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騎士団長の息子、ケビン②
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「……ケビン、貴方もわたくしも間違っていたのよ。敵に回してはいけない相手というのは必ず存在するの。それが分からなかった時点で終わりなのよ……。砦に行っても元気でね……わたくしが言えるのはもうそれしかないわ」
「何を言っているんだ母上!? 敵ってなんだよ?」
「サラマンドラ嬢に無礼を働いてもお咎めなしだったものだから、調子に乗ってしまったのね……。同じ公爵家でも、グリフォン公爵家は比べ物にならないほど恐ろしいところよ。あの家に目を付けられたら貴族として……ううん、人として人生を終えてしまうの。旦那様が気に入られたから当家はお咎め無しで済んだけど、貴方に何の罰も与えないわけにはいかないの……」
「何? 何を言っているんだ母上! 父上が気に入られた? よく分からないが、それでお咎め無しならそれでいいじゃないか! なのにどうして俺が砦なんかに行かなくちゃいけない!?」
「お咎め無しはこの家だけよ! 貴方は違うわ! これで貴方に何の罰も与えないでいたら、グリフォン公爵家から苛烈な制裁を受けるかもしれないでしょう!? それを防ぐための処置なのよ!」
「はあ!? 意味が分からない! そんなの考えすぎだろう!?」
「考えすぎなものですか! 貴方はグリフォン公爵に会ったことがないからそんなことが言えるのよ! あの方は人の命なんて石ころ同然としか思っていないわ!」
言いながら何かを思い出したのか、母は顔面蒼白になりぶるぶると震えだした。
「とにかく貴方が砦に行くことはもう決定事項です。貴方が何を言おうが覆りません」
「そんなっ……嫌だ! 俺には殿下を支えるお役目が……」
「側近は辞退したと先ほど旦那様から言われたでしょう? もう忘れたの?」
「う……そんな……あ! そうだ! 俺が砦になんて行ったらファニイはどうなる!? あんな内戦続きの危険な場所に、ファニイも連れて行けというのか?」
ファニイとはケビンの婚約者の名だ。
ルルナに傾倒し、散々放っておいたくせにこの期に及んで縋りつくみっともなさに、今更ながら夫人は息子に失望した。
「……ファニイとの婚約は既に解消されています。だからファニイを砦に連れて行くという心配はしなくてよろしい」
「婚約解消!? 何故だ! ファニイは俺に惚れているはずなんだぞ!?」
相手が自分に惚れていることに胡坐をかき、散々蔑ろにしたのかと夫人はケビンを軽蔑した。
だが、自分も似たような事を考えていたではないかと思い直す。
自分達より格下の家、おまけにケビンにベタ惚れのファニイならばどれだけ雑に扱っても構わない。
そんな勘違いをしていた自分を夫人は今更ながら恥じた。
「貴方に瑕疵はあるけど、それが原因ではありません。……ファニイは修道院に行くそうよ。だから婚約が破棄ではなく解消になったの。本来ならば貴方の行いは破棄されてもおかしくなかったのよ?」
「は? 修道院……? どうしてファニイがそんな場所に?」
「ファニイの尊厳を守るためにも、男の貴方に詳しい事は言えないの。とにかくファニイはもう……とてもじゃないけど社交界に出られない存在になってしまったのよ。あちらの家もそんな娘を恥だとかなり怒っているわ」
「社交界に出られない? ファニイが恥……? 一体何が……」
「……そうね、わたくしの口から言えるのは“グリフォン公爵令嬢の前で有り得ない無礼を働いた”ということだけよ」
またあの女か! そう激高したケビンだが、その心の内を父親に見透かされ再び平手打ちを食らった。
「お前……もしかしなくともグリフォン公爵令嬢を責め立てようなどと考えていないか?」
「まあ……止めて頂戴、ケビン! これ以上グリフォン公爵家を刺激しないで!」
ズキズキと痛む頬を押さえ、ケビンは両親を睨みつけた。
「こんなの納得できるわけがないだろう!? せめてファニイと話をさせてくれ!」
訳が分からない状況だが、一つだけ確かなのは父親も母親も本気だということ。
このままでは傷が治り次第に砦へと送られてしまう、とケビンはひどく焦った。
そんなケビンの頼みの綱は、散々放置して蔑ろにした婚約者の存在。
───ファニイと結婚さえしてしまえば、女子供に甘い父上は俺の砦行きを取り止めるはず!
