鬼嫁物語

楠乃小玉

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三話 災難続き

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 左京亮が山崎城の窓辺から海を眺めていると余語久兵衛が来た。
 余語家は御器所の佐久間宗家の家臣であったが、
 久兵衛は何を思ったか、分家の信盛を見込んで、
 山崎までついてきた男だ。

 なんでも熱田の惣領に挨拶に行くという。
 熱田神社の神主を束ねている宮司は代々千秋氏であったが、
 熱田神社の座を取り仕切る代表を務めているのは、
 熱田加藤氏であった。
 そこの惣領が加藤順盛よりもりであった。

 順盛はなめし革をさらす川を提供してくれたことをたいそう喜んでいるようで、
 礼がしたいということだった。

 「では、熱田神社に行こうか」

 左京亮がそう言うと久兵衛は首を横に振った。
 「いいえ、順盛殿は熱田社にはおられません。熱田湊に羽城という城をかまえ、
 そこにおいででございまする」

 「熱田湊はここからも近い、それはよかった」
 左京亮は柔和に笑った。

 だが、いざ羽城に行ってみると順盛は留守であった。
 家人が相談し、弟の隼人はやとが相手をするということになったようだ。

 羽城の玄関先から左京亮がチラリと奥を覗くと、急に胸が高鳴った。

 かつて浜で見た天女様が奥の廊下を歩いている。

 「あ……天女」

 左京亮は息をのんだ。

 「ささ、こちらへ」

 家人が案内する。

 「どうなされましたか、左京亮様早く行きましょう」

 久兵衛が左京亮の着物の袖を引く。

 「あ、うん、いや、あの天女が」

 「左様でございますな、さすがお金持ちの奥方様はキレイどころがそろっておられる。
 はやりお金があるところには美女も集まる。うらやましければ、左京亮様も仕事に励みなされ、
 ささ、お仕事、お仕事」

 久兵衛にせかされ、左京亮は羽城を出た。
 あれは、まさか加藤の惣領の奥方か、いや、それにしては若すぎる。やはり、この
 屋敷に住まう天女か。
 そのような事を考えながら左京亮は加藤隼人の家に向かった。

 先の加藤順盛の家を東加藤家、弟の隼人の家を西加藤家と人々は呼んでいた。

 西加藤家の門前には美しい女性がいて、しゃがみこんで小さな子供の頭をなでていた。

 「姉上、また父から叩かれました。武芸が拙いと。藤八はいつになったら兄上たちのように
 背丈の大きい偉丈夫になれるのですか」

 目に涙を浮かべて童は訴えていた。

 「焦らずともよいのです、お前は天下に名の知れた武芸随一の前田の子。いずれ立派な武者になりましょうぞ」

 美しい女性は微笑みながら子供の頭をなでていた。

 その子供の髪の毛は妙に巻き毛で茶色かった。
 あれは、ひょっとして稚児か。

 左京亮は胸が詰まった。

 武家の家は三男までは跡継ぎとして珍重されるが、
 その下は家臣と同じか物扱い。

 末端になれば、他家の衆道のお相手として貢物に出される子もいる。
 そういう子供は色白く、背も伸びぬように家の中に匿われ、めったに外に出してもらえぬ。
 よって髪の毛の色が薄くなり肌も白くなる。
 日に当たらぬために成長も遅く小さくなる。

