと思っていた。
 『草』――曲者は縄で拘束して運んできたそうだが、流石に熊は重い。今、回収の為の人と荷車をやっているらしい。

 「見回りはしっかりやっていたつもりなんですが……面目ありません」

 「仕方ありませんよー、屋敷が大きくなる程死角も多いですからねー。警備にもコツがあるんですよー」

 見落としがあった場所を伝えておいたので今後は大丈夫だと思います―、と言う。

 「少なくとも昼間は大丈夫だと思いますよー。先輩達も来ますしねー」

 先輩達? と訊けば前脚ヨハン後ろ脚シュテファンの事らしい。
 カールがそう言うという事は彼らは余程の腕なのだろう。

 「それにしても、熊?」

 この辺には滅多に出ないのに。疑問を呈すれば、カールは良くある話ですーと言う。

 「うーん、そうですねー。今は冬に備えて熊は食いしん坊な時期ですしー。もしかしたらうまい事誘導して混乱を作ろうとしたのかもですー」

 その混乱の最中、僕の命を狙ったりマリーやアナベラ様を誘拐したり目的を遂げるのだろう。皆が獰猛な動物に気を取られていれば曲者に関わっている余裕は無くなる。

 「若旦那様!」

 そこへ、十人程の男達によって熊が運ばれてきた。

 お、大きい!

 吹矢は熊の頭や目球に突き刺さっていた。その荷車に横たわる思った以上の巨躯に僕は青褪める。大の男でも一撃で殺されそうな太ましい四肢。こんな奴が我が家の敷地内に入って来たら皆無事では済まなかっただろう。
 カールが捕らえた『草』がどういう目的であれ、未然に被害は免れたのだ。
 仕事をちゃんとしているのは確かだ。感謝を込めて手厚く礼を述べると、カールは照れたように笑った。

 「頭以外は普通に食べられますー。時間を置くほど不味くなっちゃうので早く内蔵抜いて池へドボンしましょうー」

 理由を聞けば、大型の野生動物を狩った場合は肉の劣化を防ぐ為に水に漬けて冷やしてから処理をするそうだ。
 新鮮な熊肉は美味。是非そうさせて貰おう。

 処理された熊肉は用意していた家畜の肉と共に『カレーライス』の材料として提供する事になった。
 日が高く昇った頃、マリーとアナベラ様が我が家に到着する。

 「あっ、僕はそこらへんで一眠りして来るんでー。カレーライスも後で頂きますー」

 僕の分ちゃんと取っておいて下さいねー、と言い捨ててカールは出て行った。


***


 良いのかなぁ……。

 蓮の花が咲いていた池に、我が家の庭師達に交じって前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが入ってレンコンを収穫している。

 本当は騎士なんだよね、彼ら。まぁ、キャンディ伯爵家の事なんだし、僕が口出しする事じゃないんだけどさ。

 複雑な気持ちでいる僕とは裏腹に、マリーは無邪気に陸に上がった泥だらけのレンコンが大きいと歓声を上げていた。確かに以前試しに採った時より大分大きい。
 アナベラ様がレンコンの外見に少々不安になっているようだ。アールが安心させるように説明している。色々調べてみると、確かに異国ではレンコンを食べていると分かったからだ。
 マリーはレンコンは栄養豊富で、その穴には『先を見通す』という意味があると言う。まるで望遠鏡みたいだ。何でも知っているという意味ではマリーみたいでもある。
 レンコンを食べれば僕も彼女と同じようになれるんだろうか? そんな益体も無い事を考えていると、いつの間にか香ばしい異国風の香りが周囲に漂っていた。

 『カレーライス』という料理は見た目はアレだけど、何とも食欲をそそる刺激的な良い香りがしていた。お爺様は似たような料理を見た事があるらしい。
 マリーの説明によれば、どろりとしたものはシチューを参考にしてバターと小麦粉を使っているそうだ。香辛料の味のシチューと言われれば、成る程、と思う。
 お爺様が見たであろう料理の事も具体的に知っていそうなマリー……いや、彼女は聖女なんだし、今更か。

 マリーは簡単に作れるように、予め『ルー』というものを持ってきたらしい。お婆様の言う通り、味次第では良い商売になるかもしれない。
 食前の祈りの後、僕は意を決してスプーンを口に運んだ。
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