騎士道精神の強い騎士団長は女子供に優しい。
もしケビンがファニイを妻としたのなら、彼女も共に砦へ向かうこととなる。
か弱い令嬢を内戦続きの砦に一緒に向かわせるような真似を父親がするはずもない、とケビンは考えた。
「……それもそうね。長年の婚約者だもの、せめて最後に言葉を交わしたいわよね……。いいわ、わたくしの方からあちらに話を通しておきます」
母の気遣いに父も「……そうだな」と同意を示す。
両親二人の甘さにケビンは内心でほくそ笑んだ。
ケビンはファニイから愛されている自信があった。
ルルナとの関係に嫉妬して泣きながら詰め寄ってきた彼女を鬱陶しいと避け続けてはいたが、甘い言葉の一つでも囁いてやれば簡単に機嫌を直すだろう。
そしてそのまま押し倒して純潔を奪ってしまえば、ファニイはケビンに嫁ぐしかなくなる。まだ体中が怪我のせいで痛むが、そんなことを言っている場合ではない。
絶対にファニイを妻にする。ケビンは己の将来の為だけに好きでもない婚約者を口説き落とすという、最低な行為に及ぼうとしていた。
「何を言っているんだ母上!? 敵ってなんだよ?」
「サラマンドラ嬢に無礼を働いてもお咎めなしだったものだから、調子に乗ってしまったのね……。同じ公爵家でも、グリフォン公爵家は比べ物にならないほど恐ろしいところよ。あの家に目を付けられたら貴族として……ううん、人として人生を終えてしまうの。旦那様が気に入られたから当家はお咎め無しで済んだけど、貴方に何の罰も与えないわけにはいかないの……」
「何? 何を言っているんだ母上! 父上が気に入られた? よく分からないが、それでお咎め無しならそれでいいじゃないか! なのにどうして俺が砦なんかに行かなくちゃいけない!?」
「お咎め無しはこの家だけよ! 貴方は違うわ! これで貴方に何の罰も与えないでいたら、グリフォン公爵家から苛烈な制裁を受けるかもしれないでしょう!? それを防ぐための処置なのよ!」
「はあ!? 意味が分からない! そんなの考えすぎだろう!?」
「考えすぎなものですか! 貴方はグリフォン公爵に会ったことがないからそんなことが言えるのよ! あの方は人の命なんて石ころ同然としか思っていないわ!」
言いながら何かを思い出したのか、母は顔面蒼白になりぶるぶると震えだした。
「とにかく貴方が砦に行くことはもう決定事項です。貴方が何を言おうが覆りません」
「そんなっ……嫌だ! 俺には殿下を支えるお役目が……」
「側近は辞退したと先ほど旦那様から言われたでしょう? もう忘れたの?」
「う……そんな……あ! そうだ! 俺が砦になんて行ったらファニイはどうなる!? あんな内戦続きの危険な場所に、ファニイも連れて行けというのか?」
ファニイとはケビンの婚約者の名だ。
ルルナに傾倒し、散々放っておいたくせにこの期に及んで縋りつくみっともなさに、今更ながら夫人は息子に失望した。
「……ファニイとの婚約は既に解消されています。だからファニイを砦に連れて行くという心配はしなくてよろしい」
「婚約解消!? 何故だ! ファニイは俺に惚れているはずなんだぞ!?」
相手が自分に惚れていることに胡坐をかき、散々蔑ろにしたのかと夫人はケビンを軽蔑した。
だが、自分も似たような事を考えていたではないかと思い直す。
自分達より格下の家、おまけにケビンにベタ惚れのファニイならばどれだけ雑に扱っても構わない。
そんな勘違いをしていた自分を夫人は今更ながら恥じた。
「貴方に瑕疵はあるけど、それが原因ではありません。……ファニイは修道院に行くそうよ。だから婚約が破棄ではなく解消になったの。本来ならば貴方の行いは破棄されてもおかしくなかったのよ?」
「は? 修道院……? どうしてファニイがそんな場所に?」
「ファニイの尊厳を守るためにも、男の貴方に詳しい事は言えないの。とにかくファニイはもう……とてもじゃないけど社交界に出られない存在になってしまったのよ。あちらの家もそんな娘を恥だとかなり怒っているわ」
「社交界に出られない? ファニイが恥……? 一体何が……」
「……そうね、わたくしの口から言えるのは“グリフォン公爵令嬢の前で有り得ない無礼を働いた”ということだけよ」
またあの女か! そう激高したケビンだが、その心の内を父親に見透かされ再び平手打ちを食らった。
「お前……もしかしなくともグリフォン公爵令嬢を責め立てようなどと考えていないか?」
「まあ……止めて頂戴、ケビン! これ以上グリフォン公爵家を刺激しないで!」
ズキズキと痛む頬を押さえ、ケビンは両親を睨みつけた。
「こんなの納得できるわけがないだろう!? せめてファニイと話をさせてくれ!」
訳が分からない状況だが、一つだけ確かなのは父親も母親も本気だということ。
このままでは傷が治り次第に砦へと送られてしまう、とケビンはひどく焦った。
そんなケビンの頼みの綱は、散々放置して蔑ろにした婚約者の存在。
───ファニイと結婚さえしてしまえば、女子供に甘い父上は俺の砦行きを取り止めるはず!
騎士道精神の強い騎士団長は女子供に優しい。
もしケビンがファニイを妻としたのなら、彼女も共に砦へ向かうこととなる。
か弱い令嬢を内戦続きの砦に一緒に向かわせるような真似を父親がするはずもない、とケビンは考えた。
「……それもそうね。長年の婚約者だもの、せめて最後に言葉を交わしたいわよね……。いいわ、わたくしの方からあちらに話を通しておきます」
母の気遣いに父も「……そうだな」と同意を示す。
両親二人の甘さにケビンは内心でほくそ笑んだ。
ケビンはファニイから愛されている自信があった。
ルルナとの関係に嫉妬して泣きながら詰め寄ってきた彼女を鬱陶しいと避け続けてはいたが、甘い言葉の一つでも囁いてやれば簡単に機嫌を直すだろう。
そしてそのまま押し倒して純潔を奪ってしまえば、ファニイはケビンに嫁ぐしかなくなる。まだ体中が怪我のせいで痛むが、そんなことを言っている場合ではない。
絶対にファニイを妻にする。ケビンは己の将来の為だけに好きでもない婚約者を口説き落とすという、最低な行為に及ぼうとしていた。
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