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Aftermath
107. Visit2
しおりを挟む「し、か……? 鹿肉ってこと?」
鵠美穂はあんじゅの持ってきた鹿肉の燻製をまじまじと見つめた。そもそも見舞いの品に燻製肉とかいうことに驚かされたが。
「あっ……フルーツとかの方がよかったですか?」
「いや、いいわよ。早見さんと上條が昨日来て置いていったから」
美穂のベッドの横にはフルーツバスケットが二つあり、その中には大小様々な果実が収まっていた。一つ言えるのは、経過入院中にメロンを二玉も食べれるほど美穂の胃は大きくはないということだ。
「あんたたち、要るならあげるけど」
「いえ、せっかくもらったものですから鵠さんが食べてください」
「この量を食べられるわけないでしょ。美濃原、あんたどうせ男の一人暮らしでろくに食べるものもないんでしょ、あげるわ」
「いや、別に大丈夫です。あと、食べるものはあるんで」
「先輩からの好意をあんたたちは……」
軽く睨む美穂だが、すぐにやめた。説教なんてする気になれない。
「まあ、とにかくお疲れ。いろいろあったことは知ってるから」
気を失った美穂が次に目覚めた場所はこの病院だった。自分が寝ている間になにもかもが終わったということを知ると、呆気なさと無力感に囚われてしまう。吸血鬼一人を倒しただけで力尽きたことが、なにより情けない。
「労いの言葉ありがとうございます」
「あんたは人質にされてただけじゃないの?」
しれっと言うカイエに美穂はツッコミを入れずにはいられなかった。
「柚村さんに献血しましたから。あと、蓮澪村のときはけっこう働きましたから、俺は」
「あんた喋るようになると慇懃無礼感が出まくりなんだけど」
「えっと、カイエくんが居たから柚村さんも助かったから結果オーライ……だと思います」
結果オーライ、そう言ったあんじゅを美穂は見据える。
「あんたはあんたで、いいところ取りじゃないの? 途中まで奮闘してたの私たちなんですけど」
「う……いえ、その……」
「最後の最後に永遠宮千尋を逃したでしょ。あの女を見つけて仕留めてれば完璧だったってのに」
「すみません……リーダーは狙撃できたんですけど」
「またあの女が似たようなこと起こしたら今度こそ仕留めなさいよ」
「多分ですけど、彼女はもうこういうことは起こさないんじゃないかと」
「はあ?」
寝ぼけたことを言うあんじゅに美穂は眉をひそめた。
「根拠ないのによくそんなこと言えるわね」
「いえ……あー、そうですね……」
どこかしっくりこない物言いをしたので美穂は詳しく追求しようとした。
「なに、なんかあるの──」
「そういえば、一ノ瀬仁ってどれくらいの距離から当てたんですか?」
不意にカイエが割り込んできた。
「えっと……四百メートルほどかな……」
「すごいですね。動いてる標的にその距離で当てるなんて」
「まあ、私からしたらそれくらいなんてことないけどね」
同じ種類の武器を使用する者同士の親近感や張り合いが生まれ、美穂は得意げに語る。
「そういえばさ、あんたの狙撃記録の飛距離ってどれくらいなのよ霧峰」
「えっと……一キロ半くらいです」
「……嘘よ。盛ってんでしょ? 素直に認めなさいよ」
「えっと……雷鳥を仕留めたときに……十歳くらいだったかな。あっ、でも距離はだいたいなので」
「十歳で一キロ半成功させたって言いたいだけでしょ? 年齢強調してんのが姑息よ」
「いえ……あの、そんなつもりは……」
困り顔になる後輩を見て、美穂は自分があんじゅを虐めているような気持ちになった。どこかばつが悪くむず痒さを覚える。
「ああもう、そんな顔するな。ボスを倒したのはあんたなんだから、もっとシャキッとしなさいよ。おいしいところだけ持っていったのは事実だけど」
「ふふふ」
「……今なんで笑った?」
「いえ、その……最後の付け加えた言葉が鵠さんらしいなって」
「それどういう意味よ!」
不意に病室の引き戸が開いた。やってきたのは筧明日菜とその父親の筧忠信だった。
「えっ、ちょ……!?」
「みーほーさーん!」
明日菜は元気よく手を振ると美穂のそばにやってきた。
「大丈夫ですか? 経過とか順調ですか?」
「ええ、まあ……え? どうしてここにいるのよ!?」
「それはもちろん! 私のヒーローである美穂さんのお見舞いです!」
そうして明日菜はフルーツバスケットを掲げる。特大メロンがもう一つ増えてしまった。
「明日菜、はしゃぐのもいいが挨拶をしなさい」
父親の忠信がやんわりとたしなめる。
「わかってるってば。みなさん、この度はありがとうございました」
明日菜は深々とお辞儀をする。そして顔を上げるとあんじゅとカイエに握手を交わした。
「鵠さんの止血をしたのって明日菜さんなんですか?」
「はい。電話が鳴ってそれで……」
あの狛犬使いの吸血鬼を倒した後で明日菜の元に電話がかけられた。電話の声の主が止血や応急処置を口頭で伝えてくれたおかげで、美穂の命はここに留まっている。
だが、【舞首】内の電話は内線専用だ。外部からかけられたものではない。内部に誰かいたということになるが、果たしてそれが誰なのか正体は掴めていない。明日菜の話だと、“軽くふわふわした口調の女の声”とのことだった。
「ところで、【舞首】にいた子どもの吸血鬼たちは?」
「身の安全は保障されてる。というか、保障させられたという形が近いかな」
事件直後に政府機関に一本の電話が入った。『吸血鬼収容所の【舞首】にいる吸血鬼たちの無条件の絶対安全の保障と収容所の改築、それにより収容される吸血鬼の数を増やすように』
この電話を入れた人物は、ボイスチェンジャーの類を使わずに自らの声で述べた。声の主は女性で一人称は僕、これ以上の説明はいらないくらいわかりやすかった。
「あと、本部からの通達です。今回の特殊事例の吸血鬼については口外厳禁ということなので」
「わかりました」
「それじゃあ、私たちはこれで」
あんじゅとカイエは一礼して病室を後にしようとした。
「なによ、もう行くの?」
「はい、あとの二人の様子も伺わないと」
「ああ、そうね。えっと……」
言いかけたところで美穂は口ごもった。慣れない相手に慣れない言葉を使うのはどこか躊躇ってしまう。
「どうかしましたか?」
「二人とも見舞いに来てくれてありがとう」
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