鬼嫁物語

楠乃小玉

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七十五話 信長公、お狂いになられ

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 天正四年の事、織田信長がふいに左京亮の屋敷を訪れた。

 「これは信長様、すぐに兄の信盛を呼んでまいります」
 左居亮は慌てて小者を呼ぼうとした。
 「かまわぬ、本日はそなたのに用があったのだ」
 「何事でございましょう」

 「そなた、我が安土に城を建てること知っておるか」
 「はい、存じておりまする」

 「あそこに岩室長門守の先祖の菩提寺である長命寺より五重塔を移設して、
 供養したいと思う。その管理であるが、信頼のおけるものでなくてはならぬ」

 「はい、」

 「我にとっては大事な城じゃ、そなたにその寺の管理を任せられぬか。
  我が安土を離れたる時は、安土城の城代を務めてほしい。
 むろん、それに見合った所領も与える」

 城持ち大名、そんな文字が左京亮の頭の中に浮かんだ。

 「も、も、も、もちろん、お引き受け……」

 と左京亮が言おうとした時、信長が顔をそむけた。

 何か失態をしたのか。

 左京亮の背筋に冷たい汗が流れる。

 「おお、多紀ではないか、息災であったか」

 部屋の外に左居亮の妻の先が突っ立っていた。
 何をやっているのだこいつ、信長様に挨拶もせずに。

 「今、左京亮に安土城の城代を任せようかと思うて話をしていたところだ、
 妻としては夫が国持大名になることは誉であろう」
 
 信長が上機嫌でそう言った。

 「別に」

 多紀は真顔でそういった。

 信長の表情から笑顔が消える。

 まずい、まずい、まずい、まずい、なにやってんの。

 「で、あるか」

 しばらく間をおいて信長がそう言った。

 声の音程が一段さがっていた。

 「多紀よ、我が何か機嫌を損ねることをしたか」

 「我が兄を捨て殺しにしておいて、何かもあったものではございませぬ」

 何言ってんのこいつ。
 左京亮の体がガタガタと震えた。

 「捨て殺しにしてはおらぬ。わが股肱之臣を殺して、勝手に逃げて、三方ヶ原で勝手に死んだ」

 信長がそう言うと多紀はカッと目を見開いた。

 「昔より信長様に忠義を尽くして貢いできた家臣に冷たい信長様の事、安土の城も
 新参者にお任せになられたらよろしいのではないですか」

 「……で、あるか」

 信長は完全に無表情になっていた。

 「信長様、某は」

 左居亮は信長に釈明しようとした。

 「そなたの気持ちも考えず、つまらぬ職をおしつけようとしたこと、すまなかった。申し訳ない」

 信長は左居亮に深々と頭をさげた。

 まずい、怒っている、明らかに怒っている。

 「いえ、そんな、喜んでひきうけ……」

 左京亮の言葉に食い気味に信長が言葉を発する。

 「この話、無かったことにする。そなたが国持大名になりたくなかったとは知らなかった」

 そう言って、信長はその場を足早に立ち去った。

 終わった、完全に終わった、織田家における立場が完全に終わった。

 左居亮は絶望した。

 「なにやってんの」
 唖然とした表情で左京亮は多紀を見た。

 「家臣を大事にせぬ殿様に、言いたい事をいうて気分がはれました」

 すました顔で多紀は言った。

 「ああああああ……」

 左京亮は呻きながらその場にへたりこんだ。


 七月、毛利軍が本願寺に武器弾薬と兵糧を持ち込もうとしたので、
 信長は軍を発し、それを阻止しようとした。
 海では織田の水軍が。
 陸では佐久間の軍勢が物資を受け取りにくる本願寺の兵を撃退するために
 軍勢を並べた。

 こちらは大軍であり、負けることはないと信盛は余裕の様子であった。
 だが、織田自慢の九鬼水軍は毛利の村上水軍に完膚なきまでに叩きのめされた。
 本願寺側からは雑賀衆が一斉に鉄砲を撃ちかけてくる。

