Ambivalent

ユージーン

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Aftermath

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 美穂の病室を後にすると、カイエが燻製肉に興味を示したのであんじゅはタッパーを渡した。
「意外といけますね、これ」
「あまり食べないでくださいね。氷姫さんと柚村さんの分がなくなりますから」
「……俺そんなに食べるように見えます?」
 食いしん坊キャラ認定されたことにカイエは少しばかり不服な様子だった。
「カイエくん体格いいし、朝ごはんだけで一日の摂取カロリー超えてそう」
「俺はボディビルダーじゃないんで。それに、『戦術班』なら体鍛えてて損はないでしょう。吸血鬼に腕力で勝てなくても人間相手なら負けないようにしとかないと」
「そう、だよね」
「ごちそうさまでした」
 カイエからタッパーを返され、あんじゅは鞄にしまう。
「そういえば、『戦術班』に異動したいって聞きましたけど」
「あー、うん……一応早見さんにはそれとなく言ってみました……」
「んー? 呼んだ?」
 後ろから声がしたので振り向くと、早見が立っていた。あんじゅは思わず目を丸くした。
「えっ!? な、なにしてるんですか早見さん?」
「いやあ、沙耶ちゃんと真樹夫くんと現場に出動して……まあ、腕をちょっとね」
 早見はそう言うと包帯の巻かれた手を見せた。
「どうしたんですかそれ??」
「ちょっと噛まれちゃってさ」
「ええっ!? だ、大丈夫ですか?」
「このくらいなら平気よ。昨日はお見舞いで今日は患者とは……」
 早見は呑気そうに笑った。その笑顔を見ると心配は杞憂だったようだ。
「他の人は大丈夫ですか?」
「真樹夫くんは平気よ。だけど……」
「けど……?」
「沙耶ちゃんがね……」


 ○


 なにがあったんですか、とあんじゅが訊くと、全身血まみれの沙耶はうんざりした様子で答えた。
「やつらの非常食……非常血液の容器に穴を開けた」
「それから?」とカイエ
「五十リットル分の血を頭から浴びた……全部が人口血液だったが、服も下着も血まみれだ、気持ち悪くて吐きそう……」
「ちょ、沙耶さん……! 着替えるのはストップ、カイエくんいますから」
 沙耶は唐突にズボンを脱ぎ出したので、あんじゅは慌てて止めた。
「はーい、男子は退出よカイエ」
 早見に言われて、カイエはそそくさと出ていく。
「でも人口血液でよかったんじゃない。本物だったらまだ臭いがキツいし」
 早見のフォローに沙耶は眉をひそめた。沙耶にとっては本物だろうと偽物だろうと、大差はないらしい。
 顔を引きつらせた看護師に呼ばれ、沙耶はシャワールームへと移動して行った。
「誰かが横流ししてるってことですかね?」
「千尋ちゃんが盗んでたみたいに?」
「あれは……子どもたち用でしたよね」
 あんじゅがそう言うと、テレビからちょうど【舞首】のニュースが流れてきた。湾岸部にできた巨大な吸血鬼収容所はさらに多くの吸血鬼を収容できるように、増改築される予定だと。筧所長の録画インタビューや吸血鬼を利用した黒い噂が絶えない大沼議員への取材(議員は答えることなく歯噛みした表情で去っている)などが、初めて事件を知った人にもわかるように総編集されて流されていた。
「これが、永遠宮千尋ちゃんのやりたかったことなのかしらね」
 【舞首】の増改築により収容人数が増えたこと、そして世間の声を懸念してか関東圏の吸血鬼は、前科がついてなければ拘束ということになっている。【彼岸花】に連絡し吸血鬼化してしまった家族や知人を収容できるかを訊く電話もいくつかあったらしい。
「けっこう隠れているものなんですね。匿われて……」
「吸血鬼を収容するかどうかは、現場の捜査官判断だからね。人が決めるものだから、絶対的な保証がないのよ。生かすも殺すも私たち次第……本当に胃が痛くなる仕事よ。飲まなきゃやってられないわ……」
「お気持ち察します」
「お? ならあんじゅちゃん今日飲みに行く?」
「えっ……今日ですか?」
「いいでしょ~、真樹夫くんとカイエは参加決定だから。あとは女の子の枠が欲しいところなの」
「あ、綾塚さんは……?」
「沙耶ちゃんはペットの世話があるからって断られたの」
「ペット……?」
「フクロウ飼ってるんだって」
「えっ、フクロウ……!?」
 あんじゅが驚きの声をあげたところで、ジャージに着替えた沙耶が戻ってきた。
「どうした?」
「綾塚さんフクロウ飼ってるんですか?」
「ん? ああ、一部屋改築して専用の部屋にしてるが?」
「あの……触りに行ってもいいですか?」
「かまわないが、好きなのか?」
「子どものころ山で触ってたので、久しぶりに頭撫でてみたくて……」
「本当にすごい幼少期を過ごしているな」
「あはは……」
 狩猟に解体、たしかに普通ではないことはあんじゅも自覚していた。
 ふと、あんじゅは沙耶の首筋に二本の穴を見た。まるで噛まれたようなその跡をあんじゅは凝視する。
「綾塚さん、首のところ……」
「……知っている」
 険しい表情を見せる沙耶。それであんじゅは察した。
 下水道で死にかけていた沙耶が目覚めると、致命傷の全てが修復されていたと。唯一残されていたのは、首の傷。吸血鬼に血を吸われた際にできる噛み跡。
(能力種……)
 短期間の傷の修復を説明できるものといえば、それ以外に考えれなかった。
『僕はなにもしてないよ、
 千尋があのとき残した言葉が、あんじゅの中で繰り返された。
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