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騎士団長の息子、ケビン①

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「グリフォン公爵令嬢に対し狼藉を働こうとしたそうだな? この愚か者が! 婦女子に危害を加えるような輩など騎士ではない! お前には二度と剣を握らせんからな!」

 満身創痍で帰宅した騎士団長の息子、ケビンが目覚めて最初に耳にしたのは父親の怒号だった。その余りの剣幕に圧倒されたのと、口内に負った傷のせいで反論すらも出来ない。

 “剣を握らせない? ふざけるな!”

 そう怒鳴りつけたいのに傷の痛みで声が出ない。
 そもそもどうして自分はここまでの重傷を負っているのか。それすらも分からない。

 覚えているのは王太子の婚約者に詰め寄ったことだけだ。
 それからの記憶が全くない。気づいたら何故か満身創痍で自宅のベッドの上だった。

 そして次に目にしたのは顔を真っ赤にして怒っている父親だ。
 父親は目を覚ました自分に先ほどの発言を投げつけ、そのまま部屋から出て行ってしまった。何が何だか分からない……。

 唖然としていると今度は母親が部屋に入って来た。
 母はこちらへ駆け寄り「グリフォン公爵家令嬢の護衛があなたをこんな目に!」と泣き喚いたので、この傷を誰がやったのかを理解した。

 ────あの女! よくも俺をこんな目に……!!

 理解した瞬間怒りが湧き出てきた。
 母はそんな自分を見て「グリフォン公爵家に謝罪と賠償を要求するわ!」と怒ってくれた。

 やはり母は自分の気持ちを理解してくれる、と安堵した。
 分からず屋の父と違って母はいつだって自分の味方になってくれた。

 ルルナに惹かれて婚約者を放置した時も母は「あの娘婚約者に魅力がないのだから、仕方ないわ」と言ってくれた。

 女のくせに賢しらに殿下を説教するミラージュに怒鳴りつけた時も「女が偉そうに殿方に対して口ごたえするなんて、はしたないわ」と肯定してくれた。

 そんな母ならば、グリフォン公爵家から謝罪と賠償をもぎ取ってくれるだろう。

 そう安心したケビンだが、意気揚々とグリフォン公爵家に向かった母が青い顔で帰宅したことに胸騒ぎを覚えた。

 ちゃんとグリフォン公爵家から謝罪と賠償を受けたのか、と聞こうにも母はその日から顔を見せなくなった。それまでは毎日のように甲斐甲斐しく世話をやいてくれたのに、その日から世話は全て使用人任せとなった。

 一体何が起きているんだと不安と焦燥に駆られたケビンだが、傷と骨折の痛みで母に直接問い質しに行くことも出来ない。使用人に何が起こっているのかを聞いても「わたくし共には分かりかねます」と首を横に振るだけ。

 グリフォン公爵家で一体何があったのか……。分からないまま時が過ぎて行った。

「傷が完治したらお前を国境にある砦へと送る。そこで国の為に懸命に働け。それが今のお前に出来る唯一のことだ」

 ケビンの傷が段々と癒え、話すことが出来るようになった辺りで騎士団長が彼にそう告げた。

「国境の砦に……!? 父上、馬鹿を言わないでくれ! 俺は側近として王太子殿下を守る義務があるんだぞ!?」

「愚か者が! 側近などとうに辞退しておるわ! 殿下の婚約者に無礼を働いた時点でお前に側近の資格なぞない!」

「違う! あれはグリフォン公爵令嬢が殿下に対してあまりにも不敬な態度をとるものだから……」

「それもそうだが、それ以前からだ! お前はサラマンドラ嬢に何をしたか自覚がないのか!?」

「は……? ミラージュに?」

 その瞬間、騎士団長の平手がケビンの頬を打った。
 あまりの衝撃に口内から歯が抜け床に落ちる。

「いっ……痛っ!? 何をするんだ父上!」

「この馬鹿が! 公爵令嬢を呼び捨てにするとは何様だ! この恥知らずが!!」

 激高する父親を見てケビンは内心「しまった」と焦る。
 ミラージュは筆頭公爵家の令嬢にして王太子の婚約者だった。とてもじゃないがケビンが呼び捨てにしていい相手じゃない。

「ち、ちが……だって、殿下がそう呼んで構わないって……」

 そう、完全にミラージュを見下していた王太子が自分の側近に彼女を呼び捨てにして構わないと許可を出したのだ。だからケビンは王太子の言う通りにしただけで、自分は少しも悪くないと、あの時はそう思っていた。

 だが怒り狂う父親の顔を見てそれは間違いだったと気づく。
 気づいたからといって、もう遅いのだが……。

「婚約者でもない令嬢を名で呼ぶなど紳士としてあるまじき行為だ! それでなくともサラマンドラ嬢は筆頭公爵家のご令嬢、我が家にとっては雲の上のお人。お前如きが呼び捨てにしていい相手ではない! 殿下がそのように申したのなら、側近として諫めるべきだろう!? 何でも承諾するだけの人間など側近として失格だ! 主君の間違いを正さずして何が側近だ! 恥を知れ!」

 ケビンは父親の怒号に「ひっ!?」と小さく悲鳴をあげ、ズキズキと痛む頬をおさえる。
 その痛みと恐怖に困惑し、誰か味方はいないかと周囲を見渡す。

「あっ…………」

 見れば父の背に隠れるようにして母がこちらを見ていた。
 いつもの慈愛溢れる目ではなく、まるで犯罪者を見るような侮蔑の目で。
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