Ambivalent

ユージーン

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Village

31.deployment

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「全部で……十五ですね……見える範囲で」
 スコープから覗きこんだ京は、動いている人影を報告する。
 多いわね、とどこか他人事のような早見の声が後ろからした。
「トレイラー発見」京は、さらに奥里の炭鉱入り口の様子を報告する。「一台は黒焦げですね」
「ああ……それは連中に使われないように、ぽぽんとね」
 吹き飛ばしたのだろう。それにしては可愛らしい表現である。
「早見さんのとこの武器大量に奪われましたよね。あれのおかげで死ぬかと思いましたよ」
「ゴメンなさいね。目撃された吸血鬼を調べるだけだと思って、新人の研修も兼ねたの。装備はそれなりによくしようかと」
鹵獲ろかくされないようにちゃんと壊してください」
 京はもう一度炭鉱の周囲を調べる。京たちのいる場所は真正面に位置する丘の上で、見下ろすには絶好のポジションだった。
 早見の話だと敵は五十名以上はいたという。吸血鬼を手引きした少数の村人に招かれた吸血鬼、そして彼らの協力者たち。
 茂みの揺れる音がして、京と早見はその方向に武器を構えた。偵察に出た美濃原カイエが戻ってきた。早見隊の新人だが、その佇まいは古兵ふるつわもののように落ち着いていた。
「全員武装、ほとんどは鹵獲ろかくした銃器で、吸血鬼はおよそ八名。北西の丘の上に狙撃手が配置されてました」
「狙撃手……見えないけど?」
 双眼鏡を手にした早見が確認する。するとカイエが血と灰の付いたライフルを投げてきた。反射的に京は受け取る。
「危ねえな」
「弾は抜いてあります」そう言ってカイエは弾倉マガジンを渡してきた。
「対物ライフル……?」
「……舞夜ちゃんの武器ね」
 注目する早見の声に、京は思い出す。港で自分を救ってくれた狙撃手。早見隊の副隊長。
「弾は硫酸弾だけ。貫通性は低いけど、当たれば内部で破裂して高濃度の酸が飛び散る」
 カイエは他にも取り出した。拳銃、マシンガン、その他弾倉マガジン手榴弾グレネード
「待って、どれくらい殺ったのカイエ?」
 偵察に送る前には持っていなかったはずの武器を見て、早見が問い詰める。
「……三人」
「もう、危ないから勝手なことはしないで」
 叱責されすいません、とカイエは小さく謝る。
 カイエを偵察に送ってから、こちらに戻ってくるまで三十分も経っていない。その間に彼は三名の敵を葬り去り、平然と戻ってきた。手土産に銃器を添えて。
 あまりの展開に、京は思わず舌をまく。
「お前本当に新人か?」
「アカデミーは今年卒業しました」
「実は元海兵隊とか、未来か異世界から来たとかじゃねえよな?」
「いえ……普通の人間ですよ」
 それだけ言うと、カイエは銃の動作確認を始めた。その動きにも慣れているのか、無駄はない。
「『戦術班』の志望者って減ってるのに、すげえ新人当てましたね」
「まあね、でも柚村君のとこだって新人さん入ったんでしょう?」
「まあ、そうですけど」
 あんじゅも、よくやってはくれている(むしろ今以上を求めるのは贅沢かもしれない)が、カイエのスペックを目の当たりにすると、少し霞んでしまう。
 京は早見に銃を手渡そうとすると、やんわりと断られた。
「あの、早見さん、武器は?」
「コレ」
 そう言って早見が見せつけたのは、レーザーライフル。火薬の弾丸ではなく光速のエネルギー弾を使用する、最新鋭の兵器。銃身は四角形で、黒く塗りつぶされている。弾倉マガジンの突出した部分はない。
「レーザー系の兵器って……メチャクチャ高価じゃないですか」
「そうね、あんまり使い過ぎたら給料から引かれちゃうし、壊したらボーナスがなくなるわね」
 金額など気にしない気楽な笑みをこぼす早見玲奈に、京は返す言葉が見当たらない。
「向こうは上手くいきそうですか?」
 唐突にカイエが口を開く。“向こう”とは妨害電波の解除のために電波塔に向かった柴咲梨々香と氷姫幸宏のことだ。
「まあ、幸宏なら心配ないわ。『戦術班』でそこそこやれてるもの。あの子は大丈夫なの?」
「技術的なこと言ってるなら、梨々香も心配ないですよ。高校生の時に、発電所をダウンさせて、大阪を三時間も停電させたような女ですから」
「それ、本当?」
 京は肩をすくめる。梨々香本人から聞いたので話の信ぴょう性はないとは思っている。それくらいできる女と認識してもらうにはいい例えだろう。これには、表情の変化がほとんどないカイエも目を見開いて驚いているようだった。
「ぜひともうちに欲しいわね」
 冗談とも本気ともとれるような口調で、早見は呟いた。



