Ambivalent

ユージーン

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Village

36.Burn Up Distortion

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 坑道内に響いたおぞましい悲鳴は、早見たちの元にも届いた。
「な、なによ今の?」
「うーん、なにかしら?」
 警戒する美穂や、青ざめた表情の真樹夫をよそに、早見は軽い口調のまま。それでも予断を許さぬように、指をレーザーライフルの引き金に添える
 しばらくすると、沙耶が現れた。
「叫び声が聞こえたけど、なに?」
「さあ?」
 いつの間にか、ふらりとどこかにきえていた沙耶に聞くが、早見の質問はすらりとかわされた。
「鵠と、上條は?」
「痛そう。けど、細胞再生治療なら元の状態に戻すのに一週間もかからないわ。そういえば、そろそろ日も登る時間よ」
 周囲に敵の姿は確認できない。狩られたか、それとも逃げ出したか。どっちにしろ、安全の方は確保できている。
「ところで、早見さん」
「なに?」
「赤い目の吸血鬼について、なにか知ってますか?」
 沙耶の言葉を聞いて、早見の表情は硬くなった。
「……ネット上のオカルトでなら。血を吸うと目の赤くなる、不可思議な力を持つ変わった吸血鬼。たまに、吸血鬼のまとめサイトに記事は載ってるわ。まあ、それくらいね」
 早見の目は遠くを見る。どことなく、疲れている様子だった。おそらく、広沢と早見は接触があった、と沙耶は推測する。隊が崩されたのも、広沢が大きな原因となっているに違いない。だが、早見の口振りからして、アレ・・の正体を掴めてはいなそうだった。
 不意に聞こえてきた足音に、思考を中断した沙耶は、すぐに顔を強張らせて、武器を構える。早見もまた同じように武器を構えた。
「ひゃっ!?」
 岩陰から現れたあんじゅは、向けられた銃口に驚いて転けた。
「おっと、大丈夫? ゴメンね」
 すぐに早見が駆けつけて手を差し伸べる。遅れて、京とカイエも現れた。
「大丈夫か?」
 青ざめた面持ちの京の様子を見て沙耶が声をかける。
「多分肝臓の辺りがヤバい。思いっきりやられた」
 珍しく弱音を吐くところを見ると、京は相当なダメージを負っているようだった。
「そうか。えっと……そっちは?」
 カイエは黙って親指を立てる。どうやら、問題はないらしい。
「ところで……ここでなにしてんだ?」
 薄暗い坑道の一本道。その先には出口の白い光が見える。普通なら、このような窮屈な場所にいつまでも留まってはいたくないはずだ。そう言いたげな京に、沙耶は双眼鏡を手渡す。
「出たいところなんだがな」
 もう一つの双眼鏡を取り出して、沙耶自身も見る。
 レンズの向こう、穴の外には大勢の人影が映る。皆銃器で武装しており、出てくる標的を、今か今かと待ちわびている様子だった。
「……あれなんだよ? 多過ぎだろ、あんなにいたか?」
「さあな。村の連中か、山でお前たちを探していた連中の集合体だろうな。こっちに何も送り込まないところをみると、確実で安全な殺害方法を選んだらしい」
「他の出口は?」
「おそらく他も同じだろう。見張られているはずだ」
 覗いていると、敵に動きが見られた。かがんで、出口付近に何かを置いている。
「早見さん」
 京は覗き込んだまま、早見玲奈を呼ぶ。
「ん? どうかした?」
「爆弾とか持ってきてました?」
「ええ、それなりのやつなら」
 京は早見に双眼鏡を渡す。覗き込んだ早見はすぐに気がついたようだった。
「ええっ、うそ……ちょっと、あれ、持ってきたプラスチック爆弾。やることメチャクチャ過ぎない?」
 思わずなぜそんなものを持ってきた、と沙耶は言いたくなる。このままでは、間違いなく生き埋めにされてしまうだろう。ナイフを取り出し、出口へと歩き出した。
「おい、沙耶!」
「少し本気を出してくる。どうせ相手は、吸血鬼とそれに協力している素人連中だ。私なら止めれる」
「待て……ぐっ」
 京は腹部の痛みに悶えて、うずくまる。
「お前は、休んでいろ。私は、殺し足りない・・・・・・
 そう言って出口に向かおうとすると、羽音が聞こえた。沙耶は目を凝らす。なにかがこちらに向かって飛んできているのが確認できた。
 沙耶はナイフを構えて警戒する。やがて、その浮遊物は沙耶たちの近くまでやって来た。
「鳥……?」
 それにしては動きがおかしい、と沙耶は感じた。滑らかさはあれど、どことなく硬い動きだ。まるで機械のように。
 『みんなぁー、大丈夫ぅ?』
 気の抜けた軽い口調が、ドローンのマイクから聞こえてきた。沙耶はその声が誰か知っていた。
「柴咲……?」
『正解ぃー、沙耶副隊長。無事?』
「……ああ、生きてたのか」
『ふふふ、蘇ったのさぁ。あっ! 吸血鬼化はしてないからね!』
 柴咲は慌てて訂正を加える。早見がドローンの方までやってきた。
「電波は解除できたの?」
『ふふふ、バッチリぃ。ちょっと怖かったけど。助けは呼んだから、その中でゆっくりと待機しててねぇ」
「けど、爆弾が──」
 早見が最後まで言い終える前に、連発的な音と、悲鳴が外から聞こえてきた。



 容赦も、慈悲もなく、人も、吸血鬼も、紙クズのように引き裂かれていった。巨大な大木ですら、巻き込まれていく。無人機から降り注ぐ無数の弾丸の雨は、標的の破壊のために地に落とされていく。
 遮蔽物に身を潜める者もいたが、高い威力を誇る兵器には、なんの意味もなさない。弾丸が全てを喰い千切っていった。
 空の悪魔は、森に逃れようとした者たちにも容赦はしなかった。殺しの手段を爆撃という形に変え、全てを焼き尽くしていく。灰になる者も、死体になる者も、全てが平等に末期を迎えた。

 空には地上の叫びなど、一切届くことはない。殺戮の限りを尽くした無人機は、そのまま飛び去っていった。
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