 家人が女性に近づき耳打ちをする。

 「まあ、よくいらっしゃいました、佐久間様、隼人の妻でございまする」

 女性は深々と頭をさげた。

 「これはご丁寧に。こちらは弟様ですか、鼻筋が通って色白のカワイイお子様でございますな」

 左京亮はその子供の顔があまりにキレイで整っていたので、
 無意識に子供の頭をなでていた。

 「身内でもないのに、なれなれしく触るな」

 子供はそう叫ぶと、勢いよく左京亮の右足の小指を踏みつけた。
 「ぎゃあああああああ」

 左京亮は不意打ちに思わす叫び声をあげてしまった。

 「こ、これは失礼いたしました」

 慌てて女性が走り寄る。
 
 「こ、この子は気が荒いのでございまするか」

 「いいえ、日頃はとても従順で心優しい子なのですが、ただ……」

 「ただ何ですか」

 「カワイイと言われると激怒いたしまする」

 「それを早く言ってくだされ」

 「お会いしたばかりで言う機会がございせなんだ、お許しくださりませ」

 そこに隼人が帰ってくる。

 「どうなされた、おお佐久間の弟様ですか、お世話になっております」

 「はい、お世話になっております」

 左京亮は頭をさげて隼人に近づく。

 「どうされた、足をひきずって」

 「いえ、大したことでは」
 
 隼人の妻が隼人に近づき耳打ちする。

 「ほう、前田の小僧にやられましたか、前田の小僧はいずれも狂犬ゆえお気をつけられよ、
 拙者もかみつかれたことがある、ははははは」

 隼人は豪快に笑った。

 「して、此度はいかなるご用件ですか」

 「はい、兄の順盛がお礼を用意せよと申しましてな、拙者が用意することになったのでござる」

 「お礼と仰せか」

 「はい、こちらへ」

 隼人に連れられて、左京亮は屋敷の中に入った。

 屋敷の奥の部屋には一人の若者が座っており、左京亮を見ると深々と頭をさげた。

 「こちら、長谷川家の長男、長谷川与次殿でござる」
 隼人が紹介した。
 「佐久間左京亮でございます」
  左京亮は頭をさげた。
 「長谷川与次よじでございまする。
 与次はまた頭を下げる。

 「……」
 「……」


 「大和桜井の長谷川党の御一門でございまする」
 後ろかたついてきた余語久兵衛が見かねて言葉を発した。
 「大和桜井であるか、それがいかがした」
 「三輪大明神の神薬の座の方でございまする」
 「神薬とな」
 「はい、悪鬼魔性を払う神薬のお神酒でございまする」

 「酒で魔が払えるのか」

 左京亮は首をかしげた。

 「ただの酒ではございませぬ、お神酒でございまする」
 与次が言った。

 「ただの酒とお神酒の違いが判りませぬ。我らもご神前には、近所で買った酒を
 お神酒としてお供えいたす」

 「その酒と大神様のお神酒はまったく違うものです。神通力が備わってござる」

 「神通力と仰せですが、失礼ながら凡俗の拙者にはただの酒と神通力のお酒の違いが判りませぬ」

 「神通力の入ったお神酒は燃えまする」

 「まさか、水が燃えるわけがございますまい」

 左京亮がそう言うと与次はニヤリと笑った。

 「ではお見せいたしましょう」

 与次は家臣に命じて三輪大神のお神酒を持ってこさせた。
 それを杯につぎ、火を持ってこさせて近づける。

 すると、そこから青白い炎がたちのぼり、いつまでも消えない。

 「あ」

 左京亮は唖然として口をあんぐりと開いたままになった。

 「三輪大明神の神通力の入ったお神酒を敵の血しぶきでケガレた城にまけば、
 お清めとなり、殺した敵の祟りで疫病がはやることはございませぬ。
 普通の酒では撒いても疫病避けにはなりませぬ。合戦には欠かせぬ一品でございまする。
 大和長谷川党をご紹介いただいたということは、我ら佐久間にもその神薬を卸していただけるということでございまするぞ」

 余語久兵衛が耳打ちした。

 左京亮はハッと目を見開いて加藤隼人を見た。

 隼人はニッコリと笑ってうなづいた。

 「ありがとうございます」

 左京亮は深々と頭をさげた。

 「して、佐久間殿、そのお足の傷は」
 
 長谷川与次が左京亮の右の足の小指に少しだけ血がにじんでいるのを見とがめた。

 「いや、ちょっとした童の戯事でござる。さして痛くはござらぬ」
 「痛くなくとも足の傷には悪霊が入りやすい。下手をすると腐りはてて死ぬこともござす。
 せっかくです。この神薬をお試しあれ」

 「そうですか、では、せっかくですので、使わせていただきます」

 「では」

 与次は左京亮の右足の小指にお神酒をかけた。

 「うがっ、いたたたたたたたたたたたた」


 左京亮は足の傷に染みたお神酒の痛さに転がりまわった。


 

 

 
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