 ○



「おい、早くしやがれ」
 舌打ちを混じらせる幸宏に、梨々香は苛立ちを覚えた。先々進む幸宏は、梨々香に対する気遣いをまったく見せない。
 ドローンとタブレット端末などで梨々香の両手は塞がっていて、さらに足元が暗くて慎重に歩かざるを得ない。
「あのねぇ、コッチはさっき爆弾で死にかけた身なんだけどぉ」
「知らねえつーの。甘えてんじゃねえよ、クソギャル」
(このクソロン毛……ぶっ殺したい)
 胸の内で毒を吐き捨てる。当然そんなことをする気など梨々香にはない。幸宏を後ろから撃とうものなら、戦闘の素人である梨々香一人で電波塔まで辿り着くことになる。聞かされた話だと、電波塔にも見張りがいるらしい。
「ねえ、早足なのはいいけど、梨々香がいないと妨害電波解除できないよぉー? 一人でやる気ぃ?」
 その一言が効いたのか、幸宏はピタリと足を止めた。
「やぁーっと、梨々香の声に耳を傾けたねぇ」
「黙れ」
「別にぃ、置いてくのはいいけれどぉ、梨々香がどんな役割果たせるかは頭に入れておいてよねぇ」
「俺の隊が何人死んだと思ってんだ。お前のお喋りに付き合う暇なんかねえんだよ……!」
 振り返った幸宏に睨まれ、梨々香は怯えたように目を開く。
「えっと……ゴメン……なさい」
 梨々香は小さな声で謝罪した。
「あの……本当にゴメン」
「行くぞ。もうペラペラ喋んな」
 幸宏は足を止めた。梨々香はそそくさと急ぎ足で幸宏の傍まで移動する。そうだ。彼も同じように仲間を失った身なんだ。その事実を忘れていた梨々香は、無神経な饒舌さを自省する。
「……妨害電波の装置ってどこ?」
 沈黙になりそうなのが嫌なので、やるべきことについて訊ねる。
「装置は一番上に取り付けられてる。最初解除した時は中にあるコンピューターで操作できたから、同じ方向でいけるだろ」
「りょ」
「あ?」
「了解の“りょ”」
 幸宏は眉をひそめて、なにも言わなかった。しばらく歩くと、高々しく伸びた木々に紛れて、一本の人工物が見えてきた。京から渡された暗視スコープを使って、梨々香はその人工物を見る。小さなアンテナがいくつも備え付けられていた。あれが妨害電波を出している電波塔で間違いない。
「おーっ、あれねぇ。ふむふむ……」
「おい、静かにしろ」
 幸宏が伏せたので梨々香もならうように伏せる。
「もぅ、なに?」
 幸宏は無言で指差す。闇の中に潜む人影が見えた。
「暗視装置着けてねえな。ってことは全部吸血鬼か」
「あれが、電波塔の見張りなのぉ?」
「静かにしろって言ったろクソギャル」
 悪態をつかれたが、梨々香は従って口を紡ぐ。
「……十五体かよ。中々キツイなおい」
「『戦術班』なんでしょぉ? ちゃっちゃとやっちゃってよ」
「アホぬかすなよ、できるわけねえだろうが!」
「沙耶ちゃんなら余裕なんだけどなあ」
 思わず口から出た副隊長の名前。梨々香が今まで見た『戦術班』の吸血鬼ハンターの中では彼女以上の者はいない。捕らわれたと京から聞かされたが、梨々香にはそれが信じられなかった。
「囮でもいれば少しは楽なんだがな」
 幸宏は梨々香を一瞥してきた。
「……ちょっと、なんで梨々香を見てるのかなぁ?」
 “囮”というワードの後に自分に視線を移されたとなれば、幸宏の胸の内が読めてくる。
「勘違いすんな、そいつだよ。それ使えねえのか?」
「え?」
 幸宏は梨々香の抱えていた金属の塊の鳥型のドローンを指差した。
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