 その時、敵の一軍が佐久間の軍勢に突撃してきた。
 翻る菊水の紋。

 「マズイ、撤退するぞ」

 先に塙直政を討ち取られた先例がある。
 信盛は槍衾を作って、軍が崩壊せぬよう、ジリジリと後退した。

 「おのれ腰抜け、この楠木正具に臆したか、織田の犬侍どもが」

 敵の大将が怒鳴る。

 バン


 敵将が放った鉄砲の弾が左京亮の兜に当たって、カン、と甲高い音がする。

 「おのれなめくさって」

 左京亮は激高して突進しようとするが、家臣らに羽交い絞めにされた。

 「挑発に乗るな、逃げるぞ」

 信盛が怒鳴る。

 さすが世間で「引きの佐久間」と言われているだけあって、信盛は冷静だ。

 「我こそは楠木正具なり」

 そう叫んだ武将を先頭に騎馬隊が佐久間隊の腹背から突撃してきた。

 「まずい、前方の部隊はおとりだ」

 叫ぶと、信盛はきびすをかえして即座に馬で逃げた。

 「あーーーーーーにげたーーーーー」

 左京亮は叫んで、自分も馬で信盛の後を追った。

 大将が逃げ出したので、佐久間の軍勢は総崩れになった。

 織田方が大敗したため、織田信長は激怒した。

 特に、陸で織田軍に鉄砲を撃ちかけた雑賀衆には怒り心頭である。 
 かつては信長に味方していた雑賀孫市が金で一向宗に寝返っていたからだ。

 織田軍が敗退たあと、しばらく息をひそめて本願寺に服従していた根来衆に内密に使者を送り、 
 信長は根来衆の案内のもと、紀州に大軍を差し向け、雑賀衆を攻めた。

 雑賀孫市の城を包囲すると、孫市はすぐに降伏したため、信長は軍を引いた。

 雑賀衆が本願寺から手を引いたとなれば、本願寺の攻め時であるが、
 信盛は先の合戦で殺されかけたことがよほど怖かったのか、
 積極的に石山本願寺を攻めなくなった。

 時々茶の湯をやりながら、とにかく本願寺を包囲した。

 このままではマズイと思い、左京亮は但馬攻めに兵を出したりしして
 自分たちが働いていることを強調するよう努めた。


 見かねた与力の保田知宗が本願寺攻めを具申し、山岡景隆は調略を具申するが、信盛は動かなかった。
 むしろ、保田知宗に信長に対する言い訳の書状をかいてくれるよう頼んでいた。

 これを見た他の与力たちは呆れたのか、それ以上なにも言ってこなくなった。

 信長は、保田知宗が書状を送って以降、信盛に手伝い戦はさせるものの、
 合戦の催促はせず、大和の松永久秀討伐も、息子の信忠に軍勢を預けて討伐した。

 本願寺に兵糧を運び込む毛利軍に対しては、巨大な鉄の船を六隻も作り、そこに最新式の大砲を搭載して
 迫りくる毛利水軍の射程が届かない間合いから一斉射撃して、毛利軍を撃破した。

 海上の毛利軍の敗退を見て、物資を受け取りに来ていた、一向宗徒は撤退していったが、
 一部の一向宗徒が織田軍に突撃を開始した。
 織田方が突撃してくる一向宗徒に鉄砲を撃ちかけ、ほとんどを討ち取った。

 その中に楠木正具の姿もあった。

 雑賀から離れ軍勢もなく、少数の家臣と一向宗に加勢していた楠木正具も討ち死にし、
 これこそ、石山本願寺の絶好機であったが、それでも信盛は軍を動かさなかった。

 見かねた信長は摂津の荒木村重に本願寺を攻めるよう命令し、兵糧を送ったが、
 この兵糧の一部を荒木村重の家臣が本願寺に横流ししていることが分かった。

 荒木村重は信長から処断されることを恐れて信長に謀反を起した。

 天正六年十月の事である。
 この年は三月に先に三木の別所長治が織田方から毛利方に寝返っており、
 信長はこれで完全に本願寺を攻める余裕が無くなった。

 十一月、信長は天皇に願い出て本願寺との和睦を打診するが、本願寺はこれを拒否。

 しかし、十一月に再度現れた毛利水軍をまた織田の水軍が撃破し、
 十二月になると荒木村重に降伏勧告を送るが、荒木側がそれを黙殺したために
 信長は花隈城をはじめ荒木方の城を総攻撃し、荒木村重は城兵を残したまま、己だけ逃亡した。
 このため荒木軍は総崩れになった。
 
 荒木の軍が壊滅すると、翌年一月、
 三木の別所も降伏し、別所長治が切腹することを条件に城兵の命は助けられた。
 本願寺に味方する勢力がことごとく降伏していく中、
 三月にはついに本願寺は織田信長との和睦を決定し、石山本願寺からの退去が決まった。

 本願寺との和睦が決まり、織田家中で祝宴の儀が執り行われたが、
 そこで信盛が「これで我らが苦労したかいがあった」と言ったため、信長が
「お前がどこで苦労働きしたのか」と激怒して信盛を罵倒したため、
 皆々白け切ってしまった。

 信長は左京亮にも怒りの矛先を向け、
 「そもそも、銭を溜め、道を作らず、堤を作らず、人も雇わず、世に銭を還流させぬ行為、
 悪逆非道のかぎりである」と罵倒した。

 その場は信盛も、左京亮も平伏して平身低頭謝罪したが、
 帰り道、信盛は「質素倹約して銭を溜めることは戦国の世では美徳ではないか、
 それは美しい事であるのは世の常識だ。銭を溜めて質素倹約して何が悪いか」
 と不平をぶちまけた。

 それを、おり悪く、誰かに聞かれていたらしく、どうも信長の耳にも入ったらしい。
 織田信長はかなり激怒しているようであった。

 しかし、信盛は自分の何が悪いか、まったく理解していないようであった。

 左京亮もじつは、何が悪いのか、よくわからなかった。

 佐久間信盛の言っている事は戦国の世の常識であった。

 家臣は不遜であろうと、嘘つきであろうと、優れたる者と登用すべき。
 銭は質素倹約することが美徳である。

 それは、昔から言われていたことだ。

 信長はそのすべてが悪であると断罪する。

 左京亮にはまったく理解の外の言いようであった。

 このような事を信長が言うたび、周囲の者たちは陰で「信長公、お狂いになられ、鬱を散じられ候」
 と口々にウワサしたのだった。

 
 
 
 
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